第14話 夏フェスを楽しむ方法
アタシは主人公なんかじゃない。
アタシの―――鈴木純の人生は、そんなに特別なモノじゃない。
誰しもが1度は思ってしまうコトなんだろうけど、ソレに気付くまで、周りの人より少し時間がかかってしまった気がする。
ずっと自分のコトを特別な人間だと思っていた。幼い頃から、アタシは周りの子たちより目立っていた。声が大きかったし、脚が速かったし、よく笑ったし、喧嘩が強かったし、親切を知っていたし、友達が多かったからかもしれない。
けれども、いつからだろうか。小学校に入って自分よりも綺麗な容姿の女の子たちがたくさんいたコトに気付いたときか。自分よりも面白い話をできる友達がたくさんいたコトに気付いたときか。初恋の男の子が知らない可愛い女の子と付き合っていたコトに気付いたときか。
小学校を卒業する頃には、自分は特別な存在でも、選ばれた存在でも、非凡な存在でも、なんでもないコトを痛いほど理解していた。そして、そんな自虐的な感情さえも、その他大勢の人間たちの誰しもが味わう感情なんだ、と冷めた心で納得させた。
だから、中学校に入ってからぼんやりとした毎日を送ってきた気がする。薄ら楽しい、とでもいうのだろうか。友達もたくさんいるし、くだらない話でゲラゲラ笑って時間を潰して、そこそこに楽しい中身の無い毎日だった。
それに、あまり他人から影響を受けなくなっていた。友達が熱くマジ話していても、先生や親に説教されても、ドコかアタシは冷めていた。アタシは他人に影響を与えるコトも影響されるコトもないな、なんて子供みたいな考えを持ち始めてしまった。
ずっとずっと、こんな毎日が続くんだと思っていた。漫画のような主人公に成れなかった自分には、うすらぼんやりした人生しか用意されていないのだと思っていた。
ところが、だ。
高校に入って、妙な男と出会った。
その妙な男は、アタシに良くも悪くも影響を与えてくるのだ。
ドコかアタシと似ていて、その実全然似ていない。ブッ飛んだ変人でもなければ、頭の固いマジメくんでもない。
でもソイツは確実にアタシを変えていく。毒のように、もしくは薬のように、徐々に徐々に干渉してくる。
アタシはソイツと出会ってから、ソイツに振り回される毎日だ。そして、そんな毎日を、アタシは結構気に入っていたりする。
そして、今日も今日とてソイツに振り回されているのだ。
「おーい、純!こっちこっちー、場所とれたぞぉ!」
大声でアタシの名前を呼びながら、手を振って楽しそうに笑っている、その男。
その妙な男とは、フユというアタシの親友だ。
今日はその少し変わった親友のコトを、少しずつ説明していきたいと思う。
「夏だねっ」
と、梓。
「その上、夏休みだよっ」
と、アタシ。
「そんで、夏フェスだっ」
と、フユ。
そう、夏で、夏休みで、夏フェスだ。
事の発端は、やっぱりフユだった。
夏フェスいこうぜ!と誘われたのが、夏が始まる1ヶ月も前のコトだった。夏フェスとはサマーロックフェスティバルの意で、野外で行われる大規模なライブのお祭りのようなモノだ。どうやらチケットを予約して入手するコトができたらしい。
もちろんフジロックやサマソニのようなスケールの大きなモノではなく、地方で行われる1日で消化してしまう小規模な夏フェスだ。とは言っても地元ではかなり名の通った夏フェスで、有名なアーティストたちがメジャー・インディーズ問わず多数集まってくる。
夏休みが始まったその週末に、アタシと梓とフユの3人で電車で揺られること1時間、目的地である山奥の会場に着くと、あまりの熱気と人の多さに圧倒された。梓は小さな頃から両親に連れられてちょくちょく様々な夏フェスを体験してきたらしいのだが、アタシとフユは全くの初体験である。
会場を目の当たりにして最初に抱いた感想は、フェスティバル!である。会場のとんでもない広さ、数えきれないほどの人混み、数々の飲食の屋台や出演するバンドのグッズ販売店、そして祭り特有の賑やかな雰囲気。そんな雰囲気にあてられたアタシたちはいつもの倍ぐらいハシャギまくっていた。
そしてナニより、生で有名なアーティストたちの演奏が聴けるのである。照りつける太陽に肌を焼かれて、汗が滝のように流れても、そんなコト気にしているようなレベルじゃないのだ。女としてどうなんだと自分でも思うが、夏フェスを体験した人ならわかってくれるコトだろう。おおよそ考えられないほどの大声を上げて、力の限り腕を振りまくって、リズムに合わせて観客一体となってジャンプ!
