「しばらく店を空ける?」
「ああ」
店で茶を飲んでいた華雄に俺はそう告げた。
俺が藍さん達の所から帰って来てから暇があると出入りしている。
……ここは鍛冶屋であって茶店じゃないんだがな。
「何か用事か?」
「凪から武具の鍛え直しの依頼が来てな」
「……本当に楽進の物か?あいつならむしろこちらに来そうなものだが」
「本人もそうしたかったらしいが、故郷の街で自警団が作られてそれに入ったらしくてな。
長期間空けるのはまずいらしい」
凪クラスの手練れの人間はそう多くないだろうからな。
戦闘要員が一時的とはいえ減るのは避けたいだろう。
「むう、ならば仕方ないな。楽進の事だから自分の役割を他人に任せる事はできんだろう」
「責任感がありすぎるのも考え物だな」
まあ、他の人間の命を握る事にもなるから無理もない。
無さ過ぎるよりはずっと良いし。
「いつ発つ予定だ?」
「今やってるのを終えたらすぐにでも行くつもりだ。
自警団にいるのなら武具にも万全を期したいだろうしな」
いつ使う事になるかも分からないし。
「しばらくここには来れなくなる」
「……」
今俺はさくらの前にいる。
しばらくここに来れなくなる事をさくらに伝える為だ。
城に置いてもらってはいるが、可能な限り顔を見せる様にしていたのだ。
「俺が戻るまで、ちゃんと良い子にしてるんだぞ?」
必要な事を伝え、店に戻ろうとしたら
「……さくら」
「……」
さくらが俺の服を銜えてきたのだ。しかもがっちり。
「…連れてけって?」
「……(こくこく)」
俺の問いにさくらは服を銜えたまま頷く。
というかやめろ、さくら。服が伸びる。
「……さくら、今回は…な?」
「……(ふるふる)」
今度は顔を横に振る。……相変わらず俺の服を銜えたままで。
「……さくら、いいかげんに『乗ってけばええやん』霞」
さくらの様子を見て、他の馬を見る為に付いてきた霞が口を出してきた。
董卓軍の人間には俺が街を離れる事は話してある。
「気を付けてくださいね?」
「折角だし、少し長居してきたら?」
「……早く帰ってくる」
「さっさと行けばいいですぞ、へっぽこ鍛冶師」
といった言葉を貰った。
霞からは
「ほなら凪によろしく言っといてや」
と言われた。
閑話休題
「……まだ仔馬だぞ?荷物もあるし」
「たぶん大丈夫や思うで?」
「……」
馬に関しては董卓軍一の霞が言うからには、大丈夫なのか?
大人の馬を借りるか、行商人の馬車に同乗するとか思ってたんだが。
「……とりあえず荷物付きで乗ってみるか」
さくらを店に連れて行き、持っていく予定の荷物を持たせ、俺もさくらの背に
乗ってみた。
「……大丈夫か?」
「ぶるる!」
さくらはもっと乗せてみろって感じで嘶いた。
実は結構力あったんだな、さくら。
「本当に大丈夫そうだな。なら」
「ぶぎゅ」
「……そうだな。さくらを連れてくんならお前も行くか」
「ぶぎゅ!」
結果、一人と二頭で行く事になった。
「真也さん!」
「久しぶりだな、凪」
「はい!」
数日かけて、俺達は凪の居る街に着いた。
そして街に入る直前に凪が出迎えてくれたのだ。
「すいません。お願いする側なのに呼び寄せる真似をしてしまって…」
「気にするな。自警団の人間が長い間街を離れるのは確かにまずいしな」
「そう言っていただけると気が楽です」
すまなそうに言う凪に対して、俺はそう返した。
本当に気にする事はないぞ?
