No.364861

真・恋姫†無双~恋と共に~ #65

一郎太さん

こんばんわ。
深夜だけど投稿します。
拠点もあるよ!
どぞ。

2012-01-18 00:36:43 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:9422   閲覧ユーザー数:6625

 

 

 

#65

 

 

華琳たちが対袁紹戦から戻って来てから、また幾許かの時が過ぎた。小蓮の事について報告はしたが、結局華琳と小蓮が会う事はなかった。

 

「ただの観光でしょう?ならば気にする事はないわ。好きにさせておきなさい」

 

とは華琳の言。

 

「シャオも正式な使者ってわけじゃないからね。別に会わなくてもいいよ」

 

とは小蓮の言。

 

「残念です。華琳さんと小蓮ちゃんがおにーさんを取り合う修羅場が見れると思ったのですがー」

 

とは………敢えて言う必要もないだろう。

 

ここでは、曹操軍が城に帰還してからの事を少々述べておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

街の入口。その門前に棚引くのは『曹』をはじめとする牙門旗の数々。

 

「お疲れさまですー」

「おかえり。問題はなかったようだな」

「えぇ。貴方こそ城の仕事はちゃんとやっているのかしら?戦から戻って早々書類に目を通すなんてしたくはないわ」

 

城外の荒野に整然と居並ぶ軍のさらに最前、その中央。大将を出迎えたのは、一刀と風だった。彼のいつもの笑みに対し、華琳もまた、いつもの不敵な笑みを返す。

 

と、ここで彼らは背後の様子に気がついた。

 

「おかえり。って、どうしたんだ、秋蘭?」

「………あ、あぁ。ただい…ま?」

 

蒼い髪の弓将はいつもの冷静沈着な彼女からは想像も出来ないほどに呆けた顔をし、

 

「………………………………………」

 

猫耳フードを被った軍師の少女は、地獄を経験した死者も斯くやというほどに、瞳を絶望に染め、

 

「あれ、兄さんやん。なんでこんなとこにおんの?」

「………………………」

「どうしたの、凪ちゃん?………あちゃー、固まっちゃってるのー」

 

三羽烏の内、首にゴーグルをかけた少女は気さくに声を掛け、その隣の身体に数多の傷を持つ少女は無表情で固まっていた。

 

「あぁ、言い忘れていたわね――――――」

 

それを見た曹操は相変わらず不敵な―――それでいて、悪戯が成功した少女の顔で―――告げる。

 

「――――――新しく我が配下に加わった北と程立よ。実力は折り紙つきだから、安心なさい」

 

数秒後、

 

『―――――――――――――――!!!!?』

 

将だけでなく、兵の叫びも荒野に響き、同時に街の住人を驚かせた。

 

 

 

 

 

 

「どういう事ですか、張遼将軍!?なんで北郷様が……」

「何言うとるんや。孟ちゃんかて言うたやろ?アイツは北郷やなくて北やで?」

「で、ですが―――」

「二度言わせる気か?そのくらい自分で考えんかい。名前の意味も含めてな」

 

隊列の端、騎馬隊では霞が―――董卓軍にいた頃からの―――部下に質問され、

 

「どどどどういう事よ、稟っ!?なんであ、あ、アイツが………」

「おや、桂花殿は北殿と知り合いだったのですか?男嫌いの貴女がいったい何処で―――」

「そういう事を言ってるんじゃないわよ!変に頭の回るアイツの事だから、きっと妙な小細工をして………いやぁぁああっ!私と華琳様の楽園がぁぁああっ!?」

「春蘭様に聞かれたら、また喧嘩になりますから自重してください」

 

華琳の後ろでは荀彧が嘆き、喚き立て、

 

「………聞いてないぞ、姉者?」

「言ってなかったか?」

「言っていない!………はぁ。もういい」

 

その横では妹の質問に首を傾げる姉、

 

「師匠がいるわけない師匠がいるわけない師匠がこんな場所にいるわけがない………」

「凪ちゃん、しっかりするのー!一刀さんは幻なんかじゃないのー!」

 

あまりのショックに、凪は現実逃避をして、

 

