No.367295

外史異聞譚~幕ノ五十八~

拙作の作風が知りたい方は
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2012-01-23 05:46:25 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3547   閲覧ユーザー数:1667

≪漢中鎮守府・評定の間/劉玄徳視点≫

 

私は、仲達さんに突き付けられた言葉の意味を噛み締めていた

 

一見、怒りに任せて意地悪を言うために、私達の痛いところを突いてきているように見えるんだけど、私はそれは違うと感じている

 

どのような形であれ、人を他人を民衆を導き支える立場を選んだのなら、取捨選択は必ず必要なのだ、と

自分に近しい人達、愛する人達とそれ以外を天秤にかけられたとき、私はどっちを選択するのだ、と

 

ただ単純に強烈に、仲達さんは言ってきただけなんだ

 

そして、それに対する私の答えはひとつしかない

 

私は震える唇を噛み締めて、拳を握り胸を張ってそれに答える

 

「お断りします!」

 

その微笑みの奥で、仲達さんがすっと目を細めたのが判る

 

「理由を伺ってもよろしいですか?」

 

多分、今仲達さんの中で、私はもう語るに値しない、と断じられているんだろう

でも、私の掲げた理想と、短いながらも漢中で学んだこと

それらを考えたとき、私にはこの答えしかない

だから私は堂々と胸を張ってこう言える

 

これが劉玄徳が選ぶ、みんなの笑顔のための道なのだ、と

 

「なぜなら、その提案を受け入れた時、そこで本当に笑顔でいられる人間が私達の中にはひとりもいなくなるからです

 同じように、涼州を見捨ててしまえば、やっぱり私達は笑えない

 どこか心に小さな棘を残したまま生きていかなきゃならなくなる

 だから、天譴軍の人達には絶対に譲ってもらいます!」

 

『玄徳さま……』

 

みんな、ごめん

勝手にこんな事言っちゃって、本当にごめんね

 

もしかしたら、私達はここで殺されるかも知れない

もしかしたら、このまま漢中と戦争になるかも知れない

 

でも、これは絶対に妥協してはいけない部分だと私は思う

 

「司馬局長、どうやら私達は、劉玄徳という人間を見誤っていたようですね」

 

令則さんが、そう言って溜息をついている

 

………やっぱり駄目かな、こんな事理解してはもらえないかな

 

「確かに、ここまでとは私も見誤っていました

 なるほど、みんなの笑顔のため、ですか…」

 

「はい!

 みんなが笑顔でいるためには、まず私が心から笑っていないといけない、そう思うんです

 時に喧嘩し、言い争う事があっても、話し合う事を忘れなければきっと最後にはみんなが笑える

 私はそう思います」

 

仲業さんが腕を組みながら私に問いかけてくる

 

「ふむ……

 口論という程度ならそれは正しいとボクも思う

 しかし、それが殴り合いになったら?

 欲得が絡めば、人間はたった一握りの雑穀を理由に簡単に人を殺せるものだ

 それはどう考えるのかな?」

 

「それでもです

 自分が本当に胸を張って笑うためには、絶対に自分から話すのを諦めちゃいけない

 何があっても自分から拳を振り上げちゃいけない

 それを私に教えてくれたのは、天譴軍のみなさんなんです」

 

「だってさ

 さて、これは困ったこまった…」

 

全然困っていない顔で、仲業さんは万座を見渡します

 

「孫仲謀殿、周公謹殿、もしこれが隣国の王だとしたら、貴女達はどうなさいます?」

 

仲達さんは何故か私を無視して、孫家の人達に言葉を向けます

そこには、苦虫を噛み潰したような感じで、何も言えないという様子の二人が立っていました

 

「………やはり我が君の先見は正しかったと言うべきでしょうか

 とはいえ、やはり劉玄徳殿、貴女の申し出を全て呑むのは不可能です」

 

………やっぱり駄目なの?

どうしても理解してもらえないの?

私の言う事は、そんなに間違ってるの?

