No.371224

そらのわすれもの4

水曜定期更新

そらのわすれもの4 エンジェロイド同士の激突の章です。

2012お正月特集

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2012-02-01 00:53:48 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1909   閲覧ユーザー数:1672

そらのわすれもの4

 

 12月24日 午後2時30分

 

 

 アストレアによるクリュサオルの投擲によりウラヌス・システムの前方部が吹き飛んだ。

 現在の趨勢は反フラレテル・ビーイング軍に傾いている。少なくともこの空中決戦においては。全ては思惑通りに進んでいる。

「このウラヌス・システムを破壊するんだからすげぇよな、あいつら」

 智樹は正面に空いた風穴を見てから軽く目を瞑った。

 カオスは船の被害にあまり興味なさそうにミニカーで遊んでいる。

 1人イカロスだけはウラヌス・システムの被害状況の把握に懸命だった。

「……マスター。ウラヌス・システムの損傷は重大です。航行は既に不能。加えてこのままの状態で放置していますと、ウラヌス・システムは30分後に推進装置のダメージが限界を超えてゆっくりとですが落下を開始します。そして今から1時間後には……地面に激突します」

 イカロスの報告を聞いて智樹は息を吐き出した。

「修理は可能か?」

「……修理自体は可能です。ですが」

 イカロスは穴から下界を見下ろした。

「……修理を始めた場合、艦の能力は更に著しく低下します。ニンフやアストレアの集中攻撃を受けるのは避けられないかと」

「つまり、ニンフたちを追い払わない限り修理は不可能だと」

「……はい」

 智樹は空中戦艦の前方部へと歩いていく。そして下を見つめた。

 その表情はイカロスからはわからない。

「さて、俺は決断を下さなければならない時が来たようだ」

 決断と聞いてイカロスは背中をビクッと震わせた。

「まず言っておく。俺に降伏の意思はない」

「……はい」

「そして俺にはイカロスとカオスという最強のエンジェロイドが2人もついている」

「……はい」

 イカロスの体の震えが止まらなくなっていく。

「イカロスとカオスの力でニンフたちをやっつけることは可能か?」

 イカロスの体が大きく震えた。

「……勿論、可能です。スペック上の戦力比は100対1です。ウラヌス・システムがなくても十分に勝てます」

 イカロスはそれが真実でないと知りながら分析結果を述べる。

 実戦と理論上のスペックでは明らかに戦力が異なる。

 例えばスペック上ではイカロスの3倍の戦闘力を持つと計算しているカオスは、実際には幼女体型時より遥かに弱い。小回りが効かず力の加減も上手くできない。隙だらけの大雑把な動きしか出来ないのが今のカオスだった。

 今のカオスではアストレア1人相手にするのが精一杯に違いない。だが、ニンフがアストレア1人でカオスの相手をさせる筈がない。と、なると……。

 イカロスは胸の手前で右手拳を強く握り締める。

「……私1人でもマスターに勝利を献上してみせます」

 イカロスの働き次第でこの戦、いや、智樹の生死は決定する。

 イカロスは密かに自身の状態をスキャンする。

 ウラヌス・システムの長時間の現界・運用に加えて、破壊されたダメージが自身の体にリンクしたことにより状態はボロボロだった。まるでこの船の現状のように。

 スキャン結果はイカロスの予想よりも更に悪いものだった。それはイカロスに今すぐに機能を停止しての回復を警告するものだった。

 だがイカロスは平然とその警告を無視した。

「……アルテミスは千発の増産・連射が可能。アポロンも1撃なら使用可能。修復機能がなくても……これなら勝てる!」

 イカロスは大声で吼えた。

 それは分析結果に基づく予測ではなかった。

 勝たねばならない。

 その想いが打ち出した彼女の願望でありどうしても果たさなければならない夢だった。

「そうかそうか。イカロスがそう言ってくれるのなら勝てるのだろう。それは助かる」

「……あっ!」

 智樹に同調されてからイカロスは気付く。

 自分は大きな判断ミスをしたのだと。

 ここは大げさにでも勝利の可能性がないことを述べた方が智樹の生存確率は遥かに上がった場面だった。

 なすべきことは智樹の本願を成し遂げることではなく、敗戦の将の汚名を着せられても智樹の生き残る道を模索すべきだった。智樹に降伏するように進言すべきだった。

 だが、もう後の祭りだった。

「イカロスの行為に俺はとても感謝している」

「……ありがとうございます」

 智樹に礼を述べられてしまってはもう撤回できない。

 そして智樹はイカロスの思考と行動を読んだ上で話しているに違いなかった。

 そもそもイカロスとカオスだけを従えて世界を変えようというのがおかしな話だった。

 本当に世界を変革したいのならニンフやアストレアも仲間に引き入れた筈。

 その可能性を最初から放棄したということは……そういうことなのだ。

 なら、イカロスに出来ることはたった1つしかなかった。

「…………必ずや1時間以内にマスターの理想に逆らう者たちを全て打ち倒し、マスターの元に戻って来ます」

 翼を巨大化させ、瞳の色を真っ赤に変え、頭上に輪を光らせる。

 イカロスが智樹の為に出来ること。

それは智樹が予想する以上の戦果を挙げて、智樹を生き残らせることだけだった。

 

「では、改めて命令を下す。イカロス、カオスの両名はニンフたちを打ち倒すのだ!」

 智樹の命令が正式に下された。

「…………イエス。マイ・マスター」

「わかったよ、お兄ちゃん♪」

 最強のエンジェロイド達が智樹の命令を受諾する。

 2人の返事を聞いて満足したように智樹は頷いた。

「俺はお前たちの勝利を信じてここで待つ」

「…………はい」

 恭しく返事するイカロス。

「だからイカロス。このウラヌス・システムは何があっても1時間の間は現界させ続けるようにセッティングしてくれ。お前たちの戦闘が長引いている内にこの船だけ消えてしまい俺だけ空中からダイブとか堪らんのでな」

