No.387990

真・恋姫†無双~恋と共に~ #73

一郎太さん

という訳で、休憩回。
でも、話はどんどん進んでいく。まとめると。

・秋蘭様が積極的。
・恋ちゃん頑張る

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2012-03-07 00:19:59 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:9052   閲覧ユーザー数:6492

 

 

 

#73

 

 

「………すまん、もう一度言ってくれないか?」

 

定軍山から軍が帰還した翌日の朝。華琳の執務室に呼び出された一刀は、告げられた言葉に問い返す。一度で聞き取りなさいと桂花は鼻息を荒くし、風は寝息を立て、何を想像したのか、稟は鼻から赤いアーチを噴き出していた。

 

「だから、貴方に秋蘭の世話を任せたいの。というか命令ね」

 

溜息を吐きながら、華琳は再度告げる。

 

「なんで?」

「秋蘭の状態は知っているでしょう。華佗にも言われた通り、最低でも1週間は何もさせるつもりはないわよ」

 

なんの事はない。怪我で日常生活に支障をきたしている秋蘭のケアだった。

 

「侍女に任せたりしないのか?」

「駄目よ。秋蘭の身体を私と春蘭以外の女に触らせるつもりはないわ」

「春蘭じゃ駄目なのか?」

「あの娘に細かい世話まで出来ると思う?」

「………」

 

思わず口籠る。確かに、彼女には無理そうだ。というか、秋蘭の容態が悪化しそうだ。

 

「貴方も一応病み上がりだし、仕事も事務仕事だけにしてあるわ。警備隊にも行かなくていい。その代わり、秋蘭の世話係をして欲しいの」

「………俺が触るのはいいのか?」

「理由を言って欲しいのかしら?」

「………恥ずかしいから、やっぱりいいです」

 

ようやく、一刀は諦める。その時だ。扉が音を発した。

 

「入りなさい」

「失礼しまーす。あぁ、やっぱり隊長此処におったんか」

 

入ってきたのは真桜だった。

 

「俺に用なのか?」

「せやで。隊長に頼まれた車椅子が出来たから、持ってきたんや」

「マジか!」

 

見れば、確かに彼女の足下には木製の車椅子が置かれていた。彼女の顔を見れば、目の下に隈が出来ている。

 

「いやー、作るの自体は簡単やったんやけどな?車輪をきれーな真ん丸にするのが、やっぱ骨が折れたわ。しばらく丸いもんは見たくないで」

「真桜ちゃん、飴舐めますかー?」

「いらんて!」

 

真桜の言葉に、狸寝入りから覚めた風が、丸い棒付きの飴を袖から取り出す。なかなかにサディスティックだ。

 

「使った感じはどう?」

「もうバッチリやで、華琳様。座る部分は柔らかくして、長時間座っても痛くないようにしたし、実際に乗って動かした感じも悪ぅなかったで」

「そう。ありがとう、真桜。一刀から話は聞いているわ。今日はもう休みなさい。それと、褒賞も出すから楽しみにしてなさい」

「ええんですか!?」

 

予想外の褒美に、真桜は瞳を輝かせる。

 

「当然よ。秋蘭の為に作ってくれたんでしょう?」

「やたっ!これで新しい絡繰が買えるで!」

「経費で買わないのか?」

「いやー、経費は全部公的な発明の為のもんやからな。私的に使うたら、その分給金減らすて稟に言われとんのや」

「当然です」

 

いつの間に回復したのやら、鼻に布を詰めた稟が眼鏡を右手で押し上げた。

ひと言就寝の挨拶を残して真桜が去れば、華琳は再度一刀に告げる。

 

「車椅子もちょうど届いたし、よろしく頼むわね」

「………へーい」

 

そういう事となった。

 

 

 

 

 

 

乗り手のいない車椅子を転がしながら、一刀は廊下を進む。こうして押して見れば、特にガタつく事もなく、スイスイと進んでいく。真桜の言った通り、問題はないらしい。初めて作るにも関わらず、ここまで再現してしまうとは、ひとえに彼女の才能が故か、技術者としての誇りが故か。

 

「俺だ。起きてるか?」

「あぁ」

 

階段では持ち上げて運んだ以外は特に問題もなく、秋蘭の私室へと到着する。ノックをすれば、返事があった。

 

「入るぞ」

 

許可も得て、扉を開ける。部屋の中では、寝間着姿の秋蘭が寝台に腰掛けていた。右手は首から提げられ布で支えられ、左手は肘のあたりまで包帯が巻かれている。スリットから覗く左の脚も同様だった。

 

「起きて大丈夫なのか?」

「あぁ。少し痛むが、昨日とは雲泥の差だ………っと、それは?」

 

その表情にも苦痛は隠れていない。どうやら、特に問題はないらしい。車椅子に気づいた秋蘭の前まで、一刀はそれを進ませた。

 

「昨日の夜、真桜に頼んで作って貰ったんだ。移動をするにも、その脚だと大変だろう?」

「私の為にか?」

「他に誰が使うんだよ」

「そうだな……ありがとう、一刀」

「礼なら真桜に言ってくれ。俺は知識を教えただけだ」

「お前だって、私の事を考えてくれての事だろう?だからお前にも礼を言うさ」

「むぅ……」

 

どことなく、からかわれている気がする。ひとつ呻き、一刀は先ほど華琳から命じられた事を告げた。

 

