No.371806

外史異聞譚~外幕・劉備ノ壱~

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2012-02-02 13:08:45 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2631   閲覧ユーザー数:1547

≪青州・平原/世界視点≫

 

蛇足ながら、一般には冀州とも言われている平原郡であるが、それは正史にあって曹孟徳が支配地域確立の為にそうなったのであり、この外史ではいまだ青州に属している点を最初に述べておこう

 

まず、この時期の平原はようやく民心が安定を見せはじめたばかりの地域である

 

特に河北袁家の失脚とそれに付随する一連の事柄は、政治的安定からは程遠い状況と言える平原の地に少なからぬ打撃を与えた

 

平原とその隣にある鄴、平原の上に位置する南皮は袁家の影響が濃く、貴族主義とはいっても安定した統治を行なっていた今は亡き袁本初に恭順の姿勢を見せる民衆も少なからず存在する点も無視できない

 

黄河に隣接するため、治水に重きを置かねば肥沃と言える大地に手を出す事も難しい地域であり、その徳を慕って参集する民衆は多かれど、まだまだ統治には課題が山積していたと言える

 

つまり、他の有力諸侯に比して、劉玄徳は一歩も二歩も遅れた状態である、という事だ

 

資金糧食共に厳しく、治安も決して他の有力者に比していいとは言えない

いや、言を飾るのは止すとしよう

その点にあっては他の諸侯豪族と大差はないと言っていい

 

今の平原にあるのは未来への夢と希望だけ

 

そう言い切ってしまえる程、凡ゆるものが足りていないのが現実なのだ

 

それすらも存在しない地に住む民衆や流民達にとっては、それが羨ましくて仕方がないところと言えるだろうが…

 

 

このような中にあって、劉玄徳が義妹である関雲長を漢中に残し帰還した事は、民衆に大きな驚愕を与えた

その理由がいまや民衆に絶大な支持を誇る天譴軍と涼州との仲介を目的としたものだという事実は、大多数の民衆には理解の及ばぬものであっただろう

 

まだしも幸運と言えるのは、この地域の黄巾党の討伐の主役が袁本初であった事であり、もしこれが天譴軍が活躍した地域であったなら、その時点で彼女の命脈は尽きていたかも知れない

 

 

このような苦境に立ちながらも、劉玄徳は民衆に対して堂々と高らかに謳いあげる

 

“この平原に翻る劉旗に集った皆と共に歩むように、涼州とも共に歩みたい”

 

その表情に翳りはなく、その瞳は慈愛に満ち溢れていた、と民衆は語る

 

そして知るのだ

 

劉玄徳は辺境の蛮族に対してもその仁徳を忘れる事はなく、いつか必ず自分達を豊かで安定した平和な世界へと導いてくれるのだ、と

 

彼女を信じ支え続けているからこそ、かの武神は漢中に留まったのだ、と

 

 

こうして官民一体となり、漢中より齎された様々な知識を駆使し、その第一歩を歩み始めようとした劉玄徳の下にふたつの書状が届けられる

 

ひとつは洛陽よりの勅

 

ひとつは天譴軍よりの要請

 

このふたつの書状が、劉玄徳とそれを慕う者達を乱世へと誘う招待状となる事を、今はただ、外史だけが知っている

≪青州・平原/諸葛孔明視点≫

 

私達は今、洛陽と漢中から届けられたふたつの書状を前にしています

 

この内容ははっきりしていて、涼州との橋渡しを私達に任せるための条件が書いてあります

 

緊張と共にそれを見詰める私達の前で、桃香さまはそのうちの片方をゆっくりと紐解きました

漢室の印綬がある事から、それが陛下の勅である事が判ります

 

桃香さまはそれにゆっくりと目を通し、そしてもう一度最初から目を通し直してから、それを私達の前に広げて見せてくれました

 

「洛陽っていうか、陛下と相国さんは私達のお願いを一応は聞いてくれたよ……」

 

悲痛に顔を歪めながらそう語る桃香さまに視線で断りを入れてから、私達も書状に目を通します

 

…っ!!