「…………はい。わかりました。……?」

 智樹の話に何か引っ掛かりを覚えた。

 けれど、何がおかしいのかよくわからない。

 イカロスは命じられるままに、ウラヌス・システムに最後の命令コードを打ち込む。

 大破した船では現界を維持するように命令するだけでも何度も何度もエラーが出た。それでも何とか命令を遂行させるコードを完成させた。

「それじゃあお兄ちゃん、そろそろ遊びに行ってくるね♪」

「ちょっと待ってくれ、カオス」

 飛び立とうとするカオスを智樹が引き止める。

「何? お兄ちゃん」

 カオスが首を傾げた。

 智樹は成人体型となったカオスの頭を背伸びして優しく撫でた。

「いいオンナになれよ」

「何だかよくわからないけれど……お兄ちゃんがそう言うなら頑張る♪」

 カオスは満面の笑みを浮かべた。頭を撫でられてとても嬉しそうだった。

 

 上機嫌になったカオスは船内をグルグルと駆けながら遊んでいる。

 そんなカオスを微笑ましく眺めながら智樹がイカロスに近付いて来た。

「イカロスにはいつも俺の我が侭につき合わせて迷惑ばかり掛けるな」

「…………私の幸せはマスターの命令を遂行することにあります」

 イカロスの言葉は嘘ではなかった。

 だが、今この瞬間に限って言えば本当でもない。

 マスターが死んでしまえばその命令を遂行してもイカロスは幸せにはなれないのだから。

「なあ、イカロス」

「…………はい」

「いつも、ありがとうな」

「…………私は、マスターの為に存在するエンジェロイドですから」

 泣いてしまいそうになるのを必死に抑える。

 そして、代わりに述べる。

「…………私は、明日も明後日もこれからずっと、マスターの為に尽くします。ずっとずっとマスターと共にあり続けます」

 イカロスの想いを。智樹と共に過ごしたいという切なる願いを。

 イカロスの言葉を聞いて智樹の肩がビクッと震えた。

「そう、だよな。それが、イカロスの幸せなんだよな」

 智樹の手がイカロスの頭へと伸びる。

「本当に、ありがとう」

 智樹は優しく優しく空の女王の異名を持つ少女の頭を撫でた。

 イカロスの言葉には同意せず、感謝の意を表した。

 

 そして、2人に別れの時が訪れた。

 船内で小規模ではあったが爆発が起こった。

 その爆発はウラヌス・システムの損傷が更に深刻なものに陥っていることを端的に指し示していた。

「…………出撃します。マイ・マスター」

 イカロスが背中の翼を大きく広げる。

「ああ」

 智樹が頷く。

「戦略用エンジェロイド・タイプ・アルファ・イカロス。出撃します」

「カオスも行くよ~♪」

 最強のエンジェロイドたちが船から飛び立つ。

「2人とも……元気でな」

 智樹は出陣するイカロスとカオスに敬礼してみせた。

「……サヨウナラ」

 イカロスの耳には智樹のその言葉が確かに耳に聞こえていた。

 最強のエンジェロイド少女は智樹に見られぬように涙を流すと、振り返らないままニンフたちの元へと向かって加速していった。

 

 

 

 12月24日 午後2時40分

 

「さあ、決着を付けるわよ。アルファ、カオスっ!」

 ニンフのセンサーはウラヌス・システムからイカロスとカオスが出撃したのを感知していた。

 今までの所、ニンフたちの想定通り、いやそれ以上の戦果を挙げている。

 だが、現状が極めて厳しいことには変わりがない。

 まず、戦力が圧倒的に不足していた。

 イカロスもカオスも本調子でないものの元の実力が違い過ぎる。

 そして味方陣営にも大きな問題があった。

『えっ、えっと。右に旋回するにはこ、こうだっけ?』

 智樹のアイディアを元に改良を加えた6枚羽のパンツ・ウィング改で飛んでいるそはらは浮遊しているのがやっとの状態だった。

 空中戦においてはまともな戦力になりそうにない。予想外に大きなマイナス要因だった。

 そして──

「クリュサオルがなくて本当に大丈夫なの?」

 対カオス戦の切り札になる筈だったアストレアの必殺の剣は、現在宇宙空間を漂っていて手元になかった。

 アストレアの力がニンフの予想を超えて強かった。その為に宇宙空間まで突き抜けてしまい、今回収する余裕がなかった。

『平気、平気ですよぉ。悪い男に誑かされて悪事に加担している子供カオスを懲らしめるだけならこの改良型イージスLさえあれば十分ですよ』

 だが、アストレアは特に戸惑った様子を見せていない。

 ニンフのジャミングシステムにより改良された盾を手にご満悦の様子だった。

 アストレアは盾ごと体当たり攻撃を仕掛ける気に違いなかった。

 そうなると、接近する間にカオスの遠距離攻撃を防げるかどうかが勝負の鍵となる。

「日和……状態はどう? 電子戦は十分に戦えそう?」

『まだカオスさんのデータが十分でないので確かなことは言えませんが、遠距離兵器の何割かは発動不能に出来ると思います』

「そう。なら後はカオスに直接狙われないように常に距離を保つようにしてね」

 ニンフは日和との通信を切る。

 続いて地上との交信に入る。

「守形。アルファと空中戦をやるのにどうしても戦力が足りないの。空に上がって来られない?」

 通信がほどなく返って来る。

『現在、福岡全域がフラレテル・ビーイングの猛攻に晒されていて指令の俺が空に上がることは不可能だ。だから……代わりに援軍を差し向けた』

「援軍?」

『智子が間もなくニンフのいる地点に到着する筈だ』

 智子は元々の予定ではニンフたちの戦闘の最中にウラヌス・システムに単身で密かに乗り込んで智樹を捕らえる役割を担っていた。

『智子の判断だ。自分が戦場に出ないとイカロスは突破できないと』

「そう。智子が……」

 ニンフは目を瞑りながら通信を切った。

 