「兄さん兄さん。どや、うちの新兵器。前に兄さんに教えて貰った投石器っちゅーやつ作ってみたんやけど」

「すごいな、真桜は。まさか本当に作るとは思ってなかったよ」

「せやろ?また新しい絡繰教えてぇな」

「あぁ。思い出したら伝えるよ」

「約束やで?」

 

真桜は普通に順応している。そして。

 

「ほら、流琉!」

「う、うん…」

 

真桜と楽しげに会話する一刀に、2人の少女が近づいた。1人は桃色の髪を後頭部で2つに結った少女。右手にもう1人の少女の手を握っている。手を引かれている少女は、鮮やかな緑色の髪を肩の少し上で切り揃え、頭の天辺に青色のリボンを結んでいた。

 

「兄ちゃん兄ちゃん!」

「おかえり、季衣……っと、その娘は?」

「ただいま!んっとね、僕の友達で典韋って言うんだよ。反董卓連合の後に、僕と一緒に華琳様の親衛隊長をやってるんだ」

「えと、その……」

「そっか。季衣の友達なんだな」

 

季衣の説明に一刀は頷き、いまだ季衣の後ろに隠れた少女に、膝を曲げて視線を合わせると、彼女と季衣にだけ聞こえる声音で口を開いた。

 

「はじめまして。俺は北郷一刀。色々あって、いまは北と名乗っている。北郷以外だったら好きに呼んでくれな」

「えっと、はい。典韋です。その…季衣から色々話は聞いていて………」

 

年上の男性と話すのが苦手なのか、典韋はもじもじと手を擦り合わせながら言葉を紡ぐ。

 

「私も、その……兄様って呼んでもいいですかっ!」

「へ?」

 

突如の申し出に、一刀は固まる。背中の風が後ろ髪を引っ張った。

 

「季衣からいつも話を聞かされて、それで、羨ましいな…って………ダメ、ですか?」

「………いや、ダメじゃないよ」

「あ、ありがとうございます!私の事も、流琉と呼んでくださいっ」

「あぁ、ありがとう。よろしくな、流琉」

「はいっ」

 

空と季衣に続いて3人目か。人数の増えた妹に苦笑しながら、一刀は少女の頭を撫でる。

 

「あ、いいないいな!兄ちゃん、僕も!」

「わかったよ」

「へへー」

 

桃髪の妹にねだられ、一刀は2人の少女の頭を撫でる。後頭部の毛根が少し心配になった。

 

 

 

 

 

 

拠点 春蘭

 

 

戦後処理も落ち着きを見せてしばらく経過した、とある日の午後。

 

「お師匠様っ!」

 

バタン!壊れかねない程の勢いで開かれた扉の部屋の主は、目を通していた竹簡から顔を上げた。

 

「どうした、春蘭?」

「稽古をつけてくれ!」

 

部屋の主は一刀。竹簡の山も残り1割となったところでやってきた闖入者―――春蘭に問いかける。問われた女性は肩で息をし、その右手には剥き出しの大剣が握られていた。

 

「また唐突だな。というか午後は兵の調練じゃなかったのか?サボったりしたら荀彧や稟に何を言われるかわからないぞ?」

「終わらせた!だから稽古をつけてくれ!」

「終わらせたって………」

 

彼女の普段を知っていれば、その言葉を疑いたくなるのも無理はないだろう。きっと強引に終わらせたか、調練のメニューを3割増の速度で進めたのかもしれない。その光景を容易に想像しながら、一刀は苦笑し、そして告げた。

 

「もうすぐ終わるから、待ってくれるか。あとは簡単な案件ばかりだから、そんなに時間もかからないよ」

「わかった。待たせてもらうぞ!」

「あぁ、すまない―――」

 

一刀の言葉を受けた春蘭は、彼の返事を聞く間もなく、そのままずかずかと部屋に上がり込み、そして、

 

「………春蘭?」

「なんだ?」

「何してるんだ?」

「待っているのだ!」

 

一刀の背後、寝台の上に腰掛けた。

 

 

「………」

 

部屋に、竹簡に筆を走らせる微かな音が響く。

 

「(ゆさゆさ………)」

 

