No.380800

真・恋姫✝無双外伝 ~~受け継ぐ者たち~~ 第八話 『守る覚悟』

jesさん

前回からひと月空いての投稿になります (汗

基本的に戦争のシーンを文章にするのは苦手なので、わかりにくくて申しわけないです。

2012-02-20 14:04:46 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1861   閲覧ユーザー数:1709

第8話 ~~守る覚悟~~

 

――◆――

 

・・・・玉座の間は、今までにない程の緊張感に包まれていた。

俺を含めた城の将軍たる妹たちも皆、一同に会する程の事態だ。

 

事の発端はといえば、ほんの数十分前にさかのぼる。

 

そもそも各地に散らばっていた妹たちを城に呼び戻したのは、今蜀の各地を荒らし回っている野党集団、「紅蓮隊」に対抗する戦力を集める為だとういうのは言うまでもない。

 

そして無事に妹たちも戻り、少しずつ戦いに備えて様々な準備を進めているのはもちろんだし、順調に進んでいたと言っていい。

 

けれど事態は、そんな俺たちの予想を裏切る形で急展開を見せた。

 

 

 

――――――『紅蓮隊の大群が、この成都をめがけて進軍を開始した。』

 

 

 

紅蓮隊の動向を探るため、領土内の各地に放っていた斥候からの報告だった。

 

 

その数・・・・目測でおよそ三十万――――――――――

 

 

俺たちにとってはまさに青天の霹靂と呼ぶには十分だった。

 

 

 

 「さて・・・・。 少々困ったことになりましたな」

 

重く固まった雰囲気の中、顎に手を添えて昴が呟くように言った。

普段はあまり動揺を表情に出さない彼女だけど、今回ばかりはさすがに少し表情が曇っている。

 

 「そんなに落ちついてる場合かよ昴姉っ! 向こうが責めてくるっていうなら、こっちも早く迎え撃とうぜっ!」

 

 「涙。 昴程とは言わないがお前も少し落ちつけ。 感情的にまかせて行動すれば、それこそ最悪の事態を招きかねない」

 

 「ぐぅ・・・・・っ」

 

愛梨に諭されて、しぶしぶと言った様子で涙は口を閉じた。

 

愛梨の言う最悪の事態とは、言うまでもなく俺たちの敗北。

それはつまり、この蜀という国の滅亡を意味する。

 

それだけは絶対に避けなければならない。

 

 「とにかく皆、今の状況を整理しよう。 どうするのかはそれから考えれば良いよ。 ね?お兄ちゃん」

 

 「ああ。 麗々、例の早馬はもう出してるんだよね?」

 

 「はい。 報告を受けてからすぐに発ってもらいました」

 

 「ありがとう。 これでとりあえず援軍の要請は大丈夫だ。 あとは、それまで俺たちがどう戦うかだけど・・・・」

 

 「そりゃ、もちろん正面突破でしょ!!」

 

 「・・・あー、愛衣。 悪いけど少し静かにしててくれ」

 

 「えー! なんでー!?」

 

 

苦笑いで諭す俺に対して、愛衣はあからさまに不機嫌そう。

愛衣の明るさは長所ではあるけれど、こういう場では少し困りものだ。

 

三十万の大群に正面から戦いを挑めば、いくらなんでも結果は見えている。

二十年前の黄巾党に比べれば少ないとはいえ、連合軍でもない一国だけで相対するにはあまりに強大な数だ。

 

 「悔しいけど正直言って、今の俺たちの戦力じゃ・・・・・だろ? 麗々」

 

 「はい。 残念ながら・・・・」

 

俺の視線での問いかけに対して、麗々は申し訳なさそうに頷いた。

隣に立っている煌々も、前髪で隠れてはいるが似たような表情だろう。

 

我が軍きっての天才軍師二人を持ってしてもこの表情だ。

俺たちと適との戦力差はもはや言うまでもない。

 

 「でもさ、うーちゃん、きーちゃん。 どうにかして戦う方法はないのかな?」

 

 「は、はい! それはもちろん考えてあります」

 

 「・・・・“コクコク”」

 

