財閥の極東本部に戻る頃には、九鬼英雄も本来の落ち着きを取り戻していた。今は自室で、忍足あずみの帰りを待っているところだ。彼女には、葵冬馬の事件に関する情報を集めるよう頼んである。間もなく、成果を持ち帰るだろう。
「トーマ……」
英雄は、冬馬が最後に見せた表情を思い出す。警察の車に乗せられる直後、わずかに顔を振り返らせて英雄に言ったのだ。
「ユキをお願いします……」
その深い悲しみ、後悔、怒り……一言では表せぬ感情の混じり合った冬馬の顔に、英雄は黙って頷くことしか出来なかった。
(我は親友ではなかったのか)
大事な友の心が見えない。彼の苦しみ、悩みを分かち合うことが出来ない。そんな自分に怒りを覚え、英雄は握りしめた拳を見つめた。その時、ようやく戻って来たあずみがドアをノックして部屋に入って来たのである。
「ただいま戻りました、英雄様!」
「おお、どうであった?」
「はい……」
あずみはあらゆる手段で集めた情報を、文書にまとめる時間がなかったため、口頭で英雄に説明を始めた。
「事の起こりは、数ヶ月ほど前にさかのぼります。葵冬馬はいつものように、父親の手伝いとして書類の整理をしていた時、偶然にも父親が不正を行っていた事実を知ってしまいました――」
それが最初の歯車が狂い始めた、瞬間だった。
冬馬は当然のように、父親を追求する。だが、父親は悪びれた様子もなく、むしろ自らの悪行を誇るように自慢したのだ。
「いいか冬馬、本当に賢い人間というのは私のような者の事だ。裏で大金を稼ぎつつ、表では聖人君子のごとき振る舞いをする。皆が私の本質を知ることなく、『先生、先生』などと畏敬の眼差しを向けてくるのだ。痛快だと思わないか?」
「みんなを……私を騙しておられたのですね?」
「愚かさは罪だ。世界を創るのは賢い人間、富を得て名誉も得る。自然なことだろう。お前もやがて私の跡を継ぐのだ。良いな?」
だが、冬馬は父の言葉に納得が出来なかった。心に生まれたわだかまりは、やがて親子の間に決定的な亀裂を生む。同じ悩みを抱える井上準と共に、冬馬は父の罪を清算する覚悟を決めていった。
「警察が取った調書によれば、葵冬馬と井上準は父親たちの飲み物に『ユートピア』を少量ずつ混入させていたそうです」
己の罪を自覚させる、それが目的だと語ったそうだ。薬は徐々に父親たちの体を蝕み、やがて中毒症状に似た発作を起して緊急入院することとなる。その際の検査で、父親たちは自分の身に起きたことを知ったのだ。
「葵冬馬は病床の父親に言ったそうです。贖罪の気持ちがあるのなら、自らの意志で死を選んで欲しいと――」
病室に監視カメラを設置し、すべてを録画していた。その上で冬馬は、父親の生命維持装置を停止したのである。それでもすぐに死ぬわけではない。時間を掛けて、眠るように息を引き取るのであった。それは冬馬の、父親に対するせめてもの愛情だったのかも知れない。
「もしも罪を認め、悔いる気持ちがあるのならこのまま死んで欲しい……葵冬馬はそう言い残し、父親の病室を出ました。その後、不正の証拠と監視カメラの映像を看護師に渡し、警察に連絡を自らしたと言うことです」
だが警察は、冬馬を殺人未遂の容疑で逮捕して行った。父親たちは結局、ナースコールを押したのである。
「トーマは父親の心に、ほんのわずかでも良心があることを期待していたのだろう。自らを殺人犯に貶める覚悟までしてな」
警察が未遂と告げた時の、彼の顔を思い出し、英雄は黙って目を閉じた。
直江大和はぼんやりと、目の前で揺れる板垣天使のお尻を見ていた。彼女は寝っ転がって、夢中でテレビゲームをしている。技が決まったり、やられたりする度に、天使は足をバタバタさせて賑やかだった。
(いい尻だなあ……)
