No.383237

真恋姫無双二次創作 ~蒼穹の御遣い~ 第壱章 最終話

ども、峠崎ジョージです。
投稿79作品目になりました。
後書きならぬ、今回は前書きです、ハイ。
とうとう、一区切りですね。
話数は少ないのに、何故にこうも長期間に渡ったか……いや、俺の遅筆AND他の草鞋のせいなんですがねww

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2012-02-25 22:13:00 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:10681   閲覧ユーザー数:8552

世界が、真白だった。

いや、目の前に広がるこれを『白』だと呼んでいいのかすらわからなかった。『黒』なのかもしれない。あるいは、その中間。文字通りのグレーゾーン。あぁ、これが本当の無色なのかもしれないと、そう思った。

身体が沈んでいく。いや、ただ単に俺が『沈んでいる』と感じているだけで、相対的には『浮いている』のかもしれない。兎に角、自分の肉体がどこかへと向かって緩やかに移動している事は間違いなかった。

見回す。上も、下も、右も、左も、前も、後ろも、無限に広がる無味乾燥な空間。天地という定義すら存在していないのかもしれないそこは、生まれる前の『世界』なのだろうかと邪推する。

 

「本当に何もない……ここで落としたら大変だな」

 

祖父から譲り受けた薩摩刀、それを握る両手を強めた。ふと思い浮かべたのは宇宙空間。大気との摩擦がないあの場所では、他の惑星の重力が加わらない限り、延々と等速直線運動が継続する。似たような状況下に、自分はいるのかもしれない。

 

「貂蝉は『仲間が誘導してくれる』とか言ってたけど今、正にその真っ最中って事か?」

 

乗車券、とも表現していた。つまり、乗ってしまえば目的地まで連れて行ってくれるという事か。だとしたら下手に足掻かない方が賢明なんだろう。

不思議な気分だった。まるでこういうアトラクションに乗っているような錯覚すら覚える。あれほど覚悟に時間を浪費したというのに、いざ割り切ってしまうと覚える解放感には、やはり驚きを感じざるを得ない。

と、

 

 

 

―――あれ?

 

 

 

『覚悟』って、何の覚悟だ?

そもそも、俺は何に対して迷ってたんだっけ?

迷う必要が生まれるような何かが、俺にあったのか?

まるで物語の1ページが破り捨てられたかのように、綺麗に『それ』に関する事が喪失していた。

と、自覚した次の瞬間、

 

「……これは、誰だ?」

 

記憶の中、浮かび上がる人影、その顔だけが、虫食いのように抜け落ちている。

 

「これは、何なんだ?」

 

この人に、何かを貰った。この人に、何かを教わった。この人に、何かをしてもらった。この人に―――この人に?

 

「おかしい。何が、起きてる?」

 

消えていく。消えていく。頭の中を消しゴムが駆け廻っている。頭の中に修正液が落とされていく。

潰される。潰される。頭の中を黒いペンが暴れ回っている。頭の中に黒いペンキがぶちまけられていく。

 

「俺は、あの時、何をした? 俺に、あそこで、何があった?」

 

幼虫が葉を食むように。じわりじわりと、次々に。

頭を振っても抱えても、その浸食は止まらない。

怖い。堪らなく、怖い。例えば塔があったとして、その登頂に自分が立っていたとして、その土台が揺らぎ、崩れ、倒壊を始めていると言えば、その幾分かの一くらいは、理解してもらえるかもしれない。

 

「俺は、あの時、僕は、どこで、何と、」

 

シャッフルされた山札のよう。脈絡も関係性も皆無。確かに、そのハズ。

 

「これは、どこで、あれは、そうして、だから、」

 

ランダム。とびとび。支離滅裂。

これは本当に『自分』を構成していたのかさえも、判断が出来ない。

『誰?』『何?』『どこ?』『いつ?』『どうやって?』『なぜ?』その有無さえも、徐々に曖昧に。

 