 

「仁を為し徳を詰み、徳に信を返す

 この事に於いて、残念ながら貴女はまだ、我ら天譴軍に“信”を見せていただいてはおりません」

 

この仲達さんの言葉に、朱里ちゃんが小さく声をあげます

そして、小声で私に教えてくれました

 

「…仲達さんはこう言ってるんです

 天譴軍は漢室も含めた諸侯に与えたものはあってもそれを何一つ返してもらってはいない

 天譴軍の“徳”を認めるのならば、譲歩を願うのではなく信義を示せ

 そういう事なんです」

 

これを噛み砕いていうとこういう事だ

人に優しくしたらお礼を言われる

この“お礼を言われる”というのが“徳”という部分

そして、お礼を言った人は、その人の優しさを裏切らないように振る舞い、その人からもらったものをまた別の人にあげられるようにする

これが“仁”ということ

そして、その事をきちんと示していくのが“信”という事なんだ

 

つまり、私は面と向かって仲達さんにこう言われている

“仁”を成すのは立派だが“信”を忘れてはいないか、と

 

だから私はこう答える

 

「では、その“信”も、この事でお見せしたいと思います

 私は涼州の人々を救うために彼らの味方をしますが、それが天譴軍から示されたものだと胸を張って言いたいから!」

 

そう、これが私が選んだ道

話しあって話しあって、とことん話して物事を進めようと思うなら、私がいくら殴られても決して拳を振り上げちゃいけない

同様に、他の人達にも拳を振り上げさせちゃいけない

 

最後には殴り合いになるとしても、最後の最後までその姿勢を貫く

 

そうでなければ、手を振り上げた相手を笑顔で許してあげることはできないから

 

「ほなら、そこはウチらが間に入らせてもらおか」

 

唐突にそんな言葉を発したのは、驃騎将軍・張文遠さんだった

はっきりいって、今の私では官位といい名望といい、雲の上の存在で、漢中ででもなければまともに会話なんかできない人だ

 

「まあ、一応なあ…

 そこの劉玄徳は陛下の叔母って事に、血筋ではなるみたいやし

 確認とってみないと正確なところは解らんけど、まさか漢室の裔を堂々と詐称するほど馬鹿でもないやろ

 とはいえ、天譴軍に涼州を預けた以上、その立場もウチには理解できる

 ちゅう事は、ウチらが間に入ってええように塩梅するしかない、そう思うねんけどな」

 

突然の申し出に私達がびっくりしている中で、驃騎将軍は続ける

 

「言いたかないけど、確かに劉玄徳の言い草はあまりに都合が良すぎるちゅうもんや

 袁家動乱からこっち、ウチらにゃなーんも返してくれてへん

 今の立場でいられるだけで泣いて感謝しろって言いたいのはよう解る」

 

この言葉に私は赤面するしかない

 

「なんで、ここはウチが断言するわ

 ウチらと天譴軍にとって少しでも不利益になるようやったら、ウチが容赦せん

 責任持って劉玄徳をツブす

 陛下や相国の了解は得ておらんけど、生命賭けてこの約束は守る

 それでどないや?」

 

この言葉の重みは、誰にとっても一目瞭然

これは事実上、漢室の軍権の頂点に立つ驃騎将軍が、涼州に関しての事柄で天譴軍の背中を漢室が守る、と宣言したのと同じなんだから

 

「天譴軍のみならず、ウチら漢室の信も背負ってやるちゅうんなら、それは好いたようにしたらええねん

 ただし、もししくじったら劉玄徳、アンタに明日はこないって事、よう覚えておきや?」

 

当然、私にその覚悟はある

厳しい道だけど、今度こそ本初さんの時のように、何もせずに後悔する

私はそれだけはイヤだったから

 

すると、それまで無言でいた愛紗ちゃんが、すっと進み出て仲達さんに問いかけた

 

「ひとつお伺いしたい

 私を指名された理由はいったいどのようなものでしょうか」

 

私達のやりとりを黙って聞いていた仲達さんは、それにさらりと答えてくれる

 

「別に張翼徳殿でもよかったのですが、ご年齢を考えますと貴女の方が適切と判断したまでです

 冗談を含めて言いますと、食費も考慮に入ってはおりますが」

 

「……つまり、玄徳樣に近しい、義姉妹である我らを人質に欲しかった、と」

 

愛紗ちゃんの言葉に、仲達さんは首を横に振る

 

「もしもの場合、貴女に劉玄徳を討たせる、そのつもりでした」

 

張文遠さんや孫家の人達も含めて、みんなが絶句する

 

仁徳を掲げて立った私が天譴軍の信を裏切るようなら、その時は愛紗ちゃんが自ら断罪しろ

 

こうまで苛烈な要求だったなんて、多分私も含めて誰も思っていなかった

 

愛紗ちゃんは納得したように頷くと、私に向かって笑顔で告げる

 

「では玄徳樣、私はこの身を天譴軍に預けようかと思います」

 

「…っ!?

