だからこそ、高校生になったら自分から声をかけて、友達をたくさんつくるんだ。
そう思い、入学式の終わったホームルームの時間に、隣の席に座る女子に声をかけた。
かけようとした。
「あ、ああああ、あのあの……」
「わたし、
「へ……」
「?」
里子の動揺を気にすることもなく、栞は穏やかな笑顔を向けて自己紹介をした。
その日から2人の交友関係はスタートしたのだった。
「ねえ里子さん。お昼一緒に食べない?」
「え?」
結局、入学式の日以来彼女が声をかけられたのは栞1人に留まった。気づいた時にはいくつかの友達グループが形成されており、中に入るのがはばかられる状態となってしまっていた。
そんなある日の昼休み。里子は一人で購買で買ったパンを食べようと袋に手を掛けたところで、栞に提案を出されたのだった。
「ごはんはみんなで一緒に食べた方がおいしいんだよ。それは1人でも多ければ多いほどおいしくなるんだから、里子さんも一緒にごはん食べよ」
「え……あ……」
わかる。本当は一人で昼食をとる里子を見かねて誘ったのだと。しかし、そうとは言わない栞の優しさもまた感じられる。
だからこそ、里子は戸惑いながらも「うん、いいよ」と答えた。
「やったー。じゃあ、行こっか」
「え……え?」
栞は唐突に里子をぐいぐいと引っ張った。それは教室を出てからも続き、2つほど隣の教室までたどり着いたところで、ようやく里子は栞に疑問を投げかけた。
「あ、あの……教室で食べるんじゃないの?」
「え?あー、ごめんごめん。言ってなかったね」
てへ、とウインクした栞は、もう一つ隣の教室を差す。
「あそこのクラスに幼馴染がいてね。わたし、いつもそこでお昼食べてるんだ」
「へー……」
そう行って、栞は里子を連れてずけずけと教室に入る。そこは里子がまったく行ったことのないクラスであり、まるで未知の異世界に入るような気分だった。
「……」
足を踏み入れたとたん、クラス中の視線が集まる……ような気がした。
もちろんそれは錯覚であり、大抵は自分達のことに夢中で、教室に入った2人を見るものはいない。
いや、いなかった。今のままでは。
「おーい太一ー。来たよー。一緒にごはん食べよー」
唐突にあげた栞の声に、教室中の視線が一斉に降り注いだ。
「ひっ」と里子は栞の背中に隠れる。それを見咎めるように教室中を笑い声が包み込んだ。
「よー駒込。嫁のお誘いだぞー」
「うらやましいなーコノヤロウ」
「ねーいつ爆発するの?というかいま爆発しろ!」
そんな声があがる中を栞は何事もないようにスタスタと、教室の窓際まで歩いていく。それに離されないように里子は栞の手を繋いでついていった。
そこには、一人の男子生徒が座っている。彼はクラスメイト達が囃したてる中でじろり、と里子……を連れている栞を見つめていた。
「はい栞ちゃん。この机使ってー」
そう言って見知らぬ女子が隣の机を引っ張って男子生徒の机にくっつけた。
「ありがとー。ついでに今日はもう一個借りられないかな?」
「あら連れ?おっけーおっけー私もお昼は学食だから大丈夫よ」
その女子生徒はどこからともなく持ってきた机をつけると、「ごゆっくりー」と言って教室を出て行ってしまった。
男子生徒が座る席の前に、向かい合わせる形で設置された2つの机の片方に栞は座った。里子も栞に引っ張られる形で隣の席に座る。
「紹介するね。こいつはわたしの幼馴染の
「むっつりは余計だ。誰のせいでそうなったと思ってるんだ?さんざん人のこと引っかきまわしやがって……」
「彼女はわたしのクラスの友達で、日暮里子ちゃん」
「聞けよ!」
「ひぅ!?」
太一の怒鳴り声に、里子はびくり、と軽く飛び跳ねる勢いで悲鳴をあげた。
「ちょっとー。里子ちゃん人見知りする子だからそんな大声出さないの。ほらー、いいこいいこ」
「あ……」
栞が彼女の頭をなでる。暖かい感触が頭に広がり、だんだんと安心感が増してくるのを感じた。軽く目を閉じると、なんだか心がほこほこするような気分がする。
「あんたも頭なでてあげなさいよ、ほら」
「いや、俺はいいよ」
「そう言わないの。ほらほら」
「ちょ、腕を引っ張るなっておい……」
ぽす、と頭に重い手の感触が乗る。さっきまでとは違ってゴツゴツとした感触だが、不思議と頼りたいという気分になる。
「……」
「……」
無言。
ただひたすらに無言が、2人を包んでいた。
なでる太一は気恥ずかしさに。
なでられる里子はうっとりとした心地よさに。
まるで日向で寝転ぶ子犬をなでるような情景が繰り広げられた。
「……」
「……」
「……」
がぶり、と。唐突に栞は太一の腕に齧り付いた。
「痛ってーー!?」
「きゅぅあ!?」
突然の痛みに腕を振り上げる太一と、驚きのあまりか細い悲鳴をあげる里子。それをただじっとりと、栞は太一の腕に食いついたまま見つめていた。