「で、これから1週間なんだが……」

「どうした?」

「華琳の命令で、俺が秋蘭の世話をする事になった」

「……………」

 

秋蘭が呆けるのも珍しい。その顔に噴出しそうになりながら、一刀は言葉を続ける。

 

「華琳曰く、自分と春蘭以外の女に秋蘭の肌に触らせたくないそうだ。華琳は流石に忙し過ぎる。春蘭では余計な事をしそうで駄目。では何故俺なのかと言うと、からかわれそうなので、理由は聞かなかった」

「ふっ……華琳様の優しさだろう」

「そうか?」

 

秋蘭の応えに、一刀はあからさまに疑わしげな視線を送る。

 

「そうさ。私の気持ちを慮ってくれたのさ。お前と一緒にいられるように、な」

「……………」

 

その微笑みに、顔が朱に染まりそうになるのがわかる。誤魔化す様に一刀は前に出ると、彼女の膝裏と背中に腕を差し入れ、抱え上げた。

 

「いきなりどうした?」

「うるさい。さっさと飯に行くぞ、コラ。俺だって春蘭の稽古の後すぐに華琳に呼ばれたから、飯を食ってないんだよ。さぁ、大陸初の車椅子の乗り心地を味わってろ」

「くっくっく、他の者がいる時は堂々としている癖に、2人きりになると途端に可愛くなるのだな、一刀は」

「 う る さ い 」

 

腕の中でからかってくる秋蘭に向けて、一音ずつ区切って告げる。そのまま彼女を車椅子に座らせ、彼女の肩の後ろにある取っ手に手を掛けた。

 

「じゃぁ、いくぞ」

「あぁ、頼む」

 

ゆっくりと押し出し、2人は廊下に出た。車椅子を押すのは初めての経験だが、大切な女性の手助けが出来ている状況に、少しだけ心が温かくなった。もっとも、階段に差し掛かった所でその想いも急激に冷静さを取り戻すのだが。

 

 

 

 

 

 

食堂へとやって来てみれば、先ほど執務室で別れた筈の華琳と三軍師が卓についていた。

 

「おはようございます、華琳様」

「おはよう、秋蘭。容態はどう?」

「えぇ、わずかに鈍痛がある程度で、特に問題はないようです」

「そう、よかったわ」

 

華琳の反対側に置いてある椅子をずらしてスペースを作り、秋蘭の車椅子を移動させたところで一刀は口を開いた。

 

「そういや、朝食はまだだったのか?」

 

自身もその隣に座り、侍女に秋蘭の食事の用意を頼む。

 

「とっくに済ませてるわ。貴方と秋蘭がイチャつくところを見に来ただけよ」

「ぷはっ!?」

 

からかう華琳の言葉に、隣の稟が鼻血を噴く。最近、反応速度が上がっていた。

 

「まったくもって悪趣味だな……」

 

溜息を吐きながらも、満更でもない一刀であった。

 

「勝手に独白を作るのはやめなさい」

「なんの事でしょー?」

 

風は眼を逸らす。荀彧は呪い殺しそうな眼で睨んでいた。

 

「ほら、来たわよ。さっさと秋蘭に食べさせてあげなさい」

「すまないな、一刀」

「いや、いいさ」

 

秋蘭の前に置かれたのは、鶏で出汁をとった消化の良い粥。食欲をそそるように湯気が立ち昇っている。

 

「じゃぁ、いくぞ」

 

左手で器を抱え、右手のレンゲで粥をすくう。

 

「ちょっと、一刀。それでは口の中を火傷してしまうわ」

「まったく気が利かないわね。これだから男って生き物は……」

「おにーさんもなかなかさでぃすてぃっくですねー」

「身動きが取れないのをいい事にその身体を押し倒し『別の痛みで、怪我の痛みを忘れさせてやる』などと耳元で囁くのですね。秋蘭様もそれを断ることなく受け入れ、そして2人は――――――包帯ぷれいっ!?」

「ほーら、稟ちゃん。ちーんして」

 

頭を抱えたくなるが、両手が塞がっている為それも出来ない。自身と同じく、からかいの対象となっている秋蘭を見やれば、その頬は、ほんのりと朱い。

 

「………た、頼む」

 

本人にまで言われてしまえば、逃げ場もない。一刀はレンゲを口に近づけ、何度か息を吹きかけた。

 

「はい……あーん」

「「「「ぷぷっ!」」」」

 

華琳たち4人が、一斉に噴き出した。

 

 

 

 

 

 

笑い転げる4人を食堂から追い出し、食事もなんとか終えた2人は秋蘭の私室へと戻った。

 

「一刀、悪いが着替えを手伝って貰えないだろうか」

「そのままじゃ駄目なのか?」

「好いた男の前で、起き上がりのままの恰好でずっと過ごすのは勘弁願いたいのだが」

「………りょーかい」

 

なんとも積極的な秋蘭に、今日何度目になるかわからない、熱を帯びる頬。気合で冷静さを保ちながら、一刀は彼女を車椅子から寝台へと移動させた。

 

「服はそこの箪笥に入っている。適当に選んでくれ」

 

適当にと言われても、困ってしまう。女性の衣装棚を開く事にほんのわずかな背徳感を抱きながら、一番上に畳んであった服を手に取った。

 

「これでいいか?」

「あぁ」

 

一刀の手には、秋蘭の髪と同じ青を基調とした、ゆったりとした服。いま彼女が着ている服との違いは分からないが、寝間着ではないらしい。

 

