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■注意■金沢■このストーリーは、ブラッドリー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼズの共著によるサイバーパンクニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」のファンジンにあたるものである。現在、ツィッターにおいて翻訳チームが日本語版の連載を実施している。■いわゆる二次創作■カレー■
■注意■濃厚■この作品には登場人物名鑑に名を連ねながら、本編に未登場である登場人物が存在する。仮に本編における登場人物の設定が本作と異なっているとしたら、それは恐らくザ・ヴァーティゴ=サンが因果律を狂わせた結果だと理解していただきたい。■妄想重点な■ルー■
■注意■キャベツ■なお、この作品の主人公は本作のオリジナルであり、本編には登場しない点を留意されたい。ファンジンにおけるいわゆるオリキャラは時として世界観を崩壊させるが、斯様な事態にならないよう心を砕いていく次第である。■非ニンジャばかりだ■カツレツ■
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(第ϕ部「フォールス妄想大国」より ナイト・クリエイテッド・バイ・ウェイスト #3)
カンッ! カンッ! カンッ!
ジャンク・クラスターヤードに、鋭い金属音が響き渡る。ノビドメ・シェード下流域、浮浪者達が作るダンボールの家屋に混じって、一種異様な空間が開けていた。元はガレージであったと思わせるコンクリートの基礎だけが残った土地に、あり合わせの廃材で作ったと思われるバラック小屋が一軒。金属音はその中から聞こえてきているのだ。
一人の若い男が赤熱した金属を金梃子で掴み、ハンマーで打撃を与え続けている。彼は時折、オーガが取り憑いたかの如くヒステリックなムーブメントを見せている。その様子はクラフトマンが纏うアトモスフィアとは異質なものであった。
男は歪んだバケツに満たした水で整形が終わった金属片を急速に冷やし、何らかの機構の一部分を思わせるそれを血走った目で眺めた。ゲージでその厚みを確かめ、落胆めいて肩を落とす。
「うう。まだダイジョブ、違う。まだまだ、マチノに足りない。まだまだ」
彼は舌足らずな呟きを残し、足元に置かれていた物体を手に取った。ボロボロの手帳。その縁は酷く焼け焦げた跡があり、一度猛火に晒されたことを物語っていた。
男は無言で首を振り、再び手帳から金梃子に持ち替える。彼の言う「ダイジョブ」には、まだまだ先が長い。
さて、まずはこのバラック小屋でオニめいて金属塊と向かい合う若者が、何者であるかを説明せねばなるまい。彼の名はカキオ。職業はバイク鍛治である。バイク鍛治? 一年ほど前の彼をよく知る者ならば、ここで一度首を捻ったことであろう。だが見るがいい、彼の体躯を。ネズミめいて手を胸の前に垂らし、電子部品の組み立てとジャンクパーツのサルベージだけが取り柄だった社会不適合者としての彼の姿は今や見る影もない。痩せ細っていた彼の両腕には今やしっかりと筋肉が育ち、かつての実像から二倍ほど大きくなったようにすら見えた。
何が彼をそのように変貌せしめたのか。それらを解説する前に、バラック小屋の外に現れた人影について説明しなければならない。それは半ば骨組み同然であるショウジ戸の外側から、内部の様子を伺っているように見えた。人影は何度か逡巡した様子を見せていたが、遂に意を決してショウジ戸に手をかける。
「ドーモ。ごめんください」
ショウジ戸の方から声をかけるサラリマン風の男に対し、カキオからの返答はない。ただハンマーを金床に叩きつける音が響くばかりだ。その様子を訝って、サラリマンは恐る恐るカキオの背後に近づいていった。クラフトマンにはありがちなことだが、彼らは時に集中を乱されることを嫌って反応が希薄になるケースがある。
サラリマンはカキオの視界に入り込むように、その前方へ回り込もうとした。と、そこで彼の視界の隅を、奇妙なオブジェが通り過ぎる。脚を一本接木された古ぼけたテーブルが一台。その上に聖遺骸めいて布を被せられ、安置された物体は明らかに四肢を持つ人体と思しきものであった。