「あ」

 

止めたい。止めたい。思考を。思慮を。思想を。

止まらない。止まらない。思考が。思慮が。思想が。

 

「ああ」

 

溢れる。溢れる。世界が滲んで見えなくなる。その度に、無くなっていく。

苦しいと言うよりも、酷く悲しかった。

それがなぜかも、既に解らなかった。

 

「あああああああああああああ」

 

そして、急転直下。

雪崩のように、溶解していく。何もかも。何もかも。

自分というデータが、緩やかにフォーマットされていく。

俺が『俺』でなくなっていく。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

それは、慟哭だったのか。

思わず吼えていた。なぜかも解らずに吼えていた。

胸にぽっかりと穴が空くなんてレベルじゃない。だるま落としやジェンガのように、その段のみが塵芥一つまで排除されたようで、喪失感どころじゃない。

正に消去。空虚、幽玄、希薄、そんな単語は該当しない。

それは『対比』だから。存在あってこそ、成立する概念だから。それを感じられるのは、今が最後だから。

『俺』は、もうなくなる。

『俺』は、もういなくなる。

『俺』は、もう失われる。

『俺』は、もう掻き消される。

そして、

 

 

「―――――っ」

 

 

それは、呆気なく訪れた。

その微かな境界線、それを踏み越えた瞬間に。

あまりに容易く、あまりに簡潔に、

 

 

 

『俺』は、最期を迎えた。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

―――ん? 流星か? まだ昼間、と言う事は……あれか、貂蝉が言ってたのは。

 

 

 

―――久し振り、だな。まぁ、『彼』は覚えてないんだろうが。

 

 

 

―――記憶を失くしても、か。相変わらず、君は強いな。

 

 

―――越えられぬ壁はないっ!! むしろっ、高ければ高いほどっ、厚ければ厚いほどっ、堅ければ堅いほどっ、燃えるものっ!!

 

 

 

―――待っていてくれよ、我が友っ!! 君が俺を導いてくれたように、今度は俺が君を導こう!!

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

気がついたとき、『私』は奇妙な浮遊感に包まれていた。

いや、浮遊感とは違う。下へ下へ、重力に引っ張られる感覚。

 

「―――あぁ、そういう事ですか」

 

身体が向かう先を見て『私』は妙に納得していた。

一般人ならこの上なく取り乱す筈の光景。なのに嫌に落ち着いている自分に、少なからずに驚きを覚える。

 

「どういう事、なんですかね?」

 

もしや似たような経験を済ませているのかと記憶を探ろうとして、

 

「……おや?」

 

ふと、気付く。

何もない。空っぽの箱の中を覗くような虚しさと、思いがけない事実に驚きを感じる。

 

「私は、一体……」

 

何一つ解らない。何一つ思い当らない。この現状、その理由。

今まで走って来た線路、昇って来た階段、残してきた足跡、その悉くが、ない。走って来た筈なのに。昇って来た筈なのに。残してきた筈なのに。

 

「っと、それは後回し、ですかね」

 

まずはこの現状をどうにかしなければならない。

今の自分は、さながら隕石だ。眼下に広がるのは広大な木々の海原。旅客機ほどの高度ではないが、このまま落ちればまず無傷では済まない。というか、間違いなく死ぬ。

 

「どうしましょう?」

 

なのに、やはり自分の心は不思議と凪いだままだった。

なんとかなる。どうにかなる。なるようになる。なんとでもなる。

本当に、不思議でならない。

 

「う~ん」

 

間抜けに首を傾げいる間にも、地面は急速に肉迫している。

打開策も、解決策も、一切合財思いつかないのに、命の危険が迫っているのに、これはどういう事だろうか。

 

「……まぁ、そう思えるんなら、何とかなるのかもしれませんね」

 