 間もなくパンツ・ウィングを全身に付けた智子がニンフの元へと飛んで来た。

「智子。戦況報告だけど……」

「いい。大体の所はわかってる」

 智子は険しい瞳を上空に向ける。

「もう1人のマスターである私が戦わなきゃイカロスは抑えられない」

 智子はニンフを見た。

「私にジャミングシステムを掛けて。そはらの殺人チョップ・エクスカリバーを左右の手で1回ずつ打てるようにして頂戴」

 熱の篭った瞳がニンフを見ていた。

「殺人チョップの扱い方はコピーできるけれど、あの威力が発せられるのはそはらだけよ。智子が撃っても10分の1の威力にもならないわよ、きっと」

「10分の1もあれば十分よ。イカロスを牽制できれば良いんだから」

 智子は平然としている。

「もっと大きな問題は、その10分の1にも満たない技を放つ為にどれだけ智子の腕に負担が掛かるのかわからないってことよ。下手をしたら機能障害が残りかねないわよ」

「それが何だと言うの? イカロスだって智樹だって命を賭けているよ」

 智子はまた平然と返した。

「ほんと、智子って智樹とそっくりよねえ」

 ニンフは溜め息を吐いた。

「同一人物だったんだから当然」

 智子が楽しげに笑った。

「でも、大きく違う所があるよ」

 智子は再び表情を引き締める。

「智樹は自分が死ぬ為に命を賭けている。でも私はみんなが生き残る為に命を賭けている」

 智子の瞳はいつになく真剣に見えた。

「それじゃあ、ジャミング・システムを発動するわよ」

「ニンフちゃん大好き♪」

「智樹じゃなきゃ嬉しくないわよ」

 ニンフはそっぽを向きながらジャミング・システムを発動させたのだった。

 

「う~ん。見た目が変わってないから強化されたのかよくわかんないなあ」

 智子は手を振り回して自身の体の変化を確かめている。

「思い描けばそはらのチョップの軌道と動きを真似できるわ。そして強く願えば、エクスカリバーを発動できるわ」

「そう」

 短く答えて智子は上空を見上げる。

「でも、どれだけ動けるかは実戦で確かめるしかないみたいだね」

 智子の瞳はニンフたちに向かって一直線に落下して来る天使の姿を捉えていた。

「そうみたいね」

 目で落下して来るイカロスを確認すると共にカオスの位置をセンサーで探る。

「カオスはアンタの所に向かってるわよ!」

『わかっています。これから交戦状態に入ります! 通信終わりです!』

 アストレアから威勢の良い返事が戻って来た。

 すると10数km離れた西の空でアストレアが盾を巨大化させながらカオスに突っ込んでいくのが見えた。

「日和。そっちはサポートは任せたわよ」

『は、はい』

「後、T.Sには英雄になってもらうわ」

『じゃあ……?』

「作戦自体に変更はなし。日和たちは手筈通りにお願い」

『わかりました』

 通信を切って正面を見る。

 そこには最強のエンジェロイドが戦闘能力を全開にした状態で浮かんでいた。

「…………マスターは私が守る」

 その瞳を煌々と紅く灯しながら。

 

 

 

「…………マスターは私が守る」

 イカロスが瞳を爛々と紅く輝かせながらニンフを睨んでいる。

「私たちは智樹がやっているバカなことを止めたいだけよ。別に智樹の命なんか欲しくないわよ」

 ニンフが挑発するように両手を挙げながら首を横に振った。

「…………それでも、マスターは私が守り通す」

 イカロスが更に眼光を鋭くしながらニンフを睨む。

「最初から結果は見えていたけれど、交渉は決裂ね」

「その結論ちょっと待ってね」

 2人の話に割り込んだのは智子だった。

声こそ明るいものだったが、その瞳は険しいまま。

「イカロス。ちょっと聞きたいことがあるの」

「…………はい」

 そしてイカロスもまた険しい表情を崩さない。

「私は、アナタの何?」

「えっ?」

 その質問を聞いて驚いたのはニンフの方だった。

 元々智樹と智子は同一人物だった。

 そして智樹と智子が分離したのはイカロスが地上に降りてきた後。

 即ち、智子はイカロスのマスターとしての資格を十分に持っている。それを知った上で敢えてそれを質問にぶつけて来た。

 それは一見巧妙な心理戦にも思える。

 だが、イカロスの返答次第によっては智子の命の危険が格段に増すものだった。

「…………智子さんは」

 イカロスが口を開く。ニンフの緊張感が一気に膨らむ。それと共に準備を始める。

「…………智子さんは、私の……大切な……お友達です」

 イカロスの返答を聞いてニンフは大きく口を開く。

「パラダイス・ソン……」

「ストップっ!」

 必殺技を発動させようとするニンフを智子が体を張って制した。

「今、それを放つ必要はないわよ。放っても無駄だし」

「で、でも……」

「私にはまだイカロスと交わすべき言葉が残っているから」

 ニンフは技の発動を諦めた。

 智子がイカロスを向き直る。

「イカロスは私をマスターとは認めないのね?」

 イカロスは短く目を閉じ、そして開いた。

「…………はい。私のマスターは桜井智樹ただ1人です」

「そう」

 今度は智子が目を閉じて開いた。

「それがイカロスの意志、なんだね」

「…………はいっ」

 イカロスの言葉に迷いはなかった。

「イカロスは随分成長したんだね」

「…………ありがとうございます」

「それに比べて智樹の奴は」

「…………いつまでも真っ直ぐな心を持っている所がマスターの良い所です」

 智子はニンフの肩に手を乗せた。

「待たせたわね」

「まったく、西の空じゃデルタが押されてるんだからわかり切った会話に時間費やさないでよね」

 ニンフは西の戦局を見つめる。

『アストレア・スーパー・ウルトラ・ダイナマイト・アタック!』

 アストレアは圧倒的なスペック差を前にして善戦していた。

『きゃはははは。アストレアお姉さま強~い♪』

 しかし盾を利用しての体当たり攻撃は単調な動きになりがちで、結果として単調な動きしか出来ないカオスに有効に働いてはいない。

 日和も電子戦に加えて突風を巻き起こすなどの援護射撃を取っているものの、カオスに効いている様子はない。

 援軍が必要なのは間違いなかった。

「ニンフにはイカロスの回答がわかっていたの? 昔の智樹のイカロス認識を元にしている私には結構意外だったのだけど」

 智子は先ほどのニンフの言葉を気にしていた。

「そんなのアルファとは毎日同じ部屋で生活してるんだからわかるに決まってるでしょ」

「シナプスで作られたエンジェロイド同士だからじゃないんだね」

 ニンフの言葉を聞いて智子は笑顔を見せた。

「じゃあ、空の女王退治といきますか」

「ええ。さっさとアルファを倒して智樹をとっ捕まえましょう」

 2人はイカロスを向き直す。

 