彼はテーブルに近づこうとした。そこで、耳を劈く悲鳴によってニューロンをかき回される羽目に陥った。
「アイエエエエエ!? 誰!? 誰!?」
振り向けば、カキオが腰を抜かした体勢で仰け反っている。サラリマンがバラックに足を踏み入れたことに、全く気がついていなかったのか。彼は気を取り直して、体裁を繕う。
「あー、スミマセン。驚かせてしまって。マチノ=サン? ですか?」
カキオはその姿勢のまま硬直して、二度三度瞬きをした。やがてその顔に憔悴が浮かび上がる。
「あ。マチノの、お客さん? エット、僕は、マチノ、違う。マチノ、僕の兄ちゃん」
「弟さん、でしたか。お兄さんは、今どちらに?」
カキノはサラリマンの質問に対し、力なく首を垂れる。
「マチノ、死んだ」
「え」
サラリマンが言葉を失う。
「マチノ、殺された。その、ニンジャに」
「ニンジャ!?」
項垂れるカキオを前に、サラリマンは当惑を隠すことができなかった。確かに彼は、ニンジャと言った。
何と言う因果であろう。サラリマン……ヤマナンチ・エレクトロニクスのカンヌキは、あまりのことに天を見上げた。
またしても、またしてもニンジャなのだ!
————
時は数日前! ヤマナンチ本社内部における「モータートラ」構想会議に遡る!
「大体作りたいモノについちゃ理解しました、と。ただ問題はAI以外にもまだまだ山積みっすな。言っていいすか?」
「どうぞ」
オガベの挙手に旧モータードクロ開発メンバーは息を飲んだ。チーム随一のマゾヒストは自身に降りかかるであろう痛みの重さを、誰よりも知る者でもあるのだ。
「まずアタシらには、車両開発の専門家がいない。当然、ヤマナンチのリソースに期待するのもお門違いでさあ。こいつばっかりは外から引っ張って来ないと、まともに走れるモンが出来るかどうかも、怪しいですわな」
「そこんところは、心配要らねえ」
ヤマナミが頬杖をついたまま、口を開いた。
「こんな会社でも、工場の伝手はある。つぅか、こういう会社ならばこそか。トンカチ、後で連絡先を寄越すから見積もりとれるか当たっといてくれ。秘密厳守だぜ」
「承りました」
「それと、聞けるんだったら」
更にオガベが畳み掛ける。ナムアミダブツ!
「フレームを打てる職人がいるかどうか、確認をお願いしますわ。今回のフレームは、マシンオートメーションじゃとても無理っすから」
「何……?」
カンヌキが一瞬、呆気に取られた。オガベがその間に手元のIRC端末を操作して、手元に新型ロボ・ニンジャの設計図を映し出す。
「構造計算しなくたって分かります。モータードクロの数倍は複雑な変形機構。加えて機動性を重視したコンセプトともなりゃ、トップヘビーな歩行戦車作るのと勝手が違いまさあ。必要なのは、マイクロメートル単位まで精密に造られた芸術品レベルのフレーム! となるとやっぱり、ハンドメイドじゃなきゃ作れませんって」
唾を飲む。ハンドメイドだと? 何でもかんでも自動化が進んで、人間様の仕事を奪い続けているこのご時世に? そんな太古の化石めいた職人が、果たして現存しているのか?
だがオガベの言うことにも一理あると、カンヌキは内心唸らざるを得なかった。そのオートメーションが今までどんな商品を生み出してきた? 重金属の汚染ガスを垂れ流し、ネオサイタマの腐敗に貢献することが、我々の目指した豊かな社会と言うものか?
「……分かった。俺も心当たりを探してみよう」
「あるんすか、心当たり?」
カンヌキの言う「心当たり」にいち早く気がついた者あり。モリトモはおずおずと彼に尋ねてみた。
「あの、その方は請けて貰えるんでしょうかね。なにしろ」
一瞬だけ、ヤマナミに視線を運ぶ。彼が訝る前に、カンヌキが答えた。
「まあ、やるだけやってみるさ。肝心のフレームができないとなれば、このプロジェクトは頓挫するからな」
――――
「断る」
そう、カンヌキが目指した場所は、オオヌギ・ジャンク・クラスターヤード! だがドウグ社社長、サブロ老人の返事はあまりににべのないものであった。ショッギョ・ムッジョ!