なので、考えるのを止める事にした。というか、そもそもどうにかなるとも思えない。

勢いを和らげるパラシュートや、衝撃を吸収する為のマットレス、それに準ずる方法、色々と考えてはみたが、現状では不可能である。今着ている服を広げた所で人一人を支えるにも受け止めるにも余りに不足。他に持っているものも、何故か片手に一振りの日本刀と、

 

「ポケットに何か……ジッポライター?」

 

光沢を帯びた黒の中に刻まれた銀の炎。随分と年季が入っているように思えた。

 

「私って、喫煙者だったんですかね?」

 

にしては、どのポケットにも煙草は入っていないようだが。

と、

 

「―――あれ?」

 

次の瞬間、目の前が白光に塗り潰され、

 

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

 

 

鼓膜を振るわず強烈な爆音に反して自分への衝撃は余りに弱く、気付けば自分は余りに巨大なクレーターの中心にいた。

 

「あ痛たた……あらら、本当に何とかなってしまいましたね」

 

流石に慣性全てを相殺は仕切れなかったのか、勢い余って転びはしたものの、さしたる傷は負っていなかった。せいぜい、本当にただ転んだ程度。咄嗟に受け身は取っていたので、擦過傷や打ち身もない。

 

「よっと。……さて、ここは何処、なんでしょうかね?」

 

見渡す限りの木、木、木。緑一色で埋め尽くされたここは現在地を知るには余りに不向き。ただ、

 

「日本、ではなさそうですね」

 

先程から自分が自然に使っている言語が日本語なのからして、自分が日本人ではあるだろうとは思う。そして、周囲に自生する木々や漂う空気、明らかに自分の知る現代日本のそれとは遠くかけ離れていた。

テレビなんかでも時折、海外の自然や町並みを移す番組があるだろう。ああいった類の光景を見て、漠然とでも『違う』と思った事はないだろうか。丁度、あんな感覚。

 

「さて、どうしましょうか?」

 

遭難した際には下手に動かないのが基本だが、それは救助が来る事が前提の場合に限る。無駄に体力を消耗するのは避けたい所だが、ずっとここにいた所で何の利点もなさそうだし。

 

「……取りあえず、真っ直ぐ行ってみますか」

 

川でも見つかれば重畳。流れに沿えばまず間違いなく人里に出られる。太古の昔さえ、真っ先に文明が栄えたのは大河の畔。水と生活は切って離せない関係にあるからだ。

と、

 

「っ……」

 

背後から、何かが草叢を掻き分ける音がした。自分は剣術でも嗜んでいたのか、その音が徐々に近づいて来るに連れて自ずと刀の柄に手が伸び、握る手を強め腰を落とし、瞼を細めて気配を窺う。

が、

 

「っと、いたいた。無事に来れたみたいだな」

 

「……人?」

 

表れたのは自分と同年代であろう青年だった。燃えるような深紅の髪。白を基調とした衣服は『ちょっとしたお洒落』の範疇を明らかに逸脱しており、俗に言う『コスプレ』のような印象を受ける。そしてその左腕、やはり真白の手甲が特に目を惹いた。それこそ、まるでアニメや特撮作品でヒーロー達が身に着けるようなデザイン。日常からは、明らかに程遠い。

 

「ふむ、どうやら怪我もないようだし、平気そうだな。意識は、はっきりとしてるか?」

 

「は、はぁ……大丈夫、ですけど」

 

そんな彼は自分に近づくや否や、全身をじっくりと観察し、自分の顔の前で手を振ったりしながら、そう問うてきた。

初対面である筈の彼は何とも馴れ馴れしく、しかしそれを嫌だとは感じさせない心地良さがあった。純粋に、自分を慮っている。それがひしひしと感じられるのが、その最大の要因かもしれない。

 

「あの、貴方は、一体?」

 

「……そうか。解ってはいたが、本当に覚えていないんだな」

 

当然の疑問。そうである筈。なのに、自分がそれを問うた途端に、彼は表情を曇らせた。若干の悲哀を含んでいたそれは、何故か自分の心を傷つけたような、そんな気がした。

が、

 