こ、これは……

 

「これは……

 なんとも厳しい内容ですな…」

 

「………無理じゃない、確かに無理じゃないけど…」

 

桃香さまのお顔の理由が解って、私達も絶句します

唯一、鈴々ちゃんだけは書状に目を通す事もなく、つまらなそうに座っています

 

これは、鈴々ちゃんがおばかさんだとか興味がない、という事ではなく、鈴々ちゃんの言葉を借りるとなんですが、こうなります

 

「お姉ちゃんがやると決めた以上、鈴々がやれるのは“もしも”の時にお姉ちゃんや朱里や雛里を守る事だけなのだ」

 

確かに、鈴々ちゃんはそれが一番ですし、むしろそうでないと困る事は困るんですけど…

 

そんな私達を見渡して、桃香さまは力なく頷きます

 

「うん……

 確かにこれは無理じゃないし、本当に涼州の人達を説得するつもりなら、この条件を飲まないといけない

 ……ううん、むしろ私達に配慮はしてくれたものだとは思う…」

 

確かにそうなんです

そうなんですけど、この書状に書かれているのは…

 

「羌族とそれに与した部族で洛陽と長安にいる者とその家族を含め25000人、一人頭6ヶ月分の糧食もしくは金銭を身代金として支払うこと……」

 

そう呟く私に、みんなが悲痛な顔をします

 

提示されたこの数字は、今の私達にとってはぎりぎりの数字です

ぎりぎり支払える、そういう数字なんです

 

つまり、これを支払ってしまっては、涼州の人達や羌族の人達を受け入れて養っていくだけの余力が残らない

 

桃香さまは、この雰囲気の中でもうひとつ、天譴軍が示した条件が書かれているだろう書状を紐解きました

 

のろのろという感じで読み進める桃香さまでしたが、その手が徐々に震えて力をなくしていって、そして書状がぽろり、とその手から落ちました

 

私と星さん、雛里ちゃんは、そんな桃香さまを気にしながらも飛びつくようにして書状を拾い、慌ててそれを確認します

 

『…っ!!』

 

その内容は、要約すればたった一言になります

 

“戦闘が開始されてからの介入はこれを一切容認しない”

 

細かい事は色々と書いてありますが、戦闘がはじまってからの私達の行動は全て敵対行動と看做す、つまりはそういう事です

 

「………これじゃあ、もしもの時に孟起さんや伯瞻ちゃんを助けてあげられない…」

 

桃香さまが肩を落としてそう呟くのを聞いてなのか、星さんも書状を睨みつけながら絞り出すような声を出しました

 

「…っ!

 これで僅かでも我らが介入すれば、今度は愛紗を差し向けるというのか…っ!」

 

「敢えて戦争になった場合は私達に天譴軍の後方一里に居ろ、という事は、誘いであると同時に私達の介入を防ぎ、その信義を示す事にも繋がります

 つまりこれは…」

 

雛里ちゃんの言葉に力なく頷きながら桃香さまが答えます

 

「うん…

 理解はできるんだ…

 これが私の我儘に最大限の譲歩をしてくれて、その上で結果に責任を持てっていう意味だってことは

 それが嫌なら全力で涼州のみんなを私が説得しろっていう意味だってことも……」

 

これは事実として、天譴軍は既に拳を振り上げていて、既にそれを収める気はありません

桃香さまの必死の説得に妥協して、後は振り下ろすだけの拳をまだ止めていてくれているだけなんです

 

そして、これがある意味最悪とも言えるのですが、天譴軍は“軍”と戦った実績が今まで一度もないんです

その実力はいまだ未知数で、涼州の立場としては、いえ、本音を言えば私達もそうです

 

こうまで彼らに譲歩するのは、漢室あってこそと言えます

 

でも、私も雛里ちゃんも、そしてみんなも感じています

 

天譴軍は強い

 

恐らくは今の大陸で一番強い

 

漢室に阿る事無く、その発展に至った技術や知識を彼らの基準で選別しているとは言っても堂々と公開し、そして尚揺るがない自信がある

 

やはり妥協するしかないのでしょうか?

