No.380921

閑話 凌統伝 幼くも紅い華

青二 葵さん

久しぶりの投稿。
もう何も言うまい。

一人称と三人称が混じってます。ただ、しばらくは三人称に絞ると思う。

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2012-02-20 18:52:48 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1302   閲覧ユーザー数:1250

どうも、こんにちは。凌統こと美雄(メイション)だよ。

大きく両腕と背を伸ばして一気に力を抜いて息抜きしているところ。留学生寮の中庭だっけ?そこで胡坐を掻いて芝生の上に腰かけてる。

上を見上げると空が青いねえ。雲は多い訳でも少ない訳でもないし、日差しが気持ちいい。

春だし当然か……。

 

「なんだか暇そうね」

 

誰かが声を掛けてくる。

まあ、近づいてくる気配で大体分かってるけどね。

 

「なに、雪蓮様?」

 

振り返らずに僕は空を見続ける。あ、飛行機雲。一度は飛行機に乗って見たいね。空からの景色ってどんなんだろ?

 

「もう教えなくていいのかしら?」

 

「ん~?だって、教える事はもう教えたし。僕たち孫呉の将って、知勇兼備の将が多いからさ。それなりに物分かりがいいし、後は自分たちで勝手に学んでいくだろうからね。何か分からない事はその都度答える感じでいいって姉さんも言ってるし」

 

「姉さんね……」

 

そう呟くようにして雪蓮様が僕の隣に腰掛ける。

これはもしかして。

 

「雪蓮様、僕がなんで蒼燕さんを"姉さん"って呼ぶか気になってる?」

 

そう言って、隣を見ると雪蓮様が驚いたような顔をしてた。

 

「あら、バレちゃった?」

 

「そらね。興味がありそうな感じで言ったから」

 

「相変わらずね」

 

「なにが?」

 

首を傾げるように尋ねると、雪蓮様がクスクスと笑った。

 

「貴方が純粋ってことよ」

 

「純粋なの……かな?」

 

僕自身疑問に思うんだけど。だけど、雪蓮様はそのことに疑問をもったらしい。

 

「どうしてそこで疑うのよ」

 

「だって、純粋とは言えないほど殺しちゃってるし。今更純粋だって言われても、ねえ?」

 

「そう言うこと言ってるんじゃないわよ。確かに今まで歩んできた道は純粋じゃないけど。貴方自身はまだ子供みたいに無邪気ってことの意味での純粋よ」

 

なんか雪蓮様の言ってる事がよく分かんない。思わず首を傾げる。それにしても子供って言うのは心外だなあ。

 

「難しいほどでもないと思うんだけど?つまり、生き方に迷いがあまり無いって言うことよ」

 

「ああ、そう言うこと。それにしても僕ってそんなに子供っぽい?」

 

「ええ。それに蓮華や小蓮よりも妹ぽくって女の子っぽいわ。だからこそ、人の感情に機敏なんでしょうけどね」

 

朗らかに言う雪蓮様。長女としてその発言はどうかと思うんだけど。

そう言えば……。

 

「雪蓮様、勉強は?」

 

僕がそう問いかけると、雪蓮様はばつが悪そうな顔をした。十中八九抜け出したよね?

 

「冥琳さまーーーー!どこ――――んむぅ!?」

 

僕が立ち上がって冥琳様を呼ぼうとすると、雪蓮様の手で口を塞がれて強引に引き寄せて寝ころばされた。頭に柔らかい感触。目の前には雪蓮様の顔。あれかな?膝枕されてるような状態。手で口を塞がれてるけど。

 

「もう、せっかく抜け出して来たのに呼んじゃったら意味無いじゃない」

 

いや、普通は呼ぶからね雪蓮様。

 

「さてと、冥琳を呼ぼうとした罰にどうしてくれようかしら?」

 

悪戯っぽい笑み……あ、この雪蓮様は玩具を見つけた様な笑みだ。どうしよう。嫌な感じ……。

 

「ん~~。特に思いつかないしくすぐって見ましょうか」

 

その瞬間全力で抜け出そうとしたけど、その前に(わき)をくすぐられて力が抜ける。素早く片方の手で僕の両腕を掴み脚で僕の足を抑えつける。

あ、これ詰んだ。

 

「あ~、雪蓮様?僕があんまり大声で笑ってたら誰か来ると思うんだけど……」

 

踏みとどまってくれる事を願って取りあえず思いついた事を言ってみた。

 

「そこは多分大丈夫よ。部屋まで声届かないだろうし」

 

「………勘?」

 

「勘よ。さて、観念しなさい」

 

え?ちょっとは待って、こんな所で笑い死にたく―――――。

 

「そーれ♪」

 

