目をあけると一面の荒野が広がっていた。
目を何度こすってもその風景が変わることはない。
あるのは変わらない、ただ殺風景な荒野のみだ。
「おっかしいなぁ」
周りを見ると警備していた美術館の展示物が散らばっている。
自分の手荷物…と言っても服一式と少しの小銭、それに明日のパンツだけだ。
…と、パンツを拾い上げたときに見たことないメダルがこぼれおちる。
「なんだろ…これ?バイト代かな」
そのメダルには赤い基調にタカのようなレリーフがある。
いつものエスニック柄の服を着ながら状況を整理する。
「たしか…美術館の警備やって…おごってもらったジュース飲んだら眠くなって…」
周りを見ても先輩警備員の姿は見当たらない。
大丈夫かな…いい人たちだったのに。
とりあえずここにいても状況は何も変わる様子はない。
「とりあえず歩いてみるか…」
よく目を凝らすと遠くの方に煙が立ち上っている。
「よ…っと」
岩場を下ってみると自分が寝転がっていたのは小山のうえと言うのがわかる。
「日本にもこんなところがあったんだなぁ」
「あんた、大丈夫だったかい?」
数キロ歩いたところで、行商の人に出くわした。
聞いてみると、今から30分くらい前にこのあたりで流星が落ちてきたらしい。
その割には集まってくる人が少ないのは今が朝だからだろうか。
「あんた、珍しい服着てるね」
そういって、前に中国の資料館みたいなところで見た服を着た人は俺の服をしげしげ見る。
「そうかな…お兄さんの服も結構珍しいと思うんだけど」
「何いっとるんだい…俺の服なんて珍しくもなんともないだろ。待ちに行けばそこらじゅうで買えるような服だよ」
「ふぅん…あ、お兄さんここってどこだか分りますか?」
「あんた、そんなこともしらねェのかよ…
ここは荊州南陽、孫策様の城の近くだよ」
「は?孫策様?孫策…って孫伯符?」
聞きなれない…いや、ある意味耳馴染んだ名前が飛び出す。
「そうだよ。まさか、このあたりの人間で孫策様を知らないなんて言わないよね」
「いやいや、もちろん知ってるけど…ありがとうございます」
孫策…なんて人はもう何千年も前に死んでいる人だ。
『そんな馬鹿な』って思ったけど、目の前の人は少しも嘘をついてる目じゃない。
昔の生活でついたいやな特技だ。
そんな人が生きてるわけが…なんてこれ以上言えるような雰囲気ではなかった。
「じゃあ、あんたも気をつけなよ~」
手を振り行商の人に別れを告げる。
俺の手には桃が三つ。さっきの人にもらった。
「おお。おいしい」
桃をほおばりながら、自分の状況を改めて整理する。
今ここは三国志の時代で場所は荊州南陽。
これだけだ。さっぱりわからない。
近くの石に座って、目をつぶって集中して思想にふける。
「ねぇ、ぼうや?」
突然、思考の海に波が立つ。
目をあけると、中学生ぐらいの女の子が立っていた。
中学生だというのに、あふれ出る色気にはただただ違和感しかない。
普通ならなぜ中学生がこんなところに、と思うかもしれない。
しかし、俺の気を引いたのはその子自体ではなく、その子が『洋服』を着ていたことである。
「ねぇ、ぼうや?」
目の前の少女は、返事がなかったからかもう一度同じセリフを言った。
「キミは?」
「そうね…あなたと同じ世界からやってきた…ってところかしら」
「同じ世界?」
「それより、あなたこれと同じようなもの持ってるでしょう?」
そういって少女が出したのは黄色い一枚のメダル。
メダルには、トラのようなレリーフがある。
「ひょっとしてこれのこと?色は違うけど」
俺はポケットからさっき拾った赤いメダルを取り出す。
「そう、それよ」
少女の顔に笑みがこぼれる。
「坊や、それを渡してちょうだい」
少女が俺の手にあるメダルを取ろうとするが、俺は手を引く。
「待った。このメダルを渡すのは別にいいけど、その前に俺たちの状況を説明してほしい。ついでに、このメダルがなんなのかも」
少女は少々不機嫌そうな顔を作ったのち、納得したのか腕を組んで語り出した。
「…まぁいいわ。あなたも気付いてるでしょうけど、今私たちがいるのは現代じゃなく2000年ほど前。あなたたちの言う『三国志』の世界よ」