「さあ、始めるわよアルファ!」

「イカロス。降参するなら今の内だからね」

 ニンフと智子が構えを取る。智子はそはらの力をコピーした空手の型を。そして、ニンフは電子戦及び彼女の真の力の解放するアフロディーテ起動の準備を始める。

 そんな2人に対してイカロスは……。

「…………戦力の劣る者から各個撃破に入ります」

 高速飛行で2人から急速に離れる。

 そして──

「…………そはらさん。お覚悟っ!」

 遥か下方でフラフラと空を漂っていたそはらに狙いを定めた。

 急降下していくイカロス。

『えっ、ええ~っ?』

 いきなり自分を狙って来るとは考えていなかったそはらの驚きの声が通信を通して入って来る。

 その通信を聞いてニンフと智子は──

「狙い通りだわ。行くわよ、智子っ!」

「ラジャーっ!」

 高速飛行を開始した。

 

 カオスに向かって。

 

 

 ニンフと智子がイカロスにではなくカオスに向かって高速接近していく。

「パラダイス・ソングっ!」

 ニンフの最大の攻撃がカオスに向かって放たれる。

「わ~。ニンフお姉さまも遊んでくれるの?」

 小回りの効かないカオスは回避せずに左手でパラダイス・ソングを受け止める。

 だが、左手を開いたことで体に大きな隙が生じた。

「どっせ~~いっ!」

 その隙に対してアストレアが盾ごと体当たりを敢行。

「きゃぁああああああぁっ!」

 カオスが数十メートル吹き飛んでいく。

 更に飛ばされていった先では日和の起こした突風によりカオスの体が方向を変えながら更にきりもみ状に舞って行く。

「殺人チョップっ!」

 そして智子が姿勢制御が出来ないカオスに対してチョップをお見舞いする。

 この瞬間対カオス戦は戦力比が4対1になっていた。

「アルファがそはらを狙っている間にカオスを一気に叩くわよっ!」

 これこそがニンフが対カオス戦用に練った必勝の作戦だった。

 

 ニンフは実力の差を数で補う為に、どうやって数的優位を作り出すか苦心していた。だが当初の想定では、2対1、2対1以上の状態を作り出せなかった。

 しかしこれではイカロスもカオスも倒せない。逆にジリ貧になって敗れる可能性が高かった。

 勝つ為には3対1の状況を作り出す必要があった。しかし、エンジェロイドやそれと同等の戦力を誇る人材など見つかるものではない。ましてそんな人材を2人も急に見つけ出すのは不可能な話だった。

 だからニンフは考え方を変えた。戦力を1点に集中させて速攻で敵を倒す方法に。

 具体的には3対1の状況を作り出し、その間もう一方は1対1の状況で足止めをする。そして3人掛かりで敵を倒した後、足止めしている方を全員で攻撃するというものだった。

 だが、この作戦には大きな問題点があった。

 それは、誰が1対1の状況で足止めするのかというものだった。誰と誰を組み合わせても単体でイカロスやカオスに敵う者はいない。足止めになるのかさえ危うかった。

 その為にニンフはもう一捻り加えて作戦を決定した。

 

「確かにこれなら必勝の体制かもしれない。けど、そはらをイカロスと1対1の状況に置いてきちゃって良かったの?」

 智子がニンフの横に並びながら気まずそうに倒せる。

「この作戦の要は信頼、なのよ」

「信頼? そはらへの?」

 ニンフは首を横に振って答えた。

「この作戦の要はアルファへの信頼よ」

「えっ?」

 智子は驚きの声を上げた。

「アルファはね。友人であり恩人であり人間であるそはらにはそんなに酷いことが出来ない。どんなにトチ狂っていようとね。だからあの組み合わせが一番足止めに効果的なのよ」

 智子はニンフを見ながら笑った。

「やっぱり、イカロスのことはニンフが一番よくわかってんだね」

「まっ、一緒に住んでいるんだもの」

 ニンフは軽く息を吐き出す。

「それに、そはらがあの状態じゃ正直囮になってもらう以外に手はないのよねえ」

「まあ、確かにね」

 ニンフと智子は再びカオスを見る。

「わぁ~ビックリした~♪」

 カオスは驚いた表情を見せているもののダメージを受けている様子はほとんどない。

「次は全力全開の攻撃で一気に勝負を決めるわよ」

「オーケー」

 スペック的には最強のエンジェロイドを前にしてニンフと智子は少しも気負ってはいなかった。

 

 

 