問答無用で弄りに来た雪蓮様。まだ、心の準備もできてないのに~。

 

「ちょっと待っ―――っぷ、や、や、め」

 

「我慢しなくていいのよ~」

 

「くく、あはははははは!!!し、死ぬ、死んじゃうー!!あ、あ、あはははははは!!!や、やめて~~~~~!!」

 

洒落にならない程のくすぐり。まじで、このままだと笑い死ぬ。

 

「あはっはははははははは!!ひーーっ!!た、助けて、誰かたすけ、ははははははははは!!」

 

そのまま、笑い続けて数分後。

 

「何をやってるんだ?雪蓮」

 

やっと、助け船が来たけど……遅いよ冥琳様。

 

「あら?冥琳。ちょっとこの子弄ってただけよ~」

 

悪びれもなく言う雪蓮様に恨めしそうな目を向けようとするけど、多分、くすぐりの余韻でニヤけてると思う。

 

「全く……学んで置かなくて困るのはお前自身だぞ?雪蓮」

 

「分かってるわよ。すっきりしたし、今から戻るわ」

 

僕は、アレ?雪蓮様の鬱憤を晴らすためだけに弄られた?なんか納得いかない……。僕のそんな心情を察することもなく、雪蓮様は拘束を解いて上機嫌で去って行った。そんな僕を見下ろしながら哀れに見る冥琳様。

 

「災難だったな美雄」

 

「はやく……たすけに、ふふっ…来てよ」

 

あ~、駄目だ。笑い過ぎて痙攣(けいれん)してるみたいだ。言葉の端々に笑いが漏れる。しばらく立てなさそう……。

 

「二人の様子を私も少々、楽しんでいたのでな」

 

見てたなら助けてよ!と突っ込みたいけど、そんな気力と言うか余裕がない。対して、柔らかい笑みを浮かべる冥琳様。

 

「いや、なに、すまなかった。だから、恨めしそうな顔をするな」

 

どうやら顔に出てたみたい。身じろぎするけど、やっぱり体がピクピクする。なんとか、仰向けになるけどやっぱり脱力してて立てない。

 

「「冥琳さま~!!」」

 

重なる二つの声。方向的には僕の頭の上、冥琳様の背後からかな?(あご)を上げると明命さんと亞莎さんが走ってくるのが見えた。僕は地面に仰向けに倒れてて頭が地面になるように顎を上げたから逆さまに見えるけど。

 

「明命に亞莎か、どうかしたのか?」

 

「雪蓮様しか戻って来られなかったので、何かあったのかと」

 

冥琳様が尋ねた後、それに答える明命さん。何と言うか、心配し過ぎじゃないかな。ちょっと可笑しくて笑う。

 

「くふっ。あ~、これ以上笑わせないで欲しいのに」

 

突然、僕が少し笑った事に二人は驚いてる。冥琳様は笑わせて欲しくない原因は分かってるみたいだけど、笑った理由が分からないっぽいかな?

 

「どうかしたんですか?美雄様」

 

「美雄様って言うのは、やめてよね亞莎さん。気さくに呼んでくれていいよ。なんなら、小蓮様みたいにメイって呼んでくれてもいいし。笑った理由は、ここじゃ冥琳様を狙う(やから)なんていないって言うことだよ。少なくとも、ここは平和だし僕らからしたらびっくりするほど治安が良いしね」

 

「確かにそう教えられましたが………」

 

明命さんがそう言って、亞莎さんも心配そうな顔してる。いまいち納得してないみたいだね。姉さんの言う通り、環境も時代も変わったんだからすぐには理解できないか……。まあ、それもそっか。僕たちも馴染むのに苦労したからね~。

 

「ま、そこら辺はおいおいかな?余裕が出てきたら街を案内するよ。馴染む事に焦る必要はないよ」

 

「美雄の言う通りだな。ところで、雪蓮からついでに休むように言われてきたんじゃないのか?」

 

冥琳様が二人を見ながら言うと、二人は素直に"はい"と言った。でも、どこか遠慮してるっぽいね。それにしても雪蓮様と冥琳様の息の合いようにはいつも驚かされるよ。ん?息が合うってことでいいのかな?なんか、しっくりこないな。

 

「なに、言いたい事は分かっているさ。しかし、根を詰め過ぎるのもあまりよくはないぞ。私が言うのもなんだがな」

 

冗談めかした感じで冥琳様はフッ、と言った感じに笑った。

 

「まあ、そう言う訳だ。ちょうどそこにいい話相手が居るではないか。穏と思春は多少知っているが、お前たち二人は美雄の事を知らないだろう。お互いを知るにもいい機会だ」

 

