PM07:22 群馬県山間部
一台の自動車が、日の暮れた山の道路を走っていた。
運転席、助手席、後部座席に座る青年2人と少女2人を乗せた車は交通規制を受けていない道路を猛スピードで駆け抜けていく。乗車マナーを守る気の片鱗さえ見せない4人の気分は非常に高揚しており、そんな車内はお祭り騒ぎだった。
人も対向車も通らないことを良いことに、車は速度を落とさぬまま、カーブにさしかかる。
その時…。
「うおっ!!」
運転手の青年が急ブレーキをかけ、車は大きく揺れながら停車した。
「おい、なんなんだよ、いきなり…」
「どうしたの?」
「何かあった?」
口々に運転手の青年に話しかけてくる他の男女。すると運転手の青年はあわてた様子で辺りを見回しながら答えた。
「今、車の目の前に、誰かが…」
青年の発言に高揚していた車内の雰囲気が一気に冷めきった。
他の男女も車から辺りを見回すが、青年の言った人影などどこにも見当たらなかった。
「どこにもいないよ?」
「見間違えじゃないか?」
周囲が暗いため、そう判断するのが妥当だった。別の青年の一言に運転手の青年は素直に同意した。
「早く行かない?なんか気味悪いよ……」
周囲を見回し、後部座席の女子が少し青い顔をしながら言う。
車のヘッドライトがなくなってしまえば、完全に暗闇の一部と化してしまうであろうその場所の暗さは、言いようの知れない不気味さがあった。
少女の一言がきっかけで、その暗闇の不気味さが車内に浸透していき、車内の空気がより一層冷たくなる。
「そうだな、さっさと行くか……」
運転手の青年がエンジンをかけようとする。が、先程の急ブレーキで何かおかしくなったのかエンジンがかからなかった。
「おかしいな」と言いながら、青年は車を降りて、車の前方に向かいボンネットのカバーを持ち上げようとした。
その瞬間、青年がカッと目を見開いた。顔色はみるみる青白くなり、過呼吸を起こしたかのように荒々しく呼吸を繰り返す。それらの行動に加え、左手で首をおさえる行動をとる彼の様子は尋常ではなかった。
青年の様子がおかしくなったのを見て、車内のメンバーに動揺が走った。脳内の処理が追いつかない中、ボンネットに置いた片手で自身を支えていた青年が、とうとう地面に倒れ込んだ。
「おい、どうした!?」
「大丈夫!?」
車から降りた青年らは、苦しんでいる青年に声をかけ、青年のもとに駆け寄る。地に倒れ伏している青年の喘ぎ声が不気味かつ生々しく暗闇に響きわたっていた。
「カ、ガァ…ア…カハ…」
「おい、しっかりしろ!!」
「どうしたの!?」
「ねぇ、何があったの!?」
口々に叫ぶ青年らの呼びかけも虚しく、運転手の青年の顔色はますます蒼白となり、口から漏らす喘ぎ声の力も次第に抜けていく。
運転手の青年以外の青年らは、混乱し、そして目の前で青年が苦しんでいる様を見続けるしか出来なかった。
そして、青年の喘ぎ声が止まった刹那…。
生々しい音が、その空間に振動を与えた。
そして、次の瞬間には運転手の青年以外のメンバー全員の悲鳴が山の中全域に響き渡っていた。
AM9:32 警視庁 未確認生命体合同捜査本部 第一会議室
複数の長机がコの字型に綺麗に並べられた一室には、十数人の刑事達が集まっていた。会議に出席する刑事達は皆、その厳粛な空間に触れ、引き締まった表情をしている。
その場にいる一人一人の放つ雰囲気が、空気をピリピリと張り詰めたものにしていた。
「では、これより未確認生命体対策会議を始める」
コの字型に並べられた机から離れた場所に設置された長机のイスに座った対策班のまとめ役の男性-松倉(まつくら) 貞(さだ)雄(お)が静かに話し始める。
議論の内容は、未確認生命体第42号がもたらした被害も含めてのこれまでの彼らの行動について、だ。
この議論では、これまで未確認生命体がどのような手法で人間に襲いかかるかの他に、彼らの活動範囲と習性、未確認生命体を倒してから新しい未確認生命体が活動を始めるまでの期間などを、現場の前線で働く側、科警研側からの意見を総合するためのものだ。
これから出現する未確認生命体による被害を0にするために必要な武器、警備体制などを確認し合うのはもちろん、法則性のあるゲームを開始した未確認生命体の行動性を速く、確実に判断し、人々の安全を確保する方法を、それぞれの立場からの見解をぶつけあうことで、無駄のない最良のものを導くための場である。
時が経つごとに強力になっていき、人間の中に溶け込んでいく未確認生命体に、どのように立ち向かうか。
その解答を出すのには、それに立ち向かう大勢の人間と、彼らによる膨大な量の意見のぶつけ合いが必要と警察上層部は判断を下した。
故に未確認生命体対策会議は以前にも増して頻繁に行われるようになり、その度に対策を最高のレベルにしてきたのだ。
「では、今回の会議はこれにて終了する。他に報告がある者はいるか?」
今後の方向性が決まったところで、松倉がたずねた。
「はい」
会議室の後ろの方に着席していた刑事が手を挙げた。まだ若い年齢の青年であり、少し苦しそうに着ている新品で固めのスーツがますますそれを印象づけている。
未確認生命体合同捜査本部に新しく配属された新米刑事の青年だ。
「報告と申しますか、質問が1つございます」
「なんだ?」
「未確認生命体第4号への対応については、何も決定しなくてもよいのでしょうか?」
青年の質問が、張り詰めた空気に波紋を生んだ。中でも、未確認生命体第4号-クウガのことをこの場にいる誰よりも理解しているであろう刑事-一条(いちじょう) 薫(かおる)は質問した刑事に怪訝そうな表情を向ける。