「襲ってくれても構わないぞ?」

「誘ってんのか、おい」

 

微笑みと共に冗談を言う秋蘭の頭を軽く小突きながら、その服に手をかけた。

 

「「………………」」

 

どうにも沈黙が流れてしまう。可能な限り秋蘭の肢体を目に入れないように尽力しながら、一刀は彼女の寝間着を脱がす。そして、先ほど出した服を着せ始めた。衣擦れの音だけが続き、ようやく着替えも終わる。

 

「一刀、顔が朱いぞ」

「言わないでくれ」

「華琳様を抱いた癖に、弱気だな」

 

その言葉に、一刀は固まる。

 

「………華琳から聞いたのか?」

 

まさか、華琳が話したのだろうか?いや、彼女の性格を考える限り、わざわざ言うとは思えない。

 

「雰囲気でそれくらい分かるさ。どれだけあの御方の傍に仕えていると思っているんだ?」

「そうだよな……」

 

秋蘭も華琳とは幼少の折からの付き合いだ。それを見抜く程には、彼女を知っている。

 

「私も待っているよ」

「………怪我が治ったらな」

 

その声音に嫉妬はない。ただただ真っ直ぐに告げられた言葉に、一刀は頬に口づけて返した。

 

 

 

 

 

 

車椅子に座る秋蘭と話しながら、自室から運び込んだ竹簡に筆を走らせる。どうやら華琳達は、この場で仕事をする事を見越していたらしい。その内容は、これまでのものよりも、複雑さも規模も増したものだった。その為、時折秋蘭にも質問をしながら文字を書き込んでいく。

 

「入るぞ!」

 

しばらくそうして過ごしていると、威勢のいい声と共に扉が開かれた。

 

「あぁ、そんな時間か。お疲れ、華佗」

 

扉へ眼を向ければ、侍女に連れられた華佗が立っていた。昨日の事があったからかどうかは分からないが、貂蝉や卑弥呼の姿はない。

 

「問診に来たぞ。調子はどうだ、夏侯淵殿」

「あぁ。特に悪化はしていない」

 

部屋に足を踏み入れながら問う華佗に、秋蘭は返す。彼は、一刀の机に、手に持っていたものを置いた。

 

「なんだ、これ?」

「貂蝉からだ」

「は?」

 

置かれたのは、酒の入っているであろう徳利だった。

 

「見舞いの品に酒を贈るか、普通?」

「違う違う、これはお前へだよ」

 

呆れの溜息を吐きながら言う一刀に、華佗は訂正する。再び疑問符が一刀の口から零れた。

 

「詳しくは聞いていないが、昨日の詫びの品らしい」

「………………律義な奴だなぁ」

「そうなのか?まぁ、なかなか値段の張るものらしいぞ。味わって飲んでやってくれ」

「そうさせてもらうよ」

「それと、夏侯淵殿も1日1杯程度ならば飲んでも問題ない」

「いいのか?」

 

医者としてそれはどうなのかと思う言葉に、秋蘭が聞き返す。華佗は笑顔で頷いた。

 

「混ざりものの多い安酒なら駄目だが、これくらいの質ならば大丈夫だろう。薬を飲んでいる訳でもないからな。体温を上げ、血の巡りをよくする意味でも少しくらい飲んだ方がいいくらいだ」

「わかった。ありがたく頂くとするよ。その貂蝉という者にも礼を言っておいてくれ」

「あぁ」

 

会話を続けながらも、華佗の準備が整う。とはいえ、鍼を1本取り出したくらいだが。

 

「それでは、始めるぞ」

 

言って、昨日と同じように構えをとる。その眼は見開かれ、秋蘭の患部を順に見ていった。

 

「――――――よし。気の巡りも問題ない。経過は順調のようだな」

 

それにしても、武将とは頑丈なものだ。華佗は笑いながら、服を肌蹴た秋蘭の胸の中心に鍼を刺す。

 

「そうか?華佗のもつ氣だって相当のものじゃないか」

「俺のは医術の為の氣だ。お前達とは根本的に質が違うんだよ、北郷。一兵卒くらいならば闘り合えるが、お前や夏侯淵殿とは張り合えないさ」

「そういうものなのか?」

「まぁな」

 

なんとも不思議なものだ。氣で怪我を治せるなら自分にも五斗米道が使えるのではと少し期待した一刀だったが、彼の言葉で諦める。

 

「それじゃ、俺は診療所に帰る。また明日来るぞ」

「あぁ、ありがとう」

 

さっと帰り支度を終えた華佗に、秋蘭は頭を下げる。だが、一刀が彼を言い留めた。

 

「なんだ?」

「悪いが、これを貂蝉に渡してくれないか?ただの頼み事だから、可能ならくらいに捉えて欲しい、とも」

 

言いながら、一刀はさっと書き上げた竹簡を華佗に渡す。

 

「わかった。渡しておくよ」

「頼んだ」

 

それくらいならば御安い御用だと、華佗は竹簡を受け取り、懐にしまう。そして、そのまま部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

1日が終わる。寝る前に秋蘭の身体を濡らした布で拭くというイベントがあったが、一刀は淡々とやり遂げた。内心はどうだかわからないが。

就寝の挨拶をし、部屋に戻る。日中に終わらなかった竹簡を机の上に置く。ネクタイを外して上着を椅子に掛け、寝台に立て掛けてあった野太刀を手に取った。そして。

 

