No.367511

狙撃手だから眠れない【2】

桐生恭丞さん

狙撃手だから眠れない【1】の続きです。女装スナイパーの理由とは……をどうでも良い会話を交えつつw トクをオートスナイパーにしたのですが、オペレーションはボルトアクションの方が映えるんですよね(白目

2012-01-23 20:22:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:360   閲覧ユーザー数:360

 

【〇〇二】

 

 ボロ部屋に戻ってすぐに、宮田に返事をした。受けるという方向で。こういうのは早い方が良い。迷うのは時間の無駄だ。やらないと決めたら痕跡を消してとんずらした方が良い。俺がさっさとYESを伝えたのは、引っ越すのが面倒だったからだ。そんな理由で良いんだ、決断なんざ。

 宮田の迎えとして、あの檜山という男――見た目が女だ――が迎えにきたのは一時間後くらいだった。やつら、まだ近くにいやがったんだな。

 檜山の車に揺られること二時間ほど。乗り心地は悪くはないが、雰囲気は最悪。徹頭徹尾、俺を無視しやがる。

 この野郎、見た目は意味不明だが雰囲気は悪くない。戦うことを生業にしている人間独特の雰囲気がある。

 外も暗い。高速道路ではなくて一般道。あいにく俺は街の夜景に何かを感じるようなロマンチストでも、資本主義者でもない。だもんで、目線が不意に後部座席に泳いだ。そこにあったのはでかいアルミケース。アホでもわかる。それはガンケースだ。

「おい」

「…………」

「後ろのそれは銃だろう?」

「冷凍マグロです」

「なんだよ、最近の軍じゃ銃を冷凍マグロって言うのか? おもしれぇや。当ててやろうか」

「ケースの上からわかるんです?」

「まぁな。こう見えても長く漁船には乗ってたからな。インド洋からベーリング海峡までどこでも。このサイズから察するに……几帳面だな。競技経験がある。そういうやつらが信頼性を見いだす銃はそう多くねぇ。レミントンか。M24だな」

「…………」

「あたりだろ?」

「いいえ、本マグロですね」

 キッとこっちをにらんで言いやがる。顔立ちはいいからにらむ顔も美人だ。

 男だけどな。

「制圧下における狙撃任務には向いてるだろうな。失敗してもてめぇに危険は少ない。バックアップも多くつく。そういうやつはおおかた、ボルトアクションを使うもんだ」

「ボルトアクションライフルは狙撃の基本です。動作信頼性、実射性能においてもオートライフルと比較するのは間違っています」

「教科書的には、な。実戦じゃそうはいかねぇよ。AVを卒業してハウツー本を読んで女抱いてるようなもんだな」

「なっ」

 ハンドルがぶれる。檜山の野郎、顔を真っ赤にしてこっちを見やがった。

 こいつ、この手の話が苦手と見た。よし、弱点を見つけたぞ。

「犯罪者め。破廉恥な例えを……」

「ほいほい犯罪者とか言うなよ。人聞き悪いぞ」

「事実だ。それに聞き捨てならないことを言ったな。まるでボルトアクションを使うわたしが素人のような言い方だ」

「素人童貞とは言っちゃいねぇよ。まぁそんだけ美形ならモテんだろう、女にもよ」

「そういうことには興味はない。いいから本題に戻れ」

「へへ、本題な。おまえ、実戦の経験がないだろう」

「訓練は受けている。十分過ぎるほどだ。今すぐにでも要請があれば、わたしはどんな狙撃もこなす」

「その気構えは大事だ。最低限のな。実戦では訓練通りにやるもんだ。できる場合はな。だがたいていの場合はそうはいかねぇんだ。実戦で仮におまえが外しても、バックアップが撃ってくれる。それがチームってもんだ。当然バックアップの存在は精神的な支えもある。セカンドショットを考えなくて良いってのはそれだけファーストショットに集中できるってことだ」

「セカンドショット……?」

「一発目を外した後のもう一発だ。もしくは致命傷にならなかった場合の、とどめの一発だな。こいつをやれねぇと実戦――特に暗殺じゃ話になんねぇ。暗殺の任務は確実に仕留めることだ」 ハンドルを握る檜山の顔はまっすぐに前を見たまま、真剣だった。女装趣味は別として、こいつは狙撃に対してはかなりの執着があることは、間違いない。宮田が一目置いているようだが、その理由もわかる。

「オートを使うということか?」

「正解」

「馬鹿げている。オートライフルの精度は――」

「悪いな。俺は現役時代はずっとオートだったよ。ボルトを使ったのは最初の二回。その二回とも失敗してる。後始末のために作戦変更になって死にかけてな。以降はオート一筋ってわけだ」

「…………」

「まぁいい。論より証拠って言うんだろ? この車どこに向かってんだ?」

「習志野だ」

「尾行対策の遠回りか。途中、八千代に寄ってくれ。例のレンジに預けてある俺の冷凍マグロを回収したい」

「……予定に含まれている。向かっているところだ」

「マジかよ。場所知ってるのか? 怖いねー、軍隊ってのは」

「あのレンジは元々自衛隊時代に作った秘密練習場だったらしく、記録が残っていた。おまえのような犯罪者が我々の目を盗むことなどできるわけないだろ?」

「はいはい、ごもっともで。……なるほどな、あそこはそっち系だったのか……」

 迂闊だったか、俺。元々は戦友の紹介で知ったレンジだったが、そいつが知った経緯や設立の歴史なんぞを聞いておくべきだったな。くそ。次からは気をつけるか。

「どうして軍を離れても撃っていた?」

「うっせ」

「答えろ犯罪者。おまえがわたしに質問する権利はないが、おまえにはわたしの質問に答える義務があり、拒否権はない」

「見た目はともなく、おまえ相当に性格悪いな。気をつけよろ、部下いじめをやるやつは戦場で警戒する相手が増えるんだぜ。まぁ答えてやるよ。撃ちたいからだ」

「中毒なのか?」

「かもな。ずっとそれで稼いできたんだ。それなりに誇りってやつか? まぁあるんだ。俺の稼ぐ方法、生きる術みてぇのはこれしかないってのが。放っておくと錆て……違うな、解けちまうだろ? 冷凍マグロさんはよ。だから時々手を入れたくなるんだよ、マグロにも、俺自身にもな」

