第六話「不老不死者の宿命だよね」
不覚にもそのまま気絶するように寝入ってしまい、朝日に焼かれてのたうちまわるという恥をかいて早三年。不老不死者にして真祖の吸血鬼である俺が、あまりこの村に長居しても良いことはないと見切りをつけ、旅に出ることにした。
この三年間は忙しかった。バロウ神父の後釜に座る神父を探すことに始まり、真祖化の情報がこれ以上ないか教会を調べつくした。十分に次の神父――ミハイル・バルダムヨォン――が教会を継げることが分かったところでバロウ神父は引退。翌日にリロイと同じ『蝕みの焔』で焼き尽くした。そして最後に、俺がこの村に存在していた証拠を可能な限り消去していった。
こういった村への貢献以外にも、個人的にやらねばならないことがいくつかあった。まずは新しい発動媒体の作成。俺が今まで使っていた発動媒体は腕輪型なのだが、元から高位魔法発動に耐えられるようには作られていなかった。そのため、常時魔力配給を続けなければならない仕様の『蝕みの焔』の使用で、相当ガタが来てしまった。
次にダイオラマ墓地の整備。あの時はほとんど適当に入れただけだし、リロイも自責の念が強すぎて触れようとしなかったらしい。適当に大地に転がっていた二人を立たせ、中位の氷系魔法で氷柱の中に完全に閉じ込める。あとは綺麗に氷柱を磨きあげて見栄えを良くする。そしてダイオラマ墓地の設定を乾燥状態かつ零下五度にする。これだけだったのだが、ダイオラマ墓地の時間設定を通常のダイオラマ魔法球と逆、中の一時間を外の一日にしていたため、気が付いたら十日も経っていたというオチがあるが。
最後に咒式研究。今までは脳への負荷が強すぎて、ごく低位のものを除いて使い物にならなかった。され竜の原作でも、分不相応な咒式の使用で腕の神経が焼き切れるのは当たり前、脳の一部が焼き切れることもあった。咒式医療が発展したされ竜世界では、神経再生も可能だし脳負傷を治癒することもできる。しかしこのネギま世界ではそれはできない。魔法ならできるかもしれないが、そんなか細い可能性に賭ける気には全くなれなかったのが実情だ。しかし不死の肉体、それも脳をいくら破壊されようとも再生可能であることが分かり切っていれば、いくらでも無茶はできるというものだ。その影響で演算領域が拡大し、第三位咒式くらいまでなら日常で使用可能、第一位なら瞬間発動できるようになった。
…………実際はほとんど私用だな。
あ、そういえば、バロウ神父の使っていた強制契約執行の方法も教わった。血液を用いた仮契約をさらに簡易にしたもので、血を与えた対象に一度だけ魔力配給を可能にするというものだった。元々は真祖が血を与えた相手を吸血鬼化して操る方法を人間用に改良したものらしい。つまり、真祖である俺には必要ないものだということだ。残念。
「本当に出てくのか? あたしらは別にかまわないと思うんだが」
「そうだな、ディー。確かにお前らは何とも思わないだろうな。俺が真祖になった理由を知るお前たちなら」
荷造りをしているところで、ディーが声をかけてきた。荷造りと言っても、真祖になって強化された闇の魔法の応用、影の倉庫に衣糧その他を使う頻度に合わせて順に入れていくだけだが。
そして、最後にダイオラマ墓地を入れて荷造りは終わり。日が沈むのを待ったら出発するだけだ。
「だが、次の世代は? さらにその次の世代は? そこまでの保証はない」
「だがなぁ」
「そして、俺の精神が持つかどうかわからない。分からないか? 俺は、お前たちが死にゆくのを眺めるしかないことを」
「……そうか」
ディーが納得したところで、腕に着けていた魔法発動媒体を外し、ディーに放り投げる。慌ててキャッチした彼女に告げる。
「まともに使えるか分からねえけど、くれてやる。その程度なら存在していた証拠にはならないからな」
「んじゃ、ありがたく頂戴する。それはあんたの魔法でも大丈夫なのか?」
「ん? ああ、これか。上位古代語魔法の発動に耐えられるように設計したからな。多分何とかなるさ」