 あい……いえ、雲長!

 どうして急に!?」

 

愛紗ちゃんは、私に笑顔を向けたまま、自信満々に答えました

 

「玄徳樣が仁を、義を、信を違えるはずがない

 なればこの身はどこに在ろうとも、その誓いは不変のはず

 玄徳さまの成功を信じて待つ事が、どうして苦痛となりましょうか」

 

生まれた時は違えども、死ぬときは一緒

この身この心、この想い、全てを万民の平和と笑顔のために

 

あの日の誓いが私の胸に沸き上がる

 

上座に向き直る愛紗ちゃんの背中に、私は桃の花が咲き誇るのを見た気がした

 

「……そういう訳だ、司馬仲達殿!

 この身を一時、我らが信義を示すため、天譴軍にお預け致そう!」

 

ありがとう、愛紗ちゃん

こんな私を信じてくれて

 

むしろ誇らしげに顔をあげて胸を張る愛紗ちゃんに、私は思わず涙を零す

 

「この身と平原の民の希望、それに漢室と驃騎将軍の信を背負って立つ玄徳さまに、裏切りなどありえない!

 仲達殿、これで宜しいな!?」

 

「結構」

 

堂々と誇り高く宣言する愛紗ちゃんを本当に誇らしく思いながらも、私はそっと仲達さんの目を見た

 

私は気付く

 

私達はまた試されていたのだ、と

そして、雛里ちゃんがこっそり呟いた一言に、私の背筋に怖気が走った

 

「やられました…

 これで私達がどう立ち回ろうとも、天譴軍の一言で涼州を処する事を、私達は認めざるを得ません

 恐らくはこの流れを全て読みきった上で雲長さんを指名したんだと思います」

 

雛里ちゃんの言葉に、朱里ちゃんも頷きます

 

「これが天譴軍の…

 いや、司馬仲達の、本気……」

 

 

ふと、夕餉の席で天の御使いさんが呟いた言葉が蘇る

 

「俺はもう、天譴軍にはいらない人間なんだよ、本当はね…」

 

盛り上がる席を見つめながら、本当に優しい笑顔でそう言っていたのを思い出す

 

 

そして私はある種の確信を今、得られたと思う

 

天の御使いさんは、天譴軍には絶対に必要な人なんだ、と

あの暗さも苛烈さもなにもかもが、みんなを守るための盾であり鎧であり、槍だったんだと

 

 

だから御使いさん

私は貴方と同じ道は選べないよ

 

だって、それだと最後に、みんなが泣く

 

 

私はそう思うから

≪漢中鎮守府・評定の間/周公謹視点≫

 

(天の御使いだけでも一苦労だというのに、まさか司馬仲達がこれほどとはな…)

 

この詮議は、ある意味当然ではあるが、全て奴らの掌の中だった

 

もっとも、我らにしてみれば歓迎すべき状況ではあるが

 

漢中の豊かさは今更語るまでもなく、これを背景に長沙と建業を得られるというのであればこれは望外の僥倖と言える

とはいえ、手放しで喜んでばかりもいられない

 

この詮議が意味するところは、実は我ら孫呉にとっても他人事とは言えないのだ

 

この詮議は、漢室すらも天譴軍に阿る必要がある、という事実を暗に示している

 

我らには見えない部分でそれだけの実力を漢室には示している、その事実が明らかになったと言えるのだ

 

そうであるならば、先の申し出も額面通りに受け取るのは非常に危険と言える

何故なら、長沙を我らが手に入れる事で得られる利益が天譴軍には存在しない

同様に、交州に在る曹孟徳をこれ以上締め付けたところで、天譴軍に益はないのだ

 

