日が頂に昇る頃、40人ほどの男達が木々の間を走り抜けていく。
彼等は共通してそれぞれの手に血に濡れた武器を持ち、その顔には下卑た笑みを浮かべている。
所謂賊だ。
生きるために仕方なくなどという免罪符を片手に、殺し、奪い、陵辱する。
己が欲望のために。
賊の通った村には不幸が振り撒かれ、また新たな賊を生み出してゆく。
正に負の連鎖の象徴。
「野郎共、次の狩場だー!奪って、奪って、奪い尽くしてやれ!!」
「おぉぉぉ―――――ッ!」
雪の巴に災厄が舞い降りる。
side 雪
先日、明命の両親が知り合いに会いに行くということで、家に明命を預けていきました。
最近雅が他の世界へ仕事に行って念話ができなかったので、良い話相手ができました。
今は母がお昼を作っているので、居間で話をしています。
「そういえば雪ちゃんの服ってすごく珍しいですよね。」
「母、行商、買った。」
「なるほど。北方の異民族の意匠なんでしょうか・・・可愛いです。」
間違いなく雅の差し金です。
台所からいい匂いが漂ってきました。もうすぐお昼ができるようです。
母の料理は心が温かくなるので大好きです。
そんな期待に胸を膨らませて待っていると、
「賊だぁ―――!」
「逃げろ!逃げろー!」
何か外が慌しくなってきました。
空気もどこか張りつめているような気がします。
『バァン!』と物が壊れる音が聞こえたので明命と急いで台所に行くと、壊れた戸を跨いで知らない男が入ってくるところでした。
賊の前に立ちはだかる母は武の心得がないはず。
私が母を助けなくちゃ!
「創造。紅月。」
掌を反した両手から零れる光は形を成し、鮮紅の刃紋を持つ刀を生み出す。
創造を終えた紅月を持って、今にも母に剣を突き立てようとする賊に斬りかかる。
『化け物』
聞こえた前世の記憶が私を躊躇させた。
その一瞬が唯々永く、強化された視覚はゆっくりと母の胸に剣が埋まっていくのを捉え続けた。
大好きな母の背中から鈍色に光る剣が突き出ている。
それを伝う赤色の雫は地面に水溜りを作る。
―――ぴちゃ―――ぴちゃ。
命が流れ出てゆく。
私がただ嫌われるのを恐れた為に。
一瞬でも自分のことを優先したが為に。
隣で明命の倒れる音が聞こえた気がする。
そして賊が剣を引き抜くと
血が溢れ
私を濡らす。
・・・母が倒れてゆく。
・・・目の前が、闇に、包まれてゆく。
・・・ゆっくりと、ゆっくりと―――
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ―――――――――!!」
side 明命
いつから気を失っていたのでしょうか。
気付いたときには雪ちゃんの姿が見当たりませんでした。
そして地面には冷たくなった雪ちゃんのお母さんと、賊だった物。
物だと思ったのはそれが原形を留めておらず、人の形を想像することすら困難な状態にあったからです。
「・・・ぅぅ。おえぇぇぇ」
濃密な死臭とあまりの後景に吐き気が一向に治まりそうにありません。
それでも雪ちゃんが心配だった私は気配を消しつつ周囲を警戒して外に出ました。
・・・血の海とでも言えばいいのでしょうか。
切り刻まれた肉片が広場を埋め尽くし、その血が一帯を覆っています。
生き残った村の人々はその惨状を見て、この場を創り上げた人物を畏怖の眼で見ています。
皆の視線を辿ると広場の中心にぽつんと、生気の無くなった顔で虚ろな瞳を空に向けて佇む少女が1人。
その瞳は虚ろながらも紅の色を燈し、返り血を浴びた姿は美しいとさえ思えます。
「・・・雪ちゃんですか?」
呼びかけるとこちらを向きました。
そして目が合うとその瞳に安堵の色を浮かべ気を失ってしまいました。
「はぅあ!雪ちゃん、しっかりするのです!」
私は雪ちゃんを抱えて急いで家へと戻ります。
賊の襲来から3日、雪ちゃんは未だに目を覚ましません。
その間に亡くなった方の埋葬をしました。
埋葬後雪ちゃんのお母さんの墓前で『私が雪ちゃんを必ず守ってみせます!』と誓いを立てました。
賊だったものは巴の外に捨てられ今頃は鳥たちが集っているでしょう。
私は狼の銀様をモフモフし雪ちゃんが起きるのを待ちます。
―5日目―
ここ2、3日で気付いたことがあります。
それは、誰もこの家に近付こうとする人がいないことです。
どうやら巴の皆の間では雪ちゃんを『化け物、疫病神』と噂しているようです。
なぜそんな酷いことを言えるのでしょうか。雪ちゃんも大事な家族を失ってしまった内の1人なのに。
―7日目―
巴の空気が変わりました。嫌な感じがするのです。
巴を歩いていると、雪ちゃんを村から追い出せと言っている大人を見かけました。
もうこの巴には居られないのかもしれません。
いざとなったら・・・
―その日の夜―
戸を叩く音で目を覚ましました。
窓から外の様子を窺うと鍬や剣を持った大人たちが集まっています。
逃げなくては。
裏口はまだ塞がれていないようです。
私は雪ちゃんを銀様の背中に乗せて、食料と路銀、あと雪ちゃんの武器を持って裏口から出ました。
途中自分の家に寄って食料と路銀を補充し、書置きを残していきます。
待っていた銀様の背に私も乗り、いざ出発。巴を出ます。
銀様の背に揺られながら後方に遠ざかってゆく私たちの故郷を眺めます。
いつか帰ってくることができるのでしょうか。
帰ってきたとき雪ちゃんは皆に受け入れてもらえるでしょうか。
それに、未だに起きない雪ちゃんも心配です。
雪ちゃんのお父さんは数年前に亡くなっているので雪ちゃんの血の繋がった家族はもう居ません。
きっとそのことに雪ちゃんは耐えられないと思うのです。
だから私が家族になってお姉さんとして雪ちゃんを守ってあげないと!
墓前での誓いを思い出し、その想いをより強くします。
「雪ちゃん。明命はどこまでも一緒です!」
雪10歳。明命11歳のとき。
黄布の乱まであと5年。
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今回から真面目にいきます。
年齢に合わせて雪の語りを少し変えました。
シリアスです。
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