「――――――はぅあぁっ!?」

 

瞬きひとつの猶予も与えない速度で、それを天井に突き刺す。途端、間の抜けた悲鳴が天井裏から聞こえた。

 

「………………明命?」

 

記憶を辿り、その声色の持ち主の真名を呼べば、ずずっと天井の板が外れ、影がひとつ、降りてきた。

 

「うぅ……酷いです、一刀様ぁ………」

 

孫呉の隠密頭、周泰だった。先ほどの一撃を喰らいはしなかったものの、よほど恐ろしかったのだろう。その身体はぶるぶると小刻みに震えていた。

 

「あー…悪かったな」

「はぅ……」

 

いまだ震え続ける明命に毒気を抜かれ、ひとつ息を吐くと、一刀はその頭に手を置いた。

 

「待ってろ。いま茶を淹れてやる」

「はぃ……」

 

仕方がないなと苦笑しながらも、一刀は湯を沸かしに部屋を出た。

 

 

数分後、湯と茶器を準備した一刀が戻って来る。手際よく茶葉を蒸し、琥珀色の液体を器に注いだ。

 

「………美味しいです」

「そか。練習した甲斐があったな」

 

ようやく落ち着きを見せ始める明命に、一刀は問う。

 

「それで、どうして此処にいるんだ?曹操の勢力を調べにきたのか?」

 

言いながら、それはないと確信する。ならば、見つかる可能性が最も高い自分の所に来るはずがない。

 

「はい、小蓮様からお聞きしました。一刀様が曹操のもとに居ると」

「………」

「そして、冥琳様の命により、実際のところをお聞きしに参ったのです」

「………俺に?」

 

コクと頷き、明命は続けた。

 

「はい。『天の御遣い』である一刀様は、本来董卓のところに居る筈の存在です。それが、曹操のもとで将をしているとなれば、この戦にも大きな影響を与える事は、疑いようもありません。また、恋さんや香さんが此処にいない事も、小蓮様から伺っています。何か理由があるはずだというのが、冥琳様や穏様のお考えなのです」

 

なるほどと、一刀は納得する。シャオに恋や香の事を話してはいないが、その話の内容から、一刀の現状を推測し、明命に接触を持たせたのだろう。改めて、冥琳たちの凄さを感じた。

 

「………聞くまで帰りそうにはないみたいだな」

「はい」

 

じっと眼を見つめる明命の視線を、一刀も見返し、その意志が覆りそうにないと分かる。

 

「………わかった。全部話すよ」

 

そして、一刀は説明を始めた。劉備に手を貸した事に華琳に助けられた事、自身と風、恋と香の現状、そして――――――。

 

「………では、我々と曹操の戦に一刀殿は出られないという事ですか?」

 

話を聞き終え、明命は真っ先に質問したのが、その事だった。先の言葉通り、一刀が戦場に出れば、ほぼ勝ち目はなくなってしまう。その問いに、一刀は首を振った。

 

「いや、本陣にはつく。だから、こちらの敗北が決定的になるまでは、そちらの誰かと戦う事はあるかもしれない。もっぱら防衛に専念はするけどな」

「そうですか……」

「雪蓮たちだって掴んでいるだろうから隠しはしないが、こちらの兵は30万。そっちの倍だ。将の数も、こちらが多い………………さて、どうする?」

「………………」

 

その挑発的な言葉に、明命は返さない。自身が命じられたのは、実情を調べる事だ。宣戦布告をする訳にもいかない。一刀もそれを理解しているのだろう。すぐに表情を崩し、彼女に微笑みかける。

 

「ま、雪蓮たちにもよろしく言っておいてくれ」

「一刀様……」

「それで、今夜はどうする?泊まっていくか?」

「はぅぁっ!?」

 

そして発せられる突拍子もない言葉に、明命は途端に顔を真っ赤にする。秋蘭にからかわれた所為で色々と溜まっていたものが、そのまま悪戯心に直結したようだ。

顔を真っ赤にしたままの明命を一刀は抱き締め、そのまま寝台に押し倒した。右手はその口を塞いでいる。

 

「――――――っ!?」

「騒ぐな」

 

一刀は布団を自身と明命の身体に掛ける。同時に、扉が開いた。

 

「隊長っ!」

「………どうした、凪?」

 

果たしてそこには、凪が立っていた。

 

「あれ?………いえ、その、廊下を歩いていたら、何やら慌てたような声が聞こえてきましたので………」

「あぁ、さっきまで猫が部屋に入り込んでいたんだ。たったいま出て行ってしまったよ」

「そう、ですか?………特に問題がないなら構いません。夜分に失礼しました」

「いや、気にするな。おやすみ、凪」

「はい、おやすみなさい」

 

真面目にも一礼して、凪は扉を閉めた。その気配を探り、完全に遠ざかった所で一刀は布団を捲る。

 

「危なかったな………って、明命?」

「はぅぅ……」

 

見れば、顔だけでなく首まで真っ赤にした明命が眼を回していた。

 

「やば……」

 

どうしたものかと考える。既知の仲とはいえ、それでも敵勢力の人間だ。このまま外に放り出す訳にもいかない。

 

「………………………ま、いっか」

 

だが、眠気が勝る。今日は華琳や秋蘭にからかわれ続け、精神的な疲れが溜まっていた。明命の身体を少しずらし、一刀はそのまま眠りにつくのだった。

 