「痛い痛い!痛いって栞!はーなーせー!」
「むぐぐー!」
ずぽん、と音がするほどの勢いで腕から栞を引き剥がす。その跡には見事にU字型の歯型が残っていた。
「いつまでやってるのかな?このむっつりスケベ!」
「お前がやれっていうからやったんだろうが!」
「物事には限度ってものがあるでしょー!」
「だからって噛み付くことはねえだろ!……あー血が出てるじゃねえかよ、ったく」
太一はポケットからハンカチを取り出して腕を拭った。
「里子ちゃん大丈夫?」
「ぁ……は、はい。大丈夫です」
「むっつりスケベは退治しといたから、もう安心していいからねー」
「はぅ……」
驚きのあまり椅子から転げ落ちそうな里子を栞はぎゅ、と抱きしめて、頭をなでた。
当の里子はというと、栞の柔らかな体に包まれた心地よさ半分、大きく暖かで、頼りげのある存在がなくなったという残念さ半分で目を白黒させているのだった。
「……だれがむっつりスケベだよ」
「……自覚がないようじゃ重症ね」
冷たい空気が流れる。
3つの机を挟んで火花を散らす2人の間で、里子はただおろおろとお互いへ視線を向けることしかできない。
ふと、周囲に目をやった。
「また夫婦喧嘩かよ。仲がいいなー」
「昨日はおかずの奪い合いで、今日はあの子の奪い合いか。本当、よくやるよなー」
「まあ、また駒込くんが手を引いて田端さんの勝ちなんでしょうね。彼やさしいから」
「いったいいつ爆発するんだろうねー」
「ねー。こっちは独り身だっていうのに。どうせなら今爆発してほしいわ」
などなど、注目しながらもいつもの事のように受け流している。まるでTVのプロレス中継でも見ているような反応であった。
(「助けて」って言いづらいなぁ……)
「だいたい、いつも何かあるとすぐに噛み付いてきやがって。言いたいことがあるならまず口で言えよ」
「口なら使ってるじゃない」
「噛み付くなって言ってんだよ!」
「えー」
「えー、ておまえなぁ。お前の八重歯尖ってるの判ってんのか?あれすっげぇ痛えんだぞ」
(……どうしよう)
いまだに栞に抱きかかえられている里子は、そのまま抜け出せないままに固まっていた。
ステレオで聞こえる痴話喧嘩の声からどうにかしなければと思うものの、周囲の反応からそのままの方がいいのかな、とも思ってしまう。
それ以前に、里子には思うところがあった。
(まだごはん食べてないなぁ……)
買ってきたパンは机の上に置かれている。栞と共に教室から移動してからまだ数分と経っていないものの、一つ前の授業時間からすでに空腹を覚えていたのだ。
そろそろ何かお腹に入れたい。そう思っていた。その矢先である。
くきゅー、と。子犬の鳴き声のような音が鳴り響いた。
「……」
「……」
唐突に2人の会話が止まった。
里子も、押し黙った。しかし、その内面ではかなり騒がしいものであった。
(あわあわわわわあわわああわわ……)
恥ずかしさで目がぐるぐると回る。頭ががんがんと鳴り響いている。
やがて、「ぷっ」という声が耳元で聞こえた。
「あっはははは。そういえばごはんまだだったよねー。ごめんごめん」
「あー。すまないな、えっと……日暮さん。栞とはだいたいいつもこんな感じなんだ。気にしないでもらえるとありがたい」
「はぁ……」
「何かっこつけて言ってるのかなこのむっつりスケベ?」
「だからだれがむっつりスケベだって……もういいや」
そう言って太一は机の上に弁当箱を2つ取り出した。青い色をした方を自分の前に、赤い色をした方を栞の前に置く。
「ありがとー。いつも助かるわ」
「ん。母さんにも言っとく」
「栞さんのお弁当も、駒込さんのお母さんがつくってるのですか?」
パンの袋を破りながら、里子は聞いた。
「ああ。ウチ、弁当屋やってるからさ。店の商品仕込むついでに俺の弁当も作ってくれるんだよ。それにこいつが便乗してさ」
「便乗ってなによー。たくさん仕込むから、作る分量が1人2人増えたところで変わらないって言ってたじゃない」
「まあな。むしろこの弁当作りは母さんの趣味に近いんじゃないか?新商品のテストも兼ねてるってこの前言ってたし」
「……へぇ」
素直に感心し、袋からパンを取り出す。2人も箸を弁当箱から取り出すと、手を合わせて頭を下げるのだった。
「じゃ、いただきます」
「いただきまーす」
「……いただきます」
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
今回はそのままかくと5000字超える勢いにないそうだったので一旦(上)・(下)で切りました。(下)はまた来週にでもアップします。【3/24】仕事で執筆時間とれずむりぽ。少々お待ちを