「アハハハハハ。遊んでくれるお姉さまがいっぱいで嬉しいなあ♪」

 カオスは1対4の劣勢の中に置かれているにも関わらず笑っている。

 だがそもそも彼女にとって優勢とか劣勢であるという判断基準は意味を持たない。

 楽しいか楽しくないか。それこそが彼女にとっての一番の判断基準だった。

 だから、戦局の推移など小さなことに過ぎない。

「カオス、そはらの様子が気になるんで悪いけれど一気に決めさせてもらうわよ!」

 一方でニンフたちは早期に決着を付けることを望んでいた。

 そして、その為の準備を怠っていなかった。

「日和っ! 電子戦を全開で行くわよっ! カオスの火器管制を全面的に乗っ取って。私は、体の方を乗っ取るから」

「はいっ!」

「ジャミング・システム発動っ!」

 シナプスが誇る2人の電子戦のプロがカオスの武器と体を乗っ取りに掛かる。

「わわわっ? このままじゃあ、海の底にいた時みたいに動けなくなっちゃう」

 カオスが2人の行動の意図に気付いて防御プログラムを自身に張り巡らせる。

「無駄よ。幾ら第二世代型だからって、私たち2人のクラッキングには敵わないわよ。アンタが敵に回りそうだと思った時からずっとデータは収集していたのだし」

 ニンフの言う通りだった。

 カオスは防御プログラムを突破されて侵食を受けていた。

「プログラムが書き換えられないなら、直接ニンフお姉さまたちを叩くんだよぉ」

 カオスは背中の羽を変形させて大砲を作る。だが、その大砲から砲弾が発射されることはなかった。

「あれ~? 一体どういたのかな~?」

「カオスさんの武器は私の制御下にあります。もう発射できませんよ」

 上空に控える日和が凛とした声で言い放つ。

「だったら……飛んでここから逃げちゃおう。あれ~? 体が動かないよ~」

 カオスは亀の歩行程度の速度でしか体を動かせない。

「アンタの体は90%以上制御させてもらったわ。もうほとんど動けないわよ」

 ニンフはなおも制圧を進めながらカオスの顔を見る。

「もう諦めて降伏しなさい」

 カオスはニンフの言葉を聞かずに更に上空の空を眺めた。

「え~と確か、電子戦では~自分のデータを書き換えちゃえば良いんだったよね?」

 次の瞬間、カオスの体に変化が生じた。

 成人体型だったカオスが瞬時にして幼女体型に戻った。

「わ~い。自由に動ける~♪」

 その場でクルクルと回ってはしゃぐカオス。

「クッ。体型がチェンジしたことでプログラムも入れ替わったのね。主導権を半分以上持っていかれた」

「ニンフさん。火器管制も一部ですがコントロールを再び奪われました」

 カオスは幼女体型に戻ったことで戦力を大きく回復した。

 普通ならそう考えておかしくない。

 けれども、ニンフたちは対カオス戦を綿密に想定していた。

 だから、カオスを倒すにはどのような条件が必要かも綿密に研究していた。

「カオスが幼女化してボディーの耐久度が下がった今がチャンスよ、デルタっ!」

「わっかりました~っ! アストレア・スーパー・デンジャラス・エクセレント・アタッ~~クっ!」

 アストレアが巨大化したイージスLで全身を隠しながらカオスに正面からぶつかっていく。

「きゃぁあああああああぁっ!?」

 電算頭脳に合わせて運動神経は格段に良くなったものの、純粋なハード面のスペックでは著しく低下したカオスは大きく吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ先には右手でチョップを構える智子の姿があった。

 カオスが近付くに連れて、智子の右腕が黄金に光り輝いていく。

 智子は右腕を大きく振り上げ叫んだ。

「必殺っ、殺人チョップ・エクスカリバーもどきぃいいいぃっ!」

 そして放たれる必殺技。

 それは確かに先ほどそはらが放った一撃に比べれば10分の1にも満たない威力の産物。

 だが、エンジェロイド1人を倒すだけならば十分過ぎた。

 ニンフは光の渦がカオスを飲み込んでいくのを勝利を確信しながら見守っていた。

 だが──

「へっ?」

 一方で彼女のセンサーは大量のミサイル・アルテミスが自分と日和に向かって高速で飛来しているのを捕らえた。その数、実に千発。

 退避している時間はなかった。即ち、直撃。

「ニンフ先輩っ! 危な~いっ!」

 ミサイルが直撃すると観念した瞬間、ニンフの体は吹き飛ばされた。

 そして、ニンフがいた地点ではミサイルがニンフを吹き飛ばした存在に着弾し次々と爆発を起こしていった。

「デルタ~~っ!」

 ニンフは自分を突き飛ばした犯人、命の恩人の名を大声で叫んだ。

 

「い、イージスLのおかげで何とか息だけはしてます~」

 言いながら盾が手から零れ、次いで体全体が地上に向かって落下していくアストレア。

 グルグルと目を回しているが、生命活動が停止する程のダメージは受けていないというスキャン結果に少しだけ安心を覚える。

「私のことよりも日和さんを~。それから、イカロス先輩をよろしくお願いします~~」

「うん。ありがとうね、デルタ」

 アストレアは微笑みながら離脱していった。

 続いて日和とカオスがどうなったのかセンサーで探る。

 すると、2人はいた。同じ場所に。

 ニンフは智子のエクスカリバーが放たれた場所から3kmほど後方にいる2人に視線を向ける。

 そこには日和が気絶して眠っているカオスを抱いていた。

 その日和は右の翼が根本から折れており、体中に傷が出来ていた。

「風や雷を起こしてみたのですが、アルテミスが多過ぎて処理し切れませんでした」

「私なんてデルタがいなかったら今頃死んでいたわよ」

 自分が無傷で済んだのはアストレアのおかげであったことを改めて悟る。

「そういう訳で申し訳ありませんが、後のことはニンフさんと智子さんにお任せしたいと思います」

「ええ。ゆっくり治療に専念してね」

「はい」

 それだけ述べると日和もまた地上へと落下していった。

 