と言ったところで冥琳様は僕に視線を送る。そう言うことね。くすぐりの余韻も消えたし、そろそろ起きるかな。少し、足を浮かせて反動で僕は上半身を起こす。

 

「それでは、私は戻るぞ」

 

二人が呆気にとられている内に、冥琳様は足早に去って行った。

 

「取りあえず座ろっか」

 

取り残された二人に気付く様に少し声に気を入れて発する。二人は戸惑いながらも腰を下ろす。

 

「さてと、なにから話そうかな?」

 

ぶっちゃけたいしたこと話せないんだけどね。

 

「えっと、あの美雄さんは、いつから雪蓮様に仕えていたのですか?」

 

「もう、亞莎姉さん、僕に対してさんづけはしなくていいよ」

 

「え、え!?私がお姉さん!?」

 

ありゃ?ちょっと混乱しちゃった。いきなり呼んだのは不味かったかな?

 

「僕の方が年下だと思うんだけど違ったかな?」

 

「えっと、美雄さんはおいくつなんでしょうか?」

 

明命姉さんが確認するような感じで、僕に問いかける。

 

「そうだねえ。家督を継いだのが15だから………16?17?色々あり過ぎて日なんて数える暇なんてなかったからね。多分16だと思う」

 

「15で家督を?」

 

「うん、そうだよ?乱世だったんだし、珍しい事でも無いように思うけど?」

 

驚いたような顔をしながら亞莎姉さんが尋ねてきたので、僕は何でも無いように答える。だけどなんか、段々父上の事思いだしてきて……センチメンタル?だっけ?とにかく感傷的になって来た。僕が感傷的……似合わないね。

 

「そう言えば、雪蓮様に仕えたのはいつかって言う話だったね。僕自身仕えたのはいつだったかは忘れたよ。気付いたら仕えてたしね。父上が仕えた時は僕は、数えで6になるころだったかな?それで、父上が死ぬ三年ほど前に呉郡呉県に移動したのは覚えてるよ。だから、いつ仕えたかははっきり分からないよ」

 

「あの、なんだか、辛い事を思い出させてしまったようで……すみません」

 

心底申し訳なさそうに言う辺り律儀だねえ亞莎姉さん。

 

「気にしないでよ。心の整理ぐらい既についてるし、僕みたいな人は世の中にごまんといるよ」

 

ま、姉さんのおかげで立ち直った訳だけどね。

 

「さてと、そうだねえ。僕自身の話だけど、どうしよっかな?あ、そうだ二人とも山越(さんえつ)討伐は経験してる?」

 

「はい。ほとんどの孫呉の将は経験されてるそうですね」

 

「そらね。交州には異民族が多く居たから、反乱を起こされたらすぐさま討伐に赴かないといけなかったし。あっちからすれば、僕らの方が侵略者に見えたかもしれないけどそれも仕方ない事だよ。ま、実戦形式の軍事演習みたいなノリでやってたからおかげ様で孫呉軍は実戦経験豊富な精強な兵が育ちやすかった訳だけど」

 

今にして思えば、討伐する謂われはないんだろうけど。

 

「で、明命姉さんの言った通りほとんどの呉の将は経験してるよ。勿論、僕もね―――あれは父上と初めて一緒に行った時だったかな」

 

 

林の中を駆ける一人の男。

その表情は恐怖一色に塗れ、たとえ枝が肌や衣服を裂こうとも脚を止める事は無い。

後ろを振り返る事もせず、ただただ走り続ける。

息を切らし、肺が張り裂けそうになるほど走った。

 

ヒュゥゥゥン!!

 

風を切る音が迫り、一瞬後ろを振り向こうとする。

 

ザシュ!!

 

振り向く直前にそんな音が鳴ったかと思うと、男の右足に激痛が走り、転んでしまう。

男は前のめりに倒れるときに両手を顔の前にやり、藪や枝から顔や目を守りながら倒れる。

そして、男は激痛のする自分の右足を見て驚愕する。

なぜなら、男の右脚、正確には膝から拳一つほど上の位置に長く鋭い真紅の槍が刺さっていた。

男はこの木々がある中で槍を当ててくる技量に驚愕し、そしてすぐさま恐怖した。

すぐさま脚の槍を引き抜き、出血していることなど忘れて、必死に草木を掻きわけ、木の根を掴み、地面を掴み、立つ事よりも前へと進むことを優先した。なにかから、逃れる様に。

どれくらい、地面を這っただろうか?そんな事が分からなくなる位の距離を男は移動した。

腕が痺れ、体力的にも限界、右太ももの出血で血の気も失せている。

男は木や、藪が鬱葱(うっそう)としている場所へと体を引きずり、木を背にし、隠れて休む。

そうして暫く佇んでいても男を追ってきている"モノ"が来ないため、背を預けている木の脇から顔だけを出し、()いたのかと思い安堵する。

 

お・に・い・さ・ん♪

 

嬉々とした声が聞こえた時、安堵は恐怖へと変わる。

なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?なぜだ!?

