愛紗追放の話は、その日の朝、桃香から配下の文武官達に告げられると愛紗の処罰を主張した者は一
応の成果があったとして安堵していたが、心ある一部の者は絶対的守護神とも言える愛紗が居なくな
り、誰がこの国が守れるのか不安に感じていた…。
そして愛紗追放の話は、瞬く間に周辺諸侯の話題としてすでに広がっていた。
~陳留~
「風、関羽殿が徐州から追放された件は聞いたけど、あのような噂を流してしまっては、関羽殿は間
違いなくこちらには来ないでしょう。少々遣り過ぎだったのでは?」
「稟ちゃん仕方がなかったのです。我が軍の損害を少なくするには、まず敵軍随一の武将である関羽
さんを排除するのが1番だったのですから」
「しかし貴女は、華琳様から関羽殿をこちらに勧誘する話を言われていたのではありませんか」
「確かにそうですが、最初の段階で断られたため、方針を転換したのです。それに最初の段階で華琳
様にも勧誘は難しいと断りは入れていますよ~」
風と稟の議論がなされていたが、そこで華琳が
「風の策を認めたのも、損害を少なくしようと言ったのもこの私だから風には問題ないわ。もう済ん
だことを悔いても仕方がないから、これからのことを考えましょう」
華琳から言われると2人ともこの話を打ち切り、今後について話合うことにした。
「まず隣国の袁紹ですが、相変わらず幽州の公孫賛を標的としており、現在は双方睨み合いの状態が
続いているため、こちらに手出しする余裕はありません。続いて徐州の劉備ですが、先程の話通りに
関羽が何れか出奔したため、兵士たちにも動揺が走り、今、国内は混乱状態に陥っています。そして
揚州の孫策ですが、ようやく国内を纏め上げ、親の仇でもある劉表がいる荊州に侵攻する考えを持っ
ていると思いますが、現在はその動きが見られません。あとあの北郷ですが、漢中を手中に入れ、さ
っそく益州攻略の構えを見せております」
桂花から説明されると春蘭が
「華琳様!あの北郷が益州を手に入れようとしております。負けずにこちらも今すぐ劉備を討って返
す刀で袁紹も討つ時でありますぞ!」
「袁紹は兎も角、劉備についてはその積りよ、春蘭。しかし、今回は貴女が望むような戦は少ないか
もしれないわよ」
「え?」
「どういうことでしょうか?華琳様」
華琳の言葉に戸惑った春蘭と疑問に感じた秋蘭であったが、
「実はもう劉備軍の内部はすでに崩壊に近い状態で、国境の城を落とせば、恐らく降伏する城が相次
ぐと思いますよ~」
風の説明を聞くと春蘭はやや不服そうな顔をし、そして秋蘭は、
「では風、そう言った者にすでに手を回していると?」
「そうですね。特に劉備さんが虐殺したところを治めている領主さんやそれに恐れて降伏した領主さ
んたちは、華琳様が攻める時には喜んで内応すると仰っていましたので~」
風の話を聞いた春蘭はつまらない顔をしていたが、それを秋蘭が宥めていた。
「ご苦労だったわね、風。これで皆、分かったでしょう。桂花・稟それに風、貴女たちは今すぐに徐
州攻略の作戦を纏めなさい。それに春蘭と秋蘭、貴女たちはいつでも出兵できるよう準備しなさい。
そして準備出来次第、すぐさま劉備のところを攻めるわよ!」
「「「「「御意!」」」」」
こうして華琳の指示により、曹操軍の徐州攻略が決定されたのである。
~建業~
「雪蓮、劉備のところの関羽が追放されたらしいぞ」
「その話、本当か冥琳」
「ええ、祭様。明命が持ち帰った情報なので間違いはありません」
「ふむ…、徐州がそういう状態であれば、あの曹操が動くことは間違いないぞ。どうする冥琳」
「ですが、こちらから態々、劉備さんとの同盟を破って徐州に攻め入るのは得策ではないです~」
「だが穏よ。このまま手を拱いていたら、次は我々が曹操の標的にされてしまう恐れがあるぞ」
「それは大丈夫でしょう、蓮華様。恐らく曹操はまず我々より、北の袁紹を始末に掛かるでしょう」
「それでだ、雪蓮どうするつもりだ?」
「まあ劉備ちゃんは負けるわね」
雪蓮のあっさりした発言に流石の冥琳も
「おいおい簡単に言ってくれるな、雪蓮。それでどうするつもりだ。このまま黙って見ておくのか」
「でもね~、私たちもまだ揚州の経営に軌道乗り出したところで劉備ちゃんを助けに行くのは難しい
し、それに流石に同盟結んでいる相手に火事場泥棒みたいな真似もしたくはないのもあるしね~」
「あの……」
「どうしたの亜莎。遠慮しないで言いなさい」
「は…はい。確かに雪蓮様の言う通り、私たちは揚州の経営を始めたばかりなので、ここはやはり徐
州の争いに介入すべきではありません。しかしこのまま傍観というのも劉備軍と同盟を結んでいる立
場として周辺諸侯への影響がありますので、ここ荊州への牽制も兼ねて、寿春や合肥あたりで大規模
