No.366303 僕は天使と出会う 第一章2012-01-21 15:10:44 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:667 閲覧ユーザー数:667 |
目を開けると、僕は暗い水の中にいた。周りが暗いにも関わらず、自分の姿がはっきりと見えた辺り、ここはきっと現実の世界ではないのだろう。水の中はとても冷たいのにも関わらず、身体が全然震えないのは、体温がもう存在しないということなのだろう。
きっとここは三途の川なのだろう。
どれくらい川を流れていただろう。もう時間の感覚すらない。親に対する申し訳ない気持ちもだんだんと消えていく。
「ああ、僕はもうそろそろ天に召されるんだろう」
そう呟くとだんだんと僕の身体が浮かんで行った。するとだんだんと白い光が見えてきた。おそらく水面が近いのだろう。そこは天国なのか、はたまた地獄なのか。それは僕には分からなかった。
ただ、この世界では気楽に生きたいな……。まぁ、もう死んでるけど
でもこの消毒液の匂いはなんなんだろ……?
目を開けるとそこには何度か見たことのある天井が見えた。エアコンの音が響き、室内は寒すぎず、暑すぎない絶妙な温度に設定されている。僕は少し硬めのベッドの上で安めの毛布をかけられていた。
ここは――保健室?
「あ、起きたんだ」
ふと僕の横からそんな声が聞こえた。とても優しい声だけれども、どこかで聞いたことのあるような声だ。
「少なくとも怪我はないみたいだけど、気を失ってたし、ちょっと心配だったんだけど、大丈夫そうね」
僕は、声のする方を見ると、そこにはとても美人がいた。クラスに一人いるかいないかと言うようなレベルじゃない。正直、芸能人でもこのレベルはなかなかいないんじゃないのかと思うような、それほどの美人だった。 でも、やっぱりどこかで見たことがあるような顔だ。
「それで、どこか痛いところとかある? なかったとしても一応病院に行った方がいいと思うよ」
大分頭もはっきりしてきて、何となくだけれども、彼女の顔についての記憶が引き出されていく……。そして――
「MAHO……?」
と記憶の中にある、彼女の名前を口にしていた。
「君……その……アイドルのMAHOさん……?」
そう問いかけると、彼女は苦笑いして
「まぁ……元って付くけどね……。今はただの女子高校生だから」
と言った。
確かに、ここ二年は彼女を見なくなってしまった。一時期はどのチャンネルを回しても彼女が映っているなんてこともあったくらいだというのに。確か活動休止だったか? あれ?
「でもあくまでも活動休止だったよね……?」
「建前はね……実際は方向性の違いでプロデューサーと仲たがいしてさ。やる気もいろいろ無くなっちゃったしさ」
そう言って彼女は目をそらした。あまり芸能界にいい思い出がないのだろう。僕もそれ以上追及するのをやめた。
「ところでなんでMAHOさんがこんな学校に……?」
「そりゃ、この学校に通ってるからに決まってるでしょ?」
「は……はぁ……」
この学校に元アイドルが通ってたなんて、知らなかったな。もっと騒がれても良かったと思うのに。
「ま、私のことは置いておいて、次は貴方の番」
彼女は再び僕の方に顔を向けると、さっきまでの優しい声とは打って変わり、どこか厳しいトーンで僕にそう言った。
「どうしてあなたは上から落ちてきたの」
彼女の問いに僕は答えることができなかった。
それでも、彼女はその沈黙から全てを読みとったようで、どこか呆れたような顔になった。
「私の予想通りってことでいいかしら? 沈黙は肯定と取るわよ」
僕は静かにうなずいた。
「そ、一応理由を聞いていいかしら?」
「……いじめです」
「成る程ね……」
すると僕の目から涙がどんどんと溢れてきた。この涙は何なのだろうか? 生きていたことに対する喜びだろうか。それとも、この絶望な世界に生き残ってしまった悲しみなのだろうか。止めようと思っても止められない。
「僕は……僕は限界だったんです……もう、こんな世界で生きてられない……」
そんな言葉が僕の口からどんどんと溢れてきた。今まで、この学校でどんな仕打ちを受けてきたか。男子に暴力を振るわれたこととか、女子からは陰湿ないじめを受けたこととか。生徒だけでなく担任までいじめに参加してたこととか、他の教師も、あまり真剣にこの問題に取り組もうとしなかったこととか、本当にいろんな言葉が口から溢れだしていった。この目から流れる涙と同じように、言葉が止まらない。
しばらくすると溢れだしていた言葉は枯れたように無くなった。それを、彼女は一切顔を変えず、辛抱強く聞いてくれた。多分、色々口を挟もうと思っていたのだろうが、それでも、口にせず、僕の言葉が止まるまで待っててくれた。
そして長い沈黙が流れ、彼女は口を開いた。
「ふーん、その程度で死のうと思ったの?」
それはどこか悲しそうで、どこか寂しそうな声で、多分本気の言葉ではなかったのだろうけども、その時の僕は冷静にその言葉を受け止められなかった。
「あなたに何が分かるっていうんですか!! 僕がどれだけ辛い仕打ちを受けていたのか、あなたは分からないんでしょ!! だからそんな冷たいことを言えるんだ!!」
彼女はどこか冷めた目で
「だったら、不登校なり学校をやめるなり方法は沢山あるでしょ……?」
と答えた。
でも僕は反論した。
「そんなことできるわけないじゃないか!! 不登校なんて、授業費を払ってくれてる親に申し訳ないじゃないか!! 退学になったら、大学なんて行けないし就職だってできない!! やっぱり親に迷惑をかけるんだよ!!」
そんな主張をした僕を見て、彼女は一回ため息をついてこうつぶやいた。
「あんた、バカね。本当、どうしようもない位のバカよ」
どこか泣きそうな声で、でも僕を責めるような言葉は、僕の心の痛いところをついた。
「それは、あんたが死んだらおんなじことじゃない……葬式代だってバカにならないし、今まであなたに投資してた分のお金が全部パァよ……それに、なにより親にとても深い心の傷を負わせるじゃない……」
本当に彼女の言葉は僕の心をついてくる。トーンは凄く悲しそうで、僕を責め立てる。
「だったら……だったらどうすればいいんですか!! 誰も……誰も助けてくれない……そんな状況で、僕はどうすればいいですか!!」
そう叫んだ後、しばらく沈黙が流れた。多分、彼女は僕が落ち着くのを待っていたのだろう。
そして少し僕が落ち着いたところを見計らって、彼女はこうつぶやいた。
「私が味方になってあげる」
その言葉はさっき目を覚ました僕にかけてくれた時と同じように、とても優しい声だった。
「私があなたを助けてあげる」
そう言う彼女の顔はとても美しい笑顔だった。
「私の名前は中井真穂。あなたは?」
そう言って彼女は僕の前に手を出した。
「僕は……新堂進」
僕が握り返した彼女の手は暖かかった。
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