No.386204

黒髪の勇者 第二編 王立学校 第四話

レイジさん

第二編第四話です。

黒髪の勇者 第一編第一話
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2012-03-03 22:21:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:422   閲覧ユーザー数:417

黒髪の勇者 第二編第一章 入学式(パート4)

 

 「シオン、どこに行こう。」

 正門から離れてミッターフェルノ広場にまで戻った所で、フランソワは周囲を見渡しながらそう言った。寮棟への搬入作業は今も尚終わる気配がない。おそらく夕暮れまではあの様子が続くのだろう。詩音にしてみれば、早いうちに自分の生活の場となる寮棟の構造くらいは覚えておきたいところではあったが、あの状況を見てのこのこと見学に回ることはどうにも気が引ける。

 「本館にでも行くか。」

 明日の入学式は本館の大講堂で行われるという。ならば、その下調べをしておいて損はないだろう。

 「そうね、そうしようか。」

 フランソワは詩音の提案に即座に頷くと、真正面にそびえる本館へと向けて歩き出した。その途中で広場の中央部へと到達した時、詩音は周囲が妙な影に覆われている事に気が付いた。晴天の中、はぐれた雲がほんの少しの悪戯をしたような、僅かな陰りである。

 なんだろう、と詩音は考え、何気なく視線を上空へと送った。そして。

 「なんだ、あれ!」

 驚愕のままに詩音はそう叫んだ。上空にあるものは詩音が想像していたものとはまるで異なっていた。そこにあった物は小さな雲などではなく、巨大な飛行物体であったのだから。否、鉤爪が伸びた丸太のように太い脚に、遠目から見ても強靭な鱗と長く伸びた蛇のような頭部、そして何よりも、背中から生やした翼竜そのままの翼。

 「竜ね。火竜みたいだけれど。」

 口と瞳をあんぐりと空けて硬直した詩音とは異なり、フランソワは至極当然という様子でそう言った。どうやらミルドガルド大陸では竜は一般的な生物であるらしい。

 「竜なんて、初めて見た。」 

 余りの驚きに喉をかすれさせた詩音が信じられない、という様子でそう言った。

 「シオンの世界には竜がいなかったの?」

 「ファンタジーの世界にしかいないよ。」

 「それは大変ね。竜が使えるといろいろ便利なのに。急ぎの郵便とか、偵察とかにも。」

 フランソワが軽く笑いながらそう言っている間に、上空の火竜は所在なげに王立学校の上空を旋回し始めた。

 「シオン、少しどいてあげましょう。着陸する場所を探しているみたい。」

 その火竜の動きを見ながら、フランソワがそう言った。言われるままに広場の端へと身体を移動させると、火竜が旋回を止めて降下を開始した。全長は軽く見積もっても三メートル程度はあるだろうか。慎重に高度を落としてきた火竜はやがてその頑丈な両足を大地に向かって伸ばす。直後、軽い地響きとともに火竜が着地した。その背中には、一人の少女が跨っていた。燃えるような長い、カールしているというより所々撥ねた赤髪を持つ少女である。

 「や、どうもありがとう!」

 背中の少女は、火竜の嘶きにも負けない程度にはっきりとした口調でそう言った。火竜の搭乗者らしい、威風堂々とした女性である。

 「着地場所を探していると思ったから。」

 フランソワが少女に向かってそう答える。その間に少女は首を下げた火竜から軽いステップで着地した。

 「そうなんだ、王立学校というから広い敷地があるのかと思いきや、人の多さを計算していなかった。まさか森の中に着地する訳にも行かないしね。」

 からからと笑いながら、少女はそう言った。

 「貴女も新入生かじら。」

 続けて、フランソワがそう訊ねた。

 「これは失礼、名乗るのを忘れていた。私はウェンディ=シルヴァティ=タジュール。フィヨルド王国タジュール公爵家の長女だ。」

 「私はフランソワ=ラーヴェル=シャルロイド。シャルロイド公爵家の次女よ。」

 流石貴族という様子で初対面の挨拶を交わす二人に、詩音はさてどうしようか、と考えた。二人のような肩書きを、残念ながら詩音は持ち合わせていない。

 「青木詩音。平民だ。」

 我ながら変な挨拶だな、と考えながら詩音がそう答えた。その直後、ウェンディが不思議そうに何度か瞬く。

 「珍しい髪色と、瞳だね。」

 興味津々、という様子でウェンディはそう言って、詩音に向かって少し首を伸ばした。想定されている範囲ではあったが、余計なトラブルに巻き込まれない為にも、自らの出自に関しては極力隠す様にとアウストリアからも言われている。そう考えながら詩音は小声でこう答えた。

 「異国から来たからね。」

 「異国、ねぇ。」

 納得していない様子でウェンディがそう言った。

 「それよりウェンディ。竜厩舎を探しているのではなくて?」

 即座に、フランソワがそう言った。話を逸らそうとしたフランソワに感謝を覚えながら、詩音はなんとなく視線をウェンディから逸らした。

 「ああ、そうなんだ!場所を知っているかい?」

 「竜厩舎なら寮棟の裏、厩舎の隣にそれらしきものがあったわ。」

 続けて、フランソワが寮棟の方向を指差しながらそう言った。寮棟には未だに大勢の人間が出入りを繰り返している。

 「了解、助かったよ!それじゃあ、また後で、フランソワ、それにシオン。」

 ウェンディはそう言うと、火竜が口に咥えている手綱を手に取った。

 「それじゃあ行くぞ、エルミー。」

 どうやらエルミーという名前らしい火竜を先導しながら、ウェンディは寮棟へと向けて歩き出した。歩くたびに地面が軽く揺れるのはそれだけの重量をあの火竜が所持しているからに他ならないだろう。

