No.392939

ノウトと0の物語 第1話 選択

ある少女の出会いの物語です。

2012-03-17 09:37:02 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:328   閲覧ユーザー数:328

 

むしむしとしたある夏の午後。あたしは次の街へ向かう古い峠を越えていた。

 

仰ぎ見た空には、くもの糸みたいに垂れ下がった橋ー正確には橋の残骸ーがだらん。

 

なんでこんな時に壊れるんだと愚痴のひとつも零したくなるが、そういったって現実は変わりゃしない。

かなかなかな。

ひぐらしが声を枯らして鳴いている。

ゆったりとくもが流れていく。

 

自作の網笠を日除けに被ってはいるものの、何より大きさがいささか小さく、少し歪んでいるので、日が僅かに入ってくる。

ようするにあたしは不器用なのだ。

 

「あー、腹ヘったな…」

前の街で物々交換した甘大根も、あと2つだった。

 

あたしはユズリ。普段は貴重なものや、古いものーいわゆる珍品や貴重な品を売って暮らしている。

いわゆる、旅商人だ。

 

急にくもが空を覆い隠す。

濡れるのが大嫌いなあたしは、岩陰に逃げこんだ。

 

川が近くにあるのか、ささやくような水の音色が流れていた。

ふと、うめき声が聞こえたような気がして、目が覚めた。

 

…あたしはいつの間にか寝ていたようだ。

 

 

声の主は誰か。

物盗りか野の獣だったなら、覚悟しなければならない。

 

実力行使は苦手、というより、力を使うのは、やはり躊躇うのだ。

ただ、あたしの商売上、荷物を奪われたら、死活問題だった。

武器ー普段は腰についた飾りーを握り、川の脇、少しずつ、近寄ってゆく。

 

しかし、そこにいたのは血にまみれ、傷だらけの少年だった。

まだ、10、11だろうか。綺麗な服ーおそらく高貴な身分、だったのだろう。

えんじがかった黒い長髪が、夕風になびいていた。

手にはしっかりと、朱い硝子柄がついたナイフを握りしめ。

 

蝉の声はいつの間にか止んでいる。暑さはいつの間にか気にならなくなっていた。

 

あたしは少年を助けるか、見捨てるか、選択を迫られた。

 

「この事態」は絵本の作者、柊兄妹の筋書きにはない。

 

最も、彼ら、夕と心武は自分達の事など忘れているのだろうが。

「…っ…すまない」

 

 

 

 

 

あたしは、選んだ。誤った道を。

 

…彼女は、兄妹との契約を、絵本の筋書きという、掟を破った。

 

例え、それが間違いだと分かっていたとしても、物語の全てが狂うと分かっていても。

彼女は絶対者、絵本におけるマスターとして、兄妹に選ばれた。

 

 

(忘れられてしまったなら、あたしが今度は筋書きを変えるんだ)

 

押入れの隅に忘れられた絵本の中で、歯車は、ゆっくりと、狂い始めていた。

 

 
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