ごろり、寝がえりを打った。
ひとつばかりの琥珀には、鳶色の小さな頭が目に入った。
ひとつの掛布をふたりで使っているのだ、狭くないと云えば嘘になる。
目が覚めると、少し、寒さを感じる。
まだ室内は温かさが残ってはいるものの、火鉢も火は消えているのだろう。すぐに冷えは増していく。
ぎゅうと背中から抱き締める。
己よりも、少し低い体温が心地いい。
避けられているわけではないないのだろう、無理やり、引き剥がそうとしたりはしない。
緩やかな稜線を描く首筋に、そ、と顔を近づける。
少し長めに切りそろえられた鳶色の絹糸が、さらり、あまり血の気の宿らない色の薄い頬に散る。
眉ひとつ動かすことのないその涼しげな面。
感情を映すことの少ないそれが、まるで波ひとつない静かなる水面を思い起こさせる。
微かに伝わる、呼吸音。
それだけが。
このひとが今、自分の腕の中にいるのだと、そう実感させてくれる。
己のものであって、己のものではない――。
その不安が、己を苛んで止まないのだ。
ことばも、態度も。いつも、つれない。
いくら此方が示したとしても、己が望んだ答えが得られるわけではないのだ。
――解っている。
己の想い人は、最低でもひと回りは違う。
此方の幼稚さが目につくのかもしれない。
……あくまで仮定の域を出ないものであったが、一度そう思いはじめると、悲観的な思考は連鎖を引き起こしていく――。
悩んでいるのも莫迦らしく……明確な答えが得たくて。気がつけば、安芸を目指していた。
初めて出会ったのは、既にどの戦場だったかも覚えてはいない。
ただその存在が、すべてを打ち消すほどに圧倒的であったのだと。
そのひとは、初めから強く美しくあった。
ひと目で惹かれた。……魅せられた。
そこは確かに、人々の終焉を感じさせる匂いに満ちている場所だったというのに、だ。
その容姿、纏う雰囲気……張りつめた空気。
数瞬も、視線を逸らすことができない。
黒く変色した緋を身に纏い、ただひとりその場に立っていた。
厭でも、目を引く光景である
じっくり検分するよう上から下までねめつけるように眺めて、ところどころ覗く鮮やかな若草色が、元の具足の色なのだろうと気がついた。
くれないの花びらがその大きな花を開くように、散っている。
それなのに、両の足でその地をしっかりと踏みしめている。
これだけの量なのだ、その中心に立つそのひとも怪我をしていてもおかしくは、ない。
それなのに、そんな様子はひとつもない。
すべてが、地に伏した者たちのものなのだと気がつくと、ぞくりと震えた。
おぞましいまでの夥しい赤が舞ったであろうに、その中にあっても穢れることもなく清逸な様に感嘆を覚える。
びゅう、と刃を振り下ろすと、濡れた音が響いた。
金属を染め上げていた紅が、少し、舞い散った。
両の腕に握りしめているその刃をは、かちりと合わせる。円を描くそれは、見たこともない不思議な得物だった。
その得物はどこか、線の細いそのひとの身体とは不均衡であり……不自然に頼りなく見えた。
ごくり、喉を鳴らした。
ゆるりと振り向くと、向けられたその視線とかちあった。
ぎら、と鋭利な刃物を思わせる冷たくも強さがある。
背筋に、冷たい汗が伝う。
緊張が、走る――。
殺気。
円環状の刃が振り下ろされる――。
咄嗟に抜いた六爪で受け止める。
思っていた以上に、強い。
あれだけの山を作っておきながら、その、変わらぬ力。
受け流すだけで、精一杯であった。
それから幾度、戦場で、互いの命をかけただろうか。
何度も何度も何度も――。
ことばを、
刃を、交えて。
ようやく、己を刻み込ませたのだ。
互いが互いを賭けたその駆け引きは、熱くならざるを得なかった。
己を燃え上がらせるには、充分、面白い相手であったのだ。
これが憧憬であり恋情であると気づいたのは、いつのことだっただろうか……。
告白は、直球に。
誤魔化しようのないほど、まっすぐに、吐露した。
なんとも味気のない返事が帰ってきただけではあったが、内心、舞い上がるほど気分はよかった。
こうして、今に至るのであった。
「……伊達……どうした」
ふと、呼ばれた。
「Sorry、すまねえ。……起こしたか」
「いや、構わない」
未だ眠気があるのだろう、いつものような覇気はない。
「アンタの大事なご来光の時間じゃないぜ?もう少し、寝てな」
首筋を軽く啄ばむように、くちびるで触れる。
「母御でも思い出したか」
「Ha!そんなんじゃねぇ」
可笑しそうに云う声は、少し笑っている。
母親との確執は話題にしたことはなかったが、おそらく、知っているだろう。そんな確信がある。
「では、片倉が恋しいか」
「Ah!?それこそねぇよ!」
相手が元親あたりなら、確実に手が出ているに違いないだろう……と、思う。
「ふむ?」
くすり、笑われた気がした。
腕の中でくるりと身体を反転させる。
端整な顔がすぐ近くにある……。
顔を見られるのが、少し、恥ずかしい……。
愛しい人の胸元に、顔をうずめる。
少し赤くなっているだろう顔を、隠すために。
折よく、するりと腕が伸びる。
頭を撫でるように抱きかかえられる。
心地いい。
特別なことは何もしていない筈なのに、少し、甘い薫りがする。
どきりと、胸が跳ねる。
「……何だよ」
ぎゅ、と背に腕を回して、強く抱きしめる。
行き場を失くした腕が、するりと背に回される。
ぽんぽん、と、背を軽く叩かれる。
まるで子供をあやすように、やさしく……。
どのくらいの間、そうしていたのだろうか。
どこか張りつめていた気持ちが、やわやわと解きほぐされるように感じる。
抱きしめられた腕が、安寧と静寂を運んでくる。
己の安易な行動も、考えも……想いさえも。
おそらく、総て、このひとは知っているのだろう。
ひとり手の内で踊らされているであろう己は、さぞや滑稽に映っているやもしれない。
少しでも、このひとに……追いつきたくて。
つり合うように。
いつも虚勢を張って、強がって……。
精一杯の背伸びを繰り返してる。
不意に頬に落ちる、緩やかな熱。
少しひやりとしたそれは、己だけが味わうことのできるあまい花実。
ひとつきりのまぶたが重い。
「……態度にせねば解らぬとは、な……」
いつもの、あまり感情の乗らない物云いからは想像できない、やわらかな響き。
少し遠くなった呟きに少しばかり満足しながら、すぅ、と意識を手放した。
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◆伊達×毛利 ◆お正月にお年玉代わりにSS書くよ企画(?)みたいなのがついった上で回っていたので ◆リクエスト『子ども扱いされる伊達』ということだったのですが…こんな感じの仕上がりになりました…(;・∀・)ほぼリク満たしてな、い… ◆支部にも同じものをupしています