そういう俺の右の中指には金のリングにエメラルドのついた指輪が、左の中指には金のリングにサファイアのついた指輪がある。元々は俺とアリスの結婚指輪になるはずだったものであり、同時に魔法媒体としても使用できる逸品だ。これを使っているのは、忘れないためでも、あるけどな。
どうしても記憶は劣化する。たとえ遺体を氷結し永久保存しようとも、声を、しぐさを、名前を覚えていられる期間はそれほど長くない。今ですら声をまともに思い出せなくなり、表情やしぐさが曖昧になりつつある。記憶を繋ぎ止める鎖は、多いに越したことはない。
それは、俺の名前にも言えることだ。俺の今の名前は、アルトリウス・ノースライトではない。
「だけど、フルネームを言うの、恥ずかしくねーのか? アルトリウス・レナ・アリステル・ノースライト」
「戒めだよ。俺が少しでも考えていれば、もしかしたらどちらかは救えたかもしれない。いや、姉さんを思い止まらせていれば、アリスだって生きていた可能性が高い。それを忘れないための、戒めの名として背負うさ」
いや、本当はそんなことじゃない。ただ名前を忘れないようにするだけのもの。もし・だったら・かもしれない。そんなことは既に言っても意味がない。実際、姉さんとアリスが犠牲にならなければ、他の誰かが犠牲になっていたかもしれないのだから。
「たらればは聞きたくない。ただ恥ずかしくないかって聞いただけだ」
「恥ずかしいが、それだけだ。それすら内包して、俺は生きていくさ」
俺はいつまで生きられるか分からない。七百年後の原作までは最低生き抜きたいが、もしかしたら十年経たずに死ぬかもしれない。逆に、千年の時を超えて生きるかもしれない。
そのどちらかまで、俺はこの名で生きるつもりだ。まあ、それでも、あれだ。さすがに女性の名を二つ入れている名前を隠したくて、RAと省略するだろうけど。
「さて、もうこの家も見納めか……」
さすがにこの二十三年間使用し続けた我が家だから、感慨も一入だ。最後に家の中を歩き回り、今までの生活を振り返ってゆく。
「そうだったな。もう、ここには戻れないんだよな」
そう考えると、悲しみが襲ってくる。しかし悲しみを捨て、現実を見る。もう、後戻りはできない。俺が自分の意思でそうしたのだから、責任は俺が持たなければならない。
日が暮れたのを確認し、家から出て外観を目に焼き付ける。さあ、これが本当に最後だ。気合を入れろ。
「じゃあな、俺の日常の象徴。イグネ・ナチュラ・レノヴァトール・インテグラ 来れ火精 光の精 光を纏いて 燃やせ栄光の炎 『光輝なる炎』」
『闇の吹雪』や『雷の暴風』と同じ二属性中級魔法、光と火の『光輝なる炎』。白く輝く炎が津波のように相手に襲いかかる、圧倒的な視覚効果を持つ魔法だ。
そして、俺の家を焼き尽くす、決別の魔法だ。
「もう、後戻りできねーな」
昔、鋼○錬金術師を見たときに気に入ったシーンの一つだ。まさか俺自身がやることになるとは思ってもなかったが。
そのシーンと比べ、欠けているのは巨大な鎧だ。さすがにアルを用意することは出来ないし、したくない。
「ま、辛くなったら帰ってきな。あたしが生きていれば、いつでも泊めてやる」
「じゃあ、その言葉に甘えさせてもらうよ。縁があったらまた会おう」
踵を反し、燃える自宅に背を向ける。カッコつけるために鞄を肩に担ぎ、口角をわずかに吊り上げ、右手をひらひら振って別れを告げる。
最後にちらりと見えたディーの目は乾いていて、少なくとも涙を流しているようには見えなかった。彼女は強い。強すぎてぽきりと折れてしまいそうな危うさがあるが、そこまでの事態はもう起こらないと思いたい。そう、リロイが死んだ時のようなことは、もう二度と…………まあ、大丈夫、だよな? 過保護にしても良いことはないし。
そして、俺は旅立った。
数年後、吸血鬼を匿っていたとして、村が滅ぼされるとも知らず。
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復讐は終わった。不老不死の俺がこの村に長居する理由もないし、旅立つとするか……準備が終わったらな。