「やっぱりか」
「なぜ、こんなことになってるかは私もわからないわ。ただ、今のところ帰る方法がないのも事実」
「帰る方法がない?」
背中にシャツが張り付くのを感じる。
「まぁ、私は帰る必要はないけれど。重要なのは、この世界に私のメダルがそろっているかどうか」
「帰る必要がないって…おかあさんとか心配するよ?」
「そんなもの…私にはいないわ」
「え…」
まずいこときいちゃったかな。少女の顔にも影が差す。
「ごめんね」
「かまわないわ。それよりこのメダルについて知りたがってたわね」
少女は今度は緑色のメダルを取り出す。今度のレリーフはバッタだ。
「うん。何か特別なものなの?」
「ええ。これは私のではないけれど、こっちのメダルは」
そう言って青いメダルを取り出す。
「私そのものと言っても過言じゃないわ」
「とっても大事なものなんだね」
形見か何かだろうか。それを突っ込むほどデリカシーにかけてはいない。
「それと、これには特別な力があって…」
『うわぁぁぁあああああああ!!』
「!?」
彼女の説明に食い気味で男の悲鳴らしきものが聞こえた。
距離はそう離れていない。
脳裏にさっき別れた、桃売りの青年の姿がよぎる。
あわてて少女を振り返るも、少女にあわてた様子は微塵もない。
「ちょうどいいわ。メダルの力を見せてあげる」
少女の案内に従って、悲鳴の方向に急ぐ。
現場に到着すると同時に目に飛び込んできたのは、さっきのお兄さんともう一人…いや、人の形をした何かだった。
「あれは!?」
ひとりごとのつもりだったが、隣の少女はそれに答える。
「あれは、ヤミーよ。人の欲望から生まれた存在。カマキリ…ってことはウヴァね」
「お兄さんを助けないと!」
その言葉と同時に、俺は怪物の前に躍り出ていた。
近くにあった棒を手に怪物に殴りかかるが、効いている様子はまるでない。
「なんだお前は」
怪物は気だるそうに、いとも簡単に俺を吹き飛ばす。
「うわぁぁぁああ!!」
十数メートル飛んだところで、勢いがそがれる。
「ばかね」
上を見るとさっきの女の子が俺を見下ろしていた。
「あの男を助けたい?」
「あたりまえだ!」
「そう。なら、このメダルを使いなさい」
そう言って少女が手渡したのは、2枚のメダル色は黄色と緑だ。
「それは…!」
気付くといつの間にか怪物がこちらを注視していた。
「ぼうや、これも」
少女はさらに、俺の腰に何かをあてがう。
次の瞬間、それから何かが飛び出し、あれの腰に巻きつく。
「これは…ベルト?」
「ぼうや、メダルをここに」
少女はベルトにあいている三つの穴を指さす。
「やめろ…!それは、危険だ!」
怪物が明らかに狼狽している。
「それを使うと死ぬぞ!」
「え?」
彼女を見てもうろたえる様子は微塵もない。
「ぼうや。あの男を助けたいんでしょう?だったらためらってる暇はないわ。それに、あなたに適性があればあなたは死なず、さらなる力を手にすることができる」
「…だったら、やるしかないよな」
そう言って俺は三枚のメダルをベルトに装填する。
「なぜそこまでする。あいつとおまえは、赤の他人だろう!?」
「他人じゃない。あのお兄さんとは…朝からの長い付き合いだから」
「これを使いなさい」
そう言って少女がとりだしたのは右腰に付いていた丸い物体。
「俺の名前は火野映司…キミは?」
「そうね…メズールとでも呼びなさい」
「メズールね…これからよろしく」
「ふふ…そんなことは、あいつを倒してからにしなさい。ぼうや、変身よ」
「はは、ぼうや…か。まぁ、いいや」
俺は一歩前に出る。
「楽して助かる命がないのは…どこも一緒だな!」
「変身!!」
『タカ!トラ!バッタ!タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!』
光が消えるとともに俺の体にある違和感に気付く。
ふと、手を見てみると、黄色い装甲が、足には緑の装甲がまとわりついている。
それと、なにより。
「力が、内から出てくる!!」
その力に頼って、俺はヤミーを殴りつける。
「ぐっ!!」
打撃を受けたヤミーの様子がさっきと明らかに違う。
効いてる!!