そして音がもうひとつ。

 

「(ゆさゆさゆさゆさ………)」

 

音の発信源は、机についた一刀の背後。

 

「(ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ………………)」

 

寝台の上で膝を抱えた春蘭が、前後に小刻みに揺れていた。

 

「………春蘭?」

「終わったか!」

 

一刀の呼びかけに、晴れやかな笑顔で立ち上がる。

 

「いや、まだだけど……」

「なんだ………(ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ………)」

 

返答を聞き、先ほどの動きを再開した。

 

「………………」

「(ゆさゆさゆさゆさゆさ………………)」

「春蘭?」

「終わったか!」

「いや、まだだけど」

「なんだ………」

「なぁ、春蘭」

「おわっ―――」

「まだだよ。というか視線を感じて集中できないんだけど………」

「ぐっ!?で、でも……」

 

振り返らなくても、彼女の表情はわかる。申し訳なさと早く稽古に行きたいという気持ちがせめぎ合った顔をしているのだろう。口調も少しだけ幼くなっていた。

仕方がないかとひとつ溜息を吐き、一刀は再度口を開いた。

 

「修行、しようか」

 

 

 

 

 

 

「終わったのか!?」

「まだだよ。でも、修行だ」

「?」

 

一刀の言葉に、春蘭は首を傾げる。さすがの彼女でも、この状況で剣を振り回すという事は思いつかないのかもしれない。

 

「そうだな……前に、剣を振るう時も考える事は教えたよな」

「あぁ!しっかりと実践してるぞ。かなり難しいがな!」

「まぁ、春蘭ならそうかもな………。だったら新しい課題だ」

「応っ」

 

ここでようやく、一刀は背後を振り返った。

 

「新しい課題は、『静』と『動』だ」

「せいとどう?」

「緩急といった方が分かりやすいかな」

 

言いながら、一刀は立ち上がる。倣って床に足をつけようとする春蘭を手で制し、彼はそのまま彼女のすぐ傍まで歩み寄った。

 

「これから俺が春蘭に向けて拳を放つから、受け止めてみな」

「…え?………わかった」

 

春蘭の返事に頷き、一刀はそのまま両腕をだらんと下げる。

攻撃をするのに構えないのはどういう事だ。春蘭が再度首を傾げたその瞬間、

 

「っ!?」

 

彼女の視界いっぱいに、拳が広がった。

 

「反応できたか?」

「………出来なかった」

 

返事に頷き、一刀は拳をおろし、そして彼女の隣に腰を下ろした。

 

「かなり難しいんだけどね」

 

ひとつ前置きをして、一刀は説明を始める。

 

「速さを求めるなら、余計な力を籠めない方がいい」

「…でも、力を籠めないと剣を振るえないぞ?」

「そうだな。ある意味では正しい。でも、その先があるんだよ」

「先?」

 

真面目な顔で覗き込む弟子の頭を撫でながら、一刀は言葉を続ける。

 

「力を籠め続けていれば、その力はいずれ抜けていく。と言っても、本当に極僅かずつだから、意識するのは難しい」

 

誰かと戦っている最中ならばともかくね。一刀はひとつ息を入れる。

 

「言い方を変えれば、力を籠めるその瞬間こそが、一番力が入るんだよ」

「本当に?」

「あぁ、そうだ。例えば奇襲を受ける時を考えてごらん。いきなり背後から誰かが斬りかかる。春蘭は振り向きながら剣を振る。しっかりと受け止められるだろう?」

「確かに……」

 

ふむふむと頷く春蘭の頬をぷにぷにと摘まみながら、一刀も頷き返した。

 

「いまの説明で言うなら、奇襲を受ける前が『静』、受ける瞬間が『動』だ。春蘭には、この『静』―――つまり脱力状態だ―――これからそれを修行してもらおうと思ってる」

「脱力状態……」

「あぁ。立ったままだと難しいから、まずは座った状態でやってごらん。そうだな………」

 

一刀は靴を脱ぎ、寝台に足を上げ、そして脚を組み合わせた。

 

「こんな感じだ。俺の世界では座禅っていうのがあるんだけど、その座り方だな」

「こうか?」

 