な訓練を行ってはいかがでしょうか?兵さえ集めていれば、劉備軍が敗れ、こちらに逃れてきた場
合、劉備軍の保護又は何らかの形で利用するために援助するのであれば、領土通過させるということ
ができますが…」
恐る恐る手を挙げた亜莎が意見を述べると、
「いい意見だわ、亜莎。それで問題はなさそうね」
「成長したな亜莎。手堅い策であるし、理にも適っている。劉備の方から援軍要請があった場合、そ
れを断り、撤退時のみ援護するという形を取ろう」
「いい意見です~。亜莎ちゃんこれからもどんどん発言して下さい~」
「は…はい。ありがとうございます」
「では劉備軍がこちらに撤退する場合、その時は祭様と晶(太史慈)が指揮を執って下さい、よろし
くお願いします」
「うむ、引き受けた」
「了解」
雪蓮と冥琳と穏は亜莎の意見に賛同し、そして他の者からも異論が無かったため軍議はこれで決ま
り、桃香たちはこうして孫家の援軍が見込めない状態になってしまった…。
~益州・葭萌関~
一方、葭萌関では軍の配置替えがなされ、桔梗たち3名は領地である巴郡に撤退して、一刀たちの襲
来に備えるよう命じられた。そして桔梗たちに替わって、成都から劉潰・冷苞たち約2万が援軍とし
て涼月こと張任の指揮下に入り、残っている手勢を含め、約3万が一刀たちを迎撃する態勢を整えた
のであるが、しかしこの援兵たちの士気は高くなく、撤退する桔梗たちは、本気で防衛する気がある
のかと思ったくらいである。
そして桔梗が葭萌関を離れる時に涼月に
「のう、涼月よ。このような場所で死ぬのは馬鹿らしいぞ。ここが破られた時は素直に逃げて、ワシ
のところに来い」
桔梗は死んだ夫のことを未だに思い続け、そして死ぬ時は武人らしく戦場で死を願っている涼月を心
配して、そう言ったが涼月は
「ありがとう、桔梗。私も武人、そう易々と負ける気はないわ。でもね、ここまで来たら、「生中に
生なく,死中に生あり」
(意味:生きようとしても生きられず,死ぬ覚悟であれば生きられる)
の心境よ。後は神のみぞ知る。武人たる者いつもその覚悟、でしょう桔梗?」
微笑を浮かべ、そして武人としての覚悟を示した涼月から指摘されると桔梗も
「フッ…そうであったな。武人たるもの戦場での死を覚悟せねばならぬが世の習い。だがお主の場合
はのう…」
「それは言わないでちょうだい。でも今回は相手にとって不足は無しよ。遣り甲斐はあるわ」
涼月が先の戦いで撤退する際、殿に残り犬死しそうになったことを、桔梗に指摘され恥じていた。し
かし涼月は、今回は自分の最期の戦いになると思われる相手が一刀の軍で名だたる武将と戦えること
が、武人としてのいい死に場所であると内心感謝していたのである。
涼月の覚悟を聞いた桔梗は無言で持っていた2つの杯に酒を注ぎ、そして1つの杯を涼月に手渡し、
そして2人はそれを飲み干したのであった。
~漢中~
益州出兵準備中の一刀たちの元に愛紗出奔の知らせが届き、その知らせを聞いた一刀は流石に驚きを
隠せなかった。
「その話本当?紫苑」
「ええ、事実ですわ、ご主人様。まだ詳しい事は分からないのですが、真里ちゃんの話では、どうも
何らかの形で曹操軍の罠に嵌まり、愛紗ちゃんが桃香ちゃんのところに居られなくなったみたいです
ね」
「でも向こうには鳳雛と呼ばれている雛里がいるのでしょう。何でそんな罠に易々と掛かったのか
な?」
璃々が当然このことについて疑問に感じたが、誰も明確な答えを出すことが出来なかった。
「でもこれで愛紗ちゃんが居なくなったということは、曹操軍が動くことは間違いないですね」
「ああそうだな…。それで愛紗が出奔してどこに行ったのか分かる?」
「残念ながら、今のところ消息不明ですわ」
「それでご主人様、もし愛紗お姉ちゃんがこちらに来たらどうするの?」
璃々が、仮に愛紗が一刀を頼って来た場合についての処置について聞いてみた。
「取り敢えずは、今回の事について色々聞きたいけど…、でも愛紗の事を待ったりして益州攻略を遅
らせるわけにはいかないからな…」
「そうですわね…。取り敢えず留守番の月ちゃんたちや漢中で留まる真里ちゃんにお願いして、もし
愛紗ちゃんがご主人様を頼って来た場合は、取り敢えずそこに留めておくようにお願いしておきます
わ」
「雛里から朱里に何らかの手紙が来たらいいのね…」
と璃々が期待した雛里からの返事は無く、そして一刀たちは益州攻略準備を終え、後事を月たちに任
せ、長安を出立したのであった…。
Tweet |
|
|
51
|
2
|
追加するフォルダを選択
別で掲載しているサイトでは、前回の話でお気に入りの数が急に増えていましたが、いったい何が原因なんだろう…。
今回は各陣営の様子を描いております。
では第53話どうぞ。