翌早朝。耳元で発せられた叫び声に起こされたのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

――――――益州・成都。

 

主である桃香の執務室には、幾人かの将が集っていた。先の定軍山の作戦に赴いていた紫苑・鈴々・焔耶の3人に加え、その援護へと向かった恋と星である。代表して報告をする紫苑の言葉を聞き、桃香は哀しげな、それでいて再びの安心した表情を見せた。

 

「――――――でもよかった。みんなが無事で。恋ちゃんと星ちゃんもありがとね」

「いえ……礼を受けるべきは恋ですぞ、桃香様。某だけであったなら、あの勢いの曹操軍を退ける事は出来なかったであろう」

「そうね……曹操とも既知の仲だった恋ちゃんの言葉だからこそ、彼女も納得して軍を退いたのでしょう」

 

星の言葉に、紫苑も頷く。いま思い出しても身震いするほどの殺気と怒気を、あの時は感じていた。仲間が欠ける事無く戻って来てくれた幸運に感謝すると同時に、でも、と桃香は口を開く。

 

「やっぱり……たとえ戦でも、正々堂々とやらないと駄目だよね。劉協様の最後の大仕事なんだもん。私達も、お天道様に胸を張っていられるように闘おう」

 

その笑顔に呆れると同時に、これが彼女なのだと、紫苑たちは再度認める。

 

 

紫苑たちも部屋を去り、残された桃香は、傍に控える2人の少女に口を開く。

 

「失敗しちゃったね」

「申し訳ありません」

 

笑顔で声をかける主に対し、まず出た言葉が謝罪のそれだった。

 

「なんで謝るの?」

「まさか、我々の策が読まれているとは思いませんでした。落ち度はすべて、我々にあります」

 

頭を下げる朱里と雛里。だが、桃香は手を伸ばすと、その頭を優しく撫でる。

 

「うぅん、違うよ。2人の所為じゃない」

「ですが―――」

「紫苑さんも言ってたよ。読まれていた訳ではないって。理由はわからないけど、急遽援軍が送られてきたって」

「それは……」

 

自身の言葉を遮って告げられる言葉に、朱里は口を噤む。確かに、話を聞く限りでは不可解な点が多すぎた。初日には来なかった援軍。もし最初から読まれていたのならば、もっと早くに―――それこそ夏侯淵を追い詰めるよりも早くに来ていた筈だ。それなのに。

 

「私はなんとなくだけど、わかるかな」

「え?」

 

その言葉に、顔を上げる。

 

「恋ちゃんは、嫌な予感がするからって、援軍に向かってくれたよね」

「はい」

「だったら、向こうにも、嫌な予感がして援軍を送った可能性もないとは言い切れないよね?」

「………」

 

軍師だからこそ、その言葉に頷けない。そのような不確かな理由で軍を出すなど、あってはならないのだ。そのような者を、軍師とは言わない。

 

「もしそうだとして………いったい誰が………」

「可能性は2つあると思うな」

「2つ、ですか?」

 

雛里が問う。

 

「うん。ひとつは曹操さん自身が、その命令を発した。ただ、曹操さんの性格を考えると、ちょっと違う気がするけど」

「確かに……それならば、軍師であっても拒絶は出来ません」

 

一理ある。軍の長である人物が発した令ならば、軍師の意見を抑える事とて出来よう。

 

「だから、私は御遣い様が援軍を送るように言ったんじゃないかな、って思うの」

「はわっ!御遣い様がですか!?」

 

朱里にいつもの口調が戻る。気分もだいぶ元に戻ってきたようだ。

 

「うん。こっちだって、恋ちゃんの言葉だったし、おかしくはないかなって」

「「……………」」

 

まったく根拠のない言葉。だが2人には、何故だかそれが外れていないような気がした。

 

 

 

 

 

 

行軍の疲れを採る為に1日空け、彼女たちは軍議を開く。議題はもっぱら、今後の動きだった。

 

「まずは、これからの私達の動きを伝えるね」

 

その言葉に、皆が驚きの表情を浮かべる。無理もない。軍議は軍師である朱里か雛里の言葉によって始まり、同じく2人の言葉によって終わっていた筈が、今日は桃香が機先を制したのだ。

 

「曹操さんにも言われたし、朱里ちゃんと雛里ちゃんにも話したんだけど……やっぱり、姑息な手段を使うのはよくないと思うの」

 

彼女の眼は、じっと義妹の1人に注がれている。愛紗ちゃんは誰よりも早く賛成してくれるよね。その期待が、その視線には込められていた。視線を向けられた少女もまた、頷き、返す。

 

「私は賛成です、桃香様。我らが進むは義の道。なれば、正々堂々とぶつかるのみです」

 

それを受け、桃香も笑顔になる。

 

「ですが、そうなった場合、曹操殿との勢力差は倍と半分。黄巾党のような賊程度の力ならば問題はありませんが、敵は正規の兵。それも、精兵と名高い曹操殿の軍だ。ちと厳しいかと思いますが?」

 

当然、そこに待ったを掛ける将もいた。愛紗や焔耶は桃香に心酔している。彼女の言葉には是非もないだろう。愛紗に関しては、最近落ち着きを見せてはいるが。紫苑や桔梗はどちらかというと桃香たちの成長を見守っている節がある。余程の事が無い限り、口を挟まない。恋と香にいたっては、客将だ。だからこそ、星は己の立ち位置を理解していた。誰もが言い難い事を、言う役を担う。

