No.375048 そらのわすれもの 外伝2 それでも付き従うということ2012-02-08 23:24:32 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:2018 閲覧ユーザー数:1793 |
そらのわすれもの 外伝2 それでも付き従うということ
12月18日 夕方
クリスマスを1週間後に控えた日曜日の夕方。
「イカロスはどうして俺にこんなにも良く尽くしてくれるんだ?」
学校の屋上に呼び出されたイカロスを待っていたのは智樹からの唐突な質問だった。
「……マスターが私のマスターだからです」
何故今更そんなことを聞くのだろうとイカロスは首を捻った。
「……エンジェロイドの存在意義はマスターの命令を遂行することにあります。だから、です」
それは今まで智樹と数百編に渡って繰り返したやり取り。
そして決まってイカロスのこの回答を智樹は納得しない。
「でもさあ、ニンフやアストレアは違うじゃねえか」
「……あの2人には今正式にはマスターがいませんから」
マスターがいなければ、エンジェロイドは誰かの命令を受ける義務はない。
しかしそれは自らの存在意義を否定することと同義。
エンジェロイドとしての本分を忠実にこなそうとするイカロスにとって2人の行動にはよくわからない点がある。
強いて言うなら極めて不安定な環境の中に身を置くことを楽しんでいるようにも見える。
ニンフはマスターがいないことをよく悩む。が、それでも切羽詰ってはいない。智樹がマスターになってくれそうな機会を逃せば何ヶ月でも待っている。
アストレアも心の中でマスターを智樹と決めてはいるようだけど、それを口に出すことさえない。
そして2人はマスターなしで好き勝手に動き回っている。主に食べ散らかしながら本当に自由に動き回っている。
イカロスだったらマスターがいなければそんな風に動きはしない。マスターだった人物の最後の命令を遂行しようとするか、人が訪れない所でジッとして何年でも何十年でも新しいマスターを待ち続ける。それが彼女の普通。イカロスは目に見える鳥篭がある方が安心する。束縛されていることに安堵感をおぼえる。
だからやっぱりイカロスは自分の感覚がニンフたちとは異なると感じざるを得ない。それを表情に出すことも言葉に出すこともないけれど。
「けどよ、ニンフもアストレアも最後の方は自分からあのシナプスのマスターと縁を切ろうとしていたよな。アストレアなんか自分で鎖を切っちゃったし」
「……そ、それは」
イカロスは返答に躊躇する。
ニンフとアストレアの行動。
それはイカロスにとってどう解釈するべきなのか判断が難しい問題だった。
ニンフとアストレアの行動自体はイカロスにとって望ましいものであった。
彼女たちがイカロスのマスターの元で望まぬ命令に従事する姿をイカロスはこれ以上見たくはなかった。
イカロスはニンフやアストレアを大切な友人として見た場合、その判断は間違っていないと胸を張って言えた。
けれど、ニンフたちがエンジェロイドであるという条件を付け加えると途端に話がややこしくなる。
エンジェロイドにとってマスターの命令は絶対。マスターの命令に逆らうエンジェロイドは存在する意義がない。いや、存在していてはならない。それはタブーに抵触する。
だからマスターを裏切って智樹側へと寝返ったニンフとアストレアはエンジェロイドとしては許されざる者たちだった。
好ましくあり、許されざる者でもあるニンフとアストレア。
その為にイカロスはこの件に関しては判断を保留するようになっていた。
ニンフたちが何者なのか深く考えないことでイカロスはこの問題に対処している。
言い換えればニンフたちがエンジェロイドであることを強く意識しない限り矛盾を胸の奥に閉じ込めて忘れていることが出来る。
それがイカロスなりの処世術だった。
けれど、智樹とのやり取りはイカロスが普段考えないようにしている奥の深い問題を直撃してくる。
「……ですから、それは」
幾ら悩んでも答えは出て来ない。
ニンフたちの行動を評価すれば、マスターの為に忠実である自分のエンジェロイドとしてのアイデンティティを傷付ける。
ニンフたちの行動を否定すれば、イカロスの良心と彼女たちに幸せになって欲しいという自分の願望を否定することにもなる。
八方塞だった。
「……何故、そのようなご質問を?」
イカロスは無表情だったが、ほんの少しだけ拗ねたようにして智樹に尋ね返した。