おいおい楽し過ぎるでしょコレ。体力のペース配分なんて考えずにバカみたいにはしゃいで騒ぐ。
ぶっ続けで演奏を聴き続けていたアタシたちだったが、さすがに一息入れるかというコトで、アタシたちはステージから少し離れた場所に持参したレジャーシートを広げて、少し遅めの昼食をとるコトにした。
「うっあー……コレ絶対に明日は筋肉痛になんぞ……っ」
会場で無料配布されている団扇でパタパタと扇ぎながら、フユはシートの上に寝そべっている。先ほど物販で買ったばかりのお気に入りのバンドのTシャツを早速着こんで、はしゃぎ過ぎて疲れた体を休ませていた。
「フユはハシャギ過ぎ。もうちょっと落ち着きなさい」
梓はそんなフユを呆れたように見ながら言った。
梓も物販で買ったばかりのキャップを被り、ドコとなくご満悦である。
「よお言うワ、梓だってキャッキャワーワー騒いでただろうがよ」
「べっ、別に騒ぐのはイイでしょ。フユや純みたいに今にもダイブしそうなノリは危ないって言ってんの!」
「……俺らン中でイチバン真っ赤に日焼けしてるヤツの台詞じゃないな」
確かに梓はもうすでに日焼けで肌が赤くなっている。体質だと本人は言っているが、お互いあれだけ日焼け止めを塗っておいてこの差はひどいと思う。同じ女子として同情してしまうのだが、口には出さないでおこう。
「でもさぁ、アタシ生でダイブ見たワケだけど、凄い楽しそうだよね。女の子でもやる人いるのかな?」
「純、絶対しちゃダメだからね!ダイブって基本的にご法度行為なんだから。危ないし、周りの人にも怪我させるかもなんだし」
「えー、でもやってる人いっぱいいたじゃん」
「うーん……、とにかくダメなモノはダメなの!」
頭硬いなぁ。まぁ、マナー違反なのはわかるけどさ。
「俺も脚ケガしてなけりゃステージ最前列まで行ってモッシュしたのになぁ」
と、残念そうに言うフユ。憂がこの場に居たら、普段フユが絶対に言わない類の台詞だ。
フユは憂に対してこの手の気遣いを異常といっても過言ではないほどする。神経質というか過保護というか、フユのそういうトコってメンドクセって普通に思う。だけど、こうやってアタシたちの前では普通に喋ってくれているんだから別に気にするようなコトじゃないんだろうけど。
そうやって憂のコトを考えていると、ちょうどフユの携帯電話からLOW IQ 01 のTanktop Boy が流れ出した。フユの着うたはコロコロ変わる、ちなみ1コ前はGreen Day のAmerican Idiot である。
コイツの音楽の趣味はよくわからない。椎名林檎を静かに聴いていたと思ったら、次の瞬間にはホルモンでノリノリになっていたりする。よくわからん。
「メール?誰から?」
フユのケータイが鳴ったこういうとき、真っ先に訊くのはいつも梓だ。気になるんだろう。
「憂からー。田舎のじーちゃんばーちゃん家からだってさ、夏フェスどうよ?って」
「ふーん、憂から……」
ちょっと女友達からメール来たくらいでそんな顔しなくてもいいじゃない、とアタシは不機嫌そうにフユのケータイを見つめている梓に対してそう思う。
「憂も来りゃよかったのにさ。うはは、アイツ羨ましがるぜぇ?……『こっちはサイコーに楽しいです、どーだ、羨ましいだろ(笑) お土産ナニがいい?』、返信っと」
フユは嬉しそうにメールを打って送り返した。数十秒後、すぐさまメールが返ってきた。
「『フユくんの愉快なセンスにお任せします(笑)』……うーん、梓ナニがいいと思う?」
「……知らない」
「おいおい、冷たいなぁ。こういうときこそ慎重かつセンスフルなチョイスをだな――」
「フユのセンスで選んだらいいでしょっ」
また始まった、といつものようにアタシは思う。
梓も梓だが、フユも大概だ。小学生じゃないんだから、いい加減に梓がフユに対してどういう感情を抱いているかさっさと悟るべきである。フユは素で気付いていないのだから、恐れ入る。そりゃ梓じゃなくてもイライラするわよ。