すがる様な桜香の問いかけに麗々と煌々は二人揃って頷いて、少し慌てたように机の上に広げられている地図を示した。

 

 「大群を迎え撃つのであれば・・・・この場所が最適かと思われます」

 

そう言って、麗々は地図の上の一点を指さした。

俺はそれほど正確に地図が読めるわけではないが、そこがおおよそどんな地形であるのかは把握できた。

 

 「ここって・・・渓谷?」

 

麗々が指さしたその場所は、背の高い岩壁に挟まれた場所のようだった。

 

 「はい。 現在紅蓮隊がいる位置からこの成都まで最短距離で来るつもりなら、まず間違いなくここを通るはずです。 私たちは、この渓谷の出口を塞ぐ形で待ち伏せます。」

 「・・・なるほど。 この場所なら、敵の数による有利を失くせるわけか」

 

今の麗々の話を聞いただけでその意図を理解したのか、昴が感心した様子で言った。

 

確かにこの狭い渓谷では、一度に通れる人数は限られる。

いくら三十万の大群であろうと、ここで戦闘になればその有利性はほとんど失われると言う訳だ。

 

 「その通りです。 そして、この場所を選ぶ理由はもうひとつあります」

 

そう言うと、麗々は地図の上に自軍の兵に見立てた駒を三つ置いた。

 

 「この渓谷の幅では、我が軍も全員一度には通れません。 そこで全軍を三つに分け、その内の一隊は敵を応戦。 残りの二隊は渓谷の外で待機します。 そして応戦している隊が疲弊してきたら一度撤退。 敵が渓谷の外へ追いかけてくる前に、素早く外に待機していた隊のどちらかと入れ替わります」

 

 「えっと・・・・つまり、三つの隊で変わりばんこに戦うって事?」

 

少し混乱した様子の向日葵が首をかしげながら聞いた。

 

 「はい。 こうすることで、兵の消耗を抑えつつ、長時間敵を足止めすることができるはずです。 もちろん時間が経つにつれてこちらの兵力も削られますが、正面からぶつかる事を考えればかなり被害は抑えられるかと」

 

 「いや、十分だよ。 ありがとう麗々、煌々」

 

この急を要する事態の中で、恐らく最善の策をすぐに考えたくれた。

さすがは我が軍が誇る天才軍師たちだ。

 

 「では、策が決まったのであればそう急に出陣の準備をしましょう。 敵が渓谷を通る前に間に合わなければ全てが水の泡です」

 

 「ああ。 皆、急いで準備を!」―――――――――――――――――――――

 

 

――◆――

 

出陣が決まってからは、それぞれができうる限りの速さで迅速に準備が進められ、先ほどの会議から一時間余りで俺たちは成都の都を出発した。

 

もちろん万が一の備えとして、城には最低限の戦力と、璃々姉さんに残ってもらっている。

璃々姉さんなら、何が起こっても上手くやってくれるはずだ。

 

不幸中の幸いと言うべきか、戦場となる予定の渓谷は成都からさほど遠くないところにあり、俺たちは半日もかからずにたどり着く事ができた。

 

しかし成都から近いと言う事は、逆に言えば万が一俺たちが負けた場合に体勢を立て直す暇が無いと言う事だ。

それはもちろん、この場所を提案した麗々と煌々だって重々承知のはず。

 

けれど今の俺たちには、これ以外に敵に対抗する術が無い。

 

そもそも、最初から負けた場合の事を考えて戦場に向かうこと自体間違ってるんだ。

 

俺は父さんたちがのこしたこの蜀という国と、妹たちを守るためにこの世界に戻ってきたんだ。

それが初めての戦いでいきなり守れませんでした・・・なんて冗談じゃない。

 

何としても勝つ・・・・・!