「…………ニンフはいつも詰めが甘い」

 下方から声が聞こえて来た。

「確かにその通りだったわ」

 ニンフは上昇して来る空の女王に険しい視線を送る。

「…………ニンフが数的優位を作りそれを維持しようとするなら、私はそれを崩すまで」

「だからアルファはカオスの救援ではなく私と日和を確実に倒す方を選んだと」

「…………ニンフと同じ考え方」

 ニンフは溜め息を吐いた。

 その間に空の女王がニンフと同じ高さまで昇って来た。

「確かにウラヌス・クイーンに対抗するには火力じゃなくて電子戦よね」

「…………ニンフを倒せなかったのは残念。でも、アストレアを倒せたから問題なし」

 4対1でイカロスを包囲する計画だったものが2対1にまで戦力差が減ってしまった。

 しかも……。

「智子。その右腕……」

「私は昔から左利きだった気がするから問題ないわ」

 智子の右腕は殺人チョップ・エクスカリバー発射後、だらんとぶら下がっているだけで動いていない。

 スキャンしてみる。

 腕の組織が完全に死んだ訳ではなさそうだったが深刻な損傷を受けていることは間違いなかった。

 だが、それでも智子は右手を気にすることなく左手でチョップの構えを取っている。

 そして、智子の左腕のエクスカリバーがこの戦いに必要なことは智子もニンフも重々承知していた。

 だから、ニンフはそれ以上何も言えなかった。

「そはらはどうしているの?」

 イカロスに尋ねてみる。

「…………地上に送り届けてきた。今はお休み中。じきに目覚める」

「そう」

 先ほどからそはらの通信は一切繋がらない。

「…………私はマスターを救う為だったら、何でもする」

 イカロスの背中の羽から6発のアルテミスが飛び出て来る。

「さっきの千発から比べたら随分減ったわね。もうネタ切れなんじゃないの?」

 イカロスの状態をスキャンする。

 先ほど対峙した時よりも損傷度が遥かに大きくなっている。

 アルテミスを一度に大量に撃った反動もあるだろう。だが、これは……。

「そはらに後で謝罪とお礼をちゃんと言っておかないといけないわね」

 そはらが足止め以上に奮戦したからに他ならなかった。

「…………確かに私の体はもう限界」

 イカロスが左腕を伸ばす。

「…………でも、私にはまだこれがある」

 そう言ってイカロスが構えたもの。

 それこそが、国を一撃で滅ぼす火力を持つ必殺の矢アポロンだった。

 ニンフ・智子とイカロスの戦いも最終局面を迎えていた。

 

 

 

「そんな状態でアポロンなんて射たらアンタの体が耐えられないわよ」

 アポロンの先端を向けられたニンフが眉をしかめながら問う。

「…………今の私が確実にニンフを倒すにはこれしかない」

 イカロスは質問に直接的には答えない。

 だが、イカロスの言うことは間違っていなかった。

 ニンフが直接戦闘には向いていないエンジェロイドとはいえ、ジャミング・システムとステルス機能、パラダイス・ソングを使えば6発程度のアルテミスを打ち落とすことは難しくない。

 ジャミング・システムの干渉を受けにくく、しかも空間ごと焼き尽くすアポロンがニンフに最も有効であることは間違いなかった。

 例え己の身が発射の衝撃に耐えられなくとも。

「…………ニンフ。マイ・マスターの夢の実現の為に、覚悟して」

 赤と碧の瞳がニンフを捉える。

「アンタ、その瞳の色は……」

 最強の名を欲しいままにする空の女王の深い悲しみをニンフは見た気がした。

「ニンフっ! 作戦は?」

 ニンフを我に返したのは智子の声だった。

 彼我の戦力差は大きく、そして特殊な条件の戦場に自分達は置かれている。

 複雑な作戦を立てている余裕はない。そして複雑な作戦を実行するだけの戦力はもう残っていない。

「アルファから距離を置かずにアルテミスを全部撃破。守りがなくなった所で殺人チョップ・エクスカリバーを撃って頂戴。あれならイージスも破れるから」

 ニンフは発動までに時間の掛かるアフロディーテを放棄して物理的にイカロスを倒す方針を採った。そはらの見えない所での奮戦がそれを可能にしていた。

「どうして距離を置いちゃいけないの?」

「アポロンは威力が大き過ぎるから近距離で撃つと使用者も巻き込まれるの。だから目標があまりに近過ぎると撃てないようにセーフティー機能が働くのよ」

 アポロンはそもそも数十kmから数千km離れた目標を狙う長距離兵器であり、m単位の距離を狙うようには設計されていない。

 アポロンとイージスの組み合わせによりピンポイント兵器への転用を可能にしたのはイカロスの発想によるものだった。が、それとて完璧なものではない。

「けど、イカロスの近くに居続けるってことは、アルテミスから逃げ回れる空間も少ないってことでしょ?」

「そこは気合で何とかするのよ!」

「電子戦用エンジェロイドが作戦の要を気合って……面白いじゃない!」

 智子は矢を構えたまま動けないイカロスに向かって背後から突撃する。

「たかが6発のアルテミスなんて怖くないんだからっ!」

 ニンフもまた上下左右に体を散らしながらイカロスへと近付いていく。

 イカロスの両腕のコントロールを奪えないかと必死にジャミング・システムを働かせる。

 だが、イカロスの全てを制御している可変ウィングのコアはアフロディーテを発動しない限りは奪えない。

 イカロスと距離を詰めながらアルテミスを1つ1つ破壊していくしかなかった。

 

「パラダイス・ソングっ!」

 ニンフの超音波兵器が2発のアルテミスを吹き飛ばす。

「きゃぁああああぁっ!?」

 だが、近距離での爆破はニンフにもダメージを与える。

 智子もチョップでアルテミスを1発爆発させたので残るアルテミスは3発。

 2人は満身創痍になりながらも着実に数を減らしている。

 一方、イカロスはニンフに狙いを定めながら同じ地点から動かない。アルテミスが撃破されていくことを気にも留めている様子はなかった。

 そして──

「パラダイス・ソングっ!」

「ただの殺人チョップ。ワタァ!」

 ニンフと智子はイカロスが放った6発のアルテミスは全て爆破された。

「アルテミスが全部なくなった。今よ、智子っ!」

 爆発に巻き込まれてボロボロになったニンフが智子に向かって叫ぶ。

「合点よ!」

 同じくボロボロになっている智子が威勢良く返事を寄越す。

 智子の左腕が急速に黄金の光を帯びていく。

 間髪入れずに智子はその必殺技を発動させる。

「必殺殺人チョップ・エクスカリ……」

 だが、その瞬間こそイカロスが待ち望んでいたものだった。

「…………アルテミスは後2発、発射できる!」

 イカロスの羽から2発のミサイルが発射された。

 1発はニンフへ。そしてもう1発は必殺技の発動直前で最も無防備な状態の智子へ。

「きゃぁああああああああぁっ!?」

 アルテミスは智子に直撃して爆発した。

「智子ぉおおおおおおぉっ!」

 必殺技の発動が解け、吹き飛ばされて地上へと落ちていく智子。

 一方、ニンフの方も突如襲ってきたミサイルを退避するのに必死だった。

 そしてその退避行動は、イカロスがアポロンを発射するのに必要な距離を準備してしまった。

 その隙を彼女は見逃さなかった。

「…………サヨナラ、ニンフ。先に待ってて」

 イカロスは躊躇せずに己の持つ最強の兵器を発射した。

「えっ?」

 ニンフは己の死があまりにも呆気なくやって来たことに驚いていた。

 イカロスが最初からこうなるように仕向けていたのだと気付いた時には遅かった。

 スローモーション画面のような知覚でゆっくりと近付いて来る必殺の矢。

 そして──

 