「そこを何とか、お願いできませんか。引き抜きの際は、強く勧めていただいた会社じゃないですか」
「確かに勧めはした。だがヤマナミの手伝いなんざ、死んでもやりとうないわ」
往生してカンヌキは頭を掻いた。例え信用できる職人とて、ドウグ社を飛び出したサンシタであるヤマナミを許すつもりはないというのだ。かつてマノキノも辟易したという頑固さは、今もなお健在なり。
「それにな。ワシとて万物を作り出せるわけではない。餅は餅屋、バイクはバイク屋に頼んだ方がええ。紹介できる職人になら、一人心当たりがある」
「え、本当ですか?」
サブロ老人は首肯して、自身の記憶を引き出すようにこめかみを指でつついた。
「ノビドメからタマ・リバーを少し下って行った辺りに、マチノっつうバイク鍛治が住んでおる。腕はいいし、何より客の信頼が厚いと聞いておるわ。一度会って相談してみなされ」
「また随分僻地に住んでますね。お知り合いですか」
違う、と一つ断ってからサブロ老人はチャを一口含んだ。
「貧乏街には貧乏街の繋がりがあるということよ。そうでもせんと、生き残っていくのは難しいからの。少し油断すると、オムラのような貪欲な連中が根こそぎ持っていこうとしよる」
「少々耳の痛い話ですね。元社員としては」
湯飲みが作業台に置かれ、コトリと音を立てた。
「あんたがそうじゃないことはよう知っとる。だからこういう話もする。現状ワシが知る、鉄が打てる職人はそれくらいよ。まあ、会ってみなされ」
「分かりました、そうしてみます」
その話はカンヌキにとっては、一縷の希望であったのだ。何よりサブロ老人の推薦ならば信頼できる、そう思った。
だが、カンヌキは知らなかった。情報過疎地であるオオヌギに住まうサブロ老人も、不幸にして知らなかったことだ。
一年前、ノビドメ・シェード・ディストリクト下流のジャンク・クラスターヤードで起こった凄惨な事故を。それは実際ネオサイタマにおけるチャメシ・インシデントな事件として処理されていたため、彼らはそのことを知る由がなかった。
――――
元のガレージは、一年前に燃えてしまった。カンヌキがカキオの途切れ途切れな言葉を拾い上げ、解読した結果そのように解釈された。
焼け跡からは焼死体となったマチノのほか、数人の遺体が見つかっている。全員手にドス・ダガーを握っており、ヤクザと断定された。彼らとマチノがビジネス上のトラブルを起こし、争った末にマチノは殺された。炉の炎がガレージに引火して、ヤクザ達も逃げ遅れた。警察はそのように言っていたという。
「でも、違う。あそこに、いた。ニンジャも」
警察の話は事実と微妙に異なっていると、カキオは主張する。まずもってマチノがヤクザとトラブルを起こすはずがない。それにあの場所からは、もう一人分の遺体が見つかっているはずなのだと。
「エトコ=サン、ニンジャを抱えて、火の中に。ニンジャ、エトコ=サン、狙ってたって。エトコ=サン、自分、いると、僕、迷惑だって」
「エトコ……?」
カキオの言う「もう一人分の遺体」がニンジャであることは理解した。では、それを抱えて燃えるガレージに身を投じたという「エトコ」なる人物はどこに行った?
