No.367339

狙撃手だから眠れない【1】

桐生恭丞さん

わけありおっさんスナイパーと、女装スナイパーとの物語。息抜き的にだらっと書いていきます(^^;

2012-01-23 10:31:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:348   閲覧ユーザー数:348

 

 運は大事だ。

 おおよそのことは運が何とかする。訓練過程を経て実戦に放り込まれて学んだことだ。それまでは不撓不屈の精神が万事を解決すると信じていたが、案外そうでもなく、最後は運が左右する。

 それは戦場に限ったことじゃない。たまたま入った店の味や、ひっかけた女、今月の給料、今日の天気、大なり小なり、運が決めることは多い。

 だから今日この紙切れが郵便受けに入っていたのも、そうだ。こいつが良いか悪いかは、最後は運が決める。動くのは俺自身なわけだが——トクはにやりとして、メモをぐしゃりとポケットに突っ込んだ。

 そこに書かれていたのは近所にある不味いコーヒーを出す不運な店の名前と、一〇年ぶりに見た、友人の名前だった。

 

 

「久しぶりだな、トク。一〇年ぶりだ」

 歳の差なんか二つ程度だというのに、こいつはまだ若い。苦労を知らないんだか、金をかけているんだか。まったくいつ見ても軍人には見えない。

 宮田。宮田は国防軍の……今はなんだ? 私服だから階級章がないからわからんが、相当に偉くなってることだろう。

「いきなり何用だよ。わざわざ見つけてくれてご苦労さん」

「なんだおまえ、何も買わなかったのか?」

「くそ不味いんだよ、ここのはな」

「残念だな。不味いのはおまえの味覚だ。普通に美味い。水でも飲んでろ」

「いいだろそんなこと。で、なんだ?」

「旧交を温めようと思ってな」

「柄にもねぇことぬかすな。生憎こっちはあれ以来ご無沙汰だぜ」

「あの事件は残念に思っている。キミは——」

「うるせぇ。いいんだよ。で、用件はなんだ? おまえが私服で出向いて来たんだ。これから寿司でも食わせてくれるっつーわけでもないんだろう?」

「そうだな、そういえば久しく寿司は食ってないな。良し、どうだこれから?」

「奢りならいいぜ。なにもったいぶってんだ。言いづらい内容か? 浮気がばれた系か?」

「近いな。まぁ似たようなもんだ。本妻を愛していても、横から愛がくればそちらもかまいたくなる」

「くそが。死ねよ。ちっ、ここは水も不味いな」

 宮田は俺と違って、育ちがいいらしい。ここのコーヒーも水も、育ちが良い人間向けらしく、俺には合わない。つまり俺はそういう人間だ。

 宮田ももう若くはない。息子はもう高校生くらいだろ。こいつのことだ、仕事も家もしっかりやってるだろうし、浮気と言ったが、そういうことをすることもないだろう。堅物野郎ってのは変わるもんじゃないし、猫かぶりでもない。

「なんか買って来いよ。三〇代後半の男がホットミルクを頼んでも、それは別にかまわんだろう、ここじゃ。一杯は奢りだ。呼び出したのは俺だしな、トク」

「懐かしい呼び方だぜ。わりぃな、じゃあ一杯もらうわ」

 席を立ってカウンターへ。気が進まない。不味いからだ。何事も先にあるのが良くないとわかると気が進まない。不味い飯を食うのが楽しみというやつがいたら会ってみたいものだ。そんなやつに興味はないけどな。

 コーヒーチェーン店だから、味はどこでも同じだろう。同じく不味いってことだ。

 世の中どこ行ってもチェーン店みてぇだ。どこも同じようにクソで、そいつを隠して笑い合ってる連中が多い。パンツの中にしたクソを隠しながら、誰は漏らしてるだの、踏んづけただのを言い合う。

 しかしそいつらは知らない。クソを始末することで生計を立ててるのがいるってことは。知って欲しくもないし、知らせたくもない。

 俺が今一番知って欲しいのは、俺の味の好みだ。この店にね。

 宮田は俺のことを「トク」と呼んでる。本名は徳永裕利。日本人だ。だからコーヒーっていう飲み物はどうも気取ったお茶になっちまう。仕事柄いろいろな国を裏表歩いて、そこかしこのお茶ってのを飲んで来たが、美味いのは日本のお茶だ。

 土を捏ねて焼いた作った茶碗で飲む緑茶、しっくりくる。

 でもここじゃそれは出ない。俺は紙で作られたカップに入った黒いコーヒーを持って、宮田の待つ席に戻った。

「……ってなんだよこれ?」

「遅かったな」

 宮田の隣の席には、スーツを着た若い女がいた。軍人だろう。長い髪は軍人には不向きだぜ、広報以外にはな。

「話ってのはこいつのことか?」

「それもある。紹介しよう。俺の部下だった檜山遥だ」

「檜山です」

 敬礼もなければ会釈もない。切れ長の眼でにらむように俺を見て嫌がる。可愛げのかけらもない。若いうちはそれでもちやほやさるが、もうちっと歳が行くとちやほやする対象はまた若いやつになっちまうぜ、お嬢さん。