しかしながらフユは馬鹿で鈍感だと言って片付けてしまうのは簡単だけど、面倒なコトにそんな単純でもない。
梓がはっきりしないのが一番の原因なんだろうけど、今の関係が壊れてしまうのが嫌で踏み込めないんだと思う。今のアタシたちの関係は、居心地が抜群に良くて楽し過ぎる。性別も性格も境遇も関係ない、最高の友達だ。要は怖いのだ、今みたいに本気で笑い合えなくなってしまうコトが。
「……ふぅ」
フユと梓の阿呆なやり取りを眺めながら、アタシは思う。
そんな良い関係をもたらしているのは、間違いなくフユだ。アタシがとうの昔に無くしてしまった純粋さというか、無邪気さのようなモノをフユは持っている。
ま、子供っぽく見えるって言ったらソレまでなんだけどさ。
こんなトイレの長蛇の列は初めて見たよってくらいにトイレは混んでいた。仮設トイレを含めてもとんでもなく混んでいて、梓と2人で待ち合わせ場所のフユの元へ戻ると妙な光景が展開されていた。
「「アルプス一万尺、小槍のうーえでっ、アルペン踊りを、さっあ踊りまショ、へい♪」」
5、6歳くらいだろうか。それくらいの年齢の見知らぬ女の子とフユが楽しそうに歌いながら手遊びをしていた。
ランラララ ララララ ラララララっ、へいっ♪と、息を合わせてスキャットして最後にハイタッチ。フユもその女の子もケタケタと楽しそうに笑った。
「フユ……アンタ何してんの?」
「この子もさ、俺と同じで、両親のトイレ待ちだってさ。あんまり暇だったから、この子に遊んでもらってた。なー?」
女の子も楽しそうに拳を突き上げ、なー!と声を上げる。
「あ、アレお前のとーちゃんとかーちゃんじゃねぇ?……ほれ行けっ」
フユがそう言うと、女の子はおにーちゃんバイバイ!と叫んで、両親のトコロへ風のように走って行った。そのまま両親に体当たりをかまして抱き着く。そして、こちらを指差す。モンペじゃないかと一瞬不安になったが、笑顔でこちらに会釈をしてきてくれた。何故かアタシと梓も思わず会釈を返す。
「ちゃんとあの子には、実際にアルプスの小槍の上でアルペン踊りやったら死ぬってコト教えといたから大丈夫だぜ」
そんなデンジャラスな子供いないよ……、っていうかこの歌って歌詞が結構アレなんだよね。
「前々から思ってたけどフユってさー、滅茶苦茶子供から懐かれるよね」
「フユは精神年齢が近いからじゃない?」
「おいゴラ、梓」
フユは子供からよく好かれる。
この間も迷子の男の子を迷子センターに連れて行ってあげてたら凄い懐かれちゃって、その子のお母さんが迎えに来るまでずっと一緒に遊んであげてたっけ。
梓の言い分じゃないけど、子供にはフユの良い意味で子供っぽい暖かな雰囲気を察知しやすいのだろう。ソレがわかっているから子供たちはみんな安心してフユに近づいてくるのだ。
「フユ、そんな子供好きなら、教育テレビで歌のお兄さんやりなよ?」
「あーあーあー、うるっせ。大体俺はガキとか好きじゃねぇし。すぐ泣くし、キーキー騒がしいしなっ」
本当に子供が嫌いなら、絶対に先ほどのように楽しそうに相手をしたりしない。
きっと寂しそうにしていた女の子を放っておけなかったんだろうな。あまりにもフユらしかった。
「そんなコトよりもさ、さっきの子が言ってたんだけど、あっちの方の小さいステージで一般の客でも参加できるイベントやってんだって。面白そうだし、俺たちも行ってみねぇ?」
「イベントって、どんなの?その手の一般参加のイベントってなんか寒い企画が多い気がするんだけど……」
「さぁ、よくわからんけど、あの子はすげぇ楽しかったってさ」
梓の問いに、適当に答えるフユ。
「いいじゃん、アタシは行ってみたいな」
「お、さすがは純さん。ノリが良い」
「えー、2人とも本気?」
「梓はココで待っててもいいよ?アタシはフユと2人っきりで行ってくるし」
「だ、誰も行かないなんて言ってないでしょ!?わ、私も行くっ」
……梓ってこんな操縦しやすい単純な子だったかなぁ?