 

「その通りです。そして、将の数としても、私達は曹操軍よりも少ない」

 

星の言葉に、朱里も頷く。軍師が口を開いた事により、皆が彼女とその隣に立つ少女に注目する。彼女もまた、皆が自身の言葉を待っていると理解し、言葉を続けた。

 

「現状残っている敵勢力は、2つです。まず、それぞれとあたった場合を想定して話を続けます」

 

皆が頷く。

 

「まず、先ほど星さんが言ったように、曹操さんとあたる場合です。星さんはあぁいいましたが、勝つ方法が無いわけではありません」

「はい。例えば、香さんのみを本陣の守りに残し、恋さんを筆頭に決死隊を結成して、誰が倒れようとも、曹操さんのいる本陣まで電光石火の如く突き進み、そのまま彼女の首を刎ねる事です。私達に武の事は詳しく分かりませんが、それでも、何人生き残れるか、といったところです」

 

朱里に続く雛里の発言に、皆の背筋が凍る。このような発言を口にする娘だっただろうか。少女の視線は昏く、重い。

 

「ですが、このような手段を採れる筈がありません。その後に孫策さんと戦うという軍事的な面で見ても、感情的な面で見ても」

 

音も動きもなく、皆は安堵の息を吐く。いつもの雛里に戻っていた。

 

「次に、孫策さんとあたる場合です。数の差はあれど、渡り合えないという事はありません。ですが、孫策軍を降したとして、その後に待ち受けるのは曹操軍。現在のこちらと向こうの兵力を合わせてもまだ足りないうえに、戦で衰えた軍では太刀打ち出来ないでしょう」

 

再び朱里の説明。仮にこの説明の通りに進んだとすれば、その時点で劉備軍は詰んでいた。当然、皆も気づく。

 

「だったら、鈴々たちはどうするのだ?どっちと戦っても最後には負けちゃうなんて、意味がないのだ」

「はい。ですから、私と雛里ちゃんが選ぶのは――――――」

 

そして、朱里は自分たちの導き出した方策を提示した。

 

 

 

 

 

 

軍議も終わり、昼。食事を終えた恋と香は中庭へとやって来た。陽当たりのよいいつもの場所にとてとてと進む恋は、そのまま草の上に寝転がる。彼女の足下を歩いていたセキトもまた、その傍に丸くなった。

 

「まったく、子どもじゃないんですから」

 

苦笑しつつ、香もその横に座る。居心地のよい体勢を整えてから再び恋を見遣れば、既に規則的な呼吸音が聞こえていた。

まったく、相変わらずですね。そう呟いて、香は顔を上げた。

 

「来ると思っていましたよ」

「はい」

 

城からやって来たのは、魔女帽子を被った碧い髪の少女。とてとてと香のすぐ傍まで歩み寄り、その隣に腰を下ろした。

 

「……」

 

そのまま何も言わず、帽子が落ちないように手で抑えながら宙空を見上げている。話を聞いて欲しそうで、聞けない。そんないじらしさを可愛く思いながら、香は口を開いた。

 

「さっきのあれ……考えたの、雛里ちゃんでしょう?」

「あわっ、なんでわかったんですか?いえ……朱里ちゃんも思いついてはいましたが、言い出したのは私です………」

 

第一声に、雛里は振り向く。『あれ』とは言わずもがな、先の軍議で決定された内容だ。

 

「んー…雰囲気かな」

「……」

「曹操さんに勝つ為の方法として、雛里ちゃんがあんな凄い事を言うとは、誰も思っていなかったでしょうね」

 

その時の少女の表情を思い出しながら、香は続ける。

 

「あの策を最初に言ったら、反感も大きかったでしょう。特に、愛紗さんとか」

「………ですね」

「だから、相対的にみんなが許容しやすいように、あぁ言ったんですよね?」

「はぃ……」

 

香の言葉に、雛里は頷く。自身の意図を読まれているとは思わなかった。

 

「自分が言い出した献策だから、自分が責任を持って皆に納得させなければいけない。そう考えて、あぁいう風に言ったのだと思うんですけど………ハズレですか?」

「いぇ……当たりです」

 

恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに俯く雛里の帽子を取り、その小さな頭を撫でる。

 

「あわっ…」

「重く考えすぎな気もしますけどね」

「………そうでしょうか」

「朱里ちゃんも雛里ちゃんも、劉備軍の立派な軍師です。皆、2人を信頼してますよ」

「……」

「だから、2人が必死に考え抜いて出した結論なら、誰もきっと文句は言いません。それが最良だと信じられるから」

「………」

 

香の言葉にも、雛里は頷かない。仕方がないですね。ひとつ苦笑し、香は雛里の身体を抱き上げた。

 

「あわわっ!?」

 

そして、その小さな身体を脚の上に乗せる。

 

「たまには気を抜くのも大切ですよ。艶本以外の方法でね」

「なんで知ってるんですか!?」

「星さん」

「あぅ…」

 

胸元にある碧い頭の、両脇で結ってある髪の束をいじる。サラサラとしていて感触がいい。

 

「さて、私もそろそろ行きますね。鈴々ちゃんと鍛錬する約束があるんです」

「はい」

 

じゃぁ、私も。香の膝の上から降りようとした雛里を抱き留める。

 

