満月が美しく輝く、とある夜
同じ女子寮に住むクラスメイトから借りた服を身にまとい、一人の少女が前髪で表情を隠したまま歩を進める。
そのクラスメイトには部屋まで送ろうかと言ってくれたが、少女は大丈夫ですと丁重に断って帰路へ
その足取りは決して軽くはなく、むしろ『重い』の部類に入る
埼玉県麻帆良市 麻帆良学園
少女が通うこの超マンモス校の女子中等部では、現在とある噂が広まっていた
“桜通りの吸血鬼”
この学園内にある、桜通りと呼ばれる有名スポット
文字通り春には両脇の木が桜の花を綺麗に咲かせ、見る者を毎年魅了させる
新学期が始まって間もない今はまさにその季節で、少女も今日その桜の花を目にしていた
しかし例のその噂は、この桜通りを本来はあり得ない恐怖の対象へと変えさせていたのだ
噂自体はごく単純で、『夜になると悪い吸血鬼が、血を吸いに襲ってくる』というもの
考えようによっては『夜中に小さい子が出歩かないように誰かが作って広めた』ともとれるかもしれない
しかしこの噂が特に広がっているのは、桜通りを通学路とする女子中等部の生徒
初等部や住宅街からは少々離れており、小さい子への作り話ならば他の場所を舞台とするだろう
そう、現に桜通りには“被害者が出ていた”
被害者自身に吸血鬼に襲われたという記憶は残っていないが、以下の点で皆が共通する
『夜中桜通りを歩いている途中にいつの間にか意識をなくし、気が付いたら朝まで眠っていて首元に噛み跡が残っていた』
最後の一つが特に強烈で、噛み跡の形から誰かが吸血鬼だと言い出して吸血鬼の噂が出来上がる
しかも被害者の内一名は少女のクラスメイト、加えて襲われたのは昨日の晩だというのだから怖くもなるだろう
現に本日、帰りがおそくなってしまった彼女は恐怖を胸の内に抱えつつ桜通りを通って寮まで帰宅
その途中で、“吸血鬼に襲われた”
驚愕と畏怖とで完全に動けなくなった少女は、吸血鬼の手によってあっさりと意識を奪われる
意識を失う直前、もう駄目と頭の中で流れるモノローグ
しかし気絶してから間もなく彼女は、想い人である少年の腕の中で目を覚ました
とは言ってもその時は目覚めたばかりでまだぼんやりとしか意識がなく、気絶中にいつのまにか制服が吹き飛んでたことによる肌寒さで覚醒した頃には既に少年の姿は無し
少年の腕の中にいたこと自体あまり覚えておらず、部屋まで運びシャワーと着替えまで貸してくれたクラスメイトに後から聞かされた
そして、現在に至る
そうこうしている内に、少女は自身の部屋に到着
部屋番号とその下に書かれた自分の名前、『宮崎のどか』を見て確認し、ドアノブに手を掛けた
「た、ただいまぁ……」
帰りが非常に遅くなったことに申し訳なさを感じつつ、ゆっくりとドアを開け、小さく帰りの言葉を告げる
「のどか!大丈夫だったですか!?」
「木乃香から聞いたわよ!襲われたってホントなの!?」
そんな彼女の、のどかの帰宅を同室のクラスメイト二人が出迎えた
はうあっ!と裏返った声を出すのどかにもお構いなしに、少女二人は部屋の奥まで彼女を引き入れる
「だ、大丈夫だよ?どこも怪我とかは無いし……それに……」
のどかはしどろもどろになりながらも自身の無事を主張し、
「ネ、ネギ先生が……たっ、助けてくれ……たから……」
曖昧な記憶から何とか引っ張り出し、顔を赤くしたまま事の顛末を二人に話せるだけ話した
のどかの無事な姿を目に出来て嬉しく思った親友二人、早乙女ハルナと綾瀬夕映は黙ってそのまま彼女の話を最後まで聞く
一部あったやや信じがたい部分は、『錯乱してしまったことで、記憶のどこかで齟齬が生じたのではないか』と解釈
それでも彼女の話しぶりや、のどかが襲われたという連絡をくれたクラスメイトの話を合わせると『吸血鬼(夜に人を襲う不審人物)の存在が事実』『自分達の担任であるネギ先生が間に入り、のどかを救出した』という点は間違いなく事実であると理解した
「ふーん……で、のどかはその件で惚れ直しちゃったわけか、ネギ先生に」
「ふえ!?」
一通り話を聞き終わり、顔をにやつかせてのどかに絡んできたのはハルナ
頭頂部から飛び出たアホ毛(二房あるため『触覚』と言う方が正しいか)と、下縁眼鏡が特徴の少女
彼女の言葉にのどかはさらに顔を赤くし、それを良しとしてかさらに続ける