「もういいマグロはやめてくれ。……つまらないところでしつこいな、おまえ」

「狙撃手はしつこいぜ。ところでおまえは狙撃手なのか?」

「おまえは質問をする権利はない。当然、それに答える義務も、わたしにはない」

「なるほど、良いところマークスマンってところか。見たところ狙撃手には向いていないな。ハンドルを持つ手、道路を見ている視線も、それなりだな。ちょっとばかり自信がある、いや、自意識が高い一般的なのぼせ上がり兵士というところだな。痛い痛い、あー、これは痛いわ」

「き、貴様! いい加減にしろ! わたしは特級狙撃手だ!」

 短絡的なやつだ。こういうプライドの高いやつは挑発に乗りやすい。こいつも例外じゃない。まだ若いな。実戦経験のなさが出る。

「なるほど特級狙撃手か。信頼高いな。宮田が推挙するのも納得だ」

「貴様……わたしを試したな!」

「すぐに熱くなるおまえが悪いんだよ。いいんだ、欠点は自覚していればあまり恐れることはない。俺も、今おまえも、理解したろ? これで俺はおまえの欠点を補ってやれる」

「おまえに補ってもらう必要なんかない!」

「あるある、大ありだ。これから組んで仕事をするんだろう? おまえのミスは俺たちの仕事に関わる。失敗は許されない仕事なんだぜ。それに当然、命にだってな」

「わたしはこの作戦では命を捨てる覚悟ができている」

「そりゃ当然だ。俺たちは作戦のために命をかけるんだ。けどな、最初から捨てにいけるほどに安い物として考えるなよ。若いやつは特にそうなりがちだ。人間の能力ってのは、命を捨てることよりも守る時の方が出るってもんだ。まぁ覚えとけ」

「……説教くさいやつ」

「鍛えてやってんだよ。素直に聞いておけよ」

 青二才に説教たれているうちに、周囲の景色は見慣れたそれになってきた。もうすぐ着くだろう。

「わたしにとって軍は仕事ではない。生きる場所だ。神聖な場所なんだ。そこにおまえのような犯罪者を入れるなど、わたしには耐えられない。当然、おまえの言うことも素直に耳に入れることなどはもってのほかだ。だが今回は大佐からの命令だから渋々従っている。おまえを尊敬したわけじゃない」

「そいつはどうも。でもな檜山さんよ、俺も仕事には真剣だ。おまえが俺を尊敬しようがしまいが知ったこっちゃねぇわけだ。神聖な軍隊だか職場だかも知ったこっちゃねぇ。俺もおまえと組む前に知っておきてぇことがある」

「……な、なんだ?」

「おまえ、なんで女の格好をしてるんだ?」

「…………」

 まっすぐと前を見たまま、檜山は露骨に嫌な顔をして、こめかみあたりをぴくりと動かした。

「俺は趣味には寛大だぜ?」

「……好きだからですよ」

「女装がか?」

「ち、違う! わたしが……わたしが好きなのは男性なんだ。しかし世の男性のおおよそは恋愛対象が女性だろう? だから……」

 体の一部――ありていに言っちまえばケツなんだが――にむずっときた。

 どうでもいいが、頬を染めるな。

「ほ、ほぅ、そういうことか。うん、まぁ、良いんじゃないか?」

「おまえ、馬鹿にしているな?」

「言ったろ、俺は寛大なんだよ。おかげで、俺のおまえの疑問はなくなった。不明なことがなくなれば少しは信頼関係も築けるだろうよ」

「別にわたしはおまえと信頼関係なんか築きたくない」

「へいへい。けどまぁ仕事はきっちり仲良くやろうぜ。外したくねぇよ」

「……わたし一人でもできると言ったのに」

「宮田が選んだんだぜ、俺を。宮田を信じろよ。宮田だっておまえの手柄で見直すとかいうこともねぇさ。俺と上手くやればあいつだって評価してくれるってもんよ」

「…………おまえはなんでそうずかずかと人の中に入ってくるんだ」

「性分だよ。明日死ぬかもしれねぇって思うとな、わかんねぇことは知りたいって思うんだ。どうでもいいって思うこともあるけどな。興味の基準なんかわかんねぇ」

「適当な人間め。もうすぐ着くぞ。さっさと銃を回収しろ」

「銃? 冷凍マグロだろ?」

「くっ……!」

 悔しそうにする表情も、女そのものだ。女装好きの男色家には見えないし、そうではなくて本当の女であって欲しいもんだけど、そいつは無理だな。死んだら神様ってやつに抗議するってことにしておくか。

 檜山が店の前の駐車場に車を止める。店と言っても、やっているのかやっていないのかわからない、車の修理工場のような場所だ。ここが秘密の銃工房だなんて、まともなやつは知るよしもない。つまり知っているのはまともなやつじゃないってことだ。

 俺と檜山は車を降りた。

 

 
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