≪漢中鎮守府/関雲長視点≫
充てがわれた宿舎に引き下がった私達は、今更のように全員で脱力していました
「ふ、ふわあ………
い、今になって膝がカクカクいってるよぉ…」
桃香さまらしいというかなんというか…
そんな桃香さまの様子に、皆の顔に笑顔が浮かびます
「あはははは………
はあ……
私達、今回もお役に立てなかったです…」
「……こんな事じゃいけないのに、悔しいです…」
朱里と雛里がそう呟いて落ち込んでいますが、決してそんな事はない、そう言い切れます
それが証拠に…
「我らが誇る軍師殿達は、なにを落ち込んでおられるのやら
そんな様子では、はわわ軍師とあわわ軍師の名が泣きますぞ?」
このように、星のやつに皮肉をいう余裕があるのですから
「は、はわわじゃないですもん!」
「あわわじゃありません…」
ぷくりと頬を膨らませる朱里と雛里に、皆の顔に笑顔が浮かびます
「本当だよ~……
朱里ちゃんと雛里ちゃんがいなかったら、そもそもあそこまで話を持っていけたかどうかも怪しかったもん
だから自信を持って! ね?」
『桃香さま……』
………いかん、いかんぞ愛紗
一瞬うりゅっとなった二人に抱きついて頬擦りしたくなるのは仕方がないが、ここは我慢せねば!
「いやあ、なんとも愛らしいですなあ、我らが軍師殿は」
「本当だよね~
………えいっ!」
「はわわっ!」
「あわわっ!」
いえ、決して二人に抱きついて頬擦りしている桃香さまと星が羨ましい訳ではありませんぞ
ええ、羨ましくなどありませんとも!
「いいな~……
朱里と雛里が羨ましいのだ
………よーし!
鈴々も混ざるのだ!」
おのれ鈴々、なんと正直な!
この勢いに乗り遅れた私が内心で悶えていると、星の奴めがにまりと笑いながら私の方を向きます
「おやおや、愛紗殿は参加なされぬのですかな?」
「~~~~~っ!!」
これでは星の奴に乗せられているようではないか!
いやしかし、ここは敢えて乗せられてみるのも…
そう思い、おずおずと私が近寄ろうとしたところで、朱里と雛里が皆に開放されました
あああああ………
内心がっくりと膝を着く私に、鈴々が話しかけてきます
「しかし、なんというか…
愛紗はどうしてあんな思い切った事をしたのだ?」
「確かに
愛紗殿、よくまああの場であのように思い切った事をなされたものです」
鈴々と星の言葉にうんうんと頷く皆に、私は笑ってみせます
「別に思い切った訳ではないぞ?
あの場でも言ったが、私は桃香さまを、そして皆を信じている
ならば一時皆と離れる事になろうとも、なんの問題もないではないか」
「愛紗ちゃん、ありがとう…」
いや、桃香さま?
そこで目を潤ませてもらっても、なんというか困るのですが
「この趙子龍も、槍を捧げた事に胸を張れる言葉でありました
ならばこの上は、我が龍牙に賭けて愛紗の分まで皆を守ってみせると改めて誓いましょう」
「鈴々もいるから問題なしなのだ
なので愛紗は安心して待つといいのだ!」
「ああ!
