No.388976

虚しい三日間の始めに

cpfizzさん

某Zさん宅で公開されているお話しに触発されて、バンビーナの小狼版を書いている最中にふっと浮かんできたネタです。
なんというか、色々と小狼がしっかり男の子で情けなく頑張ってます。
キーワードは「ムッツリ王子(ヘタレもあるよvv)」。
▼2012/03/14:作品を公開するアカウントを変更しました。

2012-03-09 01:51:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4152   閲覧ユーザー数:4141

「小狼くん……。明日からまたお出かけだよね?」

 さくらは小狼の背中に向かって話しかけた。

「ああ……」

 自室で荷造りをしていた小狼は、やけに神妙な彼女の声色を聞き、思わず振り返った。

「…………」

 ドアへ右手を添えたまま、さくらは寂しそうな視線を送ってくる。洗い物を終えてすぐやって来たのだろう、エプロンに跳ねた水の跡が残っている。

 あれが下の制服まで染みてないといいが、という場違いな疑問は頭の隅へ追いやり、小狼は真っ直ぐさくらの顔を見つめた。

「どうしたんだ?」

 彼は努めて優しい声をかける。そして振り向きざま逸らされた視線を追い掛けるよう、そっと近づく。

 距離にして僅か三歩――。

 それが恐ろしく遠い距離に感じられたとき、彼女は得てして彼自身に対する何かを我慢しているのだと、少年は理解していた。

「さくら」

 無理に視線の先へ回り込まず、また無理矢理こちらを向かせる事もなく、優しく名前を呼ぶ。

「……三日間だよね?」

「ああ」

 相変わらず視線を合わせないまま喋る彼女の横顔を見つめ続ける小狼。

「……お仕事だって分かってても……寂しいな」

 絞り出すように呟かれた彼女の最後の一言が、小狼の心を騒めかした。

 さくらは、理由がどうあれ次期当主である彼が赴かなければならない事態があるという、李家の事情をよく知ってくれている。それが彼女のわがまま一つでどうにもならない事も。小狼としては出来ればさくらのわがままを聞いてあげたいのだが、まだそこまでの発言権を一族の中で得ているわけではない。

 それが一層の歯がゆさとして、小狼の心をさくらへと向かわせるのだ。

「……さく」

 せめて優しく抱擁を交わして、彼女を安心させようと腕を伸ばした時、

「……して。小狼くん」

 彼の声を遮るように呟かれたセリフ――。

「えっ?」

 少年は驚きを持って、それを受け止めた。

 畳みかけるよう彼女の大きな瞳が、少年の視線と交錯する。

「一回一日分で、三日分……」

 それはさくららしからぬ大体な発言。彼女のセリフをようやく租借できたところで、小狼の頭と鼓動は急激に加速し始める。

 ――なにかそんなに心配される事があったのか。

 ――それとも、まさか別れ際の……?

 一瞬、知世から先日借りたばかりの映画の一場面が頭の中を掠める。

 急加速した彼の心臓を代弁するように小狼の瞳は大きく開かれた。寂しさと憂いを秘めたさくらの瞳を真っ直ぐ見つめ返す。

 そう、彼女がこんなに真っ直ぐ寂しさを訴える事なんて滅多にない。

「あ、の、さくら?」

「ご、ごめんなさい、いきなりすぎたのは分かってたんだけど」

 一転して今度は恥じらいと焦りを織り交ぜた紅顔の表情。先程の表情とのギャップと相俟って場違いにも小狼は大きな高ぶりを覚えた。さくらの神妙な声色を忘れついつい彼女の瞳の奥底を覗き込もうとする。――いつから彼女はこんな大胆になったのだろうか、と。

「いいのか?」

 そう言いながら彼の両手はさくらの肩を抱き寄せていく。既に彼女の頬に差した紅に魅せられて。

「うん。……ゴメンね」

 小狼はやんわりと唇を重ねた。彼女に己の欲望を悟られないよう、身体はギリギリの距離を保って。

「……ん」

 零れた吐息が鼻腔をくすぐる。

 目蓋を開ければそこには、今にも溶けてしまう淡雪のような表情を顔に載せたさくらが、グミのように魅力的な唇を突き出し、目を閉じている。

 その愛らしさに小狼はしばし見惚れてしまう。はっきり言ってその頬の赤みや、まつげの長さは反則だ。

 すると、

「もぅ、あと二回だよ……」

 困ったようにはにかみ、続きを強請るさくら。その表情にまた惚れ直してしまいそうになった時。

「…………? 二回?」

 小狼の中に疑問が湧き上がる。二回と言う事は既に一回はカウントされた事になる。つまり既に一回「している」ということになるのだろうが、まだ「キスしか」していないのに……。

「そう。キス一回で一日分。だからあと二回……」

 雰囲気が多少なりとも削がれてしまったためだろう。さくらの表情が少し険しくなった。

「? キス? だってお前、さっき「して」って」

 切り返されたさくらのセリフの内容が思わぬ方向へ転がったため、小狼は慌てて確認をする。既に想像の中であられもない姿になっていた彼女の姿が一気に弾け飛んだ。冷静さを装ったポーカーフェイスの内側で、まさに焦燥に駆られた彼の心が汗だくになっている。

 さくらは小狼の心中など露程も知らず、少しだけ頬を膨らませて甘えるような声色で告げた。その言葉の真意を――。

「? キスしてって言ったよ。会えなくなるの、寂しいから……」

 …………そう言う事か。

 小狼は自分が一方的に勘違いしていた事に気が付き、どっと疲労を覚えると同時に、余りに浅ましい自分の頭と下半身を呪う。

 そう。普通に考えれば分かりそうなものなのだ。仮にもさくらが、その、えっちな事に積極的になるのはおかしい、と。特にそうした事にはニブいからリードしてあげて欲しいと知世から指摘されていた事を小狼はようやく思い出していた。

「…………分かった。あと二回な」

 胸と腹の奥底で滾(たぎ)るモノを無理矢理抑え込み、少年は真摯な態度で少女の頬へ改めて手を添えた。決して身体は密着させないよう細心の注意を払いながら。

「はい、……お願いします」

 再び突き出されたグミのような紅い唇。強請られるまま、吸い寄せられるように小狼は自分の唇を重ねた――――。

 

 長い長い二回の口付けを終えて。

 甘い余韻を楽しんでいたさくらが不意にピクリと震える。

 小狼が気が付いた時には既に、二人の身体はお互いを支え合えるほど密着していて。当然のように彼の「男ならではの生理現象」はさくらに知られる事となっていた。

 湯気を上げて顔を背けた彼女の、その紅い耳元へ唇を寄せ、

「帰ってきたらこの続きだぞ」

 と開き直ったセリフを囁く。そこで初めて彼はさくらの顔が紅く爆発する様子をする。

 今はそうやって羞恥と己の情けなさを隠すのが、小狼には精一杯だった。

 

 だが、少年は後に後悔する事になる。

 まさか照れ隠しのはずのセリフが却って男の本能に火を付けてしまい、日本を離れてからはついぞ「帰ってからの続き」の事ばかりに想像を膨らませ、一人で励む状況に陥ろうとは……。


 
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