「この猪がぼたんですね。そっちの馬が?」
「さくらだ」
凪との文でぼたんとさくらの事は既に知らせてある。
会うのが楽しみだと返しの文に書いてあった。
「で、会った感想は?」
「文で知ってはいましたが……でかいですね、ぼたん」
「……だろ?」
ウリ坊の時は小さかったのに、模様が消える位からやたらでかくなってきたんだよな。
母猪とも雄雌の違いがあるにせよ、それでもでかい。
元の世界でも時々サイズがおかしい猪が居たりするが、ぼたんもその類だったようだ。
で、そのぼたんはというと
「うえええええんっ!」
「こわいーっ!」
子供数人に泣かれたりしてる。
それに大人達も結構びびってる。
雄の猪って迫力あるしな。でかいからさらに倍増。
あっちの街じゃあウリ坊の頃から知られてるから別に気にされてない。
店主に至っては
「いつの間にかでかくなったなぁ!ぼたん!」
だからな。
最近産まれた赤ん坊や幼い子供も親が動じてないせいか泣く事はないし。
「……お前が良い子だっていうのは向こうの皆が分かってるから気にするな、ぼたん」
とりあえず泣かれて落ち込んでるぼたんを撫でながら慰める。
ついでにさくらもぼたんの身体を擦って慰めている。
「真也さん。お一人…いえ、この子達とだけ来たんですか?」
「そうだが」
「お呼びしておいてなんですが、賊は大丈夫でしたか?」
「少なくとも俺は遭ってないな」
「そうですか。それは良かった」
明らかにほっとした顔で凪が呟いた。
けど、凪。たぶんそれは杞憂だ。
俺だったら絶対に襲わない。それ以前に近づかない。
でかい猪を伴って仔馬に乗る成人男性なんて、
外から見ても明らかにおかしいだろうからな。
「それで、どこで作業すればいいんだ?」
「真桜の働いてる工房を、今やってる作業の後に貸してもらう事になってます。
後、真也さんが作業していただく場所には仕切りをつけて
外からは見えない様にしてもらいました」
「すまん。ありがとう」
「いえ、この位は」
俺の店に滞在してた時も誰にも見せようとしなかったからな。
当然凪にも。
それを考慮してくれたのは素直に感謝する事だ。
そんな中
「大将さん久しぶりなのぉ~」
「ああ。久しぶりだな、于禁」
向かいからやって来た于禁が俺に挨拶してきた。
凪がいるんだからお前もいるよな。当然…
「ふっふっふ。待ってたで、この日を」
こいつも居る訳で。
「さあ大将の兄ちゃん!今日こそあんたの鍛冶を見せべっ!?」
「それはやめろと言っただろう、真桜」
李典がお決まりの台詞を言おうとしたが、凪の拳骨がその頭に落ちてきた。
というか前もって言われてたらそうなる位分かるだろうに。
「いひゃい…」
「自業自得だ」
話してる途中に拳骨くらったから舌を噛んだらしい。
すごく喋り辛そうだ。
地味に痛いからな、あれ。
同情はしないが。
そんなこんなで工房が空くまでの数日はこんな調子で騒がしかった。
けどあいつら、俺の店に居た時と全然態度が変わらないってどうなんだろうか?
それと宿泊場所はちゃんと宿を取った。
凪達は家を使えばいいと言ったが、そこは断固拒否した。
女性の家に男が泊まるのはいくらなんでもまずい。
で、工房が空いたら直ぐに作業に入った。
細かな傷も多く、凪も少し腕に変化があった為調整も兼ねて鍛え直した。
「どうだ?」
「大丈夫です。違和感はありません」
「合わない物を無理に着け続けると身体が歪む。次からは違和感を
感じたらすぐに来い。または呼べ」
「はい。ありがとうございます」
確認も兼ねて、鍛え直した手甲を着けた凪と簡単な手合わせをした。
それと俺の気の扱いの現状も見てもらった。
やはりまだ単独では実戦で使えるレベルではないらしい。
「さて、と。用事も終わったし、そろそろ戻るか」
「もう…ですか?もう少しゆっくりしていけば…」
「……正直に言う。あいつらと居るのは疲れる」
「……すいません」
「前にも言ったかもしれないがお前が謝る事じゃないぞ?」
あくまであいつらだけのせいだし。
このまま宿に戻って帰り支度をしようと思った時
「大変だ!賊がこの街に近づいて来てるぞ!!!」
「「!!?」」
賊の襲来を知らせる声が響いた。
……どうやらこのまま帰る訳にはいかなくなったようだ。
おまけ
真也が街に着く直前の出来事
「……何だありゃ?」
「どないしたん?」
「ああ、お前達か。いや、なんか変なのが近づいて来てんだが」
「変なの?」
「仔馬に乗って、馬鹿でかい猪を連れてる男なんだが」
「そんな変なのいる訳……本当なのぉ~」
「だろ?一応知らせた方がいいと『出迎えてきます』っておい!?」
「行ってもうた。……凪があんな反応するっちゅう事は」
「あれ、たぶん大将さんなのぉ~」
「知り合いか?」
「凪ちゃんが慕ってる人なのぉ~」
「分かりやすいくらいお熱や」
「……そうか(趣味悪くないか?)」
後書き
次は本格的に黄巾に入ります。
まあ、活躍はしないと思いますが。
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龍々です。
第十八話です。
今回再び三羽烏が登場です。
ではどうぞ。