「雛里ちゃんは、もうちょっと休憩」

「え?」

「という訳で、恋さん」

「………ん」

 

寝ていたと思われた恋が反応を返す。ぎょっとして雛里はそちらを振り向いた。

 

「ぱーす!」

「……………きゃっち」

「あわわ!」

 

そのまま両手を差し出してきた恋の胸元に、少女の背を押し付けた。雛里が逃げ出す間もなく恋はその身体を抱き締め、再び瞼を閉じる。

 

「あわわわわ……」

「たまにはお昼寝もしてみましょう。それじゃぁね、雛里ちゃん」

 

恋の抱き枕と化した雛里を置いて、香は立ち上がる。ひとつ彼女の頭を撫で、そのまま去っていった。

いまだ呻く少女に、恋は口を開く。

 

「………雛里」

「ひゃぅ!?」

「雛里は…すごい……」

「……え?」

「恋は……戦う事しかできない……どう動けばいいかも…なんとなく」

「……」

「だから……恋は、雛里を信じる……考えるのは、雛里と朱里の仕事。戦うのは、恋たちの仕事………なにかあったら、責任をとるのが、桃香の仕事………」

 

ゆっくりと紡がれる言葉に、雛里はじっと聞き入る。

 

「でも……たまには、お仕事を休むのも、お仕事……一刀も、よく恋と一緒に、お昼寝してた………」

「そう、なんですか?」

「ん……やる時は、やる。やらない時は、やらない………大事」

「……………はぃ」

 

感覚的な言葉。だが、雛里は頷く。そのまま身体の向きを変え、恋に抱き着いた。

 

「恋さんの身体……暖かいです」

「………おっぱい?」

「はわっ!?」

「……冗談」

 

恋の言葉に、雛里の身体がビクリと硬直するも、すぐにその温もりに身を委ねる。たまにはこんな日があってもいいと、雛里は考えを改めた。だって、もうすぐ戦が始まるのだから。

 

 

 

 

 

 

――――――長沙。

 

帰還した明命の報告を、軍議の間にて聞き終える。一刀と戦う危険性がほぼなくなったと安堵すると同時に、新たな懸念事項も生まれた。

 

「恋が一刀と一緒にいない事は予想がついてたけど、まさか劉備のところにいたとはね」

「あぁ。そして恋には制約がない。討って出る事も十分に考えられる」

 

主の言葉に、大軍師が頷き、補足する。

 

「ちなみに、劉備は一刀の事について知っておるのか、明命?」

「はい。劉備の領内進行の代わりに、趙雲が袁紹との戦いにて手を貸したそうです。その折に、一刀さんからその事を聞いていると。おそらく劉備にも伝わっているでしょう」

 

宿将の質問に、明命は頷いた。

 

「なればどちらと先に剣を交えるかだが、どちらにしても難しいな」

 

冥琳は考える。劉備軍とあたった場合、そして曹操軍とあたった場合。だが、その先の未来はあまりにも絶望的だった。

 

「はいはーい。意見を言ってもよろしいですか?」

 

と、そこで能天気な声が掛かる。穏の一時帰還と同時に長沙に赴いた七乃のものだった。その隣には美羽も立っている。敗戦者である為末席にはいるが、2人共その立ち位置を気にした様子はない。

 

「なんだ?」

 

冥琳の許可も得て、七乃はさらりと一言述べる。

 

「劉備さんとの同盟とか、どうですか?」

 

皆が呆気に取られた。大陸の覇者を決める為の戦いであり、勅命でもある。同盟を組んでしまえば、仮に曹操に勝利したとしても、その勝者は2人となってしまう。

 

「待て。同盟であれば、確かに数の差はほぼなくなる。だが、その後はどうする?」

 

冥琳は真っ先に反論した。だが、七乃は相変わらず飄々と追加意見を口にする。

 

「だから、その先も同盟内容に盛り込むんですよ。例えば、曹操さんを倒した後は、曹操軍を取り込まずに現存兵力で勝負をする、とか」

「それならばまだ可能性はありますけど、向こうが乗ってくるとは限らないのでは……」

「いえいえ、亞莎ちゃん。それはないでしょう。劉備軍にはかの臥龍鳳雛がいます。おそらく、否定意見は出て来ないと思いますよ」

 

亞莎の意見に、穏が否定意見を出す。事実、彼女たちの中の反対意志も薄まりつつあった。そして。

 

「あたしは構わないわよ」

「雪蓮?」

 

軍の長も、その意見に乗る。

 

「いいじゃない、その案。曹操とあたっても勝利は難しい。劉備に勝っても、その後に曹操がいれば意味がない。だったらまずはその懸念事項を解消しましょう」

 

言い終え、雪蓮は皆を見渡した。反対をする者はいない。冥琳でさえも、じっと黙した。順々に視線を合わせ、そして雪蓮は立ち上がる。

 

「決定ね。緒戦は、曹操よ」

 

 

 

 

 

 

――――――許昌。

 

秋蘭の怪我も完治し、華佗たちは旅立って行った。彼の言葉通り特に後遺症もなく、秋蘭はもっぱら弓の鍛錬を行なっている。華琳や三軍師は政務に力を入れ、春蘭や霞は兵の調練。凪たち警備隊も街を守っていた。

 

「おにーさんとご飯に行くのも久しぶりですねー」

「そういえば、そうだな」

 

街を歩くは、スーツ姿の男。その背には、金髪の少女がぶら下がっている。

 