『どなたか、やってみようという方、いらっしゃいませんかー!?』
メインステージから離れた場所にある、ホントに小さなショボイステージの周りには、あまり人は集まっていなかった。
さっきからステージ上のMCだが進行の人だかがマイクで参加者を募っているが、空回りしている。
一体ナニするイベントなんだろう?フユも同じ疑問を思ったようで、早速近くにいた若いカップルに話しかけていた。
「すいませーん、コレってナニやってるのかわかります?」
こういうとき全く躊躇なく知らない人に話しかけられるフユは、単純に羨ましいと思う。
「なんかねー、あのプロのバンドと一緒に演奏できるんだって」
「演奏……ですか?」
「うん。演奏って言っても単純に適当に好きな歌を歌ってくださいなって感じらしいよ。楽器できる人はなんか触らせてもらえるみたいだけど」
「うはは、そりゃまたレベル高いカラオケですね」
「さっき家族連れの子供が歌ってから、誰もやりたがらないみたい。そりゃそうだよね、客集まってないし、企画倒れだよ」
「お兄さんたちはやらないんですか?デュエットかましてきてくださいよ」
「あはは、やらないよ、恥ずかしい。僕の彼女オンチだし」
彼女にドツかれて、嬉しそうに笑う彼氏さん。フユがそんな世間話をしている間にもステージ上ではMCの人が募集している。さすがにヤバイと感じたのだろう、声に焦りの色が見えてきた。
「な。俺たち3人でいこうぜ!」
フユならきっと。
絶対に言うと思った。
「ちょ、ちょっとフユ、本気なの!?やめようよ、恥かくってばっ」
梓は焦ったようにフユを抑止しようとしているけど、この後どうなるかアタシにはわかっている。
「こんなおもしれーコトやらねぇなんて嘘だろ。……なあ、純?」
きた。きたきた。
いつものフユだ。アタシの、フユの一番好きなトコロだ。
アタシの、大切な目標。
「俺たち3人なら、すげぇ楽しいぜ」
そう言って、フユは笑った。
ソレに対して、アタシは迷うべくもない。
「よっし、やろう!アタシたち3人で!」
アタシがそう叫ぶと、梓もしょうがないぁ、と嘆息しながら参加を承諾してくれる。
「はいはーい!俺たち、やってもいいですかっ!?」
フユが手を振って、意思を表明する。
『おおぉー!ありがとーございまーすっ!ステージの上へどうぞ!……次の演奏者はそちらの仲良し3人組でーすっ!』
疎らな拍手の中、アタシたちはステージに上がっていく。
ヤバイ、心臓がバクバクいってる。
演奏する曲はすぐに決まった。
アタシたち3人が知っていて、なおかつバンドの人たちが演奏できる曲というコトで、WINDING ROAD に決定した。フユたちとカラオケに行く度に歌っている、アタシの大好きな曲だ。以前、フユと梓と遊びでスタジオを借りたときにふざけて演奏したコトもあった。
梓だけがギターを借りて、比較的簡単なコード進行をするコトとなった。リズム隊は当然プロなのでやりやすいハズだ。他にもトランペットやキーボードの人もいて、正直心強い。
そして、アタシとフユがボーカルである。
アタシも梓も、そしてフユも凄い緊張していたけど、高揚した気持ちは決して消えるコトはなかった。
この震えは、きっと緊張だけじゃない。
そして、ついにすべての準備が整った。
フユが、いつものようにニヤリとアタシと梓に笑いかけてくる。
アタシも梓も自然にフユと同じように楽しそうにニヤリと笑い返していた。
3人の呼吸がひとつに合う。
緊張と不安を中和してくれている温かい感情を肌で感じながら。
アタシたちは歌い出した。
曲が始まった。
アタシとフユの声に合わせて、様々な楽器の音が協和する。
