「はい、ルセリナ」
起き抜けに唐突にそう言われ、目の前に豪華な花束が差し出された。
思わず受け取ってしまってから、はてと首を傾げる。
普段家に飾る花なのかと思ったが、それにしては華やか過ぎる。それに、花束はご丁寧にもリボンとレースで鮮やかに飾り付けられており、いつものように彼が家へ持って帰ってきてくれるものとは明らかに意図が違う気がしたのだ。
「アスフェリートさま? これは……」
どうしてもわからなくて大仰に首を傾げると、アスフェリートはその意外な反応に明らかに気落ちした様子で、がっくり肩を落としている。
「あの、ありがとうございま……す?」
贈られたのは素直に嬉しい。彼女の好きな花ばかりで構成されているそれは、疲れた心を癒してくれる十分な力を持っている。
それに、ふわふわと花束を彩るリボンとレースも、取っておきたいくらいにかわいらしかった。ものの善し悪しの判断は自信がなかったが、これも相当良い品を使っているにちがいない。リボンとレースをさりげなく留めてあるのも、服を飾ってもおかしくない上等な貴石のピンだ。彼女が喜んでくれるだろうと、彼がいろいろと心を砕いてくれたことが、そんなところからもわかる。
「……どうしてそこで疑問形になるのかな、ルセリナ」
「ええと、その」
正直に言っていいものか、彼をさらに落ち込ませる羽目になるのではと困り果て、口ごもると、盛大なため息が彼女に向けられる。
「ルセリナ。――今日は何の日?」
アスフェリートはとうとう観念したらしく、ため息を隠さず彼女に尋ねた。
「今日……ですか?」
何か祝いごとでもあっただろうか、それとも個人的なことだったかとしばし頭をひねり、それでも考えの浮かんでこなかった彼女は、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
何がしかのお祝いを彼はしてくれたつもりなのだろう。いくら忙しかったとはいえ、忘れてしまった自分が情けない。
「ぼくやみんなのは忘れないくせにどうして自分のだけ忘れるかな、きみは。――お誕生日おめでとう、ルセリナ」
「……あっ」
ため息交じりの祝いの言葉に、ようやくルセリナも気がついた。
二十五を越したあたりから自分の誕生日と歳を意図的に忘れるようにしてきた。ただ今までは、身近な誰彼に当日それとなく匂わされて、忘れていたことをごまかして来られたに過ぎない。
しかし、今回ばかりは事情が違った。
まさか『おはよう』の挨拶そっちのけで不意打ちがくるとは思わなかったのだ。
「その分だと本気で忘れてたね。……本当にもう」
きっと彼は、起き抜けに贈り物をして彼女を驚かせたかったに違いない。寝乱れた髪をかき回し、『がんばって隠し通したのに』とぶつぶつ言っている。
ひたすら申し訳ない気持ちになって、ルセリナはそっとアスフェリートの腕に触れた。
「アスフェリートさま」
こちらの動きに気づいて、彼女の方を向いたアスフェリートは少年のように拗ねている。その顔に手を差し伸べ、そっと額と額をあわせるように近づけて微笑んでみた。
「ありがとうございます。あなたがお祝いしてくれて、本当に嬉しいです」
「……本当に?」
「ええ」
甘えるように額を擦り付けてくる彼に向かって頷く。
どうやら機嫌を直してくれつつあるようだ。ほっとして、改めて贈られた花束の美しさを眺めていると、名を呼ばれた。
「きみが生まれてくれて嬉しい。ぼくと出会って、一緒に生きるって決めてくれて嬉しい。生まれてきてくれてありがとう」
そしていきなり抱きすくめられ、もう一度『お誕生日おめでとう』とささやかれた。
その言葉が何よりの贈り物だと、泣き出したくなりそうな嬉しさの中でルセリナは思った。
fin.(初公開:2008/6/21)
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以前、サイトのブログにて公開していたSSです。本編終了後15年以上のち、騎士長閣下とルセリナのあるひととき。