「秋蘭さんばっかり構っていたので、風は寂しくて毎晩枕を濡らしていたのですよ?」

「そりゃ、悪かった」

「あらま。なかなかに丸くなっちゃって」

「はいはい」

 

いつものように取り留めもない遣り取りをしながら、一刀は街を歩く。そんな折。

 

「――――――どういう事ですの!?」

「――――――ちゃんが荷物を持つって言ったんでしょ!なんで無くしちゃってるのよ!?」

「――――――そんな事より、支払いはどうするんだ?」

 

料理街。通りがかった右手の店から、何やら騒ぎが聞こえてくる。

 

「なんていうかさー……なー?」

「やっぱり、おにーさんはとらぶる体質ですねー」

 

一刀の背で、風は飴を取り出す。どうやら傍観者に徹するようだ。溜息を吐きながら、一刀はその店に足を踏み入れた。店内には、言い争いをする4人の女性。正確には2人が1人に説教をかまし、1人は溜息を吐いている。

 

「どうする?華琳に正直に話して、金を借りるか?」

「何を仰ってますの、白蓮さん!名家の私が、そのような事を出来るわけがありませんわ!」

「でも、ないもんは仕方がないっすよー」

「文ちゃんが言わないのっ!」

「はぃ……」

 

その横では、店員と思しき女性が困り顔。

 

「………………………いくら?」

「へっ?あ、北さん……その、これなんですけど………」

 

仕方がなしに、一刀は店員に声を掛ける。彼を認め、安堵の息を吐く彼女は値段を告げた。

 

「………4人にしては食い過ぎじゃないか?」

「まぁ、2人は武将ですしー」

 

溜息を吐きながら、一刀は代金を支払う。店員を下がらせ、いまだ口論を続ける4人に声を掛けた。

 

「何やってんだ、袁紹……」

 

4人は、ビクリと肩を強張らせる。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、まさかアニキがいたとはなー」

 

十数分後、先の食事街とは別の区画の茶屋にて、茶を啜る6つの影があった。

 

「ホント、吃驚だよね……というか、まだ食べるの、文ちゃん?」

「いいじゃねーか。アニキが奢ってくれるって言うんだし」

「はぁ……」

 

元気に茶菓子を口に放り込む文醜に、それを宥める顔良。

このまま城へと向かえば、きっと一刀が行動を共にしていた理由を問われるだろう。風のその言葉に、まずは時間をくれと言われ、場所を移していた。

 

「驚いたのはこっちだよ。聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、無銭飲食未遂だろ?何やってんだか……まったく」

「まぁまぁ、よいではありませんか。杏仁豆腐も美味しいですよ、おにーさん。あーん」

「あー……確かに、美味いな。他の所とはなんだか違う気がする」

「やはりー」

 

風のレンゲから白い塊を口に入れる。どこか、違った風味がした。

 

「でも助かったよ、北郷。猪々子に任せた私達が馬鹿だった」

「白蓮様も酷いな、もー」

「うるさい。元はといえば、お前が荷物を持ちたいって言い出したのが原因なんだぞ?」

「だって鍛錬になるじゃん」

「なんで、文ちゃんは反省してないのかな?」

「ひぃっ!?」

 

文醜の態度に、顔良から黒いオーラが見えた気がした。説教を続ける彼女とそれを受ける文醜を放置し、一刀は問い掛けた。

 

「………で、なんで固まってるんだ、袁紹は?」

 

その言葉に、そういえば静かだったなと公孫賛は主を振り返る。果たしてその視線の先には、じっと固まったまま動かない袁紹の姿。

 

「どうしたんだ、麗羽?」

「………」

 

友が問うも、彼女は反応を示さない。

 

「………………袁紹?」

 

何度か公孫賛が呼び掛け、一刀が声を掛けたところで彼女はばっと立ち上がった。

 

「れ…麗羽?」

「………」

 

彼女は何も応えない。そのままスタスタと卓をまわり、一刀のもとまでやって来る。

 

「どうした、袁紹?」

 

じっと彼の眼を見つめ、彼女は口を開く。

 

「………………………………麗羽と、お呼びください」

「は?」

「私の真名です……どうぞ、麗羽と」

 

その声音、その口調、その言葉に、説教をしていた顔良や文醜も振り返った。公孫賛などは、信じられないものを見たという風に、目を見開いている。

 

「えと、麗羽?」

 

彼女は一刀の手を取り、床に膝をついた。

 

「はい……御遣い様」

 

反対側に座る風が、一刀の足を踏みつける。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

という訳で、#73でした。

昨日の今日なのに投稿。

でも実際は、ちまちまと暇な時に書いてたのを仕上げただけ。

 

今回は、秋蘭様が積極的でした。

恋ちゃんがいっぱい喋りました。

雛里んが可愛かったです。

麗羽様がまさかのご乱心。

うちのフェレットが紙袋から抜け出せません。

 

まとめるとこんな感じ。

こっちはゆっくり進んでるのに、最終回のプロット的なものはどんどん浮かんでくる始末。

落ち着け、早漏。

 

前回は『幼なじみは~』シリーズの反響がよくて、嬉しかったです。

でも、地の文を変えてみた事には誰もコメントしてくれなかったのが寂しかったです。(←誘い受け)

 

酔っぱらってるのであとがきもグダグダですが、ご容赦を。

 

ではまた次回。

バイバイ。

 

 

 


 
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