智樹の問答を少しだけ意地悪と感じた。
「そうだな。その理由を述べないとフェアじゃないよな」
智樹は夕暮れの大空を見上げながら軽く息を吐き出した。
「俺はイカロスの意志をもう一度きちんと確認しておかないといけないからだ」
イカロスの方を向き直した智樹はいつになく真剣な表情だった。
「……そ、それは一体どういうことでしょうか?」
イカロスは胸の動力炉が大きくざわつくのを感じた。
電子頭脳に急激に負荷が掛かっていく。
今の智樹とのやり取りを全てデリートしてしまい衝動に駆られた。
実際、脳の電算システムはイカロスの行動に支障をきたしかねない智樹との今の会話を記憶から削除するように訴えている。
だが、イカロスはそれをしてはいけないと思った。
智樹とのこの会話が、どんなに自分にとって負担を掛けるものであっても、決して忘れてはならない。軽んじてはならない。
それを強く意識していた。
「俺はこれからクリスマスに向けて決して許されない極悪人になる。それでも付いて来てくれるのかイカロスの意志をきちんと確かめたいと思ってな」
夕日を背中に浴びながら少し辛そうに微笑む智樹。
その表情はイカロスの脳内回路を焼き切ってしまいそうなほどに激しく負荷を掛けたのだった。
「……マスターが極悪人に?」
極悪人と聞いてイカロスの脳裏に浮かんだもの。
それはかつての自分とその主シナプスのマスターの姿だった。
かつてのマスターであるシナプスのマスターは極悪人と呼ぶに相応しい人物だった。
退屈だという理由だけで何度も何度も地上の文明を滅ぼして来た。そしてその実行役を担っていたのがイカロスだった。
イカロスの手は余りにも多くの人間の血に塗れていた。それは許されざる所業だった。
だが、シナプスのマスターは自身を極悪人だとは決して考えていない。
何故なら人間を地上の蟲(ダウナー)と呼んでいる彼にとって、人間はシナプスの住民と対等な生物では決してありはしないのだから。
文字通り蟲を駆除するぐらいの感覚でしかない。だからそこに罪悪感など抱いてはいない。
そしてまた、人間の虐殺を繰り返し行ったイカロスも同様だった。
イカロスは人間を根絶やしにする為に何度出撃しても何ら心を痛めることはなかった。人間という存在を深く考えたことがなかった。
イカロスが人間の命と心に深く関心を持つようになったのは地上に降りて智樹と出会ってからのことだった。
だがそれは同時にイカロスを深く苦しめるようになった。
自分のして来たことの罪の重さを考えると頭がおかしくなってしまいそうだった。
智樹の言葉に救われてはいるが、だからといって過去に自分のしたことがなくなる訳ではない。常に後悔が電子回路の片隅をよぎっている。それは事ある毎に表層に現れる。
イカロスが人間や動物の命に極端に重きを置くようになったのは過去からの反動であるとも言えた。
そしてイカロスは決して口には出さないが、ニンフやアストレアを羨ましく思っているのがこの点だった。
電子戦用に製造されながら人間の科学技術が及ばず結局一度も出撃機会がなかったニンフ。人間がどれほどの時を経てもシナプスに辿り着けない為に迎撃の機会がなかったアストレア。
エンジェロイドの本分を果たせなかった為に綺麗な手と心をしている2人がイカロスには羨ましかった。
けれどそんな羨ましさも智樹と共に平和な時を過ごしている内に薄らいでいっていた。
イカロスが最近になってようやく得た心の平穏。だが、その平穏が今まさに崩れようとしていた。
智樹の『極悪人』宣言によって。
「そうだ。俺は極悪人になる」
智樹はイカロスの言葉を肯定した。
「…………っ」
あまりにも真っ直ぐに言い切られてしまいイカロスは何も言えない。
「イカロスはエンジェロイドの本分はマスターの命令を遂行することだと言ったよな?」
「……はい」
今度は何とか返答した。
「それはマスターが極悪人の場合でも適用されるのか?」
「……えっ?」
イカロスは驚いた。
「シナプスのあの野郎の自己認識は知らないが、俺は悪党になるという自覚がある。そう宣言してもまだエンジェロイドはマスターに従わないといけないのか?」
智樹は顔をしかめながら聞いて来る。
「……エンジェロイドの命令の遂行に事の善悪は関係ありません」
イカロスはエンジェロイドのルールを参照にしながら答えた。
「でもよ。イカロスには心があるだろ? 善悪を判断する心が」