彼に倣い、春蘭も履物を脱いで脚を組む。

 

「で、足の先はこんな感じに」

「少し痛いぞ」

「慣れだな。で、手は膝に乗せて、手のひらを上に向ける。握っても開いても駄目だ。そうそう、そんな感じ」

 

春蘭に姿勢を教え、一刀は寝台から降り、右手を彼女の瞼に掲げた。2人とも意識していないが、彼女の脚が際どい位置まで見える程になっている。

 

「………で、目を閉じる。イメージ……あー、考え方としては、自分が周りの空間に溶けていく感じだな」

「周りに、溶ける……」

「あぁ、頑張るんだ」

「………」

 

すでに集中し切っているのか、返事はない。それでも一刀は笑みを浮かべ、政務の残りへと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

四半刻ほどが過ぎ、一刀は最後の竹簡を机上の山に重ねた。

 

「ようやく終わったか」

 

座ったまま軽く伸びをし、一刀は後ろを振り返った。

 

「終わったよ、春蘭」

「………」

 

寝台の上には、最後に見た時と同じ姿勢のまま微動だにしない春蘭の姿。しっかり集中しているようだな。一刀は満足気に頷きながら立ち上がり、寝台に近づく。

 

「………………」

「……すごい集中力だな」

 

彼が近づいても、彼女は動く気配を見せない。だが、本来彼女は稽古をつけてもらいに来た筈だ。一刀としても、弟子の上達ぶりを見たかった。中断する事を少しだけ申し訳ないと思いながらも、一刀は手を伸ばし、そっと彼女の肩を揺らす。

 

「春蘭」

「………」

「春蘭……?」

 

だが、彼女は反応を見せない。何度か揺するも、それでも彼女は動かなかった。

 

「まさか……」

 

何かを思いつき、一刀は彼女の顔に耳を近づける。そして。

 

「………zzz」

「………………………ある意味、予想通りだな」

 

その寝息を耳にした。

 

「まぁ、調練を頑張り過ぎたのかもしれないしな」

 

このまま寝かせておこう。ひとりごちながら一刀は寝台に座り、ゆっくりと彼女の脚を解いて、そして布団の上にそっと寝かせた。

 

「んんぅ……」

「………起きないか」

 

姿勢が変わった事が嫌だったのか、彼女はひとつ呻き声を上げ、次いで、規則的な呼吸を再開する。

 

「ゆっくり休んでな」

 

彼女の身体に薄手の毛布を掛け、一刀は部屋から出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 

拠点 秋蘭

 

 

春蘭を布団に寝かしつけ、部屋を出た一刀は練兵場へと向かった。春蘭は終わらせたと言っていたが、兵たちはそう思っていない可能性がないとは言い切れない。念の為と自分に言い訳をしながら、一刀はその場所へとやって来た。

 

「兵はいないようだな。流石に考えすぎか………ん?」

 

見れば、城内に兵の姿はない。だがその代わり、一刀は何かの音を聞きつけた。規則的に何かを穿つ音。例えるならば、矢で的を射ているようなその音は、それからも何度か続き、5分ほど経過してからようやく終わりを見せた。

 

「お疲れ」

「あぁ、一刀か。姉者の稽古ではなかったのか?」

「その筈だったんだけど、春蘭が寝ちゃってね」

 

練兵場の端にある弓兵ようのスペースにいたのは、秋蘭だった。一刀の声に振り向いた彼女の背後の的には、間隙なく矢が突き立っている。

 

「相変わらず凄いな。こんなにびっしりと」

「同じ点に射続けられる事も出来るぞ」

「そうなのか?」

 

素直に驚きを露わにする一刀に気をよくしたのか、秋蘭は少しだけ饒舌になる。

 

「あぁ。だが、同じ場所に射てしまえば、矢が壊れてしまうからな。だからこうして、隙間に打ち込んでいるのだ」

「はー」

 

的から矢を抜き終え、秋蘭は笑みを浮かべながらこう言った。

 

「それに、こんな事も出来るからな」

 

矢筒を腰に挿し直し、彼女は再び的から距離を空ける。そして弓を構え、立て続けに矢を射始めた。

 