 

 

 「・・・・ここか」

 

 「はい。 どうやら、敵はまだ来ていないようですね」

 

目標の渓谷に到着し、あたりを見まわしてみる。

実際に目にしてみると、地図で想像していたよりも渓谷はせまく、これでは確かに三十万の大群で無くとも動きづらいだろうと実感する。

 

紅蓮隊の姿がまだ見えない事に胸をなでおろすが、ここでボーっとしている時間なんてない。

麗々と煌々の指示を元に、俺たちはすぐに敵を待つ陣形の準備を開始した。

 

 

当初の予定通り軍全体を三つに分け、それぞれに隊を指揮する将軍が振り分けられる。

 

まず最初に、渓谷の外で待機する二隊の内の一隊に、昴と心。

 

もうひとつの待機部隊には、涙と向日葵。

 

そして、一番最初に渓谷で敵を迎え撃つ隊に、俺と愛梨という配置になった。

 

麗々と煌々、それに桜香は当然戦闘からは除外するとして、あと残る一人はといえば・・・・・

 

 「絶対ヤダーーーッ!!!」

 

 「・・・・はぁ~」

 

今から戦いが始まろうというこの緊張感が張り詰めた雰囲気の中、場違いも甚だしい怒鳴り声が響いた。

俺はその声を聞きつつ、思わずため息が出てしまう。

 

その声の主は言うまでもなく噂の最後の一人、愛衣だ。

 

 「なんで私だけ前線に出ちゃいけないの!?」

 

 「だから、お前にはまだ危険だと言っているだろう! お前は本陣で親衛隊と共に桜香の護衛だ!」

 

 「敵が来ないのに親衛隊なんて必要ないでしょ!? 私だってちゃんと戦えるもん! ひま姉さまだって前線にでてるのにっ!」

 

 「うっ・・・その言い方はヒドイよ愛衣・・・・」

 

愛衣の言葉にひそかにショックを受けている向日葵の事などお構いなしに、愛衣と愛梨の言い合いは続く。

 

 

 「わがままばかり言うなっ!」

 

 「姉さまこそ、何度もおんなじことばっかり言わないでよっ!」

 

 「・・・ねえ愛衣ちゃん。 愛梨ちゃんは愛衣ちゃんの事が心配だから言ってるんだよ? だから今回は私と一緒に・・・・」

 

 「絶対イヤッ!」

 

 「あぅ・・・・」

 

取り付く島もないとはこのことか。

愛衣をなだめようと割って入った桜香も一蹴されてしまった。

 

こりゃ、一筋縄じゃいかないな・・・・

 

 「本当にお前はいい加減に・・・・・」

 

 「ちょっと待って愛梨。 愛衣には俺から話すよ」

 

 「兄上。 しかし・・・・」

 

 「いいから、任せて」

 

愛衣には聞こえないように愛梨に行って、俺は愛衣の前にしゃがみ込んだ。

 

 「なぁ愛衣・・・・」

 

 「いくら兄さまの言う事でも、今回は聞かないからねっ!」

 

そう言いながら、愛衣は腕を組んでそっぽを向いてしまう

 

 「まぁそう言わずに聞いてくれよ」

 

 「?・・・・・」

 

でも俺が少し困った顔でそう言うと、愛衣は眉をつり上げながらも俺の話に耳を傾けてくれた。

よし、これなら・・・・・

 

 「愛梨や俺は別に、愛衣に戦うなって言ってるわけじゃないんだよ? ただ今回は、前線じゃなくて、本陣で桜香たちを守る役をやってほしいんだ。 それでもダメかな?」

 

 「だって、本陣なんてどうせ敵なんか来ないでしょ? それじゃあ結局戦うなって事じゃん!」

 

 「それは違うよ、愛衣」

 

 「え?」

 

 「確かに、本陣は一番敵から遠い安全な位置にあるよ。 だからこそそこに大将の桜香がいるんだ。 だけどさ、もし万が一にでも敵が本陣にたどり着いた時、誰が桜香を守るんだい?」

 

 「それは・・・・・」

 

 「その役目を、愛衣にやってほしいんだ。 仲間外れなんかじゃない。 本陣に残るのは、前線で戦うのと同じくらい大切な役目なんだよ。 わかるかい?」

 

 「うん。 でも・・・・」

 

 「頼むよ愛衣。 傍にいられない俺たちの代わりに、桜香を守ってほしい。 やってくれるかな?」

 

 「・・・・・うん。 わかった」

 

なんとかなったかな。

少し間は空いたけど、愛衣は納得して頷いてくれた。

 