しかし、どう考えても我らを有名無実化するような方法は存在しない

 

かの地は文台樣の頃より遥か以前から孫家をはじめとする豪族達の嘉する地であり、今は我らが文台樣と雪蓮という旗を得たがために孫家を筆頭として立ち上がっているに過ぎない

これは外から見れば非常に隙間の多い結束と見えるだろうが、その内実は非常に強固なものである

 

長江は非常に豊かでその畔には交通や物流の要衝も揃い、わけても建業は第二の洛陽たる事を望める程の土地でもある

内陸・中原への要衝ともなる長沙も、その価値は計り知れず、それらを掌握するために孫家を旗頭とすることで有力な豪族が纏まっているのが、今の孫呉という訳だ

当然、それをよしとはしない豪族も数多く、それらを平らげるために雪蓮と祭殿がかの地に赴いた訳なのだが

 

つまり、こと結束という点においては、我らに隙はないと言える

 

この事から、離間の策などを用いて我らの内部空洞化を図る、という事は考えられない

 

我らと拮抗させるための勢力として曹孟徳を選んだのであれば、今度は逆に長沙を我らに与えるという選択が不自然に過ぎる

曹孟徳に長沙を与え、建業と長沙の間で覇を競わせるのが、正しく二虎競食の計と言えるからだ

もっとも、曹孟徳より我らを下と見ての行動であるなら、その認識にきつい痛撃を与えてやる事で意趣返しができるのだが

 

 

私ははじめ、天の御使いが怒りに任せてこのような愚策をとったと考えていたのだが、その認識を改める必要性に迫られた

 

それは、今上座に位置する司馬仲達をはじめとした天譴軍諸将の器と才覚を目の当たりにしたからだと言える

 

そもそも、策とは相手の思考法や人格、日常などの情報があればあるだけ綿密かつ緻密となり、その成否の確率も格段に上昇するものだ

むしろ、相手のそういった部分を知らぬままに立てた策など、単なる博打となんら変わる事がない

 

その点で、ある程度の予想はしていたが、天譴軍が諸侯に関して持ちうる情報量というのは圧倒的と言えるだろう

 

たった今劉玄徳を“結果として”涼州攻略の策に組み込んだこの手腕は、劉玄徳のみならず、それに付き従う諸将の性格や個性・思考法までをも把握していなければ成し得ないものであるからだ

 

そうであるなら、たかが一武将に過ぎない楽文謙をあそこまで叩き潰したという事にも必ず意味がある

単純に感情だけで物事を推し進めるそこらの貴族諸侯といった連中とは、なにもかもが程遠いのだ

 

ならば、この場に我ら孫呉が列席を許された理由も必ず存在する

 

(この場に私のみならず、皆を並べる意味…)

 

単なる示威であるなら、正直それは洛陽で足りている

それがあったからこそ、我らは漢室を頼らず、天譴軍の庇護を求めたと言い切れるのだから

 

私はゆっくりと、ひとつひとつを丁寧に思い出しながら、そこに微に入り細を穿つように思考を当て嵌めていく

 

そして導き出された答えは……

 

(私も自分の思考の冷徹さに自分で苦笑したくなる時もあるが、これほどとはな…)

 

思わず賞賛の言葉を送りたくなる程のものだった

 

(なるほど、天譴軍の先見には畏れ入る)

 

確かに我らは蓮華樣に期待し、雪蓮が平らげた後の大地の統治には蓮華樣こそが相応しいと考え、それを誰もが隠そうともしていない

隠す理由もなければ、気質的にもそうする必要を感じないからだ

 

つまり、どういう筋道かは理解しかねるのだが、天譴軍は雪蓮の統治は長くはない、と判断しているという事だ

蓮華樣は見ての通り、孫家の気質を色濃く持ちながらも、その性質は非常に穏やかで理知的

統治に関しても外よりは内に向かい、領地の拡大よりは内需拡大にその意思が向くのは明白とも言える

そこに、漢中で得られる手法を持ち込めばどうなるか

 

さぞ素晴らしい王として、江東の地に見事な礎を築かれる事だろう

 

そして、天譴軍としてはそれでいいのだ

 

その立場と身分を安堵し、上手に絡めとるだけで虎は永遠に安眠を貪る

 

