No.395485 そらのおとしものショートストーリー4th 生きるのって難しいね……2012-03-21 00:33:08 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:2198 閲覧ユーザー数:2030 |
生きるのって難しいね……
私とアルファの対立はとても根深い。
その対立の歴史は人類の歴史よりも遥かに長かったりする。
その当時の争いの原因はこうだった。
「……この世で最も尊い食べ物、それはSUIKAです!」
SUIKAとは現在の地球には存在していない果物。丸くて緑と黒で中を割ると赤い。
アルファはそれがこの世界で一番美味しいと言い張って止まなかった。
私はそんな彼女の大きな誤りを正さない訳にはいかなかった。何故なら私はシナプス最高の電子頭脳を誇る理論派エンジェロイドだったのだから。
「何を言っているの? この世で最も尊い食べ物といえばRINGOAMEに決まっているでしょ!」
RINGOAMEも現在の地球には存在していない食べ物。
RINGOという赤い果実にAMEという甘いソースを掛けて食べる究極の一品。
SUIKAより美味しいのはもはや言うまでもない。
なのにアルファはその事実を認めない。
そのせいで私たちの食を巡る争いは気の遠くなるような長い時間続いた。結局、その間にSUIKAもRINGOAMEもこの地球上からなくなってしまったことで決着は曖昧になった。
そして現在、私とアルファは新しい対決の時代に突入していた。
「……この世で最も尊い食べ物、それはスイカです!」
「何を言っているの? この世で最も尊い食べ物といえばリンゴ飴に決まっているでしょ!」
新たに出来た好物のどちらがより美味しいかを争っていた。
とはいえ、今回の争いは以前の争いとは根本的に異なる点を持っている。
以前の争いは純粋に食べ物の味を巡っての対立だった。
でも、今回は違う。
私のリンゴ飴とアルファのスイカは共に智樹との思い出に直結している。
私とアルファが共に愛している桜井智樹との思い出にだ。
だから私もアルファも一歩も引けなかった。
愛する男を巡って争っている以上、私たちに残されたのは武力衝突による完全決着のみだった。
「……アポロン発射」
「アフロディーテっ!」
もうどちらかが消えてしまうことでしか智樹を諦めることは出来ない。そんな愛を巡る争いを私たちは熾烈に繰り広げていた。
「うぉおおおおおおぉっ!?」
私たちの争いに巻き込まれて智樹が爆風に煽られて大空へと飛んでいく。
あんな高さまで煽られて飛んで墜落すれば死んでしまうかもしれない。でも、智樹は運が良いからきっと助かるに違いない。
そう思って私もアルファも救援には向かわない。今はただ、目の前の敵を倒すことに集中していた。
「……スイカですっ!」
「リンゴ飴よっ!」
私たちの対立の歴史は舞台をシナプスから地上に移しても続いていた。
その後も私とアルファの睨み合いは続いた。
智樹と結ばれるという大望を抱いた私たちは互いに譲れない。譲れない想いの為に全力で戦っている。
「お兄ちゃ~ん♪」
見れば地上ではカオスが智樹の所へと遊びに来ていた。
カオスもまた智樹のことが大好きだった。
けれど、恋のライバルと呼ぶにはあの子は心身ともにあまりにも幼過ぎた。実際、智樹もカオスのことを妹ぐらいにしか見ていない。だから恋のライバル未満の存在だった。
けれど、そうとしか認識していなかった私は確かに甘過ぎたのかもしれない。
「……カオスはマスターの妹」
アルファがポツリ漏らした一言。それはとても小さな呟き。けれど、私はそれを聞き逃せなかった。
「そうね。つまり私にとってカオスは義理の妹に当たるってことね」
アルファの言葉を拾って自分なりの100%に解釈し直す。
智樹にとって妹ということは、その妻の私にとっても妹になることを意味していた。