梓のギターの音が聴こえる。梓のギターは、テクニックがどうとかじゃなくて、聴いていてとても気持ちがいい。梓のように、とても綺麗な音だ。
フユの声が聞こえる。フユの歌声は、人を惹きつけるナニかを持っている。シンガーとしての才能だなんて大げさなモノじゃないかもしれないけれど、聴いていて温かい気持ちになる。フユのように、とても優しい音だ。
でも、アタシはどうなんだろうか。
アタシは主人公なんかじゃない。
アタシの―――鈴木純の人生は、そんなに特別なモノじゃない。
でも、だけど。
それでいいんだと、アタシは思う。
自分の人生が特別じゃないなんて、アタシ以外の全員誰もが知っている。どんなに自分のコトが好きで、どんなに自信家で、どんなに強くても、みんな心のドコかでそう思っている。自分が主役ではないことに気付いている。
フユだってそうだ。フユだって、アタシと同じコトを思っている。
けれども、アタシと違ってフユは、いつも一生懸命なんだ。
自分に無いモノを他人が持っていても、関係ない。自分に様々なモノが欠けていても劣っていても、関係ないんだ。
一生懸命、人生を楽しもうとしている。
だからフユは何事に対しても受け身をとらずに、能動的に行動する。今みたいに自ら進んで楽しそうなコトに首を突っ込む。今日みたいに夏フェスに誘ってくれる。それだけじゃない。遊びに誘ってくれる、話しかけてくれる、笑いかけてくれる。
そういったコトは一見簡単なようで、いつしか周りからそうしてくれるのを待つようになってしまう。だけど、フユは違うんだ。特別じゃなくたって、自分で動くんだ。
だからフユと一緒にいると楽しい。だからフユを尊敬してしまう。だからフユにこんなにも心を動かされる。
フユのようになりたいと、アタシは思う。
フユと歌いながら、アタシはそんなコトを考えていた。
フユと目が合う。フユはとても楽しそうに歌っていて、きっとアタシもフユと同じ顔をして歌っている。梓だってきっとそうだ。
だって、楽しいんだ。アタシだって、楽しんでも、いいんだ。
最後は、梓も交えた3人でハモりながら、曲が終わった。
途端に湧き上がる歓声。歌っているときは全然気づかなかったけど、いつの間にか大勢の人たちが集まっていて、たくさんの歓声と拍手を送ってくれた。たくさんの人たちが、こちらに注目してくれている。
歓声に包まれながら、なんか今のアタシらって主役みたいだなぁ、と興奮した気分でそう思った。
「おい、純っ。俺たち、なんか今すげぇ主役みたいだなっ!」
自分と全く同じコトを思っていたフユが、なんだか可笑しくて、アタシは声を上げて笑ったんだ。
「曲ーがーりくねったぁ、道の先にー♪」
帰り道の電車の中、アタシは昼間にみんなで歌ったあの曲を口ずさんでいた。
「お前、その曲マジで好きだなぁ。生でライブ聴けたコトよりそっちのが記憶に残ってるってどうなんだよ」
「うっるさいな、フユと梓だってそっちのほーが鮮烈だったでしょ?」
「まぁ、そーだけどさ」
思い出すだけで、興奮が蘇ってくる。いつまでも覚えていたいなと思う。
「で。梓、純。2人とも今日はどーだった?」
「すっごく、楽しかった!」
間髪入れず、アタシは言った。
「前にジャズ研のみんなと一緒にジャズのコンサート行ったコトあるんだけど、フェスはそういうのとはまた違った面白さがあって、なんていうか熱量が半端なかったっ」
アタシは興奮冷めやらずといった感じでまくし立てるように今日の感想を言う。
「私も楽しかったよっ。野外フェスは行き慣れてるけど、今日みたいに友達と一緒に行ったの初めてだったし。……来年もまた来ようね?」
