膝の上に一瞬、ふにゅりと柔らかい感触。普通なら、気のせいかと思うところだろう。だが霊夢にとって、それは既に何度も体験していることだった。そしてその原因も、ちゃんと分かっている。
何も無いように思える目の前の空間に、霊夢は手のひらをぐいっと押しあててみた。
「あうっ」
「やっぱりあんたか」
霊夢の行動に対して発せられたその声は、聞き覚えのある声。地底の異変を解決した直後から、度々博麗神社へと訪れるようになったこいしの声だ。
こいしはくるりと振り返り、ジトっとした眼で霊夢を見る。
「なんで霊夢には私の存在が分かるのよー」
「初めてならともかく、さすがにもう分かるわよ。一瞬の感触やら、ふとした違和感やらでね。というか、気付かれたくないんなら、一々毎回私の膝の上に座るのはやめなさい」
「本当は気付いて欲しいっていう、私なりの想いだよ。可愛いでしょ?」
「お土産の一つでも持って来てくれるのなら、可愛いって言ってあげるわ」
「ぶぅー」
「頬を膨らませても、ただの変顔になるだけよ」
わざとらしく頬を膨らませるこいしに、霊夢はその膨らんだ頬を指で押してやった。ぽふっと、空気が抜けたように元に戻る。
そしてこいしは、何がおかしいのか、ふにゃっと笑った。
「あんたってさぁ、いつも楽しそうにへらへら笑ってるわよねぇ」
「そう? 霊夢と一緒に居るの、楽しいよ?」
「けどあんた、来るだけ来て、特に何もせずに帰ってくじゃない。そんなんで楽しいわけ?」
「私は地底一の暇人なんだよ」
「自分で言うな」
えへへと笑うこいしの額を、ぺしっと叩く。それでもこいしは、楽しそうに笑っていた。
「全く……何が楽しいのやら」
「だって、霊夢って面白いじゃない。私、心を閉ざしたことを後悔したの、初めてだったのよ? もっと霊夢のこと、知ってみたいなぁって思ったんだよ?」
「んで? 知ることは出来たわけ?」
「ぜぇんぜんっ!」
「……」
本当、こいつは何しに来ているんだ。霊夢がそう思い、こいしの顔をじぃっと見つめてみる。だが、そこにあるのはいつも通りの笑顔なだけ。何を考えているのかすら、よく分からない。
霊夢はため息を一つ零した。
「知りたいって思うのはね、そこに興味があるからなの」
「そりゃまぁ、そうでしょうね」
「けどねーそれと同時に、もし嫌われたらどうしようとか、相手を不快にさせちゃったらどうしようって思っちゃうの。どんなに気をつけても、相手の心が分からないから、傷付けちゃうかもしれない。だから私は、霊夢を知りたいなぁって思っても、知ることが出来ないの」
「……何よそれ。別に何か知りたいことがあるなら、訊けば良いじゃない。私は何か訊かれたくらいで、不機嫌になったりしないわよ」
「霊夢が今はそう思っていても、数秒後には、例えば実際に私が何かを訊いたりしたら、不快になってしまうかもしれないじゃない。ねぇ、知ってる? 人の心ってね、秒速で変わってゆくんだよ。だからこそ、怖いんだよ?」
過去に心が読めたからこそ分かる、こいしの言葉だ。
常に変わる人の心が見えるというのは、霊夢にとって理解し難いものだろう。
「そんなもの、みんな同じじゃない」
だが、霊夢にだって分かることはある。
「心なんて読めないのが普通なんだから、私たちはみんな傷付いたり傷付けたりして、そうやって生きてるのよ。そりゃ相手を気遣うことはそれなりに大切だけど、もし相手を不快にさせたらどうしようだとか、一々びくびく怯えながら誰かと接してちゃ何も出来ないじゃない?」
「でも、嫌われるくらいなら、初めから何もしない方が……」
「もし自分の何気ない言動で相手が傷付いたりしたなら、たった一言をちゃんと言えば良いのよ。」
「え?」
「ごめんなさい、ってね」
こいしはぽかんと口を開いたまま、しばし固まる。
そんなこいしの額に、軽くでこぴんを一つ。すると、あうっという言葉を発して、こいしが動いた。
それなりに痛かったらしく、額を擦りながら霊夢をむぅっと睨む。
「ごめんごめん、あまりにもアホっぽい顔して固まってたからつい」
「霊夢に言われたくないなぁ、それは」
「ほう? 今何か言ったかしら?」
「何も言ってないよー無意識だよー?」
霊夢は右手をグーにして見せるが、こいしはへらへらと笑ってそれを流した。
「全く……で? 結局私に何も訊かなくて良いの? 今なら特別サービスで、なんでも教えてあげるわよ?」
にやっと笑う霊夢に、こいしはむーんと考える。
軽く数秒考えた結果、一つ質問をすることにした。
「じゃあとりあえず一つ」
「えぇ、何かしら?」
「霊夢のスリーサイズでも教えてもらおうかしら。そのぺたんこのお胸、私よりも小さそうだし――」
「そぉい!」
「っと、危ないなぁ」
突然の頭突きを、こいしは笑いつつ膝から降りてさっとかわした。
「これでも去年より大きくなってるのよ!」
「あはは、ごめんごめん」
「ごめんで済んだら博麗の巫女はいらないのよ!」
「さっき、ごめんなさい言えれば良いって言ったじゃないー」
「さっきはさっき! 今は今!」
「わーい理不尽だー」
そう口では言いながらも、こいしは楽しそうだ。霊夢も口では怒っているが、攻撃が遅かったり単調だったりなのを見ると、そこまで怒ってはいないのだろう。じゃれあいのようなものだ。
「れーいむっ」
「あぁ? 何よ?」
「……えへ、やっぱりなんでもなーい」
「はぁ?」
霊夢の攻撃を避けつつ、こいしは「あぁ楽しいなぁ」とかそんなことを思った。
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霊夢さんとこいしさんのお話。