第10話 音楽を楽しむ方法
やっぱりというか案の定というか、その日はドコかうわの空で、授業にも集中するコトができなかった。
休み時間、俺は窓際にある自分の席で珍しくボーっと外の景色を眺めて、さわ子センセイに言われたコトを反芻していた。
「肩に力入りスギ……か」
ムリしてるつもりはない。今自分にできるコトを必死にやっているだけで、むしろそんな風に言われるコトがけっこう心外だったりする。
HI-STANDARDをi-Podで大音量で聴いて気分を紛らわせようとしても、あまり効果が見られない。お気に入りのDear my friend が流れて出しても、やっぱり気怠さが抜けない。
グラウンドで次の体育の授業の準備をしている生徒たちを眺めていると、いきなり何者かによってイヤホンが片耳から引き抜かれた。
「なーに黄昏ちゃってんの、アンタ。珍しー」
どかりと俺の前の席に腰を下ろしたソイツは、友達の純だった。
純はナニ聴いてんの?と俺のイヤホンを片耳に装着しながら訊いてきたので、ハイスタ、と短く答える。
「で、ナニ?周りから見たら、今俺は黄昏てるんか?」
「まぁ見えるね。ナニナニ、悩みでもあんの?お姉さんが相談乗ってあげよっか?」
「別に悩みとかじゃねーけどさー」
……いい機会なのでちょっと純に訊いてみようか。
「純さ、お前今ベースやってんじゃん?」
「うん」
「俺は、ギターやってんだよね」
「うん?……うん、そりゃ知ってるよ」
「うん、俺も知ってる」
「……ふ、フユ。どうしたの?」
このまま朝、さわ子センセイに言われたコトを言ってしまおうかと思ったが、言うコトができなかった。
余計な心配かけたくないってのが建前で、本音はしょうもないコトで悩んでいる情けない自分を見せたくないんだろうな。
「…………」
「え、嘘、けっこうマジな話だったりする?」
俺がナニを言ったらいいかわからずに黙っていると、純が目を見開いて焦ったように言った。
「じゃあ、部活終わってからじっくりちゃんと相談乗るよっ。あ、アンタ今日バイトだったっけ?あるんなら、夜にでも電話で――」
「あー、や、違うんだっ。ごめんごめん、全然そんな大したコトじゃなくて」
純はすげー心配してくれた。今度は俺が焦って、純の言葉を遮る。
「……ホントに?」
「ホントホント。今日ちょっと脚の調子悪くてさぁ、少しブルー入ってただけ」
「んー……、ならいいけどさ」
純はちょっと納得いってない感じだったけど、適当な嘘で押し切ってしまう。
「あーあーあー、なんかノド乾いたなぁ。純、飲みモン買い行こうや」
そう言って、誤魔化すように杖を握って立ち上がる。
余計な心配かけたな、といつもなら自己嫌悪に陥るハズだが、妙に気分が晴れているコトに気付く。
純は優しい。俺がちょっと元気なさそうにしているだけなのに、今みたいに本気で心配してくれる。
今みたいに気にかけてもらえるコトは、気付きにくいけどすげぇいいコトなんだよな。そんな純の何気ない優しさに嬉しくなり、俺は気が楽になっていくのを感じた。
友達の元気が無かったら純みたいに優しくしたいな、と当たり前のコトを改めて強く思った。
そんなこんなで気を取り直して部活の間、唯先輩を観察してみたが、さっぱりわからない。
いつものように楽しそうにお茶して、楽しそうに練習して、楽しそうに笑っていた。本当にいつも通りの唯先輩、そんな彼女が俺にとって重要なヒントを持っているらしい。
しかし、ソレは謎のまま部活動は終わってしまった。
いつものように俺たちは連れ立って下校する。電車通学のムギ先輩と別れて、俺たち5人は雑談しながら通学路を歩いていく。唯先輩、律先輩、澪先輩の3人に俺と梓が並んで付いていく。
今も唯先輩はしょうもないコトで盛り上がって話し込んでいる。確かにあのハイテンションさとかノーテンキな神経とかは見習いたいトコだけど、さわ子センセイが言っているのはそういうコトじゃない気がする。
うーん、ホントなんなんだろう?