おかしくなりそうなぐらい、同じ単語が頭の中を駆け巡る。

そして、幻聴である事を願いながら男は顔を正面へと戻す。

だが、希望は容易く打ち砕かれた。

 

「駄目だよ~お兄さん、自分一人だけ助かろうなんて♪」

 

石突を地面に、柄の部分を肩に置き、先程男の右脚を穿った槍を右手に握っている赤い長髪の少女は、男の目線に合わせる様にしゃがみこんでいる。籠手の様な物を手に着けており、胸当てと思われる赤い鎧を身に纏っていることから、ただの少女ではない事は一目瞭然。

表情は純粋無垢な少女の笑顔なのだが、男はそれにすら恐怖している。

知っているからだ。それが、笑顔であってそうでない事に。

偽りの笑顔では無い。純粋な笑顔だ。

ただ、笑顔の持つ"意味"が違った。

 

「ねえねえ、他にお仲間はいないの?」

 

少女は尋ねるが、男は首を振る。

なぜ、男は言葉にしないのか?

簡単な話、男は言葉すら発する事すら出来ずにいるからだ。

なぜ、言葉を発する事が出来ないのか?

もう、男の喉は切り裂かれていたからである。

 

「そっか……ねえ、お兄さん。今、助かりたい?」

 

傍から見れば、突飛な事を問いかける少女。

だが、男は状況を理解しているため首を縦に振る。

喉は潰れた。しかし、死んではいない。

その事が、少女の質問と相まって男にとっては希望のように思えた。

だからこそ、首を縦に振った。

 

「そっかそっか。でもね、お兄さん。今のお兄さんみたいに、助けてって心や声で叫んでる人がお兄さんの目の前に現れなかった?その人たちをお兄さんはどうしたの?」

 

質問の意図が見えてきた男は、涙ながらに首を横に振る。

嫌だ、と言う風な表情をして。

 

「そうそう。今のお兄さんみたいに、"嫌だ!死にたくない!"って感じの表情をしてたさっきの"村の人たち"なんだけどさ、具体的にどうしたのかな?って気になってね。あ、喉潰しちゃったから言えないか。あ~~……しまったなあ。先に潰すんじゃなかった」

 

自分のやった事に失敗と反省を行う少女。喉を潰した事に悪びれは欠片も感じられない。

 

「まあいっか。代わりは他の兵が捕まえてくれるだろうし。よいしょ」

 

少女は掛け声とともに腰を上げる。そして、左手に握っていた折れた矢を捨てる。

(やじり)に血が付いていることから、おそらく男の喉を潰したであろう得物と窺い知れる。

男は願っていた。このまま、少女が立ち去ってくれる事を。

 

「お兄さん、なに安心してるの?」

 

これから去ってくれるかもしれないと、思っていた男は知らぬ間に安心感に包みこまれかけていたらしい。

それを感じ取った少女は、小首を傾げる。

 

「これから"楽しく"なるのに安心しちゃ駄目だよ」

 

なんだかよく分からない表現をする少女。

だが、それを考えさせてはくれなかった。

 

ザシュ!

 

いつの間にか左足に槍が刺さっていた。

 

「―――――がっ!?かふっ!!!!」

 

男は痛みで声を出そうとするが喉が潰れているため、代わりに口から血があふれる。声は出ない。

 

「えっと、次は右手かな」

 

少女は宣言通り、男の左足から槍を引きぬくと右手に槍を突き立てた。

 

「こふっ!!――――かふっ!!」

 

焼けるような痛み。あまりの痛さに、身体が痙攣し始める。

そして、さらに血は喉と口から溢れる。

でも、死なない。

 

死ねない。

 

少女はそのまま、槍をグリグリとひねる。

男の肉が裂け、手の骨が見え隠れしている。

 

「ハァ……ハァ……ふふ」

 

何が楽しいのか少女は興奮していた。

まるで、新しい玩具を与えられた子供のように純粋に、無邪気に。

 

「凌統様!!」

 

突然、木々の向こうから声が響き、一人の赤い鎧を身に纏った兵士が現れその後ろにさらに数人の兵がいる。声に気付いた少女は、槍を引きぬき後ろを振り返る。

そのことから、どうやら彼女の名前は凌統と言うことが分かった。

しかし、男にはそんなことを気に掛けている暇などなかった。

 

「どうしたの?」

 

「凌操様がお呼びになられております。他方面に山越が出現したそうです」

 

「そっか……。すぐに行くよ」

 