 「よし、いい子だ」

 

 「えへへ・・・♪」

 

頭を撫でてやれば、さっきまでの不機嫌はどこへやら。

少しはにかんで、愛衣は照れくさそうに笑った。

 

 

 「よかった~。 それじゃあよろしくお願いね、愛衣ちゃん」

 

 「うん! 任せといて!」

 

どうやら桜香も安心したようだ。

愛衣もそんな桜香に対して笑顔で胸を張る。

 

 「あの子の扱いがお上手ですね」

 

 「ん? ああ。」

 

その様子を後ろで見ていた愛梨が、呆れ半分関心半分と言った様子で話しかけて来た。

 

 「愛衣は多分、自分だけ戦いから遠ざけられるのが嫌なんだよ。 危険だから・・・なんて理由じゃなくて、ちゃんとそこにいる意味を教えてあげれば、ああして納得してくれるさ」

 

 「フフ。 そうは言いますが、兄上だって上手くあの子を前線に出さずに済んだと思っているのでしょう?」

 

 「ああ。 そりゃあもちろん」

 

いくら母さんの血を継いでいるからと言って、愛衣はまだまだ幼い。

兄として、姉として、そんなあの子をむざむざ危険な場所に送り出すなんてできるはずもない。

 

愛衣を騙したようで少し気は引けるが、それであの子の身が守れるならそれ以上の事はない。

 

 「とにかく、これで全体の配置は決まりました。 ですが・・・・兄上、本当に大丈夫ですか?」

 

 「え? ああ、あの話か。 大丈夫、心配しないでいいよ」

 

愛梨が心配しているのは、これが事実上の初陣である俺の身の安全だ。

 

ここに来る途中も、何度か似たような質問をされた。

愛梨からしてみれば、末っ子の愛衣も、実戦経験の乏しい俺も同じように心配なんだろう。

 

 「でもやはり心配です。 兄上の実力を疑う訳ではありませんが、やはりこの戦いは初陣にしては規模が大きすぎます。 兄上も今回は本陣の方に・・・・」

 

 「妹たちが戦おうって言うのに、自分だけ安全な場所にいろって? そんなことできないよ。 悪いけど、俺は愛衣よりもずっと聞き分けが悪いよ?」

 

 「兄上・・・・。 はぁ~、分かりました。 ですがくれぐれも無理はしないと約束して下さいね」

 

 「ああ、分かってる」

 

ため息混じりにそれだけ言うと、愛梨は兵に指示を出すために隊の方へと戻って行った。

 

 「・・・ふぅ~」

 

愛梨の背中が見えなくなった事を確認してから、俺は少し息をついた。

 

 「やれやれ。 これだけ心配されるって事は、やっぱり表情に出てるのかな? ダメダメじゃん、俺」

 

呟きながら、自分の頬を軽くたたく。

 

必死に隠しているつもりなのだが、今から戦いに臨むという不安はどうしても隠し切れていないようだ。

 

とはいっても、俺が抱いている不安は、愛梨が思っているのとは違うものだ。

むしろその逆・・・・俺が心配しているのは、自分ではなく敵の事。

 

・・・・俺は、本当に敵を斬れるんだろうか?

 

紅蓮隊の話を聞いてから、少しでも時間が空くとその事を考えていた。

 

愛梨を攫った野党たちの時はみね打ちで済ませる事が出来たけど、今回はあの時とは状況が違いすぎる。

本気でこちらを殺しに来るであろう三十万の大群を相手に、みね打ちなんて中途半端な事をしていたら、間違いなく負けるだろう。

 

でもだからと言って、そう簡単に割り切れるものじゃない。

 

戦争で勝つと言う事は、相手の命を奪うと言う事。

ほんの少し前まで戦争の無い世界で暮らしていた俺には、あまりにもギャップが大きすぎる話だ。

 

敵を殺さなければ自分が死ぬ―――――――――

 

戦争では当たり前の状況だけれど、もし本当にその状況に立った時、俺は・・・・・・・

 

 

 「兄上」

 

 「!・・・・ああ、愛梨」

 

突然声をかけられて顔を上げると、いつの間に戻ったのか愛梨が立っていた。

慌ててしまった事には気づかれなかったかな。

 