「―――でね、それでねっ、って………フユ、ちゃんと聞いてる!?」
「え?……ああごめん、梓。ちょっとボーっとしてた」
おっと、イカンイカン。
気が付くと、隣で一緒に歩いている梓がこちらを睨んでいた。
「えっと何の話だっけ?」
「今日のフユ、なんだか様子おかしくない?」
「ドコもおかしくないない」
「……フユさ、今日ずーーっと唯先輩のコト凝視してるよね」
げ、しっかりバレてるし。
「別にそんなコトねぇって」
「嘘、絶っ対に見てた。……ひょっとして、唯先輩とナニかあったの?」
訝しげに迫力ある大きな目でこちらを覗いてくる。
全部説明してもいいんだけど、イロイロと面倒臭そうだ。誤魔化そう。
「そんなコトより引き続き、ガム噛んでる最中にくしゃみしたら何故かガムが無くなっている現象について議論しようぜ」
「ちょっと、露骨に話題逸らさないでよっ」
「青信号の青はどう見ても緑色なのは何故か、だっけ?青のりもそうだよな」
「だからっ―――」
「学校の授業で質問されたくないときに限って先生が当ててくる法則ってどうよ?」
「あのさ―――」
「ジイちゃんバアちゃんが乗ってるチャリのブレーキ音ってなんであんなにうるっせえんだろな?昔からすっげぇ疑問に思ってたんだけど」
「……もういい」
なんとも阿呆なゴリ押しで、誤魔化すコトに成功した。
それにしても、梓に気付かれているというコトは唯先輩本人にも気付かれている可能性が高い。……気味悪がられてないよな?
相変わらず唯先輩はお喋りに夢中だ。ハーゲンダッツは何味が一番美味しいか、律先輩たちと楽しそうに議論している。ちなみに我が家ではダッツは贅沢品の極みとされているのであまり口にしたコトがない、のでどれもウマく感じる。
しばらくさわ子センセイが言っていたコトを考えながら唯先輩の横顔をじっと見ていると、隣から強烈な視線を感じた。
不機嫌そうな梓と、ばっちり目が合った。
「な、なんだよ?」
「……フユのバーカ」
…………。
梓は突発的に原因不明な不機嫌になるコトが多い。
梓はなんだかんだ言って唯先輩のコトが大好きだ。そんな大好きな先輩がしょうもない男子生徒からちょっかい出されそうで、ソレが面白くないのだろう。まったく子供なヤツだ、と自分のコトを棚に上げてそう思った。
そうこうしているウチに、分岐点に辿り着いた。
俺、律先輩、澪先輩の3人と梓、唯先輩の2人で分かれるコトになるのだが、……ラッキーなコトが起こった。
「あ、そーだ。あずにゃん、私今日憂からお使い頼まれてるから、こっちの道から帰るね?」
そう言って唯先輩は、バイバイまた明日ー、と最寄りのスーパーのある道へと歩き出そうとする。
「唯先輩!俺も買うモンあるんで付いていってもいいですか?」
これぞ僥倖。チャンスだと思い、彼女に付いて行こうとする俺。
梓がモノスゴイ生温かな眼差しで俺のコトを見ていたが、気付かないフリをする。
「今日ポイント5倍デーだからお得ッスよっ」
「うんっ、フーちゃんも一緒に行こうっ」
お別れを言って、俺たちはみんなと別れた。
スーパーから出ると、辺りはもう薄暗かった。
「大丈夫?フーちゃん、重くない?」
小1時間も経たないウチに買い物は終了した。チビッ子たちが帰宅し、人気のなくなった静かな大型の公園を通り抜けている最中である。
お互い大して買わなかったので少量で済んだのだが、さっきから唯先輩は負担のかかっている俺の脚を気遣ってくれている。
「ヘーキですよ。男の俺がそっちのも持つべきなのに、すいません」
実際はやせ我慢でけっこうキツかったりする。ギターを背負って学校指定の鞄を持ってさらにスーパーの袋を提げているので、ぼちぼち脚が痛い。
「休憩しよう、休憩っ!」
そんな俺のやせ我慢はあっさり看破されていたらしく、唯先輩は強引に近場のベンチに俺を座らせる。……なんだか情けない。
