街灯の明かりが雨粒を照らし、夜の市街地を淡く照らしている。強い雨音の合間から、かすかにぴちょん、ぴちょん、と雨粒が奏でる幻想的な音が聞こえてきた。
しかし、公園の遊具で雨宿りをする彼女には、それを楽しむ余裕など無かった。空腹と寒さが彼女――大塚みなみの体力を奪い、いまにも意識を手放してしまいそうになる。
未だ小学生の彼女がここにいる理由は、単に親子喧嘩で家を飛び出し、行く当ても無くさまよう内に雨に降られ、ここにたどり着いたというだけである。
だが、彼女にとってその「理由」はとても重要なことだった。
指をざらり、とした暖かいものがなでる。見ると、子猫が彼女の濡れた腕を舐めているのだった。
下校途中、彼女はダンボールに入り眠っている子猫を見つけた。それは白い毛をし、弱弱しい呼吸を続ける、とても小さな命であった。
その子猫を抱えて彼女は家に連れて帰り、ミルクを与え、毛布に包んであげた。空腹が満たされたのか、すぐに子猫は元気になり、彼女に懐くようになったのだった。
しかし、彼女の両親――特に母親――はそれを快く思わなかった。
むしろ彼女を激しく叱責すほどであった。子猫を包んだ毛布を破棄し、彼女を病院へ連れて行こうと、半ばヒステリーとなった。まるで子猫を病原菌のように扱う母親に彼女は激しく激昂し、家を飛び出したのだった。
雨音が激しくなる。
夜が深くなると共に気温はますます下がり、体が意思に反して震えだした。吐きだす息は白く、とても弱弱しいものであった。
しきりに腕を舐める子猫を抱きかかえた。子猫の体温は高く、まるで太陽のようであった。
子猫を抱きしめると、ほんのりと体が暖かくなったかのように感じる。さらに暖かさを求めて抱きしめると、「きゅー」という声と共に子猫がじたばたともがき始めた。
はっと力を抜くと、子猫は飛ぶように彼女から離れた。
「あ……ごめんね」
そう言いながら、彼女は子猫の頭をなでた。子猫は何事も無かったかのように彼女の手に頭を押し当て、愛撫を受け入れたのだった。
しばらく子猫と抱き合っていると、唐突に彼女のお腹からくー、と空腹を告げる音が鳴った。
「お腹……すいたなぁ」
お腹を押さえる彼女を尻目に、子猫は彼女の膝の上に収まっている。
元はと言えば、この子猫を拾ってきたのが始まりだった。最初は餓え、動くこともできなかった子猫が、今ではこうしてのうのうと寒さと餓えに耐えている彼女を見上げている。
子猫と視線を交えていると、彼女はだんだんと腹立たしさを覚えてきた。
「お腹が空いたから、君を食べてもいいよね」
ニッコリとした、普段親や先生に浮かべるような笑みで言った。子猫は彼女の言葉を知ってか知らずか、ただ1つだけ欠伸をかくだけだった。
「……なに言ってるんだろ、あたし」
ため息と共に、視線を外に向ける。外は相変わらず真っ暗で、雨足は止むところを知らない。
彼女は、ダンボールの中で弱々しく眠る子猫を見捨てられなくて、家まで連れてきて世話をしたのだ。それを、汚いだの病気になるだのと怒鳴り散らして追い出そうとしたのだから、きっとそれは、いけないことだったんだ。
なら、最終的に悪いのは、全部自分だったのだろうか。
膝の上の子猫を脇に降ろし、膝を曲げて頭につける、体育座りの姿勢になる。
自分はいけないことをしたのだ。弱った汚らしい子猫を拾い、家に上げてノミやバイキンを持ってきてしまった。挙句、このような寒くて辛い思いをしなければならないのだ。
これは罰なんだ。いけないことをした自分への罰なんだ。
「ひっく……ぅぅ……ひっく……」
涙が溢れるのを気にも留めず、彼女は泣き続けた。止めどなく湧き上がる後悔の念に苛まれ、膝をぐっと引き寄せる。
ふと腰に、暖かい塊が押し当てられた。
見ると、子猫が彼女の隣に寄り添うようにして座っている。それはまるで、彼女を支えているかのように思えた。
子猫が彼女の目を見る。
彼女も、子猫の目を見つめた。
交わる視線の中で、彼女はふと1つの考えが思い浮かんだ。
彼女があの時、子猫を連れてこなければ、この暖かい感触はなくなっていたのではないか。
子猫のわき腹をなでる。難なく感じられる肋骨の感触に、子猫の窮状を思い知った。
「……ごめんね。ごめんね」
拾わなければ、この子猫は死んでいた。その方がよかったなど、どうして言えるだろうか。
涙を拭う。
子猫を担ぎ上げると、彼女は遊具から顔を出して外の様子を探ってみた。滝のように降り注いでいた雨は、先ほどより勢いを弱めているように思えた。
「行こう、ネコちゃん。今度はちゃんと家に入れてあげる」
子猫はただ「にゃー」とだけ鳴いた。
怒りに燃える母親の顔が脳裏に浮かぶ。しかし、脇に抱える肋骨の感触が彼女に勇気を与えたのだった。
ぬかるみに気をつけながら、遊具から飛び出す。その足取りはまっすぐで、力強いものであった。
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PIXIVの企画用に作ってみました。今回は純文学風……なのかな?ちょっとイマイチなのが気がかりです。