 

ようやく終わりを見せた的当ての的には、数十本の矢が突き刺さっていた。だが、先ほどのように隙間なく、という訳ではない。むしろ、てんでバラバラに刺さっているように見える。

 

「こっちに来てみろ」

「?」

 

秋蘭に呼ばれ、一刀は彼女のもとに移動する。

 

「ここから見れば分かるだろう?」

「………凄いな」

 

答えはすぐにわかった。秋蘭が―――射手がいた位置からならば、はっきりとそれが見て取れる。的に刺さった矢はただそこにあるだけでなく、曲線を描き、ひとつの絵を成していた。

 

「猫?」

「あぁ。昔はこんな風に遊んでいて母上に怒られたものだ」

 

そう言う秋蘭は、それでいて得意気に少しだけ胸を張っている。

 

「上手だな」

「なかなかのものだろう?」

 

微笑む彼女は、どう見ても猫好きの女性だった。

 

 

 

 

 

 

 

それからもしばらくの間、秋蘭の鍛錬を見ていたが、それも終わりを告げた。その時点で一刀は去ろうとしていたのだが、彼女に誘われ、街に出ていた。

 

「それにしても珍しいな。秋蘭が誘ってくるのも」

「確かにな。以前一刀が城にいた頃は、姉者や凪が一刀を独占していた所為で、そういった機会もなかなか取れなかったのだよ」

「そっか。でも言ってくれれば付き合ったのに」

「数少ない時間だったからな。鍛錬にあてたかったのさ」

「流石だな」

 

やはり姉妹だ。内面でもどこかしら似通った部分があるらしい。

 

「それで、どこへ行くんだ?」

「あぁ、それなのだが――――――」

 

一刀からの問いに答えようとしたところで、前方から声がかかった。

 

「あー、一刀さんと秋蘭様なのー」

「あぁ、沙和か。仕事の最中か?」

 

警邏隊の隊長の1人である、沙和だった。2人の姿を認め、そのまま駆け寄ってくる。

 

「えと、そ、そうなの!今日は凪ちゃんと真桜ちゃんが組になってるから、沙和は1人で見回ってるのー」

 

どこかぎこちない彼女の様子に首を傾げるも、その理由はわからない。それより、と沙和がニヤニヤとした笑みを浮かべて口を開く。

 

「一刀さんと秋蘭様はどこに行くのー?あ、もしかして逢引(でぇと)?」

「いや、そんなんじゃ―――」

 

そんなんじゃない。そう言おうとしたところで、それを遮る声。

 

「あぁ、そうだ。すまないが、今日は私が一刀をもらうぞ」

「秋蘭!?」

 

秋蘭だった。言いながら彼女は、一刀の腕に自分のそれを絡ませる。柔らかいものが左腕に当たっていた。

 

「いいなー。沙和も一刀さんと逢引(でぇと)したいのー」

「そうか。風には見つからないようにな」

「あー、秋蘭様も内緒なんだー。沙和も見つからないように気を付けるのー」

 

今度は沙和と逢引(でぇと)してね、なのー。そう言いながら、彼女は去っていった。

 

「………何やってるんだよ、秋蘭」

「いいではないか。それとも、一刀は嫌なのか、私との逢引は?」

「嫌ってわけじゃないけど―――」

「ならば気にするな」

 

一刀の言葉を遮り、腕を抱く力を強める。控えめな彼女にしては、珍しい行動であるが、それを理解できる頭は、一刀にはない。腕に当たる感触にドギマギしていると、今度は別の知った声が聞こえる。

 

「師匠、秋蘭様!」

「凪?」

 

現れたのは凪だった。だが、今日の相方である筈の真桜の姿はない。

 

「すみませんが、沙和を見ませんでしたか?」

「沙和?どうして?」

「いえ、今日の警邏の組み分けが私と沙和だったのですが、目を離した隙にどこかに消えてしまって………」

「そうなのか?さっき会ったけど、今日は1人だって言ってたぞ」

「なっ、本当ですか!?沙和の奴……逃げ出すだけでなく、師匠と秋蘭様に嘘までつくとは………」

 