俺の隣に唯先輩も座る。なんだか嬉しそうだ。
「ハイ、フーちゃん一緒に飲もう?さっき買ったんだぁ」
そう言って唯先輩はガサガサとスーパーの袋から500mlの紙パックのいちご牛乳を2つ取り出した。先輩の奢りだよー、とひとつを俺に渡してくれる。
ありがとうございますいただきまっす、と俺はパックにストローを刺して飲み始める。
薄暗い公園の中、並んでいちご牛乳をゴクゴク飲む、男女2人組の高校生。……激しくシュールだ。
やっぱ疲れたときは甘いモノがイチバンだね、と美味しそうに飲んでいる唯先輩を見ていると、なんだか意地張ってイロイロ悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
「今朝にですね、さわ子センセイがこんなコト言ってたんですよ」
直接唯先輩に訊いてしまうのはカンニングみたいであまり望ましくなかったが、もう降参だ。もう素直に訊いてしまおう。
俺はさわ子センセイに言われたコトを大雑把に説明した。
「さわ子センセイ曰く、なんかそのヒントを唯先輩が持ってるみたいな風に自信満々に言ってたんです……。ハッキリ言って欲しいんですけど、俺に足りないモノって一体全体何なんですかね?」
俺が思い切ってそう訊くと、唯先輩は少しの間考え込むように唸る。
「うーん……さっぱりわかんない」
あンの腹黒教師め……!話が違うじゃん!?なんかスゲー恥かいちゃったよ。
俺はため息をつきながらいちご牛乳のパックを潰してゴミ箱にシュート。綺麗な放物線を描いてソレはゴミ箱に収まった。
「あ、でもねえ。フーちゃんって最近ギター弾いてるときあんまり楽しそうにしてないよね?」
突然、唯先輩が思い出したように言った。
「……いやいやいやいや。ナニ言ってんですか、そんなワケないでしょう。楽しくないなら軽音部に俺居ませんって」
本当にナニを言い出すんだこの人は。そんなワケない、強くそう思ったが、何故か一瞬ギクリとした。なんでだろう?
「そーかなぁ?今日私たちと合わせて練習してるときだって、フーちゃん難しい顔してたよ」
「元々そーいう顔だったってオチは?」
「ゼッタイしてたー!」
演奏してるときの自分の表情なんて意識したコトもなかった。先輩がそう言うならそうなんだろうけど、俺は別につまらなく思ってるとか音楽が嫌いだとかそんな風に思っているワケじゃない。
俺はただ―――
「フーちゃんはただ、みんなに迷惑かけたくないんだよね?」
俺が思っていたコトを、唯先輩はそのまま言ってくれた。
「みんなの足手まといになりたくないよね、わかるなぁ。私も去年そうだったもん」
「唯先輩……も?」
「うん。軽音部入ってギター始めたはいいけど、澪ちゃんたちスゴイ上手でしょ?なんだか自分だけ違ってて、焦ってたっていうか肩に力入ってたっていうかね」
……今の俺と同じだ。
正直、唯先輩が1年前にそんな風に悩んでいるトコロを想像できない。
「でもね、みんなと練習してひとつナニかが上手くいって。またひとつみんなと上手く演奏できて。そういうの繰り返してるウチにギターが楽しくて大好きになってたんだ」
「ギターに名前付けるくらい……スか」
そうそう、と唯先輩は自分のレスポールを優しく撫でる。
「つまりは、もっと楽しんでギター弾いてみたらってコトですかね?」
「ギターに限ったコトじゃないよ。大小多少の問題はあっても、やるコトなすコトぜーんぶ、楽しむってコトはすっごい大切なコトだって、私は思うなぁ」
面倒な勉強でも、嫌な仕事でも、辛い練習でも、つまらない遊びでも、くだらない会話でも。
「そーゆーのって……意外とどんなコトよりも難しいと思います」
俺がそういうコトいうと、とてつもなくチープな言葉になってしまう。
みんながみんな唯先輩みたいじゃないんだ。
俺みたいなヤツだって、たくさんいる。
「うん、ムズかしい。だけど、とっても単純だよ」
単純?
