「夜の学園って、ちょっとうきうきするわよねー」
上がるテンションを何とか抑えようとしているらしい、一子の表情。
忠勝が軽く笑う。
「まぁ……こんな機会でもなければ、学園にいるなんてそうそうありえない時間だしな」
学園中の照明は落とされている。非常灯の力ない輝きでは足下もおぼつかず、忠勝と一子の二人は、それぞれが手にした懐中電灯の光輪を頼りに、歩を進めていた。
「それにしてもお姉様も来れば楽しかったのに……」
ぽつりと一子が呟いた。
「バイトがあったんだから、しかたがないだろう?」
「そうじゃなくて……。お姉様、毎日退屈そうにしているから、気になってるの」
やや沈んだ、一子の表情。
「……そうだな」
忠勝もまた、同じ懸念を持っていた。
尋常ならざる力を持っている百代に、決闘を挑んでくる者は多い。だが、あまりの力の差に、戦いらしい戦いになることはほとんどなかった。同等の力を持っている松永燕や黛由紀江などは、ハッキリいえば百代ほどの戦闘狂ではないため、戦いは出来るだけ避けている。
だから、忠勝が百代が挑戦者から傷を負わされたという話は聞いたことがない。
おそらく、日々の決闘で百代が考えているのは、『いかに相手を倒すか』ではないだろう。『いかにやりすぎないようにするか』、あるいは『いかに相手を殺さないようにするか』だ。
余人には想像もできないほどの戦闘力を持ち、戦闘を愛していながら、それを発揮することができない日々。ストレスに溢れた生活を送っているだろうことは想像に難くない。
「アタシ、頑張るわ。いつか、アタシがお姉様のライバルになってみせるんだから」
決意を込めた拳を握る、一子。
「ああ……。そうだな、頑張れ。一子ならできるさ」
頷きながらも、忠勝は心のどこかでひっかかりを感じている。一子のこの宣言を聞くたびに、胸の内に、ある疑念が沸いてくるのだ。
果たしてあの百代の『ライバル』になるなんてことが、人類に―――『ヒト』に可能なのだろうか、と。
ほぼ同時刻。川神市から少し離れた廃工業。
「さあ……始めましょう。出てきてください!」
それを待っていたかのように銀色に染まった長髪の女性が姿を現れた。額に大きな傷がある。
「ふふ……」
百代は薄く笑った。
実は百代は嘘をついていた。夜間バイトでなく、夜間決闘を申し込まれていた。相手は九鬼財閥の令嬢九鬼揚羽。
「それにしても揚羽さんが、何のアポなしで私と決闘してくれるなんて嬉しいです♪」
「フハハハッ! それは我も同じだ。思う存分戦おう。百代」
揚羽は百代に笑顔を向けているが、その表情はどこか暗い。
「では、遠慮なしにいかせてもらうぞ」
百代は拳を固め、灼けるような闘気を身に纏う。
「………」
常人なら浴びただけで失神してしまいそうな百代の殺気を、揚羽は笑顔で受け流していた。
「いくぞ!」
百代が地を蹴り、一瞬で揚羽との間合いを詰めた。
「川神流、無双正拳突き!」
一瞬で膨大な数の突きが揚羽を襲う。あらゆる武道家達を一撃で仕留めてきた技を揚羽はすべて手の甲で払っていなす。
「くっ……!?」
が、一撃一撃が重いうえに高速の連打のため、すぐさま揚羽の顔が歪む。
「でいっ!」
百代はさらに力をこめて右手の拳で、揚羽の腹部めがけて放つ。
「ぐ……ぅ……!?」
その拳は揚羽に直撃して彼女の体に衝撃与えた。
「終わりだ………揚羽さん!?」
勝利を確信した百代だったが、すぐさま違和感を覚える。
右手の拳が動かない。それどころかいつの間にか百代の全身に黒い文字が描かれている。
「なんだ、これは?」
百代が疑問を抱き始めると同時に、揚羽は腹部に喰いこんでいる百代の右手を掴む。
「愚かもの百代。なぜ、我がアポなしでお前と戦ったことに疑問を抱かなかったっ!」
「……そういえば」
揚羽に言われて、百代は気付く。
自分と揚羽はおたがいに人知を超えた強さを持っているので、ぶつかり合えば周囲はただでは済まない。だから自分達のような人知を超えた強さを持つ者は、結界に張って周りに被害が出ないようにしたり、またはごく短時間でというのが決まりだ。
「百代。お前の心にある『闘争心』が今回、すべての原因だ……」
百代の体が黒く包まれる。
「なっ!?」
抵抗しようにも体は動かない。
そして、百代を中心に川神市全域が一瞬だけ、黒く包まれた。
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第二話
『疑問』