彼女が動く度に、小さく引き締まったお尻が揺れた。最初は視界の中にあっただけの天使のお尻に、大和はいつの間にか夢中になっていたのである。
心の中に湧き上がる衝動。胸とは違う双丘に、大和はようやく動かせるようになった両腕を伸ばした。
「やっ! くそっ……な、何だ?」
ゲームに熱中していた天使は、思わぬ感触に驚いて振り返る。するとそこには、自分のお尻をがっちり鷲掴みにしている大和の姿があったのだ。
「何やってんだ、てめえ! 人のケツを気安く触んな!」
「だって、両手がようやく動かせるようになったんだもん」
「知るか! って言うか、関係ねえだろ!」
怒って暴れる天使に、大和は足の上に馬乗りになって、なおもお尻から手を離さない。
「一週間もの間、両手が使えなかったんだぜ? それなのに辰子さんはいつもベタベタくっついてくるし、亜巳さんやお前も無防備だし……」
「……?」
「だからさ、自分で処理出来なかったんだよ。ムラムラしちゃっても、仕方がないだろ?」
大和の手が、執拗に天使の下半身を責め立てる。
「やっ……やめろ……殺すぞ」
「女の子がそんな言葉はダメだ。お仕置きだな」
「なっ!」
肌をさするように動いていた大和の手が、天使のお尻の割れ目に襲い掛かった。
「バカ! そっちはダメ……あっ」
出口の穴に、大和の指は入り込む。
「実はこっちにも、興味があったりして」
そう言って笑う大和の顔は、邪悪な影に染まっていた。
夜の街に、板垣竜兵と釈迦堂刑部の姿があった。ネオンの明かりを避けるように、二人は細い路地の暗がりに身を潜めている。
「とりあえず、言われた通り在庫はすべて出したぜ」
「よし、それでいい。『ユートピア』の取り締まりは強化されているが、川神市に来ればまだ手に入ると連中に広まることが重要だ」
竜兵の報告に、刑部は満足そうに頷く。だが、竜兵は半信半疑の様子で首をひねった。
「本当に良かったのか? 供給元が捕まって断たれたんだろ?」
「別に薬で天下取ろうと思ったわけじゃない。ただの呼び水に過ぎないからな。薬を求めた連中が大挙して訪れてくれれば、それで目的は果たせる」
「川神院が動けば、あっという間に掃除させられる。意味があるとは思えないがな」
「質より数さ。いいか、取るに足らない連中が大勢集まることに意味があるんだよ。川神院の連中にとっては、造作もない相手……当然、油断もするはず。そこに隙が生まれるんだよ」
わかったのかどうか、竜兵は興味なさそうな様子で肩をすくめた。
「退屈だなあ……くそっ! この間の奴、どこ隠れてやがる」
竜兵が言う『この間の奴』とは、大和のことだ。廃工場で襲ってきたのが大和だということは、刑部と亜巳しか知らない。
(本当のことを知ったら、大人しくしてないだろうな)
今は辰子が気に入っていることあり、あまり口出しはしない。だが正体を知れば、手合わせくらいは求めてくるだろう。
(それ以前に、直江が竜神を抑えきれるかだが……)
刑部は無理だと考えている。少なくとも、短期的に可能な事ではない。何かのきっかけで、いつ表に出て来るとも知れないのだ。それでも手元に置いておいたのは、百代に対する切り札になり得ると判断したためである。
(あるいは、俺の描く世界を創造する鍵か……)
危険は承知だ。その上で、それを楽しむ。ひりひりと肌を刺す殺気だけが、自分に生きていることを実感させてくれるのだ。
時は満ちる。静かに、確実に――。
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剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
楽しんでもらえれば、幸いです。