凌統が兵士と話している内に男は痛みを(こら)えながら、無事である左手だけでこの場を逃れることを試みる。

 

「さてと、それじゃあお兄さん」

 

勿論、凌統は男が逃げようとしている事など既に気付いていた。

柔和な笑みを浮かべながら、背を向けている男に振り返る。

男は振り返らずに前へと進む。

 

「さようなら」

 

凌統の声が聞こえた時、男の意識は途絶えた。

男の頭は転がり落ち、周りの木々を鮮血で染めた。

 

「それじゃあ、合流しよっか」

 

「はっ!!」

 

骸と化した男に興味をなくしたのか、冷徹に兵士に指示を出し男の遺体に背を向け歩き去っていく。

 

「(ま、お兄さんの来世はもう少しまともである事を願ってるよ。情勢的にも、人間的にも)」

 

去り際にちらりと男の(しかばね)を見た凌統は、そんな事を思うのであった。

 

今回の山越討伐には特に変わったような事は無い。

いつもどおり、山越が反乱を起こし。平地に出てきては略奪し、軍が出てくれば山地に逃げ込む。

少々深追いし過ぎたが、それでも特に問題はなく山から抜け出せた。抜け出す道中に何人かは屠ったが。

 

 

一方、山地から少し離れた平地に設置された陣があった。

日は既に山の端に落ちかけているところ。

そして、夜に備えて陣に火が灯り始める。

 

「のう、凌操」

 

「どうしました?黄蓋殿」

 

一つの天幕の前で渋い顔をした感じの中年に黄蓋こと祭が突然話しかけた。が、返答の色はどこか投げやりで不機嫌な雰囲気を醸し出していた。

彼の名は、凌統の父であり孫策の一番槍と名高い凌操その人であった。

 

「娘を心配する気持ちは分かるが、少々殺気を収めんか」

 

「ああ、悪い」

 

頭はをガシガシと乱暴に掻き毟りながら自分を落ち着かせようと凌操は息を吐いた。張り詰めていた空気が霧散した事に祭は安堵し、周りにいた数人の兵士もどこかほっとし

 

た感じの息を吐いた。

 

「まったく、自分の娘くらい信じてやらんか。あやつもそれなりに経験を積んでおるし、お主と同様そこらの有象無象にやられるほど(やわ)な鍛え方をしてる訳でもある

 

まい」

 

祭の言う通り、凌操の娘である凌統は父の血を色濃く受け継いでいると言っても過言ではない。武勇に秀でており、十代にしてカリスマ性があり兵からも慕われている。また、義理に厚く礼儀も良い。ただ、父と同じく猪武者である事がたまにある。しかし、まだ子供と言うこともあって止められればきちんと止まる事が出来る。自分には勿体無い娘だと凌操自身が思ったこともしばしばあるほどの自慢の娘だ。だが、凌操が懸念しているのはそこではなかった。

 

「親として娘を信じていない訳じゃないさ。浅いとはいえ黄蓋殿の言う通り経験は積ませてあるし、むしろ無事に帰ってくるさ。心配して無い訳でもないがな」

 

「では、なぜ不機嫌になっとんたんじゃ?」

 

祭がそう聞いたところで、凌操は自身の武器である三尖槍を肩に当てて立てかける様に持ち直し、少し間を置いた。

 

「一人娘を戦に出したくないと言う親心だよ。若いのに武の才があるが故に出ざるを得ない今のご時世と力不足さ、そして娘の才を恨んだ事は無い」

 

「…………」

 

その言葉に祭は同意を示さざるを得ない。せっかくの一人娘な上にまだ、若い。次代を担う者としては期待が出来る人材だが、まだ戦に出すべきではない。むしろ、基礎的な経験を今はまだ積ませるべき時である。しかし、出さざるを得ない。時代と状況が凌統をそうさせた。だが、才能があるだけでまだましだとも思えた。無理やり徴兵される武の才も無い、戦闘の経験も無い子供よりも、はるかに。

 

「それに、最近もう一つ懸念する事が出てきてな」

 

「なんじゃ?」

 

「娘がな、段々と命を奪うことに悦を感じて来ている気がするんだよ」

 

「むう、それは確かに危険じゃの」

 

「ああ、孫策様と同じで純粋であるが故に残酷になっちまった」

 

「歯止めは利くのか?」

 

「今んところな……これでも色々教えて狂気に呑まれたりしないようにしているが、もう遅いかもしれない」

 

諦めかけているような声音に祭は思わず反応する。そもそも、いつも一番槍を買って出る凌操が弱気なこと自体珍しい。

 

「なぜじゃ?」

 

凌操の最後の一言に祭は怪訝そうな顔を隣にいる凌操に向けるが、返事の代わりに凌操の視線が正面の方を向いている。

 

