AM8:36 文京区内 ポレポレ
媒染機がボコボコと、コーヒーを沸騰させる音。
厨房にてグツグツと、自慢の味わいを持つカレーを温める音。
そして…
「やけ~に~やさしす~ぎたのは~いつかのゆ~めと~おもわせ~て~」
店内で明るい声で歌を歌う男性。店内に流れる明るくもあり、人々をなごませるピアノが主旋律の曲とは正反対の曲だった。
店の準備中ということもあり、店内は彼一人であるためか、そんなことに気を留める様子もなく、歌の盛り上がりと共にその気分を高めていく。
「そん~な~ふうに~おも~う~さみしさあふれ~る~ゆ…」
「おっちゃん、うるさい」
気分が高揚していた男性をバッサリと切り捨てるように、店の入り口から入ってきた少女-朝日奈(あさひな) 奈々(なな)が言い放った。
「うっさいってなんだよ。人が気持ち良く歌ってる最中なのにさぁ…」
「外にまで響いてんの。歌いたかったらカラオケに行ってきて」
外に響くほどの音量で歌われるのがよほど恥ずかしかったのか、奈々の言うおっちゃん-飾(かざり) 玉三郎(たまさぶろう)への態度はかなりきつかった。
「そうか、なら声を小さくして歌うかなぁ」
そう言うと、玉三郎は声を小さくして再び歌い出した。どうやら彼の中に歌うことを止めるという選択肢はないらしい。
「それより、おっちゃん。五代さん、いてる?」
奈々が、玉三郎に向かって訊ねる。
「雄介か…?」
玉三郎は、当店の目玉メニューとなっているケロンパカレー用の金箔を用意しながら応えた。毎度見る度に思うのだが、あの金箔は何で出来ているのだろう、と奈々は思う。人気メニューとなっているのだからお客さんには不満を与えていないようなのだが、どうも腑に落ちない。
「あいつは、確か今日病院に行くとか言ってたような…」
「え!?五代さん、どこか具合悪いん!?」
玉三郎の言葉を遮り、身を乗り出す奈々。雄介のことになると奈々はいつもこうなので、玉三郎は何も言わず、いつもの調子で応えた。
「あいつに限って、そんなことはないと思うんだけどなぁ…まぁ、店前の掃除やってたし、普通にバイクに乗ってたし、問題ないだろ」
「おっちゃん軽すぎ!!五代さんが道端で倒れてたらどないすんの!?」
「道端って…そんな弱々しい奴じゃないだろ、あいつは。フラッと出て行くのはいつものことだし、いつも通り帰ってくるって」
とくに心配する様子もなく、温めていたカレーを味見する玉三郎。いつも通りの出来映えに気分をよくしながら、彼は再び歌を歌い始める。
「だから、歌うの止めてって言うてんのに…」
玉三郎の言葉に少々反感を覚えながらも、それに納得してしまった奈々は、店の中に流れ始めた奇妙な音楽に隠れるように小さなため息をついた。
AM9:17 関東医大病院
「……」
「……」
静寂に包まれた診察室で、2人の男性が身動きもせず、あるものを凝視していた。1人は背後にいる男性の骨や内臓などの器官を映し出したレントゲン写真、もう1人はレントゲン写真を凝視する男性の背中だ。後者の人物にいたってはその表情を張りつめており、ひどく緊張した様子だった。
そんな時間が幾らか経った後、レントゲン写真を凝視していた男性-椿(つばき) 秀一(しゅういち)がもう1人の男性-五代 雄介の方を振り向き、閉じていた口を開いた。
「ま、問題ないな」
「そうですか、よかった~」
椿の通告に対して、雄介は安心しきった様子で大袈裟にホッと溜め息を吐いた。
雄介が何故ここにいるかと言うと、新しいクウガの力-金の力が雄介の体にどのように影響しているかを定期的に調査するために椿が提案したことがきっかけだった。
クウガに変身する力を与える霊石-アマダムが埋め込まれたベルト状の物体-アークルを装着した雄介の体を診察した椿は、その異常性を見て当初から危惧していた。未確認生命体の体も解剖したことがある彼だからこそ、それに似た状態の雄介への危機感は強かったのだろう。その上、雄介は金の力という古代の碑文にない力を手に入れたのだ。ただでさえ、体にどのような影響を与えるかが解明されていないのに、これ以上、アマダムに変化があったら自身の警告だけでは追いつかなくなる可能性を考慮した椿はより期間を詰めた検診を提案した。
体への影響を感じなかった雄介もその提案には直ぐに賛成した。みんなの笑顔を守るためには、敵のことやクウガのこと、そして自身のことをもっと知るべきということを彼は重々理解していたからだ。もっとも彼がそれに素直に従うのは、未確認生命体が活動を停止しているときのみなのだが。