そこで、一つ気がついたことがある。カンヌキは立ち上がって、カキオを手で制した。後ろ指で差し示したのは、四肢めいたものが乗っていた作業台。
「……見ても?」
カキオの沈黙を了承と理解して、作業台に歩み寄る。慰霊所でそうするように、慎重に頭部の方から布を持ち上げる。
「……エトコ=サン、です」
ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……カンヌキは目を見張らざるを得なかった。作業台に乗っていたのは半ば骨組みだけとなった一体のオイランドロイド。カーボン樹脂製の皮膚は殆ど焼けてしまって、頭部と思しき場所に右半面の僅かな部分が残るのみ。
「焼け跡で、エトコ=サン、集めた。でも、ニンジャ、何も、残って」
カキオの言葉から、カンヌキのニューロンにある直感がよぎる。
(死体が発見されてないはずがない。揉み消されたんだ。マチノ=サンが巻き込まれたのはビジネス上のトラブルじゃなくて、ニンジャがらみの何か……ああ!)
思い出した、一年前! 異常な胸騒ぎがカンヌキのニューロンを大きく揺さぶった。
「カキオ=サン。悪いけど、このオイランドロイドが購入したものでないことくらいはワカル。どうやって手に入れたんだ?」
「拾った。川で。エトコ=サン、とても綺麗で、つい」
ブッダ! ビンゴである。だとすれば、このオイランドロイドには心当たりがある!
オムラ・インダストリの系列会社、サタマ金属とクロキ自動車が共同開発した大型トラック「粗忽野郎」の排気ガスに、基準値を大幅に上回る有害重金属が含まれていたことが分かり、マスメディアに大きく取り沙汰されたことがあった。その二社の社員が乗った屋形船が炎上し、乗り合わせた者が全員死亡するという事故がノビドメで発生したのが一年前。それを境に粗忽野郎の批判報道はばったりと身を潜めた。
今なら分かる。屋形船では事件の鍵を握る重要人物が接待されており、サタマとクロキの社員らは口封じに消されたのだ。そしてこのオイランドロイドも、恐らくは。メモリーに残されていた記憶が、オムラにとって不都合であったとしか思えぬ。
もしもカンヌキが一般的なネオサイタマ市民ならば、カキオの言葉を社会不適合者の妄言と一笑の下切り捨てていたに違いない。だが事件を起こしたのは、カンヌキの元いたオムラ、ニンジャクランとも深い関わりのあるオムラなのだ。それがカキオの運命すらも、狂わせてしまった……!
「カキオ=サンはこの仕事を始めて、どれくらいになる?」
「鍛治だけなら、一年。それまで、ずっと、電気まわり、だけ」
落胆を禁じ得ない。彼を何とか立ち直らせてやりたいのは事実だが、センチメントでビジネスをするわけにはいかぬ。鍛治の経験が一年では、見習いもいいところだ。せめて十年は鉄を打ち続けた熟練でもないと、オガベの言うミクロン単位の仕事などとても無理だろう。
「アノ。マチノに、仕事? エト、話だけでも、聞かせて、ほしい、です」
「え」
だがどうしたことか、カキオはカンヌキの依頼に興味を示してきた! どこまでできるというのか、この明らかにコミュニケーションの苦手そうな男が!
「簡単な依頼じゃない。それを、君が?」
「半分、いや、チョト、だけでも、いいから。仕事、ないと、エトコ=サン、直せない」
「は? 直す? 君が?」
彼は強く頷いた。オムラのサイバネ技術の粋を集めたと言っても過言ではないオイランドロイドを、彼が?
「関節とか、心臓とか、その、拾って来れるから、直せる。球体関節、作るの、楽。でも、IC、ちょと、僕、無理」
「え?」
何かの冗談だろうか、そう思った。最初こそは!
「調べた。エトコ=サンのAI、とても、高い。僕、エトコ=サン、直す、いっばい、トークン、いる。だから」
「ドロイドの皮膚は、どうやって再生させるつもりだい?」
カンヌキの質問は、実際カマカケ・クエスチョンであった。本当にオイランドロイドの構造について理解がなければ、この問いに答えることなど不可能だ……!
「ん。ダイジョブ。皮膚、簡単。色、同じ、カーボン、溶かして、使う。前、エトコ=サン、直した時、そうした、から」
しかし、返ってきたのはジャンクを用いた限りなく最善の手法、そしてそれすらも上回る驚愕の事実!