 「兵の配置が整いました。 私たちは渓谷の向こう側で、敵の見張りを」

 

 「ああ。 今行くよ」

 

 

――◆――

 

愛梨と十人ほどの兵を連れて、俺たちは渓谷の反対側へでた。

 

今まで大きな岩壁に塞がれていた景色が、渓谷を出たとたんに一面に広がる荒野へと変わった。

地面の黄土色と空の青色に真っ二つにされたこの景色は、これだけで少し感動ものだ。

 

 「まだ敵は来てないか・・・・」

 

地平線まで見渡せるこの景色の中に、まだ人影と思えるものは見えてこない。

 

 「大丈夫とは言ったけど、やっぱり少し緊張するな」

 

地平線を見つめながら、俺は隣に立っていた愛梨に話しかけた。

 

 「これから戦おうと言うのですから当然です。 私を含めて、緊張していない者などだれもおりませんよ」

 

 「・・・・父さんも、初陣の時はこんな気持ちだったのかな?」

 

 「さぁ、どうでしょうね。 あの方の場合剣の腕は立ちませんでしたから、今の兄上よりももっと緊張されたのではないですか?」

 

 「アハハ。 それは言えてる」

 

父さんには少し悪いと思いながらも、俺と愛梨はクスクスと笑う。

戦いを直前に控えてのリラックスとしては、この上ない。

 

 「けれど父上は、力が無い事を理由に戦場から逃げ出そうとはしませんでした。 私たちが生まれる前も、それから後もずっと・・・・」

 

 「ああ。 そうやって父さんたちは、今のこの国を創ってきたんだ」

 

そうだ。

だからこそ・・・・・

 

 「だからこそ、俺たちが負けるわけにはいかないんだよな」

 

 「もちろんです。 絶対に勝ちましょう、兄上」

 

 「ああ!」

 

そう言いながら、二人で顔を見合わせてもう一度笑った。

 

・・・・その時だった。

 

 「関平様っ! 関興様っ!」

 

 「!?」

 

見張りの兵の一人が、突然声を上げた。

俺と愛梨は、すぐにその視線の先を追う。

 

 「・・・・・来たか」

 

俺たちの視線のはるか先・・・・地平線で区切られた黄土色と青色の景色の真ん中に、うっすらとだが赤い群れが現れた。

その群れは少しずつ大きさを増し、間違いなくこちらに向かっている事を知らせていた。

 

 「あれが、紅蓮隊・・・・・」

 

赤い布を身に付けた、総勢三十万人の進軍。

まるで昼間であるにも関わらず日が登ろうとするかのようなその光景に、俺は少しの間見入ってしまっていた。

 

 「ボーっとしている場合ではありません! すぐに戻って皆に知らせましょう!」

 

 「あ、ああ!」

 

 

――◆――

 

渓谷を一気に駆け抜け、反対側にいる皆のもとに戻った俺たちは、すぐさま敵の姿を確認した事を伝えた。

既に兵の配置は完了していた為、後は全軍に伝令を伝えるだけで良かった。

 

先方である俺と愛梨は隊を引き連れ、渓谷の中腹に陣取った。

そして先ほど見た大群がやって来るのを、固唾を飲んで待ちうける。

 

 「・・・・いよいよだな」

 

気を紛らわすために呟いた言葉は、自分でも驚くぐらい小さかった。

恐らく隣に立つ愛梨にも聞こえなかっただろう。

 

 「・・・・兄上」

 

 「ん?」

 

 「差し出がましいようですが、戦いが始まる前に一つだけ助言をさせていただきます」

 

 「・・・何だい?」

 

 「戦場で敵に情けをかける事は、自分で自分の首に剣を突き付けるのと同じです」

 

 「っ・・・・!」

 

思いがけない愛梨の言葉に、俺はハッとした。

 

・・・愛梨は知ってたんだ。

俺が本当は何に対して迷っているのかを。

 

 「非情な事を言うようですが、それが戦場に立つ者の心構えです」

 

 「・・・ああ。 わかってるよ」

 

少し考えながらも、俺は頷くしかなかった。

正直もう少し考える時間が欲しかったけど、どうやらそんな暇はなさそうだ。

 

“ドドドドドッ!”