「俺は華佗。誇り高き五斗米道の医者だ」

 

「……はい?」

 

カダ、と言ったか? 今、この青年はそう言ったのか?『カダ』と聞いて自分が思い当る人物は、まず一人しかいない。

華佗。中国の後漢末期の薬学・鍼灸に非凡な才能を持つ伝説的な名医だ。諱は不明。『麻沸散』という初の人工麻酔を開発し、腹部切開手術を行ったと言う記録も残っているという。その腕を買われ、持病の頭痛を患っていた曹操の主治医となっていたが、当時の医者の社会的地位は低く、その待遇を改善すべく彼の元にいた華佗はそれだけでは満足できず、妻の病を理由に曹操から離れ故郷へ帰り二度と戻っては来なかった。が、曹操の調査により妻の病が虚偽であった事が発覚。荀彧の制止も聞かず、曹操は彼を投獄。度重なる拷問の末に、夢半ばで殺されてしまった。ちなみに、演義においても彼は曹操に殺されている。この二人、並々ならぬ縁でもあるのだろうか?

兎に角、それほどの凄腕の医者と同姓同名、なのかは判断し辛いが、その響きからして、そして『五斗米道』という単語からして、ここは恐らく中華民主主義人民共和国、略称中国、なのだろう。

そして、

 

「その、つかぬ事を、お聞きしても?」

 

「うん? 何だ? 解らない事があれば、何でも聞いてくれ」

 

その後、彼の口から語られた『現実』に、私は更なる衝撃を覚える事となった。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「―――つまり、今はあの魏・呉・蜀の三国が覇権を争ってから1年程が経っていて」

 

「あぁ、各地での混乱も徐々に収まりつつあるかな。まぁ、それでも全部が全部、解決したという訳ではないみたいだけどな」

 

「そう、ですか。で、私はこの世界、外史に来るために記憶を失くした、と……」

 

近場の岩に腰を据え、俺の知識を総動員しての説明が終わって、四半刻くらいか。予想通り、一刀は戸惑っているようだった。

無理もない。俺も貂蝉に事実を聞かされた時は驚いたものだ。

『外史』誰かに望まれて生み出された世界の存在。自分達は、その世界の住人であるという事実。まぁ、それで俺自身の生き方が左右される訳ではないし、変わる訳でもないと、そう思う事にした。

だが、一刀は違う。己の全てをかなぐり捨てて尚、愛する者の為に生きると決めた。その決意、実に素晴らしく、尊いものだと俺は思う。

俺は、彼に世話になった。彼のお陰で多くの、救えなかったかもしれない人を救えた。知識、技術、文化。彼が生きたという医療が発展、普及した未来。話を聞く度に、心が躍った。そんな未来が、いつかは訪れるのだと思うと、歓喜で何度も号泣したものだ。五斗米道の悲願が達成される未来が、その可能性が、確かにあるのだと教えてくれた。

だからこそ、俺は今まで以上に医療への情熱を燃やす事が出来た。一刻でも早く、一人でも多く、医療を広め、命を救おうと、その為の我が魂魄の全てを燃やそうと、心に誓った。

だからこそ、今度は俺が彼の力になりたい。俺の力で彼を少しでも救えるのなら、そうしたい。だからこそ、貂蝉から真実を告げられた時、一刀の境遇を知った時、一も二もなく引き受けたのだ。

と、

 

キンッ、キンッ

 

「それは、なんだ?」

 

「? あぁ、これですか? 偶々ポケットに入ってただけんですけど」

 

一刀、と呼べない事にもどかしさを覚えつつ尋ねる。彼には概ねの以上を除いて、自分が『北郷一刀』である事は教えていない。教えてしまえば、彼はそれを辿ろうとする。そして万が一、再び彼が『北郷一刀』となってしまった場合、彼は再びこの外史から弾き出されてしまう。そうなってはならないと、貂蝉からは何度も念を押されたからだ。