そんな梓の提案に、首を横に振る人間は誰も居なかった。
「絶対にまた行こう。俺もすげぇ楽しかった。生であんな迫力ある演奏聴けて、いい刺激になったし、ナニより感動した。音楽って改めて凄いよなぁ」
しみじみとフユは言う。確かに端末を通さない生の音楽というのは本当に凄かった。まだ、耳がキーンと鳴っている。
「あとやっぱりさ、みんなでステージの上で演奏できたのが楽しかったよな。……あのさ、俺ひとつ考えがあるんだけど、俺たちで―――」
「フユ、ちょっと待ったっ!」
アタシは慌ててフユの言葉を遮る。フユがナニを言おうとしているかわかってしまったからだ。
「ソレは……絶っ対にアタシが言うっ」
フユにばっかりいいトコとらせない。
楽しんでやるんだ。アタシだって、やってやる。
「アタシたちで、いつかバンド組もうっ!」
アタシがそう言うと、フユは全部わかっていたのかニヤリと笑った。梓はちょっとビックリしたような表情をしていたけど、次第に諦めたように優しく微笑んだ。
「おう、俺たちで」
「うん、私たちで」
「よし、アタシたちで」
アタシたちは子供のように拳をぶつけ合って、そして子供のように笑った。
ソレからしばらく雑談しながら電車が駅に到着するのを待っていたのだが、ガタンと電車揺れると同時に、フユがコテンとアタシに頭を預けてきた。
「あらら、フユのやつ、寝ちゃったみたい。……今日はなんだかんだでイチバンはしゃいでたのコイツだもんね」
言いながら、アタシはバランスを崩さないよう注意しながら鞄から持ってきた上着を出して、ソレをフユの体に掛けてやった。
フユはアタシの肩の上で気持ちよさそうに眠っている。
「フユってさ、……ホント不思議なヤツだよね。最初は男子だからかな、とか思ってたけど、そういうんじゃなくて、フユはフユだからこんなに気になっちゃうのかなぁ?」
独り言のように、アタシはフユに対する思いを梓に零した。
「き、き、気になるって……純、まさか……」
梓が青い顔で、物凄い迫力でアタシににじり寄ってくる。
……あぁ、なるほどね。
「別に気になるって言っても、梓みたいにフユに恋してるとかそーいうんじゃないから安心しなよ」
「そっか、よかったぁ。安心するよ、純は私みたいにフユに恋して―――○!?☆?■◎!※㈱%!?」
後半は宇宙語を喋っていた梓だが、まさかバレてないとでも本気で思っていたのだろうか?
「な、な、な、……な」
「な?」
「なんっで私がフユと……っ!?そんなワケないじゃんっ」
青い顔から一転して真っ赤な顔で唾を飛ばしながら否定してくる梓。
「あーあーあー、もうソレでいいから」
フユの口癖を真似しながら、真っ赤になってパニクっている梓を鎮める。
そんなんだからフユに気付いてもらえないんだよ、と偉そうにアドバイスしてやろうと思ったけど、さすがに大きなお世話だと思ったので、あえて黙っているコトにした。
「うー……、じゃ、あ、さ。純……」
「ん?どうしたの、梓」
「席、代わってよ」
恥ずかしそうに懇願してくる梓に向かって、アタシは笑いながら言ってやった。
「絶対、譲らない」
梓には悪いけれど、ソレとコレとは話が違うのだぜ。
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勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。
Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。
よかったらお付き合いください。
首を長くしてご感想等お待ちしております。