「直した?」
「最初、拾った時。左半分、駄目、だから。人工心臓、自作、大変だった。けど、ダイジョブ」
夏休みの宿題でも仕上げたかのようにカキオは言った、言い切ったのだ。アンビリーバブル、アンビリーバブル、アンビリーバブル! 当のオムラですらオイランドロイドの組み立てのために重厚長大なマニュアルを用意しているというのに、それを貧民街住まいのジャンクコレクターが把握していると?
だが。たった今カキオが披露した知識は、思いつきの出任せや法螺話ではないことは明らかだ。エンジニアのカンヌキには、それがよく分かる。だからこそ、彼のニューロンは新たな興味を欲した。
「君に、見てもらいたいものがある。秘密厳守で頼む」
カンヌキは携帯UNIXを取り出し、とある映像を画面に表示させた。現在彼が設計の途上にある、モータートラの設計図だ。無論社外秘だが、カキオを試したい欲求がリスク計算をも上回った結果である。
ヒューマノイドとバイク、二種類の構造が記された設計図を見て、カキオは深いため息を吐いた。
「スゴイ。これが、これ、変形する?」
「飲み込みが早くて助かる。そう、バイク形態に変形するロボ・ニンジャを我々は構想している。その外殻フレームの製作をマチノ=サンに依頼するつもりで私はここに来た」
奇妙な唸り声を上げながら、カキオは図面を注視した。アームの人工筋肉配置図に指をなぞらせること数秒……やはり彼には難しいだろうか?
「あの、ゴメンナサイ」
やおら彼はカンヌキに謝ってきた。ほら、やっぱり。
「これ、言うの、きっと、怒る。でも、言った方、いい、思うから、言う。これだと、多分、ニンジャ、勝てない」
――――
「あ、アンビリーバブル」
オガベとゼッタがユニゾンめいて発した言葉は、カキオという人物の特殊性を端的に物語る。場所はまたしてもヤマナンチにほど近い大衆居酒屋「クロタミ」の店内であった。
「本当なんすかね、彼の言うことは。アタシと語れそうですか。紹介してもらってもいいすか」
爛々とオガベが目を輝かせている。
「紹介するさ。俺も夢物語を聞いている気分だった。だが話を聞く限りでは、彼は誇大妄想家ではなさそうでな。モータートラの設計図を見て、彼は外殻フレームに軽金属合金を使った時の人工筋肉のパワー不足を明確に指摘してきているんだ。ニンジャとカラテした場合には、もっと瞬発力がないとまず勝てないとさ」
「そう、まさにそこがアンビリーバブル!」
割れんばかりの勢いで、ゼッタはグラスをテーブルに打ちつけた。
「ニンジャとオイランドロイドがカラテで対決だなんて、どこのカトゥーンだって話ですよ。だいたい、オイランドロイドのAIでは戦闘行為が禁止されていて、自分で戦い出すことなんて考えられないんでしょ。そういう話だよね、モリトモ=サン?」
「その筈なんですけどねえ」
モリトモはなんとも腑に落ちぬという表情で、グラスを弄んだ。
「話を聞く限りだと、エトコ=サンは高級ドロイドなんですよね。ピグマリオンのAIは本当、ブラックボックスですから。それがマッポロボのICを組み合わせたことで、妙な化学反応を起こした、んですかねえ?」
ドロイドによる史上初のアイドルユニット「ネコネコカワイイ」に代表される高級オイランドロイドに搭載されたAIはオムラの設計ではなく、ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーが受託制作している。人間味溢れる行動ロジックには強力なコピープロテクトが施されており、会社の実態諸共謎に包まれていた。
「ロジカルにケミカルが混ざってたまるか。まあ、そんなことより! 問題は彼をバイク鍛治として仕事を委託するのか否か、じゃないですか。どうなんですか、カンヌキ=サン?」
ゼッタがサケ臭く詰め寄った。
「うん、まあ。実際迷ってる。今は職人を何人か見繕っているところだと言って、回答は避けてるところでな。モリトモ=サンを笑えんよ」
「ヤマナミ社長の人脈に期待するしかないんすかね。それとも、彼の稀なる電子知識を買って、一つ心中してみますか」
オガベの言葉には生返事を返す以外になかった。カキオの能力は、カンヌキ達にとって得難いものだ。それと彼の鍛治としての未熟さとを天秤にかけた時、どこまでの傾きならば許容され得るだろうか?