 

でも、それを選ぶなら最初から悩む事はなにもないんです

 

どこかに突破口が必ずあるはず…!

 

 

そう思い私が顔をあげようとした時、部屋の入口から声がかけられました

 

「遅れて申し訳ありません

 いささか策の仕込みに手間取っていたもので

 それと、そこまでの譲歩しか引き出せずに申し訳ありませんでした」

 

私達は一斉に声のした方を振り向きます

 

その先にいたのは、怜悧な顔を眼鏡で飾り、その眼鏡を指で直しながら背筋を伸ばして佇んでいる

 

 

郭奉考さんの姿でした

≪青州・平原/郭奉考視点≫

 

今の劉玄徳殿の立場と状況には私も少なからず同情します

 

正直、外部からの手助けがなければ、こんな状況を打破する事など、神でもなければ不可能でしょう

神ならぬ身の私達であるならば、最早考える事すら放棄すべき状況と言えます

 

いかに水鏡塾にて臥龍鳳雛と称えられていた諸葛孔明や龐士元といえど、この状況を劉玄徳殿とその仲間だけで乗り切るのは不可能なのです

 

そして、だからこそ今私がここに居る

 

風とふたり、正確には星も関わってはいますが、こうして練りあげた策を彼女に伝える、そのために

 

「お久しぶりです、というにはいささか早い再会ですが、まずは再会を喜ぶ事に致しましょう」

 

「ほ、奉考さんっ!?」

 

「は、はわわ…

 どどど、どうして平原にいるんでしゅかっ!」

 

「あわわわわ…

 お、おひさしぶりでしゅっ!」

 

こうして驚かれるというのも存外楽しいものですね

なんだか癖になりそうな気がします

 

それにしても、表情がいつものものに戻っている星が少し小憎らしいですね

 

ふと翼徳殿の方を見ると、逆に最初から腹を据えていたのでしょう、この状況にも驚く事はなく、むしろ退屈そうにしています

 

私は驚きに固まったままの玄徳殿、孔明殿、士元殿に向かって笑ってみせます

 

「いえ、どうしてと聞かれても

 涼州を救うための方策を持ってきた、としかお答えできないのですが…」

 

全てを、というのは不可能でしょうが、それでもこの策で可能な限りは助けられるはずです

 

「あ、あの…

 それって本当なんですか?」

 

チラチラと書状を見ながら玄徳殿が小声で訪ねてきます

 

確かに、あの内容であれば落ち込みもするでしょう

この状況を引っ張ってみたくもありますが、今は時間がなによりも貴重です

ここは素直に策を開示する事にしましょう

 

なにより、この策は孔明殿と士元殿の神算鬼謀と言えるその頭脳も必要としているのですから

 

「書状の内容は既に存じておりますので、手短に説明致します

 まず、羌族の身元を引き受けるための資金についてですが、子龍殿と士元殿、お二人は急ぎ北平に向かってください

 伯珪殿が首を長くしてお待ちです」

 

「なに!?

 伯珪殿が?」

 

星が声をあげるのも無理はないでしょう

あの時伯珪殿は、明確に涼州を拒絶したのですから

しかし、それは違うのですよ?

 

「ええ、確かに伯珪殿は“涼州に関わる事柄”は拒否しました

 しかしながら、玄徳殿との友誼を忘れた訳ではありません

 あちらでいくつかの提案がなされるでしょうが、それもお互いにとって不利益ではないはずです

 ご理解いただけませんか?」

 

私の言葉が染み渡ったのか、玄徳殿は泣き笑いのような表情となり、星の顔も苦虫を噛み潰したような感じになります

星の場合は多分に照れ隠しを含んでいますね

 

「伯珪ちゃんが…

 本当に……?」

 

「おのれ!