それはそうと、先程から続く渇いた金属音の源は一刀の右手の中、何やら小さな黒い箱だった。蓋が開いたり閉じたりする度に、なんとも綺麗な音がする。

 

「ジッポライター、という道具ですよ。誰でも簡単に火か起こせるんです」

 

こんな風にね、と一刀が蓋を開き、何やら火花が散ったと思った次の瞬間だった。

 

ボッ

 

「お、おぉ!!」

 

素直に驚いた。その掌の上、いつの間にやら黒い箱の上で小さな炎が、確かに燃えていた。

 

「凄いな!! どういう仕組みになっているんだ!?」

 

「簡単ですよ。中に燃料と、小さな火打石が仕込まれてるんです。作ろうと思えば、この時代でも作れなくもないですよ」

 

「ふむ……当然の事だが、改めて凄いな、未来の技術は」

 

「華佗さんが、私の話が通じる人で、本当に良かったですよ。今までの常識も、環境も、何もかもが違う場所にいきなり放り出されて、ひょっとすると野垂れ死にしてたかもしれなかったですからね」

 

(ここに来たのは、他ならぬ『君』の意志、なんだがな)

 

苦笑する一刀を見て、写し鏡のように華佗もまた苦笑する。

俺の知る彼は確かに礼儀正しい青年だったが、対等と言えるような同性に友人がいなかったらしく、俺には随分と親しげだった。当然、こんなに堅苦しい敬語は、使って来なかった。

 

(本当に、『一刀』はもう、いないんだな……)

 

胸に飛来する寂寥感は自ずと沈黙を選ばせた。閉口したまま、再びライターの蓋を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返しながら思案に耽る一刀を、改めて観察する。

随分と大人びている、それが第一印象だった。記憶の中の彼は少年だった。ふとした事に自然な喜怒哀楽を浮かべる、極々普通の少年だった。かの『天の御遣い』がその『天』では庶民だったと知った時にはそれは大層驚いたものだが、実際に彼と語らってみると『天の御遣い』の印象の方が却って不釣り合いに思えてならなかったのを、今でも覚えている。

が、今の彼はそんな当時のそれとはかけ離れていた。貂蝉が言うには、彼の世界ではあれから7年もの月日が過ぎ去ったという。それだけの年月を重ねれば外見も変わるのも無理はないだろうが、纏う空気そのものが違う。既に自分の知る『一刀』ではないので違うと感じるのも当然なのだが、線が細くなっているのに所作から弱々しさを全く感じない。見慣れない綺麗な衣服の下は恐らく、その見た目に反して引き締められた肉体が隠されているのだろう。俗に言う、着瘦せというやつだ。

何にせよ、肉体だけ見ても変化は目覚ましかった。果たしてどれほどの月日を、どれほどの労力を費やして、今を手に入れたのだろう。あれほど力不足を痛感していた彼の事だ、武のみを磨いてきたとは到底思えない。で、武でこれほど磨いてきたのだから、それが智も同様となれば、

 

「…………」

 

「…………」

 

沈黙が続く。華佗はかける言葉が見つからずに。一刀は混乱が収まらずに。

それほど続いただろうか。気まずい、居た堪れない、そんな感覚が徐々に辺りに飽和して、

 

キンッ

 

「……うん。まぁ何となくですけど、今の私が置かれている状況は理解しました」

 

「そうか。で、これからどうする?」

 

「これから、ですか」

 

ジッポを握る手が、動きを止めた。

暫し虚空を見つめたその顔は、やがて徐々に苦笑へと変わっていき、

 

「特に、何も思いつきませんね。さっきも、取り敢えずここにいるのも何なので人里に出ようかな、くらいしか思いつかなかったですし」

 

「なら、俺に同行してみないか?」

 

「……いいんですか?」

 

「あぁ。当てもなく独りで彷徨うくらいなら、事情を知ってる俺が同行した方がいいだろう? それにそもそも、俺はその為に来てるんだからな」

 

「……そう、ですね。お願いしても、構いませんか?」

 

「あぁ、どんと任せてくれ!!」

 

力強く叩く胸板。同時に、胸の中が点火され、

 

(君が俺に道を示してくれたように、今度は俺が君を導いてみせる!!)