 「凄い迫力だな。」

 ウェンディが立ち去ると、詩音は呆れた様子でそう言った。これまで詩音が直接見た動物の中で最大ものもは動物園にいたアフリカ象になるが、火竜はそのサイズだけでなく、迫力でも象を圧倒している。

 「火竜はあれでも小型の竜よ。一回り大きな風竜という竜もあるわ。」

 何気なくフランソワがそう言った。あれ以上大きな竜となると、詩音にはちょっと想像できない。

 「でも、タジュール公爵家からの留学生となれば、火竜に乗っているのも納得だわ。」

 続けて、フランソワがそう言った。

 「納得?」

 「そう。竜の生産地は極端に限られていて、ミルドガルド大陸ではルマニ山脈かザルツブルグ山脈かのどちらかしか生産できないの。ルマニ山脈は火竜の産地で、ザルツブルグ山脈は風竜の産地ね。その中でもタジュール公爵家はルマニ山脈の火竜生産を任されている一族だから、公爵家は全員火竜騎士になるという話よ。」

 尚、ルマニ山脈はフィヨルド王国とビザンツ帝国の境界に、ザルツブルク山脈はコンスタン王国とビザンツ帝国の境界にある山脈である。

 「それで、火竜か。」

 納得した様子で、詩音は頷きながらそう言った。

 「ちなみにアリア王国軍にも竜騎士隊は僅かながら存在するわ。竜を輸入に頼っている以上、それほどの数は用意できていないけれど。」

 フランソワの解説に詩音は成程、と答えた。

 「それじゃあ詩音、まだ時間もあるし、本館の見学に行きましょう。」

 続けて、フランソワはそう言って再び歩き出した。

 

 特に変哲もなく本館の見学を終えた詩音とフランソワが向かった先は、寮棟一階にある食堂である。男女寮は一階二階と明確に分けられてはいるが、食堂に関しては男女の隔てが存在していないらしい。方式は効率を重視したものか、所謂バイキング方式であった。貴賓問わず同じものを食べ、互いの交流を深める。それが王立学校の教育スタンスであった。ところで詩音とフランソワはともかく、初めて庶民と同じ食堂で、庶民と同じものを食べる羽目になる貴族も少なからず存在しており、彼らは一様に食事に関して暫くの間戸惑いと手探りが続くそうだ。何しろ、食器を片づけるという習慣から彼らには無い。

 そんな他の新入生達をさておき、詩音とフランソワは難なく自分の食事を調達し終えると、空いている座席を見つけてすぐに腰を下ろした。上級生らしい一団は既に慣れた様子で各々の席を確保し始めているが、明日に入学式を控えた新入生たちはなかなか席が決まらない様子で、どこか不安そうな様子で周囲をうろうろとしている。

 そんな中、食堂中に響き渡る様な元気のある声が詩音とフランソワにかけられた。赤髪で、スタイルの良い少女である。

 「お、いたいた!フランソワ、シオン、先程はどうも!」

 ウェンディであった。既に食事が載せられたトレイを手にして、座席を探していた所であったらしい。その後ろには、淡い青色をした髪を短めに切りそろえた少女の姿も見える。

 「ウェンディ。よかったらどうぞ。」

 フランソワがそう言いながら、自身の隣と詩音の隣を指で差した。

 「それじゃあ遠慮なく。おっと、その前に。さっき竜厩舎で会ったんだ。」

 ウェンディがそう言いながら、彼女と同じようにトレイを手にした青髪の少女へと目配せをした。

 「初めまして。私はカティア=リンダーバル=レイクナバ。コンスタン王国からの留学生です。」

 ウェンディとは対照的に落ち着いた、丁寧な口調でカティアがそう言った。

 「初めまして、カティア。」

 フランソワがそう言って、先程と同じような自己紹介をした。詩音もそれに続く。流石に平民だという一文は省いたが。

 「カティアはどうやら風竜使いみたいでさ、竜騎士同士、留学生同士仲良くしようってことで。」

 ウェンディはそう言いながらフランソワの隣に腰かけた。自然とカティアが詩音の隣に腰を下ろす。唐突に華やかさを増した座席の中央で、詩音はどうにも恐縮しながら食を勧める事になった。これまで日本であっても、チョルル港であっても殆ど男性社会にいたものだから、こう言う状況にはどうにも慣れていない。何しろ、フランソワと出会うまでは普段から話す女性と言えば真理しかいなかったのだから。

 「どうしたの、シオン?」

 不意に日本の事を思い出して、口を閉ざした詩音に向かって、フランソワは不思議そうな口調でそう訊ねた。

 「いいや、なんでもない。」

 「故郷の事でも思い出していたのかな。」

 に、と笑いながらウェンディがそう訊ねた。

 「そんなところだ。」

 「しかし、シオンも奇遇だねぇ。どうしてこんな所に来たんだい?」

 「いろいろ事情があってね。」

 本当に、事情という一言で片づけるには不足する出来事を経験していると思う。正直に。

 「ウェンディ、人には言えない事情というものがあるわ。」

 更に問いただそうとしたウェンディに向かって、カティアが宥めるようにそう言った。その口調の端に僅かな陰が混じっていたのは何故だろう。

 詩音は気を取り直す為に口にしたスープを飲み込みながら、なんとなくそんな事を考えた。

 


 
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