 なんだかんだと言いながらやってくれるではありませんか!

 ……よかろう

 この趙子龍、直接赴き、自身の不明を素直に詫びようではないか」

 

これで問題のひとつは片付いた訳ですが、もうひとつの策を実行するために私は孔明殿に顔を向けます

 

「今平原が動員できる兵力はいかほどでしょうか」

 

孔明殿はこれに一瞬だけ考え込み、すぐに返答してくれます

 

「先の事も考えると、いいところ三千、それも歩兵ばかりになるかと思います」

 

「その中で船を扱える兵はどのくらいでしょうか」

 

「動かすだけならその半分くらいだと思います」

 

………よし、十分ですね

 

「ところで孔明殿、詭弁ではありますが、涼州と并州の境目はどうなっているかご存知ですか?」

 

「それは黄河の支流が………

 あっ!!」

 

声をあげたという事は気付いたという事ですね

 

士元殿も私が何を言いたいかに気付いたようです

 

「子龍さん、急いで船を扱える兵を選抜してください

 私達はその兵と一緒に伯珪さんのところに向かいます!」

 

「心得た!」

 

流石というべきでしょうか

 

一を聞いて十を知ると言いますが、この理解力の速さは恐るべきものがありますね

 

「え?

 なに?

 一体どうしたの!?」

 

慌てて駆けていく星を見送りながら呆然としている玄徳殿に、孔明殿が説明をはじめます

 

「奉考さんと仲徳さんは、この状況を予測し、敢えて伯珪さんを涼州から切り離す事で完全な後方支援ができる状態にしてくれたんです

 そして、安定の北東を“平原移住希望者”の集合場所とし、夏陽から船での移動をするという形にすることで、実際の戦場から大きく北を回って逃げる事で、戦闘後に降伏ないし逃亡をしようとする兵隊さん達を回収できる、という事なんです」

 

「………ええっ!?」

 

「これは私達だけでは絶対に考えつかなかった策なんです

 大前提として奉考さんが天譴軍に対する報告を操作し、十分な量の船が用意されている事が必要だからです

 そして…」

 

徐々に理解が深まるにつれ、玄徳殿の顔に笑顔が浮かんできます

 

「それならみんなを助けられる!」

 

『はいっ!!』

 

嬉しそうに笑顔を浮かべる玄徳殿達ですが、敢えて私は苦言を呈する事にします

 

「とはいえ、戦闘になった場合でも一般兵なら誤魔化せますが、さすがに将帥までは不可能です

 それだけは納得してください」

 

私の苦言に一瞬表情を暗くした玄徳殿ですが、すぐに頷く事で同意を示してくれます

 

「もしそうなったらその時はその時だよ

 ダメだとしてもきちんと話して理解してもらう」

 

いえ、全く理解していてはくれなかったようです

 

我知らず傾いた身体を元に戻し、ずり落ちた眼鏡を直しながら、私は同情の視線を孔明殿と士元殿に送ります

………おや?

てっきり呆れてるのかと思えば、嬉しそうですね…

 

「大丈夫、そこはなんとかします

 ここまで奉考さんや仲徳さんに頑張ってもらったんですから、そのくらいはやり遂げてみせますから!」

 

「玄徳さまはこうでなくちゃダメなんです

 だから私達も苦労のし甲斐があるんですよ」

 

…いまひとつ私には理解しかねるものがありますが、それは言ってもはじまらないでしょう

誰の何に自分を捧げるかは、それこそ個人の問題なのですから

 

ひとつの突破口が見つかったことで、次々と策を構築していく臥龍鳳雛と、それを嬉しそうに見詰める玄徳殿、それらをようやく笑顔を見せて見ている翼徳殿を見ながら、私も考えます

 

 

早く私も、自分が信じ仕えるに足る人物の下へと馳せ参じたいものだ、と


 
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