そう、未熟さだ。それさえ解消できれば。
「うん。まだ策はある筈だ。やるだけやってみるさ」
————
「これ、この部分。ここ、バルブ、亀裂入ってた。乗り続ける、実際、危ない、かた」
スロットルを握ってみせる。五十CCのエンジンが奥ゆかしいモーター音をかき鳴らした。三日前までは禍々しい黒煙だった排気も、綺麗なものだ。
禿頭の老人が、笑顔で彼にトークンを手渡した。ブッダへの祈りめいてそれを両手で受け取る。実際有り難い。これで数週間は、生活に困らない。
「いや助かったよ。やっぱり、ここに最初から頼んどいた方がよかったネェ。前行ったところは、いきなり新品勧めてきてね。まいったよ」
「あ、アリガト」
カキオにバイクの修理を依頼した老人は、元々マチノのリピーターだった。ガレージの全焼で一時はほとんどいなくなったマチノの顧客が、ほんの少しずつだが戻ってきつつある。
「だいぶん、仕事も様になってきたんじゃないかネ。もうマチノ=サンがいなくても、やっていけるんじゃないかナァ」
「いや、僕、まだまだ。これから、勉強、いっぱい」
謙遜は嘘ではない。事実、フレームを打つ仕事となるとマチノの数倍は時間をかけてしまう。スクラップを壊して直して、それらの繰り返しで覚えた技術が何度もカキオを救っているのだ。
「まあ、また何かあったら利用させてもらうよ。有り難う」
「気をつけて。しばらく、エンジン、回すの、時間」
修理したてのバイクに跨り、老人はカキオのスクラップ山を後にする。何度も頭を下げてそれを見送った後、バラックに戻る。
火の入った高炉、工具一式、作業台。焼け跡から掘り出したり、スクラップからかき集めた部品を加工して整えたものだ。彼一人でここまで来るのは、実際不可能だった。
一年前。現場検分が終わり、マッポや消防団が立ち去ったガレージを前に全てを失ったカキオはただ呆然とその場に座り込むのみであった。生活の全てを支えてくれた兄、UNIXとスクラップに囲まれた彼の居城、そしてそんな彼にできた初めての「友達」……彼はたった一日で、それらを全て失った。あのカタナを咥える大鳥を連れた、悪夢的なニンジャの手によって。名前は確か、デスナイトといった。
エトコはカキオを守るため、デスナイトに立ち向かって行ったのだ。愛玩人形であるはずのオイランドロイドがなぜ人に手を上げることができたのか、今のカキオに知る術はない。モリトモの推測通り修復時に用いたマッポの暴動鎮圧用ロボットのICが彼女のAIに何らかの影響を与えたのか、それとも当時マチノが修理を手がけていたヘルヒキャク社のバイクのIRC認証情報を無断コピーして使ったのがいけなかったのか。
さておき、彼はエトコの勧めを拒んでエトコの絶望的な戦いを最後まで見届けた。オイランドロイドでは、ニンジャに叶うべくもなかったのだ。だから知っている。ニンジャの恐ろしさを。ニンジャの戦いを。
しかし、カキオは最終的に助かった。その場には、もう一人のニンジャがいたからだ。赤と黒の、ジゴクめいたニンジャがエトコに代わって戦い、デスナイトに致命的打撃を与えた。だがそのニンジャが止めを刺す前にエトコが自らデスナイトを抱え、燃えるガレージに身を投じた。
そして何よりカキオのニューロンに焼き付いたのが、エトコのくれた最期の言葉だった。
(カキオ=サン、また私を作ってね。私は、さようなら)
その言葉を思い出し茫然自失から立ち返ったカキオが最初に始めたのは、焼け跡を掘り返しエトコの残骸を探し当てることだった。
作らねばならぬ。それがエトコの願いであるならば。
猛火に晒されたエトコは原型を留めぬ煤けた骨格と化していたが、カキオはそれでも諦めるつもりはなかった。一度は直せたのだから、二度目もきっとダイジョブなのだ。