 

誓いを新たに、身体の芯へ刻み込むのだった。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「それで、これからはどうするんですか?」

 

「今は急ぎの依頼はなくてな、俺が定期的に診て回っている患者の元へ向かっている途中だったんだ。病魔の中には一度だけじゃなく、何度も何度も気を送りこまなければ倒せないものもいるからな」

 

「気を、送りこむ?」

 

「あぁ!! 俺の鍼で秘孔を刺激して、直接俺の気を送りこんで病魔を覆滅、あるいは身体から退散させる。それが五斗米道の医療だ!!」

 

五斗米道(ゴッドヴェイドー)五斗米道(ごとべいどう)じゃなくて?」

 

自分の記憶が確かなら、五斗米道は後漢末期の道教集団であって、決して医療団体ではなかった筈なのだが。

と、

 

「やはり、完璧な発音だ……素晴らしいっ!!」

 

「は、はいっ!?」

 

なんか、好感触を受けました。どういう事でしょう?

突然両肩を強く掴まれ、満面の笑顔で興奮している華佗さんは実に嬉しそうだった。

 

「っと、思わず熱くなってしまったな。話を戻そうか」

 

「……変わり身早いですね」

 

これが一子相伝と噂の『変面』か、と一瞬思ってしまった。

 

「それで、これから一緒に旅をするに当たって、一つ決めておきたい事があるんだが……」

 

「何ですか?」

 

何やら、彼にしては珍しそうな躊躇い気味の問いかけ。先を促すと、意を決したように呼吸を整えて、

 

「君の、名前だよ」

 

「……あ~」

 

確かに、すっかり失念していた。他ならぬ自分の事なのに。

 

「私が、記憶を失う前の名前は、」

 

「済まないが、訳あって明かせない。この外史で、君は色々な意味で有名人だからな」

 

「……それは、却って好都合なのでは?」

 

「いや、どちからと言うと不都合なんだ。君の記憶は失くしたんじゃなく、消されたという話は、さっきしたな」

 

「はい。記憶を失う前の私が、そう望んだと」

 

「そうだ。そうしなければ、『君』が再びこの地を訪れる事は叶わなかった。記憶を消さずに、俺達の言う『天』で生きるよりも、この外史を選んだんだ」

 

「はい。だからこそ、知りたくもあるんです」

 

「……どういう事だ?」

 

「自分を捨てて尚、知りたかった事がある、会いたかった人がいる、その筈なんです。私は、それが知りたいんです」

 

「……そうか。だが、それでも名前は教えられない。そういう約束だからな」

 

「ですか。ふむ……」

 

色々と考えてみる。が、当然ながらピンとくる訳もなく、ふと『名無しの権兵衛』なんてものが、直ぐに振り払った。

 

(他に何か、持ってたりしませんかね……)

 

色々と探ってみるも、身元を断定できるような品物は一切なかった。持っていたのは、

 

「ライターと、薩摩刀だけ、か……」

 

 

 

 

 

―――――刀

 

 

 

 

 

「っ」

 

「……どうした?」

 

今のは、何だろうか?