「……はい」
イカロスの感情回路はニンフやアストレアほど発達はしていない。表情が上手く作れないのも顔の筋肉が動かないのではなく、感情の起伏に乏しいから。
けれど、何が大事で何が大事ではないか。何が善くて何が悪いのか。そういったことを感じ、判断する力は十分に備わっている。
その善悪の判断に従ってこれまでシナプスからの刺客たちと戦い、悩み、大切な人を増やして来た。
だから智樹の言葉は間違っていなかった。今のイカロスには善悪を判断する十分な心がある。
「じゃあさ、マスターのご命令ってヤツが、イカロスの善の心にはどうしても受け入れられないものだったらどうするんだ? お前はどちらを優先するんだ?」
イカロスは知らなかったが、それは智樹がカオスとの交戦時にアストレアに問い掛けた質問と似ていた。
イカロスの意志を確かめていた。
「……ですから、それは……」
イカロスは返答に困った。
全くもって意地悪な質問だった。
だが、これが単なる意地悪でないことはイカロスにも十分にわかっていた。
智樹の様子が数日前からおかしいのは知っていた。特に昨日今日と智樹の様子は普段と違い過ぎていた。
その理由にイカロスは心当たりがあった。いや、イカロスだけではない。ニンフもそはらも智樹の豹変の理由に気付いてはいた。
だが、それを認めたくなかった。クリスマスにはみんなでパーティーをしようと言った智樹の言葉を信じたかった。
けれど智樹のこの問答は、少年が昨日イカロスたちに提案した言葉とは真逆の方向に動いているものを示すものだった。
即ちフラレテル・ビーイングに加わっての一斉蜂起への参加。
だからこそこの質問は危険だった。
返答を間違えば智樹は二度と自分の手の届かない所に行ってしまう。
それがありありと予測できた。
でも一方でどう答えれば正解なのかまるでわからない。
「……マスターのご質問はエンジェロイドの裁量を超えるものであると推定いたします。どうしても回答をお望みの場合にはシナプス評議会に伺いを立てないといけません」
実際、イカロスの処理能力は限界を迎えようとしていた。二律背反した問い掛けに答えなど出る筈がない。エンジェロイドとしては……。
「……ですが」
イカロスは智樹の顔を見た。
「……もしも許されるのであれば、エンジェロイドではない私というものを仮定した場合、私はマスターとずっといたいと考えます。善悪もエンジェロイドも関係なく私は貴方と共にいたいです」
述べ終えてからイカロスは自分の言葉に驚いた。
自分の中の優先順位がそうなっていたことを改めて知った思いだった。
結局、自分の一番は智樹なのだと。
智樹の願いだからどんなことであろうと叶えたい。エンジェロイドのマスターだからでなく、彼女が最も深い絆を有する少年の望みを叶えたい。
「……私はマスターの願いならどんなことでも叶えます。貴方の、望みなら何でも。例え、再び世界の全てを敵に回してでも」
それが、イカロスの最優先事項だった。
「そうか……」
智樹は再び空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
ゆっくりと吐き出してからイカロスを再び見る。
「イカロスに頼み……いや、命令がある」
イカロスは胸の動力炉が大きく跳ね上がったことを自覚した。
智樹は命令という単語を使うことを非常に嫌がっている。命令という単語がエンジェロイドを束縛するものであることを知っているから。
その智樹が命令という単語をわざわざ使った。
それが大事でない筈がなかった。
「……はいっ」
片膝をついて恭しく礼を取る。
何を言われるのか、緊張しながら智樹の言葉を待つ。
そして、発せられた言葉。
「今から1週間だけ俺の忠実なエンジェロイドとして俺の命令に必ず従って欲しい」
それはイカロスにとってあまりにも予想外の言葉だった。
「今から1週間だけ俺のエンジェロイドとして俺の命令に必ず従って欲しい」
智樹の命令の内容を聞いてイカロスの頭の中には様々な疑問が生じた。
「……イエス。マイ・マスター」
返事をしながらもイカロスの疑問は消えない。
むしろ、智樹の命令内容を整理しようとすればするほど理解不能に陥っていく。
自分は普段から智樹のエンジェロイドではないのか?
智樹の命に背いたことはない筈。何故そんな念を押すのか?
だが、最大の疑問はやはり最初の部分だった。
何故、1週間だけなのか?
1週間後に何がある?