「アインツベルンの面汚し魔術師の手先よ。そんな矢如きでこの天才魔術師を倒せると本気で思っているのか? 舐められたものだな。ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)っ!」

 

 黄金の蔵の中から突如目の前に出現した魔術師の青年に命を救われることになることもまるで予測できなかった。

 

 

 

 

 ××県冬木市。

 かの地では7人の魔術師が万能の願望器“聖杯”を巡り、己が召喚したサーヴァントを駆使して激しい殺し合いが行われていた。

 第4次聖杯戦争。魔術師たちの殺し合いはそう呼ばれていた。

 その聖杯戦争に1人の年若い天才魔術師が参加していた。

「フッフッフ。アインツベルンの面汚し魔術師よ。ライダーの戦車を吹き飛ばしたぐらいでいい気になるな」

 その男の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと言った。

 魔術の名門アーチボルト家の⑨代目当主で、魔術の最高峰時計塔で講師を務める天才魔術師である。

彼は前回、地上から謎の攻撃を受けて騎乗していた神獣戦車ごと吹き飛ばされた。

 だが、世界最高峰の実力を持つ魔術師はそんな絶体絶命の危機さえも乗り切っていた。

「よもや、アーチャーの宝具を脱出用に活用しようとはどんな魔術師にも思い付くまい。さすがは私だ」

 光撃を受けた際に、偶然開いていたアーチャーの宝具ゲート・オブ・バビロンに入り込んで異次元に入り込むことで難を逃れたケイネスは髪を掻き揚げた。

 

 蔵から再び出たケイネスが見たのはこれまでとは違う世界だった。

「よぉっ! テメェの相手は……この俺だ!」

 ケイネスのサーヴァントとは違う、イケメンではないが兄貴っぽい感じを漂わせるランサーが赤い外套の騎士と対峙していた。

「解せんなあ。貴様本当に弓兵か?」

 ランサーの槍を2本の剣で弾き返す赤い外套の騎士。このランサーの話に拠ればアーチャークラスのサーヴァントであるらしかった。

 だが、アーチャーであるにも関わらず弓をまるで使わないのは不思議なことだった。

 天才魔術師の知るアーチャーも弓とは無縁なサーヴァントだったが。

「大した腕だ。だが、貴様の剣には決定的に誇りが欠けているっ!」

「生憎、誇りなどないのでなあ!」

 ランサーの皮肉にアーチャーも皮肉で返す。

 ランサーがアーチャーから距離を取る。

 必殺の宝具発動の体勢と見て間違いなかった。

 それを見て、アーチャーもまた魔術の発動を試みる。

「I am the bone of my sword…」

 アーチャーが呪文を詠唱し終えるのと、跳び上がったランサーが必殺の宝具を発動させたのはほぼ同時だった。

「ゲイ・ボルク(突き穿つ死翔の槍)ッ!」

 ランサーの手から放たれた槍が紅い閃光となってアーチャーを襲う。

 それに対してアーチャーは──

「ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)っ!」

 7枚の花弁状の障壁を展開する結界を張り巡らせてこれに対抗した。

 ランサーの槍の前に次々と砕けていく花弁。

 だが、最後の花弁がランサーのゲイ・ボルグの貫通を防いだのだった。

「あの防御結界……使えるな」

 ケイネスはその光景を見ながら頷いた。

「投擲兵器や飛び道具に対して無敵という概念を誇る結界か……。フム。この私にとっては1度見れば完璧に再現できる程度のつまらん魔術に過ぎないがな」

 天才魔術師はたった1度見ただけでサーヴァントの宝具を見切ってしまった。天才だから仕方ない。

「貴様、何者だ?」

 ランサーはアーチャーの正体を気にしているようだった。

 だが、天才魔術師にとってそんなことはどうでも良い話だった。

 そもそもここがどんな世界なのかもよくわからない。目の前の教会は確かに言峰教会の様だったが、サーヴァントはランサーもアーチャーもケイネスが知る者と異なる。

 パラレル・ワールドに入り込んでしまったのだと割り切るしかなかった。

 と、その時またケイネスの背後が突如黄金の光を放ち始めた。

「フム。あのゲート・オブ・バビロンを通り抜けたらこの世界に来たのだ。また帰る時も同じ方法を辿れば良かろう」

 ケイネスは天才しか出来ない状況判断能力を駆使して再びアーチャーの宝具である蔵の中へと入っていった。

 

 そして天才魔術師は彼の住む本来の世界へと帰って来た。

 二度三度の回り道をしながら。

 だが、おかげで自由に空を飛べる舞空術も身に付けた。髪の毛を逆立て全身から金色のオーラを噴き出させる方法も会得した。

 天才はより天才になってこの世界へと戻って来たのだった。

 

 そして、天才魔術師が戻って来た元の世界で見たもの。

「…………サヨナラ、ニンフ。先に待ってて」

 それはケイネスに向かって矢を発射しようとしている羽の生えた少女の姿だった。

 天才魔術師は瞬時に状況を把握する。

 自分を殺す為にアインツベルンが刺客を放ったのだと。

 天才故に状況判断能力には優れていた。判断そのものが正しいかは別にして。

「アインツベルンの雇われ魔術師の手先よ。そんな矢如きでこの天才魔術師を倒せると本気で思っているのか? 舐められたものだな。ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)っ!」

 迫り来る暗殺者の卑劣な矢。

 だが、その危機に際してもケイネスは少しも動じなかった。

 先ほど見て習得した魔術結界を発動させて、暗殺者の放った矢を防ぐ。

 ケイネスによって発動された7枚の絶対障壁。

 魔術で強化されているのか、その燃える矢は7枚の花弁を1枚2枚と次々に突き破っていく。

 だが、それでも天才魔術師は動じない。

 そして──

「魔術の優劣は血統の違いで決まる。これは覆すことができない事実である」

 7枚目の最後の花弁で羽の生えた少女の矢を防いでしまった。

 キメ台詞と共に勝ち誇る天才魔術師。

 天才の前には暗殺という小細工も通用しないのだった。

 