「金の力で何体か未確認生命体を倒してきたようだが、体は何ともないか?」
「全然大丈夫です!今朝の目覚めもバッチリでした!」
椿の問いかけに、いつも通りの笑顔で応える雄介。雄介が病院に訪れる際の恒例となったやり取りを経て、椿はいくらか安堵感を覚える。
第6号との戦いで重傷を負った雄介が椿の忠告を「大丈夫です!」の一言で出て行った前例があるため、彼が病院に訪れる度に体のどこかに異常があるのを無理矢理隠していないか考えてしまうのだが、未確認生命体との戦いが進むにつれ、雄介は体調管理にも気を遣うようになっていた。アマダムの変化などへの警戒は当分緩まれことはなさそうだが、こちら側の警戒は少し緩んでもよさそうだ。
「しかし、油断するなよ。いくらアマダムの力を使いこなしているとはいえ、それは完全にお前の味方ってわけじゃないからな」
アークルを見透かすように、雄介の腹部を見る椿。彼の視線につられて雄介も自身の腹部を見つめ、そこを軽くさすった。
「まぁ、数日前の結果と比べてもこれといった変化は見当たらないし、アマダムもいつも通りの活動をしている。あとはしっかり用心をすることと……」
「未確認が、これ以上強くならないことを祈るだけですよね」
椿の言葉を遮って、雄介が言う。
雄介の言葉が示しているとおり、未確認生命体の強さはより大きなものとなっていた。
毒の胞子によって雄介を一度仮死状態にまで追い込ませた者もいれば、戦える時間が大幅にカットされる緑色のクウガでなければ姿を捉えることが出来なかった者、さらには古代からのクウガの相棒-ゴウラムが合体したトライチェイサーの突進攻撃に耐えることが出来る者。さらにはそれらの力を遥かに上回る、複雑なゲームを開始した未確認生命体までもが現れ始め、未確認生命体による被害もより大きくなっていた。
そんな最中、未確認に対抗するように現れた金の力。この力はクウガにより大きな力を与え、強力な未確認生命体とも互角以上に渡り合う力を与え、雄介や一条や椿、人間を勝利に導いてきた。しかし、金の力を利用することで、未確認を倒した際の爆発の被害や、雄介の体への影響が遥かに大きくなったため、多用できる代物ではないことも事実である。
金の力が現れ始めた原因は、雄介が仮死状態に陥った際に椿が雄介に施した電気ショックとされている。電気ショックが雄介の体を通ってアマダムを刺激することに加え、雄介の「強くならないといけない」という思いが脳からアマダムに送り込まれたために、アマダムに変化が現れた、というのが雄介、椿、一条の見解だが、実際のところは不明だ。
この金の力に対して、とくに爆発の被害が圧倒的に大きくなった点に、雄介はあまり良い印象をもっていなかった。それ故に雄介はこれ以上強い敵が出てこないように、『強くならないといけない』と思ってこれ以上強い力を手に入れないようにと心のどこかで感じていたのだ。
「まぁ、いなくなるのが一番なんですけど、まだ倒さなきゃいけない奴らもいますし…。それまでは精一杯頑張ります!」
雄介は苦笑いを浮かべながら、言葉を繋げた。椿はそんな雄介を見ながら、「そうだな」と返した。
「とにかく、未確認生命体が出ていない以上、お前はしっかり体を休めろ。いくらお前自身が大丈夫と思っても、見えない疲労は蓄積しているだろうからな」
「はい!じゃ、俺はこれで失礼します」
言うと同時に、診察室を立ち去る雄介。それを笑顔で見送る椿だったが、雄介の姿が見えなくなると神妙な顔をして雄介のレントゲン写真を再び見直していた。
AM10:46 群馬県山間部
「こいつは…ひどいな…」
現場に到着した杉田が、まるで汚物を見るかのような表情でつぶやいた。言葉を発していないが、未確認生命体対策班からこの現場に駆り出された一条や桜田も同じような表情をしていた。
視線を右に向ければ、生い茂った木々に、何かが切り裂いたような鋭い爪痕が残されており。
正面に向ければ、何か鋭く尖ったようなもので幾度も突き上げられ、限りなく崩壊させられた、誰かが乗っていたであろう車が。
左に向ければ、何かが爆発したかのようにめくれあがり、焦げた土が見えていた。
いずれの光景にも、生物の体を流れる血液や、生物の肉片が散乱した状態で。
現場の凄惨さを目のあたりにしていた3人を見て、この現場を担当していた刑事が3人のもとに駆け寄ってきた。
「遠路はるばるのご協力、感謝いたします」
「お疲れさん」