お主らがいるのだ、私はなんの心配もしてはおらぬぞ!」
ぐっと拳を突き出して誓ってくれる二人に、私も拳を突き出す事で応える
と、その雰囲気を引き締めるように、朱里が手を叩いて私達の注意を促してきた
「さて、そうは言っても何の用意もなく進められる程簡単な事でもありません
打てる手は打っておきましょう」
朱里の言葉に桃香さまも頷く
「うん、そうだね
とりあえず、孟起さんと伯瞻ちゃんは大丈夫だと思うんだけど、涼州の人達って、一体どうなってるのかな?」
桃香さまの疑問に、予め調べておいたのだろう、雛里がすらすらと答える
「韓遂、宋建、王国、陳懿といった人達と、羌族の有力者達が主だったところです
涼州は五胡に襲撃されては漢室が鎮圧を繰り返す、といった形で常に危機的状況にあるため、馬一族をはじめとした一部の諸侯を除いては漢室への忠義はないと言えます
特に羌族は奴隷として扱われる事が常なため、漢室への感情は最悪といえるかと思います」
桃香さまはこれに難しい顔をする
「………となると、天譴軍の人達が最初から交渉を諦めた状態でいたのも、しっかり根拠があったって事だよね」
「はい
ですので、これは桃香さまには言いづらいのですが、涼州諸侯を全て説得するのは、多分無理だと思います」
雛里の言葉に、桃香さまは更に難しい顔になる
「う~ん……
でも、私達が出す条件によっては、少なくとも大人しく統治を受け入れてくれるように説得はできないかな?」
これに朱里と雛里も難しい顔になる
今の私達に“会話を諦める”という選択肢は存在しない
そうである以上、ここで妥協するようでは天譴軍に向かって意地を通した意味がないのだ
「状況が落ち着いてからになりますが、郭奉考さんとも話し合ってみる必要はあるかと思います
もし奉考さんが私達が持っていない情報を握っているとすれば、それが突破口になるかも知れません」
朱里の意見に私を含めた皆が頷く
「幸い、平原は十分に土地があり、しっかりと治水灌漑を行えば涼州諸侯を受け入れるだけの余裕もある土地です
身分的には落ちるかも知れませんが、一族を養える場所を提供できるとなれば交渉もできるかと思います」
この朱里の言葉を受けて発言したのは星だ
「となると問題は、それを天譴軍と洛陽が認めるかどうか、でありますな」
私はこれに頷いて意見を述べる
「恐らくは洛陽で奴隷となっている同族の開放や受け入れも視野に入ってくるでしょう
同時に、五胡を平原に受け入れるという事で、平原の民の反発も予想されます
正直厳しいと言わざるを得ません」
これにげんなりとした感じで桃香さまは溜息をつく
「うわあ……
さっきは勢いで大見得切っちゃったけど、ものすごく大変だよね…」
私達が「何を今更…」と呆れた顔で桃香さまを見ているのも仕方がない事だと思います
「お姉ちゃんは、それでもやるつもりなのだから、ここで後ろ向きになってはいけないのだ」
「えへへ……
その通り!
私は絶対諦めないよ!」
むん、と気合を入れる桃香さまに、私達は頷きます
さて、となれば…
「まずは、郭奉考さんと話をして、天譴軍と洛陽からどこまで譲歩を引き出せるか、まずはそこですね」
朱里の言葉に再び頷きながら、私も宣言する
「私達の覚悟と心意気がどれほどのものか、天下に見せつけてやるとしましょう!」
拳を挙げて皆で気合を入れる中で、私は確信していました
我らが進むこの道は険しかれど、決して間違ってはいないのだ、と
漢中に来てからのもやもやとしたものは、私の胸の中からは既に消えていました
≪漢中鎮守府・円卓の間/北郷一刀視点≫
評定の間を追い出された俺は、徳に無理を言って自室ではなく円卓の間に居る事を選んだ
追い出されたという表現は語弊もあるだろうが、俺としてはなんかそんな感じだったりする
「一刀樣、本当にお休みにならなくてよろしいのですか?」
珍しくも徳が心配そうに、そう俺に語りかけてくる
俺はぐったりとしたままでそれに答える
「ああ、これは具合が悪いとかじゃないんだ
人間、怒りやら悲しみやらって負の感情に支配され続けると、存外疲れるものなんだなって
つまりはそういう事」
………なんでそこで溜息をつくかなあ
「どうせ言っても聞かないでしょうからお望みの通りにしますが、この上悪い方向に思考を飛ばすようでしたら、僭越ながら私の手で気絶していただきます
宜しいですね?」
「………………うん、ぼく、そんなことしないよ?」
思わず幼児化した俺を誰が責められよう
つーか、徳のアイアンクローを一度食らってみるといい
マジで意識が飛ぶんだってば!