何度もパンチを浴びせているうちに、手に力がたまっているのがわかる。
意識を集中させた瞬間、手の大きな爪のようなものが飛び出す。
「おおおおぉぉぉっ!!」
その勢いのままヤミーに斬りかかる。
「ぅぐあああっぁぁ!!」
爪の形についた傷からはチャリンチャリンと何かがこぼれおちている。
「メダル…?」
さっきのメダルとは明らかに違う。
しかし、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
今度は足に力がたまっているのに気づく。
また力を集中させると、今度は大きく跳びはね、蹴りの連打を浴びせる。
「くそ!」
ヤミーは着地した一瞬のすきを見逃さずに、攻撃してきた。
「ぐぅ!!」
攻撃された胴体から力が逃げていくのを感じる。
「ぼうや!真ん中のメダルをこれに変えなさい!!」
そう言ってメズールは黄緑色のメダルを渡す。
さっきと同様にメダルを入れ替えスキャンする。
『タカ!カマキリ!バッタ!』
姿が変わると同時に手からは鎌が出てくる。
斬りかかってきたヤミーをいなし、そのまま反撃する。
「はぁ…はぁ…くそ」
もうヤミーは息も切れ切れで、限界が近づいているのが見て取れる。
「ぼうや!決めなさい!」
「どうすればいい!?」
「もう一度メダルをスキャンするのよ!」
「分かった!!」
言われるがままにもう一度メダルをスキャンする。
『スキャニングチャージ!!』
さっきとは比べ物にならない力が体内を駆け巡るのを感じる。
「せいやぁぁ!!」
その全ての力をぶつけるようにヤミーの体を切り裂く。
「ぐっ…うわぁぁぁああ!!」
一瞬の空白の後、爆散するヤミー。その体から無数の銀色のメダルが飛び出した。
「なんなんだ…これ」
俺は無数の宙を舞っている銀色のメダルのうち、一枚をキャッチする。
さっきのメダルとほとんど変わらない、変わっているのはメダルの色が銀色で統一されていることぐらいだろうか。
「それはセルメダル…あのヤミー…そしてわたしたちの体を構成するものよ」
メズールは近づくと同時に銀色のメダルを数枚手に取る。
次の瞬間、そのメダルはメズールの中に消えてしまった。
「メズール…やっぱりキミは…」
「おめでとう。ぼうやには適性があったみたいね」
「適性?」
「大きな欲望の器よ」
「…もしなかったらどうなってたんだ?」
「まぁ、暴走するわ。私たちは封印され、ぼうやは死んでたでしょうね」
「……ま、いっか。お兄さん助けられたし」
お兄さんの方に目を見やると、胸がかすかに動いているのが見える。
どうやら、気絶しているだけのようだ。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「これから、あんな怪物は現れるの?」
「絶対…とは言い切れないけど、まず間違いなく出ると考えてもいいわね」
拳に思わず力が入るのを感じる。
「キミは…仲間と思っていいのか?」
「仲間…協力はしてあげる」
「そっか、ならいいや。キミとはできるだけ戦いたくなかったしね」
「あら?ここで戦闘があったみたいらしいんだけど、あなたたち何か知ってる?」
そう言って現れたのは、とても美しい女性。
やわらかそうな桃色の髪に、桜の花のような髪留めでうしろを結えている。
赤が基調の大きく胸元の露出した服を着て、腰には剣を携えている。
「ああ、お兄さんが盗賊に襲われていたんで、助けたんです。盗賊はどっか行っちゃいましたけど…」
「ふぅん…それにしても、あなたたち変な恰好してるわね」
「え?いや…」
やたらめったら未来から来たなど言っていいものか悩んでいると。
「策殿。あまりおいぼれをいじめんでくれ」
うしろから妙れ…ゲフンゲフン。
大人の女性がうしろから現れた。
「ごめんごめん、祭。いてもたってもいられなくてね~」
うしろの女性に言い訳している『策殿』と呼ばれた女性…『策殿』?
「あ、あの~」
「なに?」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そう聞くと『策殿』は少し眉をひそめ
「名前を名乗るんなら自分から…じゃない?」
「ああ、すいません。俺の名前は火野映司です」
「ひのえいじ?変な名前ね。それホントに本名?」
「ええ…なにか…」
『おかしいですか?』と口に出しそうになったところで思いとどまる。
「まぁ、いいわ。私の名前は孫策。字は伯符よ。すぐそこの南陽の主よ」
やっぱり…か。
「とりあえず南陽に来てくれる?話聞きたいし」
どうやら、俺は本当に三国志の世界に来てしまったらしい。
「はい。構いませんよ。行こう、メズール」
しかも、どういうわけか、目の前にいる孫策は女で。
ともあれ、本当ならこの人はとんでもない偉人だ。
だったら、とりあえずこの人に事情を説明して、アドバイスをもらおう。
もしあやしくて殺されそうになったら…その時はその時だ。
なんとなく想像の中では形にできたので、書いてみました。
ところどころメズールの口調が怪しいですが、その辺は脳内補完するなり、ここはこのほうがいいんじゃないかなとコメントするなりしてください。
今回は(別に他の書くつもりもありませんが)、パートナー・メズールの所属・呉です。
なぜ、メズールがメダルとベルトを持ってるかっていうのは、今後描写するかもしれないし、しないかもしれないです。
というより、大した理由でもないので、意外とさらっと出るかと。
では、次はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちくださると助かります。
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例のオーズとのクロスです。
一応これを決定稿とはしますが、描写的に無理がありそうな場所がありましたら、その都度修正していきたいと思います。