「と言うと、どういうことかな?」
松倉が、その場を静めるように切り出した。
「味方であるはずの4号が42号と戦っている際の4号の戦い方が、どうしてもただ殴っているようにしか見えなかったんです。まるで、自身の恨みをただぶつけているように感じました」
青年の言葉に、会議室内はシンと静まり返っていた。とくに前線で戦っていた刑事達は、42号と4号の戦いを思い出し、何人かは青年の刑事に同意しているように見えた。
「そればかりではなく、4号の力が大きくなってきたことに、一部の報道では4号の闘争本能について恐怖しているともあります。4号もその本能に従って他の未確認生命体のように我々を襲うのではないでしょうか?」
「……」
誰もが静まっている中、一条は心中穏やかではなかった。戦友であり、親友である4号が倒すべき未確認生命体と同じように見られているのだ。
そのように見るのは新米の彼だけではなく、合同捜査本部に配属され、長期間経った者も同じように見始めているように感じる。
それが一条には、耐え難かった。
「君の意見も、よく判る。だが、それについては現段階では考慮しなくていい」
松倉が、再び乱れ始めた場をなだめるように言う。
「しかし…」
「ただし、だ。今後も4号が他の未確認同様、本能に身を任せた戦闘を繰り返し、我々に危害を与える存在になりかねないと判断した場合は、殲滅すべき対象に4号も含める。それでは、ダメかね?」
反論しょうとした青年を抑え、言葉を続ける松倉。青年の意見を否定せず、かつ現段階で出せる最良の案に、青年は大人しく引き下がった。
「では、これにて会議を終了する。全員各自の持ち場につき、次の指令を待機するように。解散」
「はい」という返事を全員がしたことにより、会議室内の張り詰めた空気がなくなった。会議に参加していた人物達がゾロゾロと会議室から出て行く中、一条だけは座席からまだ立ち上がっていなかった。
「よう」
そんな一条に一人の刑事が話しかけた。
杉田(すぎた) 守(もり)道(みち)。
一条の次に4号を深く理解、信頼している人物だ。
「杉田さん…」
「さっきの会議のことか?」
空いている席に腰をおろしながら、一条に話しかける杉田。
彼の問いかけに一条は無言だった。しかし、その反応が杉田の言葉が正しいことを証明していた。
「まぁ、俺も最初は『未確認生命体は倒すべき敵だ』って思ってたからな」
彼の言う通りである。
本来、未確認生命体もクウガも現代には存在しないはずの存在だった。そんな存在がいきなり現れるばかりでなく、人間に襲いかかってくるのだから、敵対心を持つのは当然だ。
4号の最大の理解者である一条もかつてはその一人だったのだから、まだ未確認生命体の事件に深く関わっていない新米刑事の青年の気持ちはよく分かる。
だが、話は単純なものではなかった。
「しかし、他の連中まで疑うようになるとはな」
4号に対する不信感は青年だけでなく、未確認生命体合同捜査本部に長い間所属していた刑事達もが抱いていた。
一条や杉田、松倉などのように4号に変身する人物との関わりが多くなく、彼の人柄を彼らがよく知らないことも、彼らの信頼を揺らがせることを助長しているのだろう。
その事実を極端にとらえるなら、今では必須となっている4号との連携戦術に歪を生じさせ、今後の戦いで更なる被害を呼び起こす可能性が生まれることを示唆している。
それほどまでに、前回の4号の戦闘は荒々しく、凶暴だったのだ。
『悔しいです…何で何も出来なかったんだろうって…』
一条は、4号の姿に変身する前の親友の姿を思い出した。
救えないことが悔しくて。
涙を見るのが辛くて。
何も出来ないことが許せなくて。
そんな思いが、親友の中にずっとたまっていたのだ。
「まあ、でも……俺達は4号のことを、五代(ごだい)くんのことをよく知っている」
まるで独り言のように呟く杉田。しかし、一条に向けたそれは、一条の心境に安心感をもたらしていた。
「こういう時だからこそ、五代くんのことを信じてあげなきゃいけないよな」
「…えぇ、そうですね」
4号-五代(ごだい) 雄(ゆう)介(すけ)はこれまで、誰かの笑顔のために命がけで戦ってきた。
そんな彼を、彼のことを心の底から信じている自分が支えてあげなければならない。
一条はそのように思った。
「一条さん、杉田さん」
会議室にいる2人の名を、部屋に入ってきた刑事-桜井(さくらい) 剛(つよし)が呼んだ。
「出動要請が出されました。すぐ来て下さい」
突如出された出動要請に2人の顔色が変わった。どこにでもいる人間のそれから、犯罪者を逃すことなく見つけ出す刑事のそれへと一瞬に切り替わっていた。
「分かりました」
人間は人間として、人間に出来ることを。
雄介は人間として、雄介に出来ることを精一杯しながら皆の笑顔を懸命に守ろうとしている。
そんな人間を支えられるのは、やはり人間の自分であると、一条は知っていた。
人間である自分や大勢の人達を未確認生命体から救ってきたのは、人間である雄介だったから。
「(俺も、支えてやるからな…)」
戦士クウガとして闘う彼もまた、一人の人間である。そんな彼を人間として、親友として、一条も支えたいと思ったのだ。
そのために出来ることを、精一杯やる。
一条は、そう思いながら捜査に向かう。
未確認生命体と闘う、彼と雄介すらも知らない伝説が今、静かに始まろうとしていた。
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