それが檻と認識できなければ、既にそれは檻ではないのだから

 

漢室を擁護すると宣言し、その漢室が阿る立場にある天譴軍としては、虎が虎でなくなる檻を与えて寝かせておこうという事だろう

檻の狭さに悶える猛獣となりかねない、曹孟徳に対する番犬として

 

なるほど、孫呉の結束と性質を考慮した、実に見事な策と言える

 

 

ただひとつ、孫呉の明日の為ならば、雪蓮も蓮華樣も、その身を擲つ事を厭いはしない、という点を考慮に入れていない、という点を除けばだが

 

まあ、こやつらの悪辣に過ぎる策の張り巡らし方を考えれば、楽観はできぬからな

 

ここは慎重に慎重を重ねて、せいぜい上手に利用されてやる事にしよう

 

 

(とはいえ、やはり穏のやつがいないのが悔やまれるな…)

 

 

そう考えていた私だが、天譴軍の意図がこういった部分とは全く異なる場所にあった事を知るのは、もう少し先の事となる

≪漢中鎮守府・評定の間/司馬仲達視点≫

 

私達は、関雲長の宣言を機会とし、詮議を終えた事として場を解散しました

 

今評定の間に残っているのは私達だけとなります

 

「ま、一刀がいないとはいえ、あそこまでやっちまってよかったのかい?」

 

公祺殿の言葉に、私は頷きます

 

「問題はないかと思います

 これで、残念ですが劉玄徳の失敗は確定したようなものです

 まさか周公謹も長沙を無血占領した上で、私達がそこの太守を欲しがっている、などとは思いますまい」

 

「あー……

 そういや一刀が言ってたっけね

 長沙太守の張仲景、うちの華陀と組ませたいって」

 

私はそれに頷きます

 

「たかが長沙など、くれてやればよいのです

 それよりも我が君があの華陀と並んで賞賛する医者であるという、張仲景を得られる事の方がどれほど有益でしょうか」

 

単なる武将や政治家であるなら、領土と引き換えにする価値などありはしませんが、そもそもが私達の手にはない土地です

言い方は悪いと思いますが、餓えた虎が勝手にその肉を喰い漁るなら好きにするといいのです

もっとも、そうすれば泣くのは民衆だ、と我が君は張仲景の招聘にずっと難色を示していた訳ですが

 

「で、ボクが言うのもなんだけど、投票の方はどうするんだい?」

 

これにも私は腹案を述べる事で回答します

 

「後程円卓にて提案させていただきますが、札の種類をひとつ増やし、予定より遅れても実施はさせていただくつもりです」

 

これに渋面を作ったのは令則殿です

増える“札”の種類が理解できたからでしょう

 

「………無罪という前例は作りたくないんですけどね…」

 

「そうは言いますが、結局この状況を収拾したのは、その罪人である令則殿達と言えます

 むしろ、その札を用意しない場合の民衆の感情が私には恐ろしく思えますが」

 

「あー…

 確かに、あの状況で一気にアタシ達が立ち直ったのは令則の一喝があったからだし、楽文謙を捕まえたのは令明ちゃんだし、その間元直ちゃんと走り回っていたのは仲業、アンタだよねえ」

 

公祺殿の言葉に、照れたような困ったような顔で口篭るふたりです

 

「ま、それはそれとして、後の円卓での話だから置いとくとしてだ

 流石に楽文謙はちっと叩きすぎたんじゃないか?」

 

あれはやりすぎだろう、と言う公祺殿に私は首を横に振ります

 

「いえ、あれでいいのです

 これで曹孟徳は得難い将帥のひとりを永遠に喪う事になりますから」

 

「………まあ、あれだけ折れちゃあ、そりゃあ再起も難しいだろうけどさ

 ボクとしてはああいう可愛い子をヘシ折るのはどうかと思うんだよね」

 

………どうして非難されるのでしょうか

別にヘシ折るのが目的ではありませんのに

流石に全員の非難の視線に耐えられず、私は説明をはじめます

 