「父上~~~!!」

 

元気な少女の声と凌操の視線に釣られて見てのだが、目に映った光景に祭は少し眉を動かし難しい顔をする。

 

「……」

 

「な?マズいだろ?」

 

凌操の問いに目を閉じ沈黙で答える。陣の入口、柵と柵の間を通り抜けこちらに向かってくる少女をみる。凌操の娘である凌統、それは間違いない。だが、祭と凌操の二人は難しい顔をしている。別に彼女が狂気に呑まれている訳ではない、笑顔でこちらに向かっているただそれだけ…。周りから見れば元気のいいおてんば娘と言った感じの印象を受けることだろう。

 

ただ、普通と違うとしたら――――彼女が血塗れだと言うことだろう。

 

右腕に関しては手から肘まで赤黒く、彼女の元々明るい赤い髪の中にも赤黒い個所がある。顔は特に返り血を浴びている訳ではなさそうだが、それでも血が変色していることから考えるにそれなりに時間が経っているようだ。それに、なぜ彼女は無邪気に笑えているのだろうか?無理して笑顔を作っている訳でもない。むしろ自然体でいる。多少なりとも自責の念に駆られてもいい筈なのにそんな色すらもない。傍から見れば異常だ。

 

「父上~?」

 

「こっちだ」

 

見当違いの方へ足を運ぼうとした凌統に凌操は声を掛けた。彼女はすぐさま父親の声に反応し振り返る。

 

「ああ、そっちか」

 

うっかりと言った感じの声音で言うとそのまま、ゆったりと祭と凌操のいる天幕へと歩いて行く。

 

「こっちに来る前に返り血落としてこい。近くで綺麗な川があったから水は大量に確保してあるはずだ。夜も遅いし冷えるから湯にしてから浴びろよ」

 

突然そんなことを一気に父親に言われたため美雄は少しキョトンとする。だが、すぐに不機嫌そうな顔を父親に向ける。

 

「むぅ……」

 

「早く行け。夜襲に備えないといけないんだ」

 

そう強く催促すると美雄は渋々と言った感じに凌操と祭の後ろの天幕の方へと顔を膨らませながら入って行った。美雄が入った事を音で確認し、そして視線をすぐに後ろにやることで視認した凌操は、短く息を吐いた。

 

「すまないが黄蓋殿、凌統の方を手伝ってやってくれないか?」

 

「それは良いが、娘の話ぐらい少しは聞いてやっても良いじゃろう……」

 

呆れた感じで凌操の言葉を返す祭。いつ死ぬかもわからない戦場なのだから、少しでも会話をしておいた方が良いのではないか?と言うのが祭の考えだ。あの時もっと話していれば、なんてことになれば思い出すたびに後悔する事だろう。

祭の言葉に凌操は何とも言えない表情になるが、それだけでも大体の事を祭は察する事が出来た。

 

「(こやつの事じゃから、多くの時間を過ごすと余計に悲しむなどと考えておるんじゃろうな)」

 

家族なのだから同じ時を過ごさないでどうすると言いたいが――――。

 

「(年寄りの余計なお世話かもしれぬな)」

 

家族の事は家族で解決したほうが多くの事を学べる事だろう。間違いが過ぎるようなら目を覚まさしてやればいい。

 

「ま、多くは言わん。では、少々席を外すぞ」

 

「…ああ」

 

祭は凌操に背を向け天幕へと入って行く。入る時に凌操の方から短い溜息が聞こえたのは気のせいではないだろう。

天幕に入ると鎧を既に脱いでおり、濡れた布で立ったまま髪を拭いている美雄の姿が目に入った。そして、凌操に言われたとおりに近くの炉で鍋に水を入れ湯を沸かしている。

 

「どうしたの?祭様」

 

振り返らずに自身の後ろにいる人物に問いかける美雄。髪を拭く手は止めない。後ろにいる人物を見ずに当てると言う芸当に祭は特に驚きもせずに、おどけた感じで理由を話す。

 

「お主の父に頼まれてな」

 

「別にこれぐらい一人で出来るのに、変な所で父上も気を使うんだから」

 

ちょっと呆れた感じに言う彼女に祭は苦笑する。

 

「やはり一人娘の事が何だかんだで気になっておるんじゃろ。それに、あ奴は素直ではないしな」

 

「あー、うん。頑固で素直じゃないのは知ってる。あれかな?甘やかしたら調子に乗るとでも思ってるのかな?」

 

「どうじゃろうな。もしかしたら、あり得るかも知れんが」

 

「えー……。僕って、そんなにお調子者?」

 