何故、クリスマスの期間まで自分の命令に従うようにわざわざ言うのか。
イカロスは智樹の真意を測りかねていた。
「エンジェロイドのお前はただ悪いマスターに操られていただけ。それが俺からの答えだ」
智樹はイカロスを見ながら目に力を込めて述べた。
「イカロスはこれから1週間の間、俺の行動に対してただエンジェロイドとしての責務を果たしてくれればそれで良い。何も考える必要はない」
段々と、智樹が何を言いたいのかわかってきた。
「イカロスは何も悪くない。悪いのは全部マスターであるこの俺だ」
智樹はイカロスに罪はないという。
それは言い直せば罪をかぶろうという行為。
更に言えば、イカロスにこれから悪事を働かせようという意思表示でもあった。
時期的に見て智樹が働こうとしている悪事の正体は明白。
「……マスター。私は……」
イカロスの電子頭脳は再び葛藤を繰り広げる。
マスターに対してどう告げるべきかと。
ニンフやアストレアであれば、智樹がこれから行おうとする行動自体を止めるように進言するに違いなかった。場合によっては力づくでも止めようとするかもしれない。
ニンフたちはそういう存在だった。
彼女たちも智樹のことを愛している。だけれども、その行動の全てを支持している訳ではない。場合によっては対立もするし、妨害もしてくる。
それが彼女たちなりの智樹との付き合い方だった。
それに比べて自分はどうか?
何故自分だけが智樹にこの場所に呼び出されたのか?
その答えは一つしかない。
智樹はイカロスがどんな悪事であれ賛同してくれると信じているから。イカロスは善悪の判断を超えて自分に付き従ってくれると信じているから。
智樹は結局、自分という存在をニンフやアストレアとは違うものとして規定している。
それは一方で信頼の証であり、一方で便利に利用していることも意味している。
では、自分の意志はどうなるのか?
結局、答えはそこに行き着いてしまう。
智樹の求めに応じるのか応じないのか。
応じたいのか応じたくないのか。
大事なのは自分の意志。そして決断。
イカロスは既に自分の意志を明らかにしている。
即ち智樹と共にありたい。
後はそれを押し通す覚悟があるのかどうかだけ。
イカロスが智樹と共にあることを選べば、それは彼女が今まで地上で得たものを全て失うことになる。
ニンフやアストレア、そはらや守形といった大切な人々が敵に回ることを意味する。
そして恐らくはこの戦いで智樹自身も……。
智樹を選べばその先に待っているのは全てを失うという孤独だけ。
それはわかっている。
でも、それでもイカロスはたった独りで無謀な戦いを始めようとする智樹を放ってはおけなかった。
今自分がそっぽを向いてしまえば大好きなこの少年はどうなってしまうのかわからない。
イカロスには智樹を放っておくことなど出来る筈がなかった。
だから、選んだ。
この先に破滅しか待っていないことを道を。
自らの意志で、彼女はそれを選んだ。
「……私の幸せはマスターと共にあることです。如何なるご命令でも遂行してご覧にいれます、マイ・マスター」
片膝を突いて深く深く智樹に礼をする。
それは智樹の今後のことを考えるのなら明らかに誤った決断だった。
でも、そんな間違った決断をしたのにも関わらずイカロスは幸せを感じていた。
今この瞬間だけは自分が智樹の一番側にいるのだと。
それが、この上ない幸せを彼女にもたらしていた。
イカロスは自分をとても弱い存在だと自覚した。
けれど、その弱さがとても幸せだった。
「早速だがイカロスに命令がある」
「……はい」
智樹に命令されることに幸せを覚える。
それはまさに夢心地だった。エンジェロイドにとってのタブーの感覚。
そして、夢はいつか覚めるもの。
イカロスが夢に浸っていられる時間は余りにも短いことが最初から決まっていた。
「ウラヌス・システムをこれから1週間、現界し続けてくれないか? 出来れば最初の内はニンフに見つからないようにこっそりと」
智樹の一言一言は夢の終わりが近付いていることを示している。
そう、これは1週間限定の夢。
「……完全に隠し通すことは難しいと思いますが、可能な限りステルス機能を最大に発動させてやってみます」
イカロスは空美町から遠く離れた荒れ模様の海上にウラヌス・システムを現界させた。
「……現界、完了しました」
何故わざわざ今ウラヌス・システムを現界させるのかは聞かない。それはマスターが考えるべきこと。マスターに忠実なエンジェロイドである自分は疑問を挟まなくて良い。