 

間もなくして、前方から地鳴りの様な音が聞こえて来た。

それと同時に、少し遠くから砂煙が上がる。

 

 「オオオオオーーーッ!!!」

 

そして聞こえるのは、地鳴りの音にも負けないほどの大勢の人の叫び声。

どうやら、敵もこちらの存在に気付いたらしい。

 

 「ふぅー・・・・」

 

俺は目を閉じて、一度深く息をついた。

そして覚悟を決めて、手にしていた鞘から剣を引き抜く。

 

 「・・・・行こう、愛梨!」

 

 「はい! 皆の者、突撃――――っ!!!」

 

 「オオオオーーーーーーっ!!!!」

 

愛梨の号令に応え、後ろに続く兵士達も一気に前進を開始する。

 

それから間もなくして、紅蓮隊と俺たちは渓谷の真ん中で激しくぶつかった。

瞬間に、鉄のぶつかる音と大勢の怒声が響き渡る。

 

そしてその喧噪は最前線にいた俺だってもちろん例外ではなく、すでに俺は敵軍の只中へと進んでいた。

 

目に入る景色のあちこちで、既に敵味方が入り乱れている。

 

つばぜり合いをしている者。

開戦から僅か数秒で既に敗れ、地に伏せている者。

 

視界のいたるところで鮮やかとさえ言える赤が飛び、それと同じだけ悲鳴が聞こえる。

 

そんな中に居ながらも、俺は案外冷静さを保っていた。

人間は極度に興奮すると感覚がマヒすると言うけれど、それに似た感覚なんだろうか?

 

冷静に辺りを見回し、自分が戦うべき敵兵を探す。

 

 

「っ・・・・・!」

 

前方にいた一人の敵と目が合った。

どうやら向こうも俺の事をターゲットと決めたらしい。

 

剣を振り上げ、俺の方へと向かってくる。

 

・・・・・・・・けど、遅い。

 

間違いなく全力であろう男の一太刀は、俺の目にはスローモーションにすら見える。

改めて、母さんから受け継いだ武神の血とはこれほどまでにすごいのかと実感する。

 

俺は冷静にその一撃を横にかわし、男の剣を弾き飛ばした。

弾かれた剣は、甲高い音を立てて弧を描き、土煙の立ち上る地面へと落下する。

 

武器を失った男は、少し怯えた様子で俺を見る。

今この男の目には、俺はどれほど恐ろしい化け物に映っているのだろうか。

 

けれど、そんなことは俺には関係ない。

あとは俺がこのまま剣を振れば、簡単に勝負は終わる。

 

このまま、剣を振れば・・・・・・

 

 「・・・・・・・・・」

 

・・・振れない。

 

頭上に振り上げた腕が、それ以上動こうとしてくれなかった。

まるで愛梨を攫った野党と戦った時の様な、自分の考えと身体の動きが重ならない感覚。

 

・・・・なんで振れないんだ。

ここで俺がこの男を殺さなきゃ、今度はこいつに味方が殺されるかもしれないのに。

 

それが分かっているのに、俺の身体はどうしようもなく、この男の命を奪う事をためらってしまう。

 

やらなきゃいけなんだ。

ここでやらなきゃ・・・・・・・

 

 「うおぉーーっ!!」

 

 「っ!?」

 

その瞬間、俺の背後から別の敵が向かってきていた。

迷っていたせいで、気付くのが遅れた。

 

しまった、間に合わな―――――――――

 

 「兄上っ!」

 

“ザシュッ!”

 

 「ぐぁ゛っ!?」

 

死を覚悟した俺だったが、次の瞬間倒れたのは襲ってきた敵の方だった。

そしてその隣には、今まさにその男を切った愛梨が立っていた。

 

 

 「兄上、ご無事ですかっ!?」

 

 「愛梨・・・・・」

 

“パンッ!”