その様子が、よほど鬼気迫るものであったのだろうか。焼け跡から使えそうなスクラップを掘り出そうとしていたカキオに、ブッダが気紛れめいた遣いを寄越した。
折り重なった瓦礫の下から現れたものは、一冊の焼け焦げたノート……マチノの業務日誌である! 奇跡的に焼け残っていたそれにはマチノのこれまでの仕事、客が乗っているバイクの詳細、あと何年でどのパーツが経年劣化で破損する可能性があるか……などなどの事柄が詳細に記録してあったのだ。
カキオはそれを読んでいくにつれ、マチノが自分に道を示してくれようとしているのではないかと思うようになった。社会不適合者の自分をいつも支えてくれたマチノ。スクラップ部屋に篭ることを容認してくれたマチノ。死してなお、彼はカキオのことを守ってくれている。
そして彼は、マチノの後を継ぐことを決意した。見様見真似で鉄の叩き方を覚え、工具も自作した。先ほどの老人のようなマチノのリピーターの一部が、カキオを支援してくれてもいる。
しかしそれでもエトコ再生の道は長く険しいと言わざるを得ない。IC回路はほぼ全損した。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー製高級オイランドロイド向けAIがジャンク屋に流れ着く可能性は、天文学的レベルで低いだろう。マチノが残してくれた仕事で、何とかするしかないのだ。
カキオは作業椅子に座り、その傍らに置かれていたドロップ缶を拾い上げる。蓋を開けると、一部溶け落ちたシリコンウェハーがカキオの手に転がり落ちた。唯一サルベージできたエトコのICチップである。だが回路としては最早使い物にならぬ。
「エトコ=サン、ゴメン。約束、まだ、時間、かかる。この前の人、多分、別の人、探す」
日本人がオブツダンに対してそうするように、カキオはICに語りかけた。カンヌキが持ってきた仕事は、カキオのバイク鍛治としてのキャリアアップに間違いなくプラスとなるものだ。だが、ナムサン……それを請けるだけの実力がないのは、彼自身が一番よく分かっていた。
「もっと、上手、なって、マチノみたいに、仕事、する。それまで、ちょと、待ってて」
親指の先ほどしかない小さなチップに詫び、缶の中へ大事に仕舞い込む。そして持ち替えたのは、金梃子とハンマー、加工中のパーツ。足りない実力を補うために必要なこと、それは基礎を反復し続けることなのだ。
納得がいかなければ夜通しハンマーを打ち続けることも実際頻繁である。昼夜問わず鳴り続ける金属音はネンプツめいたリズムに満ちており、彼の不幸な事情とも重なって周囲の住民からは容認されているのであった。
————
その日も、彼は徹夜してリアフレームの一部分を打ち上げた。ゲージで一通り全体の厚みを測ってから、大きく息を吐く。
「多分、まあまあ」
とりあえず納得のいくものができたことに対する安堵からか、途方もない眠気がカキオを侵食し始めていた。空はすっかり明るいが、客はそうそう訪れないので少し休もうと思った。
「休憩中」の札を入り口にかけるため、カキオは首を鳴らしながら骨のショウジ戸へと手をかける。
「ドーモ、カキオ=サン」
「アイエッ!?」
戸を開き、目の前に広がった光景に硬直する! サラリマン風の男二人が、待ち伏せめいてバラックの前に立っているではないか。一人は先日カキオを訪ねてきたカンヌキだ。ではもう一人は……誰?
「ヤマナンチのカンヌキです。ドーモ」
「ドーモ、はじめまして。ヤマナンチのオガベです」
無言でおずおずとアイサツを返した。まさか、である。もう来ないだろうと思っていたのに。色々とスゴイ・シツレイなことも言った筈だ。それがどうして、数を増やして押しかけてくる?