「状況は、どうですか?」
現場の担当刑事の挨拶に杉田が応え、一条が捜査状況について質問する。
「今回の騒動での被害者は群馬県在住の大学生3名。うち1名が男性で、他2名が女性です。不幸にも全員、命を落としていました」
その知らせに一条、杉田、桜井の3人は表情を暗くした。
「この3人の死亡推定時刻はいずれも昨夜7時30から9時までの間。死因はバラバラで、男性の体には何か鋭いものに複数回切り裂かれた後に、首もとを鋭い歯のようなもので噛みつかれて死亡。女性のうちの1人は崩壊した車についていた傷と同等のもので体を貫かれたことにより死亡。もう1人の女性は何らかの爆発物による爆発によって死亡したと解剖の結果、確認されました。死体に残った傷跡を調査した結果、人間による被害ではないものと、当署内では判断いたしました」
被害者の被害状況についてまとめられた資料を3人に配布しつつ、担当刑事は3人に説明した。
資料に目を通す3人は、それに掲載されていた被害者の被害状況が写された写真を凝視した。
「解剖した担当医と鑑識班からの情報を統合した結果、複数の未確認生命体が出現した可能性が高いと、当署内では判断しました」
被害者の被害状況から見ていた一条らは、その判断に納得した。これほどにまで殺害方法が異なっているのだから、別々の未確認生命体による被害とみて捜査を行うべきだろう。
しかし、その一方で一条は疑問を抱いていた。
これまでの未確認生命体はある一体が活動している間は、他の未確認生命体は派手な活動をしていなかった。故に、未確認生命体対策班は一体への対策を考案し、その度にその未確認生命体を倒すことに成功してきたのだ。逆を言えば、これまでに未確認生命体を倒せてきたのは、彼らが一体のみづつで活動してきたためになんとか対抗できていたと言っても過言ではないのである。
未確認生命体同士が協力をし、人間を殺害している可能性も考えられるが、彼らの行動は、『制限時間内にどれほど人間を殺害できるかを競うゲーム』と言うことが明らかとされている。この自己中心的なゲームの仕組みが、ゲームを考案した未確認生命体自身の性格を含んでいるとすれば、このゲームの娯楽を他の未確認生命体に分け与えるということは考えられない。
これらの点から、未確認生命体が同時に行動する可能性は今まで考慮する必要がないと上層部は判断してきたのだ。
その中で、複数の未確認生命体が同時に活動をしている可能性が出てきた。
このことが意味するのは、この段階に来て未確認生命体が何かを始めた可能性と、対策班の動きを大きく変える必要性があることを意味していた。この一条の考えは、他の2人にもすぐに伝わった。
「この3人以外の被害は?」
「現在、確認されておりません。しかし、3人と共に車に乗っていた男性1人が行方不明で、現在行方を追っております」
それを聞くやいなや、それぞれが別の行動に移った。杉田は警視庁とこの地域との合同捜査を行うための指示を捜査本部に指示、桜井は行方不明者の探索の補助とともに未確認生命体に関した更なる情報の収集、一条は関東医大病院の椿に持っていくための被害者の遺体状況をまとめたものの提供をこの地域の警察に依頼するという運びとなった。
AM11:37 海岸線 汐留自然公園
すぐ側にある海の潮の香りが鼻をくすぐる。風が吹きやすい地形であるために、公園内で時を過ごす人々は非常に穏やかな表情でそれぞれの時を過ごしていた。
しかし、公園内の芝生に寝転がる青年-五代 雄介だけは何かに悩んでいるような表情をしていた。
「はぁ……」
目の前に広がる青空に向かって、溜め息を吐き出す雄介。息をはききると同時に、雄介は静かに目を閉じた。
雄介の瞳の裏には、第42号と闘った時の光景が浮かんでいた。
場面は、金の力を纏わせた紫色の姿-ライジングタイタンフォームで42号にとどめを刺そうとした瞬間。あの時、雄介は憎しみの心のみで自身を動かし、そして憎しみのまま、42号を傷つけ、その命を奪った。
その際に脳裏に浮かんだ戦士のシルエット。
全身の至るところが禍々しく、鋭くとがっており、近づくだけで傷つきそうな体は本当の闇のように黒くそまっており、その戦士の角は2本ではなく4本。さらにその戦士の心に秘めた優しさを感じさせる大きな2つの複眼も、まるで優しさが枯れ果ててしまったかのように黒く染まっていた。