「……何を寝言をほざいているの? カオスの義理の姉になるのはこの私」
アルファは普段通りの無表情のままサラッと爆弾を落としてくる。
激しく火花を散らす私たち。やはりアルファとは完全決着を付けるしかないようだ。
「……アルテミス……くすくす笑ってゴーゴー」
アルファの誘導弾が一斉に襲って来た。でも、愛に目覚めたラブ戦士の私にそんなオモチャは効かない。
「舐めないでよね。ジャミングシステム発動っ!」
着弾する前に全てのミサイルの制御を乗っ取る。無限追尾が売り物だった筈のミサイルは互いに接触して爆発していった。
「きゃぁあああああああぁっ!?」
上空からの爆風に晒されて地上のカオスが叫んでいた。
カオスは驚くほど戦闘能力が高いけど結局は子供。不意の事態には滅法弱く、その対処の仕方も知らない。
カオスは桜井家の庭でただ頭を抱えて怖がっていた。
「カオスが怖がっているからそろそろ決着をつけましょう」
「……そうね。貴方の死をもってこの長きに渡る戦いに終止符を打ちましょう」
睨み合う私とアルファ。
いよいよ、長きに渡る対決の歴史に終止符を打つ時が来た。
勝った方が智樹と結ばれ、敗者の名前を生まれて来る娘に付ける運命の瞬間が。
「さようなら、アルファ。アンタといるの、悪くなかったわ」
「……私も。サヨナラ、ニンフ」
私たち2人が世界の全てを焼き尽くしてでも相手を打ち滅ぼそうと行動に移ろうとした瞬間だった。
「イカロス先輩っ! ニンフ先輩っ! 覚悟ぉ~~っ!」
デルタが真下から私たちに向かって飛翔してきた。デルタは頭に工事現場でよく見るヘルメットを被っており、その両手にはスコップを持っていた。
そして、そのスコップをいきなり私たちに向けて振り回してきた。
「なっ、何なのよ、アンタ!?」
「……こんな無茶苦茶な戦法……私は見たことがない」
デルタのそれはただの無茶苦茶なスコップのスイングに過ぎなかった。
けれど、その無茶苦茶が私たちにとっては厄介極まるものだった。
デルタが持っているのはただのスコップ。一切の電子部品は積んでいない。熱反応も電波も発していないので私やアルファのセンサーに反応しない。
センサーに反応しない以上、自動退避プログラムも起動しない。よって目測しながらかわすしかない。けれど、目視で逃げるにはとても厄介な相手だった。
デルタは近接戦闘ではエンジェロイド中で最強の実力を誇っている。そんな彼女相手に接近戦で戦えというのは無理難題だった。
勿論、距離を置いてデルタに反撃することは出来る。けれどそれはここを一時離れることを意味する。
それはアルファに負けを認めて桜井家から立ち去ったみたいな感じがするので絶対に嫌だった。
「……接近戦を続けるしかない。ニンフに負けられない」
アルファも同じことを考えているようだった。それで私たち2人はデルタお得意の接近戦を必死に繰り広げていた。
「このっ! このっ! このぉ~~っ!」
デルタの攻撃はただスコップを振り回すだけ。けれど、その単純な攻撃が私たちの体力を容赦なく奪い去っていく。
私たちに疲労が溜まっていく。
でも、逃げられない。デルタに負けるのも嫌だけど、アルファにだけは負けられない。
と、そんな時だった。突如デルタの視線が地上へと注がれて攻撃が止んだのだ。
「良かった」
デルタは小さな声で呟いた。何がどう良かったのか私たちにはわからない。
けれど、デルタに隙が生じたことだけは確かだった。
防戦から反転。私たちは攻撃態勢へと移り始める。
「カオスのこと……お願いね」
そしてまたデルタは意味不明なことを呟いた。言葉の意味はわからない。でも、大きな隙が生じていることだけは確かだった。
それを見逃すような私たちじゃない。戦闘用エンジェロイドを甘く見てはいけない。一瞬の隙から逆転勝利を得るのは私たちにとって当然のプログラム。