「あくまで私見ですが、ああいう類の武将というものは、自分の罪科を認識した場合、それを捨てて尚、主君の元に戻るという選択肢はありません

 ですので、恐らくは天譴軍の為ではなく、自分と漢中人民の為にこの場に残る事を選択するでしょう

 そうなれば、人民に無類の忠誠を誓ってくれる得難い将がひとり、我々と共に歩んでくれる事になります

 また、これに関して後暗い部分があると見受けられる公孫伯珪もまた、彼女に強く当たれなくなるでしょう

 その友人という触れ込みだった人物もおりますし、公祺殿が紹介してくださった典奉然もまた、漢中に足止めが可能となります

 その上で、今回の詮議に関する寛容を示し、これも円卓で計る事になりますが、顔叔敬の申し出を受け入れ、その墓守として文季徳を用い、漢室の顔を立てて罪人である袁本初を漢中で奉る事で、天譴軍の慈悲と寛容を示す事もできます

 張仲景を招く事で、長沙における孫家の統治の正当性をいずれ糾す事も可能ですし、孫仲謀を取り込むにあたって、周公謹を彼女から引きはがす事ができるのも大きいです

 劉玄徳の失敗は明白ですし、そうなれば我々は労せずして彼女達を排除する事も絡めとる事も可能でしょう

 我が君はこのようなやり方は好まれないと思いますけどね」

 

……なんですか、その呆れ返ったような顔は

 

「いや、なんていうかさ……

 うん、ボクは思うよ

 仲達ちゃん、なんていうか……」

 

なんですか、その歯切れの悪い言葉は

 

「仲業さん、みなまで言わないでください

 なんか負けた気になっちゃいますから…」

 

「勝ち負けじゃあないとは思うんだが、うん、気持ちは解るよ……」

 

私は間違った事は何も言ってはいないと思うのですが…

 

「いや、やっぱりボク達には一刀が必要だって、改めて思っただけさ」

 

何を今更当然の事をいうのでしょうか

そもそも、我が君がいなければ今の漢中はありえないといいますのに

 

「まあ、そうですねー

 もしもの時は私は側室で構いませんので、仲達ちゃんが正室になってくださいね

 でないと怖いですから」

 

「……………はい!?」

 

「お?

 令則ちゃんはそういうつもりかい?

 アタシはまあ、あれは遠慮したいとこだけどさ」

 

「まあ、そういうのも面白いかなー、なんて」

 

「ボクはそうだなあ……

 なんていうか、まだ微妙?」

 

ええと、あの、その、なんで一体こういう話になったのでしょう?

令則殿が側室とか、私が正室とか、だってそんなのありえません

だって、我が君ですよ?

正室ですよ?

嬉しいけどいやでも結婚なんてそんな嘘だめでもやっぱり結婚とか私がお嫁さん

何故か私の脳内では、我が君と結婚式を挙げる私がいて、満面の笑顔で走り回っていたりします

私が、我が君の、正室………?

 

 

※ただいま司馬懿は完全に脳内で溶けて茹で上がっています

 しばらくお待ちください

 

 

「あ~あ…

 令則ちゃんがそんなこと言うから、仲達ちゃんが微笑んだまま固まっちゃったよ」

 

「いえ、流石に一刀さんが五胡の地にいってた時の再現はいやだなあ、とか思って…」

 

「ボクの見立てでは、令則も結構本気が入ってる気もするけど、それは流しておくとしようか」

 

「仲業さんっ!?」

 

「ま、暴走されるよりはこっちのが安全さね

 なによりアタシらの健康のために」

 

「確かに」

 

「そ、そうですよね…

 あはははは……」

 

みなさんが私を見ながら何か言ってるようですが、何故か全く気になりません

 

「さて、仲達ちゃんが正常運転になるまで、アタシらで仕切っておくとするかね

 てことで今から謹慎するとか言ったら殴るよ?」

 

「了解

 今は苦労しておくとしようか

 しばらくは酒の肴にも困らないだろうしね」

 

「ううう…

 自爆しちゃいました…」

 

 

私が立ち直った時、そこにはとてもいい笑顔で私を見詰める公祺殿に仲業殿、令則殿と官吏や兵士のみなさんの姿がありました

 

 

ふ、不覚です………

 

いつか必ず、この仕返しはさせていただこうと心に決めながら、私は暖かい視線に耐え続ける事となりました


 
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