心外だと言わんばかりの視線を美雄は祭に向ける。そしてここで彼女は初めて祭の姿を見た。

 

「なぁに、子供は少しくらい調子に乗っておる方が色々と学べるじゃろう。別に気にする事でもない」

 

「それはそれでなんか複雑な気が……」

 

カラカラと笑う祭に美雄は言葉通り複雑な心情を持ってしまった。別に多くは気にはならないが、引っ掛かる。

 

「それはそうと。ほれ、ちょいと貸してみんか」

 

「……あ」

 

拭いてる途中で近づいてきた祭に布をひったくられる。そして、天幕の内部にある寝台に腰かけ膝に座るように促される。抵抗がある訳でもないので素直に祭の膝の上に腰掛ける。その後にゆっくりと優しい手つきで髪を拭かれるときにどこか心地よさを美雄は感じていた。

そして、祭は髪を拭きながら彼女の右手を注視する。先程までは肘まで赤黒い血で覆われていたが、おそらく拭いたのだろう。今は綺麗な肌色が視界に移る。

 

「しかし、お主なにをやったんじゃ?」

 

「なにが?」

 

「右腕だけ異常な程に返り血が付いておったからな。凌操も驚いておった」

 

「ただ単に襲われたから右腕で傷口抉っただけだよ」

 

「また随分と大胆な事をするもんじゃ」

 

「仕方ないでしょ~。上手く槍が死体から抜けなかったんだから。でもまあ、背後じゃなくて側面から来たからどうってことなかったけどね」

 

淡々と言う彼女には、やはり罪悪感などは感じられない。やはり、『慣れて』しまったのだろう。そう言うことには。

 

「(もう少し踏み込んでみるか)」

 

のらりくらりとしている彼女の事だ。もしかしたら、本心をぼかしているのかもしれないと直感的に祭は考えた。

何より一度くらい本音は聞いておいた方が対処もしやすい。勿論、聞き出した所で父である凌操には教えないが。

 

「お主も随分変わったの」

 

「具体的に何が?」

 

「特に躊躇いはなくなったと言うところかの。最初のころは泣いて泣いて躊躇いに躊躇って行動しておった」

 

「ああ、うん。躊躇ってちゃ生きていけないからね」

 

「後悔はしておらぬか?」

 

「……」

 

祭が問いかけた時、美雄は一つ間を置いて祭の膝の上から立ち上がる。そして、静かに数歩ほど寝台から離れる様に歩き、振り返り――

 

「後悔なんてある訳ないよ」

 

堂々と言った。

のらりくらりや飄々(ひょうひょう)と言った感じの言葉が似合う彼女とは違う、芯の通ったような眼をしながらはっきりと。

一応本音が聞けたので祭としては満足と言うよりも、それ以上のモノを得られた気がした。

ただ、静かに納得したように頷き、

 

「そうか」

 

と短く返した。

 

「そうだよ。あ、祭様お湯を使って体を拭くから手伝って」

 

そうしていつもの微笑みを浮かべている彼女へと戻っていた。

 

「おお、拭くついでにどれほど成長したか見てやろう」

 

「祭様…なんか言い方に卑猥なモノを感じるんだけど」

 

 

「とまあ、その後なんか色々体のあちこちを変に揉まれた訳だけど」

 

で、その後に父上が来て『嫁入り前の娘に何してんだ!?』だっけ。思わない台詞を聞いたもんだから、びっくりしたけど。

 

「けれど、楽しかった」

 

「え?もみくちゃにされたのに楽しかったんですか?」

 

何か、亞莎姉さんが意外そうな顔で突然変な事言い出した。って、それもそうか。僕自身が思ってた事を口に出しただけだから訳分からないよね。

 

「いや、別に色々あったけどあの時は楽しかったなって言う話だよ。もみくちゃにされたのが楽しかった訳じゃないからね」

 

うん、そこは訂正しておかないとなんか僕が変態みたいじゃん。変態じゃ……うん、ない。人を殺めて興奮する時はあるけど弄られて喜ぶはずはない…断じて無い。多分。

姉さんにからかわれる時は、なんか心地よさを感じたりもするけど。あれ?まさか、自覚が無いだけとかそんな感じじゃない……よね?

取りあえず落ち着こう。

 

「とにかく、僕に関しての話しの続きは今度にしよっか。今はやることもあるしね」

 

「あの……一つ気になるのですが」

 

「なに?亞莎姉さん」

 

「美雄さんは……雪蓮様と同じなのですか?」

 

雪蓮様と同じか……何が同じなのかは考えるまでもないんだろうけど。男を屠った時の話しの部分でそう思ったんだろうね。まあ、そう思われても仕方がないだろうけど。

だけど――

 

「同じではないよ。僕の場合はそれよりも酷いよ?」

 

微笑しながらそう言い放つ僕の言葉に亞莎姉さんは、どう言う表情をしたらいいのか戸惑っている感じだった。

 

「えっとえっと…亞莎は何の事を言っているのですか?」

 

会話の意味が分からずうろたえる明命姉さんが尋ねる。まあ、さすがにそれだけで察せと言われても厳しいものがあったかな?