「デルタの癖に私たちに逆らおうなんて生意気よ!」
「……アストレアを髪の毛1本残さずに破壊します」
攻守逆転。私とアルファは一斉に攻撃態勢に入った。
今のアストレアはイージスLを構えていない。防御力は無に等しいので私のパラダイス・ソングでも十分に破壊できる。今度はデルタが絶体絶命の危機に陥る番だった。
「へっへ~んっ! もう私に負けはないんです! いつでも掛かって来て下さい」
だけどデルタは全く臆していなかった。それどころかとても誇らしくスコップを構え直していた。
こんなにも伸び伸びと戦おうとしているデルタを私は今まで見たことがない。
恐怖のあまり電子頭脳がおかしくなったのかもしれない。
けれど、そんなことはもうどうでも良かった。
何故って、デルタはもうここで死ぬのが決まっているのだから。
私とアルファの対決を邪魔したこと。もっと言えば智樹との幸せを邪魔した罪を死をもって贖ってもらうのだから。
「さようなら……デルタ」
パラダイス・ソングの出力を最大限に高めていく。
後は出力が100%になった所でデルタを攻撃して破壊。それからゆっくりとアルファと決着を付けてやる。
そう。デルタを倒したらようやくアルファとの最終決着の時が待っているのだ。
最終決戦の時が……。
「えっ…………?」
首を少しだけ右へと回す。視界の隅にアポロンを構えているアルファの姿が見えた。
アルファは私に向かってアポロンを構えていた。
「……今日ここでニンフとアストレアが死んでくれれば……マスターは私だけのもの」
アルファはトロンとしたヤンデレな赤い瞳でそう言った。
「アルファ……アンタ!」
デルタを倒す共同戦線を張っている間は私に攻撃して来ない。そんな風に考えていた私が甘かった。アルファは最初から隙を見つけたら私を破壊するつもりだったのだ。
「……サヨナラ、ニンフ。マスターとの子供が出来たら貴方の名前を付けてあげるから」
そして無慈悲に放たれた必殺の矢。
避けている暇はない。更に私の防御能力ではアポロンを防御することは不可能。直撃すれば跡形もなく吹き飛ばされるのは目に見えていた。
だから、私に取れる行動は一つしかなかった。
「アフロディーテ緊急起動っ!」
アフロディーテを緊急起動させて、アレの制御を急いで乗っ取る。
そして、命ずる。
「えぇえええええええぇっ!? か、体が勝手にぃ~~~~っ!?」
デルタが超加速型ウィングを駆使してアポロンに向かって一直線に突っ込んで来る。
そして──
「デルタぁあああああああああぁっ!」
私の絶叫が空美町の大空に鳴り響く中、デルタのお尻にアポロンは突き刺さったのだった。
「イカロス先輩……ニンフ先輩……」
一瞬の後に爆発が宿命付けられたデルタは寂しそうに私たちに語り掛けて来た。
時間がとてもゆっくりと流れる感覚に包まれる。まるで、この一瞬は刻が止まっているような感覚。
「これ以上喧嘩を続けていると……桜井智樹に嫌われてしまいますよ」
間もなく死んでしまうというのにデルタの声には私たちに対する怒りの色が見て取れなかった。むしろ心の底から心配している。それを感じ取れる優しい声だった。
「そ、それは……」
「……シュン」
デルタの言う通りだった。
喧嘩ばかりしているからか最近智樹は私たちに冷たい。決着がついて静かになれば智樹の機嫌も直るかなと思っていたけれど、その前に嫌われてしまうかもしれない。
「そうです。2人は付き合いも一番長いお友達同士。仲良くしないとダメですよ」
デルタはメッと手で怒ってみせるポーズを見せてから笑った。
デルタにこんな風にお説教される時が来るなんて思ってもみなかった。でも、この子の言う通りだった。
「ごめん。これからはアルファと喧嘩しないように気を付ける」
「……私も」
私たちは2人揃ってうな垂れた。
「じゃあ、仲直りの握手をしてみせて下さい」
