「色々ありがとう。本当に助かったわ。気をつけてね」
カーラ手製の弁当を受け取ったレイアは、軍資金のたっぷり入った背中の荷物を背負い直す。
「カーラさんも、お元気で。また遊びに来ますね」
ガイアス王にも彼女の様子を伝えてあげよう。そう心に決めながら、彼女は祭りで賑わうシャン・ドゥの街を後にする。
近くの船着場から転々と海を渡り、ル・ロンドを出立してから二ヶ月後、レイアはイル・ファンへと辿り着いた。
この街の研究所に、確か幼馴染は働いているはずだ。レイアの足は真っ直ぐに国立研究所へ向いた。
彼女の訪問については、先に書簡で知らせてある。連絡なしの押しかけではないはずだから追い返されることはないだろうが、いざ受付を目の前にすると多少緊張した。
「あの、ジュード・マティスさんと面会の予約をしてる者なのですが・・・」
恐る恐るカウンターに立った少女に、受付嬢が微笑む。その完璧な笑みには、微塵の化粧崩れもない。
「お名前をお伺いしても、宜しいでしょうか」
「レイアといいます。レイア・ロランドです」
少々お待ちください、と受付嬢は交換機を持ち上げる。どこかに連絡を入れているようだったが、話はすぐに終わり、彼女は丁寧に受話器を置いた。
「お待たせいたしました、ロランド様。ジュード先生のお部屋は、突き当たりの昇降機を上がりまして、一番奥になります」
「ありがとうございます」
栗毛の少女は笑顔で礼を述べ、言われた部屋を目指す。
「ここ・・・だよね?」
本当に正しい部屋なのかどうか不安になったレイアは宛名を確認する。膠で艶やかに輝く重厚な木製扉に掲げられた木札は、確かにジュード・マティスと読めた。
意を決して扉を二、三度叩く。ほどなくして、どうぞ、と中から柔らかい声がした。
「失礼しまーす、っと」
独り言のように呟きながら、部屋に入ったレイアは扉を元の通りに閉ざす。
がたん、とふいに物音がした。何だろうと振り返ると、男が事務机の向こうで立ち上がっている。その顔は、明らかに驚いていた。
「レイア・・・」
「久し振り、ジュード。元気だった?」
急に照れくさくなった少女は、誤魔化すように手をひらひらと振った。
「ああ、うん。元気だったよ。レイアも元気そうで良かった」
一人旅だって言ってたから心配した、とジュードは安堵したように胸を撫で下ろす。
「ル・ロンドからここまで一人で旅するなんて、無茶だよレイア。最近結構物騒なんだから。もっと早く連絡くれれば迎えに行ったのに」
レイアは無言で微笑む。
ジュードの言葉に嘘はない。迎えに行くというのは掛け値なしの本気だ。彼なら実際、そうしただろう。仕事も何もかも放り出して、自分の元に駆けつけたことだろう。
だから彼女は、ぎりぎりまで連絡を控えた。到着間際になってやっと、自分が今、旅の最中だということ、イル・ファンへ向かっていることを知らせたのである。
彼の仕事に支障を出したくなかった。頑張り屋で努力家の幼馴染が、今取り組んでいる問題は、世界の未来を左右する、とても大切なものだったからだ。
手近な椅子に腰掛けたレイアは早速、荷物を解く。
「これは、お父さんの差し入れ。この辺はシャン・ドゥで買ったの。包みはカーラさんお手製の燻製だよ。美味しかったから、少し頂いてきちゃった。あと、これとこれは大先生とおばさんから」
「ありがとう。へえ・・・ガイアスまんじゅう、シャン・ドゥでも売るようになったんだ」
レイアが執務室の机の上で品物を並べていると、部屋の主が温かい湯飲みを二つ、手に戻ってきた。彼は思わぬ土産に目を見張る。
「うん。もう名産品扱いだったよー。あっちこっちのお土産物屋さんに置いてあったから」
差し出された湯飲みを、レイアは受け取った。中身は温かい紅茶だった。口に含んで、ようやく心が落ち着きを取り戻す。
「ごめんね。急に来ちゃって」
突然の謝罪に、隣に腰掛け土産を検分していたジュードが目を丸くする。
「どうしたの?」
「ジュード、少し、疲れてるみたいだったから」
レイアの言葉に、黒髪の少年は押し黙った。長い息をつき、やがて苦笑と共に口を開いた。
「実はちょっと・・・ここ最近立て込んでてね」
「そうだったんだ・・・」
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うそつきはどろぼうのはじまり 34