どこからか、優しい子守歌が聞こえる。
それは懐かしい、母の声のような、叔母の声のような、心に染みいる歌だった。
暖かな光が降り注ぐ、まるで日だまりのようなぬくもりだ。
『ははうえ? ……おばうえ?』
幼い声が聞こえる。
応えるように、彼の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
「ん……」
唐突に、低い男の声が自分の口から紡がれたので、彼ははて、自分は今どこにいたのだろうと疑問を胸に抱いた。首を傾げたくなったけれど、どうしたことか、力の抜けた体はいうことをきかない。ううん、と、うなるような頼りない声だけが、意識とは無関係に漏れるだけだ。
「アスフェリートさま?」
歌が途切れ、同じ色をした声が彼の名を紡いだ。ああ、歌っていたのはルセリナだったのかと、今更のように思い出して、撫でてくれる優しい動きに淡く微笑んだ。
「ゆっくりおやすみなさいませ。お疲れなのですから」
そうだ、と、頼りない記憶をおぼろげながら思い出す。ここのところ、様々に続いた仕事のせいでろくに眠れず、屋敷に帰ることさえできなかった。これが久しぶりの安らかな睡眠だ。
寝室にふらふらになりながらたどり着き、寝台に倒れ込んだ彼を、ルセリナは優しく迎え、こうして付き添ってくれている。
『子守歌を歌って』というわがままにもつきあってくれた。
……夢を、見ていたのだ。懐かしい懐かしい子守歌の夢を。
「……思い出してたよ。その歌、母上や叔母上に……歌ってもらったのと……よく似てる」
「そうですか。私は母や姉によく歌ってもらいました。懐かしい歌です」
やわらかにしなやかな彼女の手が、そっと彼の頬と髪を撫でる。かき分けた額に口づけを贈られても、まるで子どものようだと拗ねる気は不思議と起こらなかった。いまはただ、この幸せに包まれていたい。
「おやすみなさいませ、アスフェリートさま。ゆっくり、ゆっくり……」
再び流れ出した子守歌をどこまで聞いていたか。それはまるで呪文のように、彼を眠りのやわらかいぬくもりへと導いていった。
Fin.(初公開:2008/6/1)
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以前、サイトのブログにて公開していたSSです。本編終了後15年以上のちの、あるひととき。子守歌、と王ルセ。