あれはもう、痛いとか苦しいとか、そういう問題じゃないんだよ!
まあ、もう少し自分が落ち着かないと、無理に寝たとしても悪夢しか見そうにないから、自室に戻りたくなかっただけだからね
さて、折角だし徳に俺はここに居るとみんなに伝えてもらって、少し思考を整理しようか
そう思ったところで、徳がぼそりと呟く
「恐らくこうなるだろうと思っておりましたので、仲達にはその旨既に確認しております」
徳の顔は“今は絶対一瞬たりとも離れない”と主張していた
俺はそれを見て両手を挙げる事で降参の意を示す
「……はい、我儘はこれ以上言いません」
「今は、ですね」
ぐうっ!!
久々だと、徳のツッコミが痛いんですけどっ
………なんか別の意味でマイナススパイラルに落ち込みそうな気がしなくもないが、ここは頑張って立ち直るんだ俺!
ともかく、みんなが来るまで徳に話し相手になってもらうとしようか
「ま、まあそれは置いとくとして…」
「できれば納得いくまで追求したく思うのですが」
「置いとくとして!
何か聞きたい事があるんじゃないの?」
すると徳は、小首を傾げてしばし悩むと、あっさりと答える
「いえ、特には」
思わずがくりと項垂れた俺は、絶対に悪くないと思う
俺のそんな様子に流石に悪いと思ったのだろう、無理やりという感じではあるが、徳が疑問を口にする
「強いていえば、孫家にあまりに有利な条件をお出しになったのが気にかかる、という程度ですが」
俺はそれに笑って答える
「ああ、あれが孫家に有利だなんて、そんな事があるはずないじゃないか」
「………は?
いえ、あれは誰がどう見ても…」
俺は徳に説明する事にする
「地理的条件だけを言えば、確かに有利だろうさ
しかし考えてもみなよ?
荊州の要衝たる長沙は元々が袁公路の支配地で、江東が本拠地と言える孫家に縁が深い訳じゃない
そして、孫家には長沙の守備防衛にまで十分な兵力を割く余裕なんかありはしない
つまり、俺達が手を貸してやって、はじめて彼らは長沙という拠点を維持できるって事さ」
なるほど、と頷く徳に俺は説明を続ける
「当然、俺は手を貸してはやるが、それは兵を貸すって事じゃない
彼らが江東で兵を集め、それを一定期間養うだけの糧食と武器防具を与えるってだけの事さ
だから賭けてもいい、いくら周公謹が有能だとしても、陸伯言がそれに並ぶものを有しているとしてもだ
この時期に長沙と建業を手に入れる事で、彼らは間違いなく破綻する
その豊かさ故にね」
「反孫家といえる豪族達と小競り合いを続けながら、建業と長沙の治水灌漑は不可能、と」
徳の言葉に俺は頷く
「当然だね
そんな無茶苦茶な事、今の俺達にだってやれって言われても無理さ
だから断言できる
この話に孫家が乗ったが最期、彼らはその足元から崩れ去る」
この事で、俺は喉から手が出るほど欲していた張仲景を招く事も可能となる
恐らく周公謹は、彼女なりの成算をもってこの話を受けるだろう
そして、張仲景を招くために華陀と、多分公祺さんを軍監として同行させることになるが、あの二人の事だ、恐らくは持病として抱えている周公謹の病を長沙で治そうとするに違いない
つまり、この時点で一定の期間でしかないが、周公謹は長沙から一歩も動けなくなる、という事だ
周公謹が動こうとしても、それを認める孫伯符ではあるまい
たかが数ヶ月、もしかすると一月足らずかも知れないが、その時間で十分なのだ
この遅れが孫呉にとっては致命的とも言える状況となる
……………どうしてだろう、徳から呆れたような雰囲気が漂うのは
「一刀樣、言いたくはありませんが、敢えて言わせていただきたく思います」
「な、なにかな?」
思わず怯えてびくっとする俺を冷ややかに見つめながら、徳はすーっと息を吸い込む
「そのような事ばかりなさるからこうしてお生命を狙われるのです!