「これはある意味チャンスよね……のどか!明日になったら早速作戦実行よ!」
「さ、作戦?」
「そう!ネギ先生を校舎の隅まで呼んで、『昨日はありがとうございますネギ先生、お礼になるかは分かりませんが、私の身体で良けれb』ぷぎゃっ!」
が、頭頂部に振り下ろされた哲学書(しかも背表紙)の鉄槌により、ハルナが脳内で妄想した言葉が最後まで紡がれることはなかった
振り下ろしたのはこの部屋にいる三人の内最後の一人、夕映
「ハルナ、ハードル高いどころの話じゃないです」
「冗談だってば冗談……あー痛」
短めの前髪によって大きく晒された額と、腰まで伸びたボリュームある長髪が特徴的
そんな彼女にジト目で見られながら注意されたハルナはあっさり話をやめ、鉄槌を受けた頭部に手をやってさする
のどかが例の少年、ネギ・スプリングフィールドに想いを寄せていることを既に二人とも把握済み
ハルナも先程ふざけたような言動を見せたが、実際のところは親友であるのどかの恋を真剣に応援している
ただ、やはりどうしても気に掛けていることがあるのだ
「でもさのどか、やっぱりもっと積極的に行かないとマズいって。いいんちょとかライバル多いんだしさー」
そう、のどか本人がこの恋に対しやや『引き』の姿勢気味であるという点
元々男性恐怖症で引っ込み思案であったのどかは、根暗とまではいかないがネギのことを好いている他のクラスメイト達と比べればその差は明らか
どこか、『今こうして恋をしていられるだけで幸せ』という節が見受けられる(無論結ばれれば感無量であるし、彼が誰か自分以外の女性と両想いになってしまえばショックを少なからず受けるだろうが)
さっき自分が言ったような暴走的な行動は流石に無しとしても、折角親友がした初めての恋だ
ハルナはのどかにこの恋を、後悔が残るそれにしてもらいたくなかった
「う、うん……それは分かってるんだけど……けど……」
「……けど?」
「もし失敗しちゃったら、とか……そういうことつい考えちゃって、その……」
しかし本人がこの始末である
これはやはり、何か一度荒療治が必要じゃないのか
そうハルナが思い立ち、いい案はないかと思考を巡らせる
(例えば……そう!とある部屋にのどかとネギ先生をおびき寄せた後に外から鍵をかけて密室にし、そのまま二人に一夜を越してもr)
「……ハルナ、いきなりそういうことしても多分無理です」
「ちょっ、人の心読まないでよ夕映!」
「その怪しい目を見れば、大方の予想はつくですよ」
だがこれもまた、夕映によって阻止された
不満げな顔を見せたハルナは、じゃあそっちには考えはあるのかと逆に夕映へ尋ねる
すると夕映はたじろぐ様子一つ見せず、通学鞄の中から一冊の本を取り出した
「え?あんの?」
「直接的なものではないですが……のどか、これなんてどうですか?」
予め栞を挟んでおいたページを開き、のどかに見せる
表紙が日焼けで脱色し、側面も変色している少々古めの本
のどかは開かれたページに書かれた内容を読み
「へー……ちょっと、ロマンチックでいいかも……」
ハルナの時とは比べ物にならないほどの好色を示す
気になったのか、ハルナものどかの横に移動し覗き込む
「私にも見せて見せて。……ふーん成程、夕映はそういう方向から行こうとしてるわけか」
書かれてあったのは、所謂『おまじない』
○○すれば好きな人と両想いになれる、とか
△△を身につけると恋愛運アップ、とか
夕映が用意したこの本は、特に上記のような恋愛系のことが中心に書かれてあるようだ
そんな中、彼女がのどかに薦めたのはこんなおまじない
“満月の晩にプレーンティーへ満月を映し、それを溶かすようにスプーンでかき混ぜて飲んでみよう”
「“紅茶の妖精さんが君を応援して、恋を叶えてくれるかも”ねぇ……」
つまり夕映がのどかにさせようとしているのは、一種の験担ぎ
この本に書かれているおまじないを実行することで、自信を付けさせようというもの
ネギ本人へ直接アプローチを仕掛けるわけでもなく、のどか本人にとってもやりやすいだろう
「じゃあ私はお湯を沸かしますので……のどか、確か棚に貰い物の紅茶のティーパックがあった筈です」
「う、うん。取ってくるね」
「ハルナはベランダに椅子を一脚出してください、あとのどかが身体を冷やさないように羽織るものを何か」