「き、今日は、何の、用?」
オガベがふてぶてしく、ショウジ戸の向こう側を覗き込もうとしている。
「いや、ね。カンヌキ=サンから聞いたわけさ。カキオ=サン、オイランドロイドをリペアしたんだって? ぜひ経験談を聞かしてもらいたいな、なんて。お、アレがそうかね?」
なんと背伸びして、バラックの内部を覗き込もうとしている! 野獣めいた視線の先には、安置されたエトコがいた。反射的にガードポーズを取る!
「だ、だめ」
「こらこらオガベ=サン、驚かすんじゃないよ。すまないね、カキオ=サン。ちょっとこいつはフリークめいててな。ついでにアポもなくて申し訳ない」
カンヌキは鞄を開けると、一枚の封筒を取り出しカキオに手渡した。
「な、何、これ」
「中に、ヤマナンチの見積依頼書が入ってます。資料もあった方がいいね? 一通り、持ってきてあるから」
カキオは石像めいて封筒を見つめたまま、カンヌキが発した言葉の意味を理解しようと努めた。
見積……依頼書?
その書類の名前が意味するものをゆっくりと咀嚼し、理解し……そして一気に襲いかかる動揺、狼狽!
「アイエエエエ!? む、無理! ぼ、僕、まだ、無理!」
「知ってる」
がっちりと、カキオの両肩にカンヌキの手が降りる。
「君の技術には不安なところもあるかもしれない。だがドロイドの知識とバイク鍛治の知識、両方を持ち合わせる君の潜在的な能力を我々は買いたい。君ならモータートラのセンシティブな構造を理解した上で、それを十二分に活かすことのできるフレームを造ってくれると思ったんだ。だから、改めてお願いしたい……我々と一緒に心中してくれないか」
カキオの肩から手を離し、深々と頭を下げる。オガベもそれに倣う。最敬礼! 彼はそれをしばらく目を丸くして見下ろし……やがて小刻みに震え始める。
恐怖? 否。カキオの目から歓喜の涙がぼろぼろと溢れ出す!
「よ、よ、よ、ヨロコンデ、ヨロコンデ!」
「よかったなぁ、カキオ=サン」
オガベは顔を上げるやカキオの脇へと回りこみ、その肩を抱いた。ハヤイ!
「アイエッ!?」
「でも油断は禁物だぞ? カンヌキ=サンが依頼したのは見積。ワカル? カキオ=サンがこの仕事をやって、アタシらからどんだけの金を請求できるかを考えんの。その金額が適切だとカンヌキ=サンが判断して、初めてカキオ=サンが仕事できるってワケ。だから喜んでハンマー振るには、まだ早いんだぜ。オーケー?」
「お、お、オーケー、だと、思う」
PVCツナギの肩口が叩かれ、小気味良い音を立てる。
「よしよし、あとはアタシらが上手いこと取り計らってやるから心配すんな。ところで、修復中のオイランドロイド拝見してもいーい?」
「い、いや、その、それは」
オガベを必死に押し留めるカキオの姿を見て、カンヌキは笑顔を浮かべる。
彼は自分のできることをわきまえたいい職人だ。足りない技術を努力で補ってくれるに違いない。それに……いざという時のための「保険」も準備しておいた。カキオには思う存分力を振るってもらいたいと思う。
ロボットの動きを司る頭脳は確保できた。
フレームを作る職人も、この通り。
廃棄された者達によるプロジェクトがついに動き始めようとしているのを、肌で感じる瞬間だった。
――――
「……ああ、ああ。間違いない、ヤマナンチの社員だ……了解した。調査を続行する……」
(ナイト・クリエイテッド・バイ・ウェイスト #3 おわり #4へ続く)
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不定期連載です/筆者の妄想が多分に詰まっています/本編と矛盾する設定があるかもしれませんが見逃して下さい/夏に冊子化できるといいね/奔放に書き散らしているので冊子化する時にお手入れするかもしれません/鰻/#2 → http://www.tinami.com/view/379062