No.384801

夏休みの宿題

翡翠飴さん

夏休みの絵の宿題とか、友達数人で家に集まって描いてた懐かしい記憶があります。
そんな懐かしいような感覚で書いてみたくなりました!
描写や表現練習を兼ねて、いろんな書き方に挑戦中です。

やわらかい雰囲気とか表現模索中です'ω')

2012-02-29 15:05:59 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:527   閲覧ユーザー数:526

 

彼女のアトリエは街外れた森の中に悠然と建っており、高校生が私有する建物とは思えないほどに立派なものだった。

初夏の爽やかな風が舞い上がる森の中は現実と隔離された別世界のような光景で、初めて見たときの私は目を丸くしたのを覚えている。

ゆっくりと流れる川面と同じ高さの小さな野原に、水辺には赤いイチゴが火花のように生い茂り、ふかふかした柔らかなクローバーが辺り一面に咲いていてその中央に建つ彼女の真っ白なアトリエは、異国の絵本のような浮世離れした一角を出現させていた。

 

「何度見ても立派だよね、アトリエ」

私は背中に大きなリュックサックを背負い、右手には買ったばかりの絵の具を抱え込みながら呟いた。

地面から柔らかなクローバーを踏む度にさくさくという音と、冷たい葉の感触が足の裏に心地よく伝わってくる。

「アトリエって言っても、もうほとんど私達の秘密基地みたいになっちゃってるけど」

私と同じ歩幅で歩く彼女は呆れたように欠伸をしながら、丹念に毛繕いされた耳の後ろに手を交差させていた。

だるそうにどんよりとした彼女の瞳は愁いを帯びた碧色で、真っ黒な毛並みとよく似合っていてとても美人だと、同年代の私でも思う。

猫獣人特有の、大きく吸い込まれそうな彼女の瞳を見つめながら、私は一度溜息を吐いた。

「でもいいなぁ。絵画コンテストで優勝した景品がこんな立派なアトリエだなんて、素敵じゃない」

私はシックな造りのアトリエを見上げながら、羨望の瞳を浮かべていた。

「…このアトリエも嬉しいんだけどさ、どうせなら世界旅行とかの方が良かったな」

「それは贅沢ってもんだよ。形に残るほうが後々嬉しいもんじゃないの?」

「まぁ、将来的に考えたらね。でもそんなに打算的に考えて生きていくって、なんかつまんないじゃん」

彼女の言い聞かせるような言い振りに、私はまた心の奥で憧憬の念を抱いている事に気付かされた。

いつも彼女は不変することない思考の持ち主だった。隠し事はせずに、自分のフィーリングとインスピレーションを第一にする生き方。

そんなはっきりとした性格と大人っぽい美貌を兼ねそろえている彼女だからこそ、学校中の男子生徒からは切望と尊敬の眼差しで見られていた。

しかしそれを鼻にかける訳でもなく彼女はいつも素っ気無く振舞いながら、私と遊ぶときだけに本音をポロリと溢す。

いわゆる女子生徒にありがちな、周囲の視線を意識した"可愛らしい自分"を演出するタイプでは無く、ごく自然体のままに人と接する純真無垢なタイプだった。

「…でさ、夏休みの絵画の宿題、何描くか決まった?」

彼女はアトリエの玄関に足を一歩踏み入れて、すっかりやる気に満ちた面持ちで私に言った。

「ん、絵の宿題?全然何にも考えてなかった」

「だよね、いつもだったらすんなり描けるとこなんだけど、私も何にも思いつかなくて」

彼女の後に続くようにして階段を上りながら、呟くようにして言った。

「えっ、そうなの?珍しいじゃん」

「…別に珍しくなんてないよ。たまーに、何描けばいいのか途方に暮れちゃうときだってあるんだから」

彼女がいつも二人で過ごしている空間のドアに手を掛けた時、私は彼女が絵を前に苦悩している姿を想像して少し微笑んだ。

「なんか、すぐにパパッと描いちゃうイメージなんだけどな」

それは素直な感想でもあり、私の紛れも無い本音だった。

彼女は絵に関して天才肌で、油絵からデッサンまで繊細でかつ豪快なテクニックで周りの人々をいつも驚かせていた。

このアトリエも彼女が中学生の時に描いた絵画が世界コンクールで優勝して、その景品として設立されたものだった。

正直、私だって絵は小学校からずっと絵画教室にも通っていたし美術部だったこともあり人並み以上には出来るはずだったけど、彼女の前では霞んでしまう。

彼女が描く絵はいつも新鮮な色彩で、作品を見るたびに何かを気付かされるようなインパクトがあった。

 

「やっぱり、描きたくない時ってあるんだよね。描いても自分が表現したいものとは違って見えて、また描いてまた違って。そんな感じでずっと繰り返すんだよね」

彼女はそっとドアを開けながら、私の表情を確認するかのように覗きこんで呟いた。

「納得いく作品を創りあげるのには、やっぱり時間と努力が必要だもん」

そういい残すと同時に、私はいつものアトリエに一歩踏み込んだ。

地面には書き散らされた洋紙とペンが散らばっており、いつもの光景が広がっていた。

壁には何重にも色がペンキで描かれており、最初は真っ白だった壁も今や彼女の手によって虹色になっていた。

豪快に塗りたくられた壁に一際存在感を示す小さな窓があり、木々の梢が青い色をして揺れていた。

「ここ、何回来ても居心地いいよね」

私は背負った重いリュックサックを肩から下ろして、中から大きい真っ白なキャンパスを取り出した。

二人だけの空間に大きなキャンパスを中央に置いたら、何か新しい世界が描けるような気になってしまう。

しかし自分の背丈ほどあるキャンパスを前にしたら、なんだか自分がちっぽけな存在に見えた。

「そりゃ秘密基地なんだから」

彼女は丸いテーブルに頬杖をついて笑いながら、私の真っ白なキャンパスを見て呟いた。

横座りしながら頬杖をつくその姿も普通ならだらしないと思うはずなのに、彼女がするとモデルのように様になっていた。

「よし、なんか描くぞっ」

私は自分に喝を入れるように一度頬を叩いて、新品の筆を片手に持ってぎゅっと握り締めた。

すると自然と創造力に意識がいくような感覚が私を襲い、絵を描きたい衝動に駆られる。

彼女はいつものように地面に寝転んで、私が描く世界をそっと後ろから見つめているのが分かった。

「頑張るがよい!」

彼女はキャンパスを前にした私の躊躇いを払拭するように、力強く答えた。

 

眩しい夏の光がキャンパスを白く照らしながら、二人の間には、一つだけ優しい陽だまりが出来ていた。

 

 

 

 

 
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