「トクだ。で?」

「昔取った杵柄というやつだ。単刀直入に言う、お前にやってもらいたいことがある」

「一緒にゲームを……ってわけでもなさそうだな。……ちっ、やっぱ不味い」

「トク、おまえには——」

「やめろやめろ。もう引退して長すぎる、一〇年だぞ? 正気か? 現役がいるだろうが。そっちを使え。俺は——」

「すまないがおまえのレンジ使用を確認させてもらった。違法銃の所有も知っている。非合法のレンジだが、定期的に撃ってるじゃないか。引退したやつが趣味でやるにしては、大げさじゃないか?」

「……へっ、嫌なやつだ。なんだよ、その件についてか?」

「そんなことは些細なことだ。それに軍の管轄じゃない。お前の射撃記録も確認した。腕は鈍っちゃいない」

「トリガーを引くだけのは、な」

「そう露骨に嫌がるなよ。報酬はきっちりと払う。紙一枚で飛ばしたりしないさ。それに、俺たちの力でおまえを自由にしてやれるぞ、トク」

「…………」

 コーヒーの味がまたいっそう、不味く感じられた。軍隊ってのは良いところだ。悪くはない。だからいた。でも時々、こうして頭に来るようなこともある。軍隊ってのは、そうだ。

「……そんなことも調べてるのかよ」

「大佐、わたしは関心できません」

 ここまで押し黙っていた檜山とかいう女が口を開いた。宮田のやつ、大佐になっていやがったのか。

「犯罪者を作戦に加えるのは反対です」

「三年前、娘の教師を半殺しにしたそうだな。娘に猥褻行為をした教師の家まで行き。後遺症の残る怪我を負わせたと」

「…………」

「軍籍はもうなかったからな。普通の裁判で有罪が出たのは半年前。そろそろ懲役に入るんだろう?」

「くそったれ」

「大佐、そのような者を——」

「檜山、黙れ。適材適所というものがある。それに俺は、こいつは犯罪者になってしまったが、攻められるか。俺だって自分の娘がそんな目に遭えば、同じ事をする。こいつはそう、運だ。運が悪かったんだ、そうだろうトク?」

「運じゃねぇよ。やったのは俺だ」

「俺はおまえを救いたい。わかってくれトク」

「だからって、取引か」

「いくら俺でも、無条件におまえを無罪にできるほどの力はない。それに、この一件はおまえの力が必要だ。隠さずに言えば、おまえの立場も……だ」

「そこは隠せよ。非公式任務か。PMCは?」

「国内の問題だ。外交的な問題ならともかくな」

「…………」

「まだやり直せるぞ、トク。娘や嫁さんとだって、また一緒に暮らせる。いいのか、おまえのように才能のあるやつが、その日暮らしで腐ってるところなど俺は見たくない」

「腐ってる、か」

 宮田にそう言われると、反論はできなかった。娘ができて、俺は軍を辞めて、軍が紹介してくれた仕事をしていた。良い稼ぎではないが、そこそこの生活はできていた。悪くはなかった。良くしようって思えたから。女房も娘も、確かに愛していた。

 けど、やっちまった。犯罪者の烙印を押された俺は……もう一緒に住めないと、家を出た。

 腐ってる。たしかに俺は、腐っている。

「やり直せる、か」

「また仕事も紹介してやれる。おまえが望むならそのまま復隊してもいい。教官の仕事もある。やりたいんだろう? おまえはそう思っているはずだ。でなければ非合法の銃を非合法のレンジで撃ったりはしない」

「……宮田」

「すぐに決めろとは言わない。だが急ぎだ。二十四時間待つ」

「大佐、わたしは反対です」

「宮田、さっきからすごく否定的なこの方は?」

「あぁ、おまえがこの件を引き受けてくれれば、この檜山と組んでもらう。見ての通り若いが、腕は確かだ」

「なるほど、それで反対しているわけか。お嬢ちゃん、すまないな。女と組むのは俺も願いさげだ。宮田、組むなら他のやつを回してくれ」

「ほぅ、理由はなんだ?」

「女だからだ。女と組んで行動なんかできるか」

「そうか、なら問題はないな」

「は?」

「檜山は男だ」

「……へ?」

 声が裏返ってしまった。檜山を見ると、こいつはやや顔を赤くして、俺から目を背けた。男……だと?

「わ、悪いか……この犯罪者……」

 運が悪い。つくづく俺は、そう思ったね。

 

 

 
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