「そうか。ご苦労だったな」
智樹はイカロスの頭に手を置いた。
「何度も言うぞ。イカロス、お前は何も悪くない」
智樹はイカロスの頭を優しく撫でた。
それは智樹からイカロスへの愛情と贖罪の言葉。
でもイカロスはその言葉が嘘であることを知っている。
智樹と自分は共犯。それはイカロスが全て自分で選んだ道なのだから。
智樹に優しい嘘を重ねられるほどに罪の意識が高まっていく。
でも、それが幸せだった。
智樹と同じものを共有できる。
それが、イカロスにとっては何よりも幸せだった。
だからこそ思う。
自分は罰を受けなければならないと。
「24日になるまでは今までと同じ生活を続けていてくれ。俺が企んでいることをニンフやそはらにバレないように」
「……はい」
運命の日は12月24日。
イカロスとニンフの誕生日の前日。
イカロスは密かに決意する。
「……マスターは何も悪くありません。全ては実行犯である私の咎です」
24日まで智樹の従順なエンジェロイドであろうと。
そして25日になったら智樹との関係を変えようと。
智樹の罪を全てかぶろうと。
そうすれば智樹は今まで通りの生活を送ることがきっと出来るはず。
「うん? 何か言ったか?」
「……いいえ。何も言っておりません」
イカロスはゆっくりと立ち上がる。
イカロスが抱いた夢を実現する為にどうしても必要な条件を頭の中で整理してみる。
あまりにも単純明快な答えが出て来る。
それは即ち、24日を智樹が生き延びること。
それが唯一にして絶対の条件だった。
次にそれを達成する為にはどんな条件が必要になるのか再度検討してみる。
結果はすぐに出る。即ち、ニンフたちとの戦闘に勝利すること。
次に彼我の戦力比を測ってみる。
こちらにはウラヌス・システムがある。最強と呼び名の高いエンジェロイドである自分がいる。
だが、それだけで戦力は十分とは言えなかった。
ウラヌス・システムをたった1人の力で破壊してしまえる力を持った第二世代型エンジェロイドカオスの存在がネックだった。
カオスを前もって抑えておかない限り、更に電子戦用エンジェロイド2名、近接戦用エンジェロイド1名を相手にすることは空の女王といえども容易なことではなかった。
カオスにどう対処するか。それが智樹を生き残らせる為に重要な変数となるのは間違いなかった。
イカロスは考える。カオスの顔を思い浮かべながら。
愛を求めて彷徨っていた悲しきエンジェロイドの顔をイメージしながら。と、そんなカオスが満面の笑みを見せている対象を思い出す。
智樹だった。
そこまで考えて、イカロスは自分の頭のジグソーパズルが埋まったことを悟った。
「……マスターに進言したいことがあります」
「何だ?」
智樹が困ったような瞳を向ける。
越権行為かもしれないと頭を不安がよぎる。けれど、イカロスは述べることにした。智樹の生存確率を少しでも引き上げる為に。
「……カオスを仲間に引き入れてはいかがでしょうか?」
「あのちみっ子をか? う~ん」
智樹は明らかに困った表情を浮かべた。
それはイカロスの進言を快く思っていない証拠。
けれど、智樹はイカロスに対して演じている自分を突き通す道を選んだ。
即ち、24日に極悪人として振舞い切る自分を。
「そうだな。戦力が増えるのは良いことだ。今度公園にでも立ち寄って仲間に引き入れてみるか」
智樹は悪人のフリをしながらニヤリと笑ってみせた。
「……ありがとうございます」
イカロスは深々と頭を下げる。
とうとうカオスまで巻き込むことになってしまった。
巻き込んだのは自分。
この屋上には嘘吐きの悪人が2人いる。
嘘を吐くのは心が苦しい。
なのにその嘘が心地良い。
堕ちていくほどに智樹と繋がっている快楽を得てしまう。
最低で最悪な自分。
けれど、そんな自分でも智樹にだけは長生きして欲しいという本当を持っている。
「……クリスマス・イヴは絶対に生き抜きましょう。私がマスターをお守り致します」
嘘だらけの自分が持っているたった1つの本当を決意にして智樹に贈る。
「そうだな。2人で生き残ろうな」
智樹はイカロスを見ながら優しく微笑んだ。
とても優しい嘘。
その嘘を、自分の本当で本当に替えてしまおう。
それがイカロスの夢。
それが智樹にそれでも付き従うということだった。
「ごめんな、イカロス」
淡い夢を抱く少女を見ながら少年はそっと謝罪の言葉を口にした。
了
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