 

 「っ・・・・・!?」

 

何が起きたのか分からなかった。

少しの間を空けて頬に感じた痛みのおかげで、どうやら愛梨に頬を叩かれたのだと理解した。

 

 「何をしているのですか兄上っ! 戦場のただなかで呆けているなど、命を捨てるつもりですかっ!?」

 

 「・・・・ごめん」

 

・・・情けない。

言い返す言葉もなく、俺はただ謝ることしかできない。

 

 「とにかく、戦えないのであればここにいさせる訳にはいきません。 兄上は本陣にもどってください!」

 

 「でも・・・・」

 

 「今の兄上では足手まといですっ!!」

 

 「・・・・・っ!」

 

その一言が、俺の心に深く突き刺さった。

 

愛梨がこんな事を言うのは、俺の身を案じてくれているからだと言う事は十分分かっている。

だからこそ・・・・辛い。

 

俺はいったい何をしにここへ来た・・・?

さっきまでの威勢はどこへ行った・・・?

 

父さんは戦う力を持たないまま勇敢に戦場に立ったっていうのに、俺は何だ・・・?

父さんの様な強い男になるんじゃなかったのか・・・?

 

 

―――――― 『これからは俺が、妹たちを守って見せる』 ―――――――――――

 

父さんと母さんの前で誓ったあの言葉は、どこへ行った・・・・・?

 

.

 「とにかく、ここは危険です。 一度私と一緒に本陣へ・・・・・」

 

 「やぁーーーーっ!!!」

 

 「何っ!?」

 

突然、愛梨の背後からまた別の敵が迫ってきた。

さっきの俺ではないが、俺との会話に気を取られていた愛梨は反応しきれていない。

 

 「もらったーーーっ!」

 

 「くっ・・・・・・!」

 

 「愛梨っ!!!」

 

 

 

――――『いいかい、章刀。 強さって言うのはね、大切な人を守れる力の事なんだよ』

 

 

父さん・・・・俺は――――――――――――――

 

 

 “ザシュ!!”

 

 「ぎゃぁっ!?」

 

 「っ!?」

 

 

気が付いたら、身体が勝手に動いていた。

 

さっき剣を振りおろせなかった時とはまるで真逆。

考えるよりも先に俺の身体は動き、愛梨に迫っていた男を切りつけていた。

 

何の迷いもなく・・・・迷う暇さえ無く、斬っていた。

 

 「・・・・・・・」

 

足元には、今斬った男が血を流して倒れている。

・・・どうやら、もう息はない。

 

この男は、俺が斬ったんだ。

剣を握る手にまだ残っている生々しい感触が、その事実を嫌でも俺につきつけてくる。

 

それでも、俺は後悔はしていなかった。

 

 「兄上・・・・・」

 

ただ立ち尽くす俺を、愛梨は心配そうに見ていた。

 

・・・・でも、生きている。

俺がこの男を斬ったから、愛梨はこうして生きている。

 

そう考えれば、後悔の念さえ忘れられる。

決して男の命を奪った事を軽く考えるわけではないけれど。

 

 「・・・ごめん愛梨。 でも、もう大丈夫だから」

 

まだ不安そうな表情の愛梨に、俺は呟くように言った。

さすがに笑顔は作れなかったけれど、その言葉に嘘はない。

 

 「兄上・・・・よろしいのですか?」

 

 「ああ、もう迷わない。 俺も戦うよ」

 

 「わかりました。 では、共に・・・」

 

 「ああ・・・!」

 

愛梨の言葉に頷いて、俺はもう一度剣を握りなおす。

 

・・・もう躊躇わない。

相手に同情する事もしない。

 

たとえ今のこの決断を後悔することがあったとしても、それは今じゃない。

少なくともこの戦いが終わるまでは、今決めた覚悟を貫き通す。

 

仲間を・・・・妹たちを守るために戦って、敵を斬る。

理由で罪を押し殺してでも、今は全力で戦う時だ。

 

生きる事は、殺す事―――――――――――――

でも殺す事は、守る事――――――――――――

 

そんな戦場での当たり前すぎる常識を、俺は今やっと理解したんだ。

 

 

オリジナルキャラクターファイル NO.006

 

 

相変わらず絵のクオリティが低くて申しわけないです (汗

あと一応全体絵もこちらに↓

 


 
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