「うっ、嘘っ!? 人間がアルファのアポロンを防いだって言うの?」

 その時になってケイネスは初めて自分のすぐ後ろに羽の生えたツインテールの少女がいたことに気が付いた。

「先ほどの空中戦艦の時もそうだったが、アインツベルンは一般人を聖杯戦争に巻き込むことに何の躊躇も持っていないらしいな。魔術師の面汚しな下衆な奴らだ」

 ケイネスの分類法に拠れば、魔術師でなければ一般人しかいない。

 羽が生えているとか空を飛んでいるとか、そんなものは一般人の中の取りに足りない細かい分類でしかない。

 ケイネスは矢を射た少女を見た。

「よろしい。ならばこれは決闘ではなく誅罰だっ!」

 ケイネスは断言する。

 弓を構えたまま呆然と自分を見ている少女に向かって魔術を発動させようとしたその時だった。

 1発のミサイルが天才魔術師の頭上に降り注いできた。

「へっ?」

 そしてミサイルは天才魔術師に直撃して爆発した。

「爆発オチなんて最低ぇ~~~~っ!!」

 天才魔術師が人生で最期に聞いた言葉。それは幼女のダメ出しの声だった。

 魔術の名門アーチボルト家⑨代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはその生涯をミサイルの爆発に巻き込まれて終えた。多分……。

 

 

 

「なっ、何だったの、今の?」

 ニンフは目の前で展開された30秒ほどの出来事を理解するのに四苦八苦していた。

 イカロスを倒すつもりだったが、行動が読まれていた。そして智子はやられ自分はアポロンを撃たれた。

 そこまでは良い。

 問題はここからだ。

 死を覚悟した自分の前に突然人間の男が現れた。

 そして、イカロスの必殺の武器アポロンが人間の手により防がれてしまった。

 と思ったら、その男は1発のアルテミスで影も形もなくなってしまった。

「何者だったの、あの男?」

 あんな無茶苦茶できる男が智樹以外に地球上に存在することに驚いた。

 だが今はそんな消えてしまった男のことはどうでも良かった。

「アルファは?」

 慌てて周囲を見回す。

 すると、いた。

 アポロンの反動に耐え切れず、地上へと落下していく最強のエンジェロイドの姿があった。

 ニンフは慌ててイカロスの元へと飛んでいき、彼女を抱きとめて落下を食い止めた。

「ちょっと、アルファ? 大丈夫なの?」

 イカロスの状態は少し見ただけでも大丈夫ではなかった。

 外傷は酷くないものの、碧色の瞳からはほとんど生気が抜け落ちていた。

「……ニンフが私のことをよく知っているように、私もニンフのことをよく知っている。だから、勝てると思ったのに。アクシデントに弱いのは私も同じ……」

 イカロスは力なく答えた。

「いや、あれはアクシデントというか……超常現象だったのだけど」

 あの金髪の男について説明する自信はニンフにない。

「……マスター。ごめんなさい。勝てませんでした」

 イカロスはニンフの腕の中で涙を流していた。

「そうよ。まだ智樹がいるんだ」

 ニンフは上空を見上げる。

 ウラヌス・システムの高度が先ほどに比べて下がっているように見えた。舵が効かずに落下しているのではないかと不安になって来る。

「……ニンフにお願いがあるの」

 イカロスが息も絶え絶えに見つめて来た。

「……マスターのことをお願い」

「別に頼まれなくても智樹を殺したりなんかしないわよ」

 イカロスは首を横に振った。

「……私はマスターの命令に付き従うしか出来ない。でも、ニンフは違う」

 イカロスがニンフの戦闘服の袖を掴む。

「……マスターに希望を信じさせてあげて。ニンフなら、それが出来る」

「わかったわ」

 ニンフはイカロスを強く抱きしめた。

「……それから最後に……マスターの計画に最後までお供出来なくてごめんなさいと伝えておいて……」

「えっ? ちょっと今の言葉ってどういう意味?」

 ニンフはイカロスの体を必死に揺すった。

「──ボディーの損傷が限界値を超えました。これより強制自己修復モードに入ります──」

 だが、イカロスはダメージの蓄積により自己修復以外の機能がダウンしてしまった。こうなるとニンフの方で幾ら手を尽くしても目を覚ますまでイカロスに話を聞くことが出来ない。

「ニンフ~っ! 無事だった?」

 アルテミスが直撃しボロボロになった智子がニンフの元へとやって来た。

「イカロス相手に勝ったんだね」

「勝ったと言うか、アルファの体力が尽きての自滅だったんだけどね」

 ニンフは上を見上げた。

「それよりも、あれがどんどん近付いて来ていることが気になるのよ」

「確かに。最初は点みたいな大きさだったのに、今は大きくハッキリだもんね」

 智子も険しい瞳でウラヌス・システムを見た。

「そういう訳で私はこれからあれに乗り込んで智樹に会って来るわ」

 智子はウラヌス・システムを見ながらしばし考えた。

「そうだね。私が行くよりもニンフが行ってあげた方が智樹も喜ぶだろうしね」

 ニンフの頬がポッと赤くなった。

「じゃあ、イカロスは私が地上に連れて行くから渡して」

 ニンフはイカロスを智子へと引き渡す。

「殺人チョップ・エクスカリバーの発動に失敗したおかげで左腕が使えてラッキー♪」

 ニンフは智子にイカロスを任せながら、激闘の果てに眠りについた少女の頭を撫でた。

「それじゃあ私、智樹の所に行ってくるね」

「お願いなんだけど。あのバカの頬を思い切り引っ叩いてやってくんない? 私はこの通り今両手が使えない状態だから」

「うん。わかったわ。思いっ切り、引っ叩くから!」

 ニンフは智子に対して力強く頷いた。

 そしてニンフは上空へ、智子は地上へと向かって飛んでいく。

「智樹、アンタ一体何をやらかすつもりなの?」

 ニンフの瞳には視界をいっぱいに塞ぐほどにウラヌス・システムの巨体が迫っていた。

 

 ニンフと智樹の運命が今、最後の交差の時を迎えようとしていた。

 

 

 最終話に続く

 

 


 
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