ふいに脳裏に響いた声。誰とも解らない。老若、男女の区別もつかない。

でも、暖かかった。懐かしかった。その響きに、心が惹かれた。

刀。一振りの、刀。

 

「……(かず)()

 

「っ!?」

 

妙に、しっくりと耳に馴染んだ。

 

「一刀、っていうのは、どうですか?」

 

「…………」

 

「華佗さん?」

 

「あっ、いや、何でもない。何でもないんだ、うん」

 

何故か呆けているようだった華佗さんは、何やら複雑そうな表情からやがて吹っ切れたように笑って、

 

「一刀、か。いいんじゃないか?」

 

「華佗さん?」

 

(がい)でいい」

 

「……はい?」

 

「鎧。俺の真名だ。君に預けよう、一刀」

 

「え、でも」

 

真名の価値は先程教えて貰ったばかりだ。親しい人にのみ明かす、呼ぶ事を許す、命と同等の価値すら持つそれを、どうして。

 

「いいんだ。『君』は『君』なんだと、解ったからな」

 

「……?」

 

さっぱり解らなかったが、どうも気まぐれや冗談ではなさそうだ。

すると、鎧は直ぐに踵を返し、

 

「行こう。日が暮れる前に森を出ないとな」

 

「えっ、ちょ、華佗さん!?」

 

「鎧でいいと言っただろう?」

 

「そ、そうは言われましても!?」

 

「はっはっはっは!!!」

 

高らかに笑いながら歩き出す彼の背中を、私は必死に追いかけ始めたのだ。

季節は春。空は快晴。

滑るように空を翔ける一羽の鳥が、出立を祝福するように一つ、高らかに鳴いたのが聞こえた。

 

 

 

『空』は決して同じ顔を見せない。

 

 

色合い、雲行き、気温、湿度、天候。

 

 

毎年、毎月、毎日、毎時、毎分、毎秒、変化する。

 

 

穏やかに微笑む事もあれば、怒りに任せて雷を落とす事だってある。

 

 

しとしとと泣き崩れる事もあれば、冷たい雪で全てを覆い隠そうとする事もある。

 

 

だが、それもまた、間違いなく『空』なのだ。

 

 

諸行無常でありながら永久不変。

 

 

そう、それはまるで、

 

 

 

 

 

―――――人の、魂のように。

 

 

 

 

 

あのぬくもりを あの胸の高鳴りを

あの情熱を 分かち合ったあの日

あの輝きを あの汗のきらめきを

あのときめきを まだ覚えているか

涙を拭いたらもう一度 物語の中へと

 

あの輝きを あの愛をきらめきを

あのときめきを その手に抱きしめて

数え切れない 悲しみの後ろには

数え切れない ドラマが待っている

涙の数だけ笑えるさ 物語の中へと

 

そのぬくもりを その胸の高鳴りを

その情熱を もう怖がらないで

その輝きを その汗をきらめきを

そのときめきを もう誤魔化さないで

ドラマの続きをもう一度 物語の中へと

涙を拭いたらもう一度 物語の中へと

 

               (馬場俊英『主人公』より抜粋)

 

 

 

第1章『Hero』終幕

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

『私は、一体誰なんだ?』

 

 

『どうしてっ、どうして貴様は全て忘れているのだああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 

『人を、殺したのに、どうして、私は、』

 

 

『美味しいものを食べて、悲しそうな顔をする人なんて、いないじゃないですか』

 

 

『おぉ? 稟ちゃんの鼻血が止まってますねぇ』

 

 

『羅馬行くって、言うたやんか!! 約束したやんか!!』

 

 

『じゃあじゃあ、このお兄さんが『天の御遣い』さんなんだ!!』

 

 

『初めてよ、私と互角にやりあえる男なんて……』

 

 

『うるっさいわね、この変態精子貯蔵庫!! どうしてっ、どうして今頃になって帰ってくるのよっ!?』

 

 

『五胡が何やら不穏な動きを……取り越し苦労ならいいのですが』

 

 

『北郷一刀はっ、皆殺しだぁ!!』

 

 

『か、華琳様が倒れられただと!?』

 

 

『あなたに、堪らなく会いたいのよ、一刀…………』

 

 

真恋姫無双二次創作『蒼穹の御遣い』第2章『Heart』

 

 

Coming Soon …………?

 

 


 
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