その禍々しき姿の戦士を、クウガと判断するのは雄介にとって造作もなかった。その戦士の凄まじさ、恐ろしさも手に取るように分かり、同時にその戦士が雄介の友人-沢渡(さわたり) 桜子(さくらこ)が以前から話していた『凄まじき戦士』であることも理解していた。
「結局、椿さんには言えなかったな……」
雄介はそのシルエットが脳裏に浮かんだことを、椿には言っていなかった。
これまで雄介が新しい力を手に入れることによってアマダムには何かしらの変化があり、椿による診察でも変化があることが確認されてきた。例のシルエットが浮かんだことによって、また何かしらの変化が表れるのではないかと雄介は警戒していたのだが、どうやら椿の目から見てもアマダムの変化は確認されなかったようである。
しかし、脳裏に浮かんだ禍々しき戦士を見て、雄介は椿にもこのことを告げるべきだと判断していたのだ。
理由はいくつかある。
現段階において、自分が未確認生命体を討伐するための最重要戦力であることがひとつ。
自身のコンディションを最善の状態に保つために、自身の状態を常に把握しておき、また自身の専門医となっている椿にも把握しておく必要があることがひとつ。
そして、何よりの理由が……
その戦士に対して、少なからず恐れを抱いたためである。
これまで雄介は、他人には出来る限り見せなかったがクウガに変身することに対して恐怖を感じていた。椿が何度も警告する、未確認生命体のような生物兵器になることに、だ。
雄介は争うことを嫌っていた古代民族-リントが作ったこのアークルは未確認生命体-グロンギに対抗するための代物であることを重々理解していたため、グロンギと同じ存在になるような代物を作ることはあり得ないと考えていた。しかし、凄まじき戦士のシルエットは、これまでの雄介の考えを一変させるのには十分だった。
そして雄介は再び警戒し始め、凄まじき戦士のシルエットを見ることでグロンギ同様の体になってしまうのではないかとも考えていた。
その恐怖と緊張感のなかで、椿から『問題ない』と言われた。その言葉は雄介に安心感を与え、張り詰めていた緊張の糸を断ち切らせたのだ。
「やっぱり、あそこで安心したのはまずかったかなぁ……」
そう言いながら、自分の腹部を見る。付き合いが長くなってきたとはいえ、まだまだアマダムについては謎が多い。古代の碑文にも、重要なことはあまり書かれていなかったようなので、手探りの要領で調査をしていくしかないようだ。その手探りを行える大半がリントと雄介が嫌いな戦闘というのは皮肉な話であるが。
「まぁ、次の検診の際に言えばいいか」
重要な話であるのだが、持ち前の気楽さで先程まで考えていたことを脳の隅に押し込む雄介。雄介はそのまま起き上がり、ポレポレの手伝いにいくため、近くに止めていたビートチェイサーに向かう。するとビートチェイサーから未確認生命体対策班からの連絡の際になる音が鳴った。
『五代雄介。聞こえるか?』
ビートチェイサーに搭載された無線機から、一条の声が聞こえた。
「はい!」
『群馬県にて新たな未確認生命体による犯行と思われる事件が発生した』
「43号、ということですか?」
『いや、まだその可能性の段階だ。それに、現場には奇妙な点がいくつかあるんだ』
「奇妙な点…?」
それから数分間、無線機のスピーカー越しの会話が行われ、雄介はその話に真剣に耳を傾けていた。
『……以上の点から含めて、複数の未確認生命体が同時に行動を開始した可能性が考えられる。幸いにも被害はこの事件のみで留まっているが、未確認生命体が東京や人の多い地域に移動しないとも限らない』
「じゃあ俺はこっちで待機しておきます。何かあったら連絡して下さい」
雄介の言葉に『ああ』という一条の返事がスピーカーから聞こえ、通信が途切れる。
久しぶりの休みの日に舞い込んだのは、未確認生命体の新たな動き。数瞬前まで穏やかだった表情を引き締め、雄介はビートチェイサーのエンジンをかけ、自然公園を後にした。
時刻 場所不明
自分は目覚めてしまった。
それは自分を封じていたものもまた、目覚めてしまったからというのを自身のうちの何かがそっと囁いた。
この世界に、目覚めてしまった自分は、それを再び封じにいかなければいけない。
再び自分をこの世界からいなかったことにするために。
自分を封じたものを、唯一大切と思えたそれを守るために。
「ラデデギソ…クウガ」
それは、倒すべき存在の名前を、静かに口にした。
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