「フーちゃん、今楽しい?」
「え?」
「今さえ楽しければイイと、私は思うなぁ」
「た、短絡的過ぎません……?もうちょい長いスパンで考えないと――」
「今さえ楽しければイイんだよ」
唯先輩はすげーいい笑顔で。
「今を楽しむ努力を一生通して死ぬまで頑張れば、楽しさ成分満タンだよっ!」
とんでもねぇコトを言いやがった。
とんでもねぇコトだけど、その言葉はあまりにも唯先輩らしくて。
「―――う、ははは……っ!い、今さえ楽しけりゃ、を死ぬまでって……。あははははっ、ちょっと待って、お腹イタイ……っ、タンマタンマ、はははっ!」
その言葉は、俺の心に滅茶苦茶響いたんだ。
何故だか笑いが止まらなくなり、馬鹿丸出しで笑い続ける。
「フーちゃん、ひどいっ!そんな笑わなくてもいいじゃん!」
「や、そうじゃなくてっ。……最っ高にイイ言葉ですね、俺の座右の銘にしてもいいですか?」
俺は本当に気に入ってしまった。ドコか抜けていて、でもスケールの大きな唯先輩みたいなこの考え方が、たまらなく気に入ったのだ。
そして、心の底からこう思う。
「唯先輩は、すごい」
「え、えぇ?そうかなー?やっぱりそう?」
「うん。唯先輩は、やっぱり凄い」
俺がマジでそう言うと、唯先輩は照れながら嬉しそうに笑った。
「じゃあフーちゃん!さっそく、今を楽しむ努力をしようっ」
ナニを思ったか、唯先輩はいきなりケースからギターを取り出して、ピックを構える。
「さあ、一緒に歌おうっ」
「えぇ!?こんなトコで?」
「今を楽しめない人は、この先も楽しめないよ?」
「や、ソレとコレとは話が―――」
「ホラホラっ、こないだみんなでカラオケ行ったときフーちゃんスゴイ歌上手かったんだから!恥ずかしがらずに、ふわふわ時間いくよっ!」
問答無用でギターを弾き始める唯先輩。今の気持ちを代弁しているかのような楽しいメロディでイントロを奏でる。
ったくマジかよ、と呟きながらも、俺はすげぇ楽しそうに笑っている自分に気付く。唯先輩と目が合い、お互いに笑う。俺は大きく息を吸い込み、唯先輩に合わせて歌い出した。
それは、とても楽しいコトだったんだぜ。
翌朝、今日も今日とて、俺はひとりで朝練を行っていた。
カッチカッチとメトロノームの刻む音に合わせてギターをかき鳴らす。TAB譜をチラチラ覗きながらなんとかコードを押さえてストロークを繰り返す。
いつもと同じ練習風景。しかし、いつもと違う箇所がひとつだけあった。
「おはようっ。フユくん、随分ゴキゲンじゃない?」
「……おはようございまっす」
案の定というか予想通りというか、やっぱりさわ子センセイが部室に訪れた。
「どうぞ続けて?私、フユくんの歌もっと聴きたいなぁ」
「あーあーあー、ちょっと気分良かったから歌ってただけですよっ!」
ニンマリ笑うさわ子センセイに対して、ギターの練習をしながら歌っていたトコロを目撃された恥ずかしさで赤面する俺。
「来ると思ってました。また、譜面台ですか?」
「いーや、今日はお茶飲みに来ただけよ」
「ココは喫茶店じゃないんですけどねー」
言いながら、昨日と同じように紅茶を淹れて、さわ子センセイにティーカップを渡す。
「あー、あのさ。さわ子センセイ」
「ん?どうしたの?」
ちょっと迷ったけど、俺ははっきり伝えるコトにした。
「俺さ、ギター弾くの好きだよ。バンドのみんなと音が合って、演奏するのも大好きなワケで。……だから、こうやって朝練続けるし、家で自主練するのも止めねぇ」
だって。
「だって、すげぇ楽しいもん」
そう言って、俺は照れ臭くなって、誤魔化すように笑う。
そんな俺のコトを、さわ子センセイは優しく見つめる。
「その様子じゃ、昨日私がナニを言いたかったかわかったみたいね」
「はい。……でもセンセイが直接言ってくれれば済む話だったんじゃないですか?」
「私が言うより、唯ちゃんが言った方が効果的かなって」
「まぁ、楽しむコトにかけちゃ、あの人はスペシャリストですからね」
すごい才能だと思う。俺や澪先輩、万人に羨ましがられるようなね。
「昨日も言ったと思うけど、フユくんと梓ちゃんはとってもラッキーね。幸せといっても過言じゃないわ。こんな素晴らしい部活に入れて。イロイロなコトを教えてくれる先輩たちがいて」
「それに、こうやって生徒のコト心配して、わざわざ様子見に来て、気に掛けてくれる、すっげー優しい顧問のセンセイもいるしね?」
俺は、イチバン言いたかったコトが言えて、ニシシと餓鬼っぽく笑う。
さわ子センセイは、一瞬びっくりしたみたいに俺を見ていたけど、次第に俺みたいに笑った。
「……あら、中々どうしてわかってるじゃない?」
「そりゃあ、俺も素晴らしい部活の部員のひとりですから」
俺たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
今もまた、間違いなく楽しい時間だった。
急いで走ったり、ゆっくり歩いたり、遠回りをしたり、寄り道したりしながら。
俺は音楽がまたひとつ好きになった。
音楽を楽しむ。
その努力を一生続けていこうと、俺は思う。
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勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。
Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。
よかったらお付き合いください。
首を長くしてご感想等お待ちしております。