「りょーかい(まあ今回は、夕映に任せてみますか)」
夕映はキッチンに向かいながら、テキパキと二人に指示
のどかは棚を開け、ハルナは自身の机にある椅子をベランダへと運び出す
十分もするとポットのお湯が沸騰し、かくして準備は完了した
「のどか、砂糖は幾つ入れますか?本にはプレーンティーと書いてあるので、いつもみたいにミルクは入れられないんですが……」
「あ、一つでいいよ」
ハルナが用意したブランケットを羽織り、椅子に腰掛けてベランダから満月を眺めるのどか
部屋では夕映がティーカップの中に出来上がった紅茶を注ぎ、のどかに言われたように角砂糖を一個丁寧に入れる
帰ってくるついさっきまで重たげであったのどかの表情は変化を見せ、ただのおまじないと分かってはいるのだがウキウキとした感じ
スプーンをカップの中で回して砂糖を溶かし切り、夕映が下皿と一緒にのどかへ紅茶を運ぶ
「どうぞです、のどか」
「ありがとー、夕映」
下皿には、さっき砂糖を入れる際に使ったスプーンが添えられていた
これで“満月をかき混ぜ”ろということだろう
のどかは中身が零れないように注意し、あうあうと慌てながらカップの角度を変えて水面に満月を映す
「つ、次はスプーンで……」
カチャカチャカチャ
スプーンとカップが数回音を立て、小さく立つ波
映っていた満月が紅茶の中で溶けた
「出来た……えっと、これで最後に……」
「そのまま、飲んでください」
右手に持ったスプーンを下皿へ置き、空いた右手でカップの取っ手を持った後に下皿は膝の上へ
下皿に添えていた左手は今度はカップに添えられ、ゆっくりと口元へと上がる
「んっ……んっ……」
思わずギュッと強く両目を閉じたまま、のどかは紅茶を口内へと流しこんだ
ミルクが無いためいつもより苦めの味が広がるが、我慢してさらにカップを傾ける
幸い夕映が気を利かせて少しぬるめのお湯で淹れてくれたのか、喉を焼くような事態にはならず
「……ぷはぁっ」
満月を溶かし込んだセイロンティーをのどかは、そのまま一気飲み
カップを離して口から息を吐くと同時に、満足げな表情を見せた
「あれ?もう飲んじゃったの?」
ちょうどその時、お手洗いに行っていたハルナが帰還
ベランダにいる二人を確認し、やや駆け足で近付いて空になったカップを覗き込む
パチンッ
「「「ん?」」」
そうして三人が一堂に介したところで、突如耳に入ったこの音
音の出所は何処かと首を左右に向けるがすぐに判明、そこはのどかの手元
さらに正確に言えば、のどかがまだ両手で持ったままのカップの中
三人の視線がそこに集まると、彼女らの目は一斉に丸く変わった
「ええっ!?」
「なっ!」
「ちょっ……」
カップが重量が急に増すのを、のどかの両手は感じ取る
いや、厳密にはカップが重くなったのではない
“カップの上に別のものが乗った”から重く感じたのだ
「やあ」
カップの縁に立ち、こう軽い調子で三人へ声をかけたのは直径10センチもない小人のような少年
服装は白を基調とした簡易的なそれで、袖やつなぎ目や端にところどころオレンジのライン
顔は、ムスッとした表情に見えるやや下がった目尻が特徴
しかし綺麗な二重瞼であるため気にするほどでもなく、肌も染み一つなく白い
髪は薄めの金髪で、強い癖毛というわけではないが頭頂部から額部分にかけて幾らか髪が外側にはねている
小さく幼い顔つきであることを考慮しても容姿は文句無しで『良』の部類に入り(脳内でこの評定を真っ先に下したのはハルナ)、ネギとはタイプは違うが『かわいい』と感じさせるには充分過ぎる素材を兼ね備えていた
「僕はセイロンの紅茶王子、今回の僕の主人は……」
紅茶王子
そう名乗った少年は、驚きのあまり半口のまま固まったのどかを自身の小さな指でピッと差す
「カップ持ってる君でいいんだよね?願い事3つ叶えるまで僕帰れないんで、そこんところよろしく」
「えっ……ええええええええええっ?!」
一度目は、桜通りの吸血鬼との遭遇時
のどかは本日二度目の叫び声を、ベランダから大きくあげたのだった
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紅茶王子の二次創作小説って全然見たことなかったので、大好きなネギま!とクロスさせてみました。試験的な投稿なので、続きを書くかどうかは今のところ未定です。