 

「亞莎姉さんが言いたいのは、僕が雪蓮様と同じで人を殺めることで興奮してしまうことについて…かな?」

 

「そうなのですか?亞莎」

 

「はい。雪蓮様や美雄さんに失礼な事を言ってしまっているかもしれませんが……」

 

明命姉さんに確認されるように聞かれ申し訳なさそうにしている亞莎姉さん。ま、別に失礼って言うわけでもないんだけどね。恐怖を抱かれても仕方はないんだろうな~。

そこらへん雪蓮様も分かってるし、僕もあまりそう言う姿は見られたくはないし。

そう言えば、雪蓮様を落ち着かせるのに冥琳様がよく付き添ってるけどどうやって落ち着かせてるんだろう?それで、前に僕も落ち着かせて欲しいって事前に頼んだんだけど、なんか渋い顔をされてたんだよね……なんでだろう?

結局僕は断られて自然に落ち着くまで人に会わないようにぶらぶら遠くを歩くと言う方法を取らされた訳なんだけどね。

 

「まあ、気にしないでよ。最近は落ち着いてるし血生臭い事は起こらないから……たぶん」

 

「すごく、不安になる発言なのですが……」

 

「明命姉さんが不安になるのも分かるけど、僕が我慢出来なくて爆発する可能性があるから。具体的に言うなら殺人衝動かな?」

 

「「え?」」

 

「だから気をつけてね。もしかしたらうっかり首を転がしちゃうかもしれない♪」

 

「「…………」」

 

二人ともそんなあからさまに顔を青くしなくたっていいのに。

 

「そんなに怯えなくてもいいでしょう?ちゃんと自制はするって。それに家族に手を掛ける訳ないじゃん」

 

「そ、そうですよね」

 

亞莎姉さん引きつってるよ。ちょっとふざけ過ぎちゃった。明命姉さんなんかまだ青くなってるし。まあ、雪蓮様のことで慣れてるだろうからすぐに戻ってくると思うけど。

 

まあ、冗談な様で冗談になってないからね僕の場合。最後にうっかり()りそうになったのっていつだったかな?いつだったかは忘れたけど、姉さんが止めてなかったら右の目玉(えぐ)ってた所だったのは覚えてるんだけど……。

最近は本当に落ち着いてるし心なしか衝動が出る事はあまりなくなってるし。ああ、でもどうだろ……最近血を見てないからって言うのもあるのかもしれないのかな?うっかり血を見たらまた、ぶり返す可能性とかあるのかもしれない。うん、気をつけよう。

 

「とにかく、さっきのはちょっとしたお茶目だから気にしないで。ね♪」

 

なんか、僕がそんな風にして言ったら二人ともキョトンとした顔をしたあと、互いに顔を合わせて微笑んだ。その笑みはなんか気になるなあ。気にしない方がいっか。

 

「ま、それじゃあ休憩終了。もどろっか?」

 

「「はい!」」

 

その後、亞莎姉さんと明命姉さんに生温かいと言うか慈愛の眼差しを向けられたまま僕たちは寮の部屋に戻るのだった。

 

 

~あとがき劇場~

 

いや~長かった。

 

美雄「なんか、僕が危ない子になってるんだけど」

 

元々雪蓮と同じような性質がある設定ですから。

 

幼いころから戦場に出ているという似た境遇から想像しました。

 

美雄「嫌だな~。バーサーカーだとか言われるの」

 

気にしちゃダメですよ。

 

と言うよりそんな事言ってたらおっかない人が来ますよ。

 

美雄「自分だって失礼な事言ってるでしょ?」

 

まあ、これ以上言うのは止めておきましょう。

 

本当に斬りかかられたりしたら洒落になりませんし……フラグとかじゃあないですよね。

 

美雄「来てないからフラグじゃないと思うよ?……たぶん」

 

それはそうと随分期間が空きましたね、自分。

 

美雄「そうだね~。次は一年後かな」

 

さすがにそれはない。

 

美雄「おお、言い切っちゃったね。後悔しても知らないよ~」

 

趣味の範囲を出ていないとはいえ、熱中していることには変わりありませんからね。

 

とまあここら辺にして、最後に美雄さん一言どうぞ。

 

美雄「これからも、僕をよろしくね♪……怯えないでくれると嬉しいな」

 

重いよ……。

 


 
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