少しは自重していただきたい!!」
「ひいっ!
ごめんなさいっ!!」
肩を怒らせ目を吊り上げて怒鳴る徳に、俺は身体を縮こまらせて脊椎反射で謝った
しかし、当然それで見逃してくれるはずもなく…
「いい機会です
本日は皆が来るまで、この想いの丈を存分に聞いていただきます
覚悟はよろしいか?」
「………えっと、そ、その…
ゆ、ゆるして?」
俺としては精一杯かわいく見えるように言ってみたのだが、その程度で許してくれるような徳ではなかった
こうして俺は、みんなが円卓の間に来るまでの長い間、ただひたすらに雷を落とされ続ける事になった
やってきたみんなが徳の主張を聞いた事で、会議をはじめる前に雷の本数が増えた事を付け加えておく
≪狭/???視点≫
「くっくっく……
ざまあねえぜ北郷一刀、これだから外史なんてもんはよ!」
「嬉しそうですね?」
「ああ、嬉しくってしょうがねえ!
これであいつも、少しは俺が言ってた事の意味が解るだろうぜ!」
嬉しそうに笑うその男の声は、その実悲痛といえる程の悲しみに満ちている
果たして、なにがこの男をこうまで憎しみに走らせるのであろうか
「………とはいえ、ご主人樣は、こうなる事を覚悟していたのよ?」
渋く艶のある男の声に、笑っていた声がぴたりと止まる
「…………だったらこいつは既におかしくなってんだろうよ
いやだねえ、外史の主人公樣はよ」
憎々しげに吐き捨てられた言葉に、ふたつの溜息が漏れる
「おや、これはどうやら…」
笑っていた声に応えていた若い男の声が“外史”に向かって注意を促す
それに応えるかのように4つの意識が“外史”に向かう気配がした
そしてしばらくして、再び狂ったような笑い声が谺する
「くはははははははははっ!
最高だ、最高だぜ!
未だかつて、こんなぐちゃぐちゃの外史は見たことがねえ!
これなら、わざわざあの野郎を殺そうとも思わねえ!
むしろ殺してやった方があいつの為なんじゃねえか?
ははははははははは!!」
「確かに……
流石の私でも、これを“管理”したいとは、とても思えませんね」
『………………』
残るふたつの意識は、何か言いたいのを堪えるかのような雰囲気で沈黙している
それが気に入らないのか、笑い声は不機嫌そうに問いかける
「ああん?
言いたい事があるなら言えよ
今の俺は機嫌がいいからな、聞いてやらない事もないんだぜ?」
その言葉に応えたのは、渋く張りのある声だ
「………儂が今更何を言ったところではじまらぬ
もう外史は動いておるのだ
ならば最後まで見守るのが筋というものよ」
「ご主人樣は選んでしまったのよ…
だからあたし達は最期まで見守るだけ
それが例えどんなものであろうとね…」
その答えに満足したのか、声は再び笑い出す
「OKOK
そうだよな、そうでなくちゃいけねえよな
本来物語から“外れた”ことを“修正”し“管理”するのが俺達の役目だが、こうまで外れちまっちゃあ、もうどうにもならねえからな」
続くように若い男の声が喉で笑う
「くっくっくっくっく……
私にはこういう趣味はないはずなのですが、それでもこれは余りに滑稽です
こういうのを指して“笑劇”と言うのでしょうね」
『………………』
再び沈黙で応えるふたつの意識に、流石に気を悪くしたのか、他のふたつの声も沈黙する
そしてしばしの時が過ぎ…
笑っていた声が再び言葉を投げかける
「お?
はじまったか……
さあ、せいぜい悲嘆と絶望に踊り狂ってくれよ?
なあ北郷一刀…」
『………………』
残る3つの気配は、それに沈黙でもって応えた
なぜなら、その声は魂が引き裂かれそうな程の慟哭に満ち溢れていたのだから
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