デルタはニッコリと笑ってみせた。
それはあまり気分が乗らない提案だった。でも、今のデルタには何故か逆らえない雰囲気があった。
「握手……しようか」
「……うん」
私とアルファはゆっくりと手を結んだ。
ここに長きに渡る争いに遂に終止符が打たれたのだった。
大きな大きな犠牲の果てに和解が成立した。
デルタという大きすぎる犠牲の果てに。
「良かった。2人が仲直りするシーンが見られて」
デルタは私たちの和解を心から喜んでいた。
でも、私たちの争いが与えた戦禍は彼女にいつまでも喜んでいる時間を与えなかった。
「どうやら……私はこれまでみたいです」
デルタは静かに告げた。
そして俯いて表情を隠した。
お尻に刺さった矢が赤く激しく光っていく。爆発の予兆だった。
もう、時間がなかった。
「やっと私にも守るべき存在が出来たのに……やっとそんな子と巡り合えたのに……」
デルタは泣き笑いながら最期の言葉を述べた。
「イカロス先輩、ニンフ先輩。生きるのって難しい……ですね」
次の瞬間、私とアルファは激しい閃光に包まれた。その一瞬後に爆風によって私たちは大きく吹き飛ばされた。
私の記憶はそこで途絶えた。
私とアルファは南米大陸の山脈に突き刺さるほど遠くまで吹き飛ばされた。そのダメージはとても大きくて再起動を果たすまで約1週間の時を要した。
重く感じる体を引きずりながら桜井家へと引き返す。
「智樹、怒ってるわよね」
「……うん」
智樹に会いたい。でも、会うのが怖い。
だけどやっぱり会いたい気持ちが勝って恐る恐る玄関を開ける。
「ただいま」
「……ただいま」
玄関で仁王立ちして怒っている智樹の姿を想像しながら中へと入る。けれど、私たちが実際に目にしたのはそれとは全く異なる光景だった。
「イカロス、ニンフ。お前たちにどうしても聞いて欲しい話があるんだ」
「どうか私たちの話を聞いて下さい」
土下座して頭を下げている智樹と日和が私たちを出迎えたのだ。
「一体、どうしたの?」
ちょっと嫌な予感を覚えながら智樹たちに頭を上げてもらう。
そして私たちは聞かされたくない言葉を聞かされることになった。
「俺、日和と結婚するから、イカロスとニンフにも俺たちの仲を認めて欲しいんだっ!」
「お願いします」
再び床に頭を擦り付ける智樹と日和。
2人はとても一生懸命だった。それはつまり、2人が心の深い所で繋がっていることを意味していた。
「これで本当に決着をつける必要がなくなっちゃったわね」
「……うん」
智樹が私たちを選んでくれないのならもう反対する理由ももうなかった。
「日和のことを幸せにしなかったら許さないんだからね。フンッ!」
「……マスター。日和さんとお幸せに。シュン」
智樹に振られてしまったことはとても悲しい。だからまだ心から祝う気分にはなれない。
けれど、頭ごなしに否定してみせるほど子供な態度も取れなかった。それはデルタに対する裏切りのように感じた。だから私たちは2人の結婚をしぶしぶ認めた。
「ありがとう、イカロス、ニンフ~~っ!」
「本当にありがとうございます」
嬉しそうな表情を見せる2人が眩し過ぎて……ちょっとだけ辛かった。
夜、というか深夜になった。
日和との結婚が許されて嬉しいのか智樹は嬉しそうな顔を浮かべながら寝ている。
そんな彼の寝顔を眺めた後でアルファと2人で桜井家の屋上へと登る。
「本当に、デルタの言う通りだわね」
「……うん」
2人で月を眺めて黄昏る。
私たちの間で一番バカだバカだと思っていたあの子。だけどあの子は私たちよりも世の中のことを遥かによく知っていた。
「……生きるのって難しいね」
「そうよね」
今夜はとりわけ月が綺麗に見えた。とてもとても澄んでいて、泣いてしまうほどに綺麗だった。
了
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