翌日、彼女は朝食の席に着いた途端質問攻めに遭った。
「具合はどう? よく眠れた? 昨日は食べれなかったそうだけど、食事は摂れそうかい?」
バランは、それこそ彼女が口を挟む暇もないほど矢継ぎ早に訊ねた。彼女が体調を崩したらしいと、あらかじめ職員から聞いていたようである。
エリーゼは真っ白なリネンを広げつつ、にこりと笑う。
「はい、頂きます。ご心配お掛けしました」
「そんなに畏まらなくっても。もう他人じゃなくなるんだし」
「そうでしたね」
微笑み相槌を打ちつつ、少女は給仕に卵の焼き方を注文する。
「式場は空の上なんですよね。ここを何時ごろ出るのでしたっけ?」
焼きたてのパンをちぎりつつ、エリーゼは技師に確認した。打てば響くように返された出立時刻に、少しだけ目を見張る。予想より、随分早い。
「出来る限り、早めに出発したいんだ。向こうで色々準備とか、打ち合わせしなきゃならないし」
自分の都合につき合わせてしまって申し訳ない、と肩を竦める技師に、エリーゼは頷いてやる。
「わたしでは分からないことも多いでしょうから、バランさんに全部お任せします」
「わかった」
このエリーゼの発言は、新郎に面倒ごとを全て丸投げしているようなものだった。だがバランは主導権を握れたと、寧ろ歓迎していた。
自分の妻となる女性の、この物分りの良さは技師にとって好都合だった。バランは技師である。挙式当日であっても、源黒匣研究の第一人者であることに変わりはない。朝から最終確認を求める連絡がひっきりなしに飛び込んでくる。
「おはようございますーバランですー。連絡どうもー。すぐに掛け直せなくてごめんね。・・・そんなとこ。まあ、最後の晩餐ならぬ、最後の朝餉ってとこかな」
自室に戻ったバランは、早速端末を起動させていた。点滅を繰り返す機器を耳に押し当てる。
「ああ、行く行く。足を拾って、港から乗り換えて、それから槍の搭載されている艦に・・・ああ、勿論提供者も一緒さ。でなけりゃ動かないだろ? 動力源のマナがないんじゃ、ただの容器なんだから」
通話を続けつつ、技師は適当に選んだ上着に腕を通した。反対側の身頃に手を突っ込む前に、会話が途切れぬよう素早く端末を持ち変える。
「それよりリーゼ・マクシアの準備は大丈夫? そっちの情報、こっちに全然上がって来てないんだけど。定時報告とかはどうしたのさ? ・・・アルクノア経由? また不安な名前を」
新郎は途端に渋面を作る。
「マクスウェル殲滅に失敗した連中だよ? ・・・まあ、なまじっかリーゼ・マクシアに詳しいしねえ。使える物は何だって使うしかない、か。そういう考え方、僕は嫌いじゃないな。だからこうして茶番劇に出演しようとしてるんだけど」
からからとバランは笑った。電話の向こうの相手も、同じような笑い声を立てているらしい。
「そりゃそうだ、じゃないだろう。人の結婚式を茶番だなんて笑うなよ。・・・え? 当事者が何を言うって? 僕はいいの、主役だから」
通話をしたまま部屋を巡り、技師は適当に身支度を整えた。最後に机に立ち寄り、小型の記憶媒体をいくつか摘み上げる。
「クルスニクの槍は、定刻通りに起動可能だ。僕が現地に入って最終調整をする。あ、向こうと繋げる方法はそっちに任せたよ。合図、よろしくね」
それじゃ、と短い挨拶を交わし、技師は通話を終えた。
研究所の入り口前で新婦エリーゼと合流し、二人は軍用機で移動を開始した。窓の外を眺めているエリーゼはバラン同様、身一つである。婚礼用の衣装や他の細々した道具類は、前もって会場内に運び入れてある。到着次第、着込めば新郎新婦の出来上がり、という寸法だ。
「随分たくさんの艦、ですね」
「まあね。リーゼ・マクシアへの威圧も含まれてるらしいから。やだねーおめでたい席なのに、きな臭くって。――あ、ほら、見えてきたよ」
バランが空飛ぶ艦の一つを指で示す。エリーゼの顔が一瞬強張る。
「クルスニクの槍・・・」
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舞台はいよいよ海の上、挙式会場へ。 2/28分。