一刀の言葉に、凪の身体から気が溢れ出した。

 

「えと、あっちの方に行ったけど………あまりやりすぎないようにな?」

「はいっ!それでは失礼します!」

 

そして、沙和が消えた方角に、物凄い勢いで走り出す。彼女の後には砂塵が上がっていた。

 

「………なんていうか、華琳の将も変わってるな」

「ふふ、知らなかったか?」

「………………………知ってた」

 

その光景を見ながら、2人は笑い合う。

 

 

 

 

 

 

凪を見送ってから少し歩き、到着したのは1軒の仕立て屋だった。ここだと一言告げ、秋蘭は店に入る。一刀もその後に続いた。

 

「いらっしゃいませ。あら、これは夏侯淵将軍。今日はお休みで?」

 

店主らしき女性が迎えの声をかけ、すぐに秋蘭と認める。

 

「いや、そうではない。早速で悪いのだが、アレは出来ているか?」

「あぁ、アレですね」

 

と、そこで彼は一刀の姿にも気がついた。

 

「おや、北さんまで。今日は逢引ですか?」

「そのようなものだ」

「あらあら、程立さんに怒られても知りませんよ?」

「おばちゃんまでそんな事言うのかよ………」

 

どうやら彼と風の組合せは、彼が思っていたよりも浸透しているらしい。からからと笑う店主の女に、顔で手で覆う。

 

「いったいどなたがお使いになるのかと心配でしたが………そういう事でしたか。納得がいきました」

 

そう言って、店主は横目で秋蘭を窺い見る。どこか、面白そうだ。

 

「いいからアレを」

「はいはい、分かってますよ」

 

言いながら店主はカウンターの下を探り、ひとつの包みを取り出した。

 

「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」

「頑張ってくださいね、夏侯淵様」

「よ、余計な事は言わなくていいっ!」

「これは失礼を。ふふふ」

 

何を考えているのか、秋蘭に檄を送る店主。ほんの少しだけ顔を赤くした秋蘭に怒鳴り返されても、楽しそうに笑っていた。

 

「これで用事は終わり?」

「いや、あとひとつ、行きたい場所がある。ついて来てくれるか?」

「あぁ、かまわないよ」

 

いまだ頬を赤らめた秋蘭を微笑ましく思いながら、一刀は彼女と連れ立って歩きはじめる。

 

 

仕立て屋を発ってからは、互いに無言だった。通りを歩き、街を出て、荒野を進み、そして辿り着いたのは森の中に流れる小川のほとりだった。

 

「へぇ…こんなところがあったんだな」

「あぁ。私のお気に入りの場所だ。華琳様にも教えてはいない」

「そうなのか?」

「内緒にしてくれよ?」

 

華琳にすら教えていないと聞き、一刀は思わず問う。その返答にと悪戯っぽく、すぐ隣に立つ秋蘭は片眼を瞑って見せた。

 

「そっか。ありがとうな」

「なに、礼には及ばないさ。それに、本題は別にある」

「本題?」

 

その問いには答えず、秋蘭は一刀の腕を解放し、一刀の真正面に向き合った。

 

「……秋蘭?」

 

だが、すぐに俯いてしまう。そして、顔を上げては俯き、一刀を見上げては視線を下げるという事を繰り返し――――――

 

「………すまない。もう、大丈夫だ」

 

――――――今度こそと、一刀の右眼をまっすぐに見つめた。

 

 

 

 

 

 

秋蘭は、1歩だけ前に出る。ただでさえ近かった距離がほぼゼロとなり、かすかに両者の胸が触れ合った。

そして、彼女は手を掲げ、そっと一刀の顔―――その、布の当てられた場所に触れさせる。

 

「………………痛かったか?」

「………」

 

それは、かつて与えた傷への問い。姉と同様に、彼女もまた、何かしら思うところがあったのだろう。

 

「一刀は言った。お前に傷を負わせたのは、私が初めてだと」

「あぁ」

「あの時は叱られてしまったが………今なら言える」

 

ひとつ深い息をおいて、秋蘭は言葉を紡ぐ。

 

「私は、一刀に傷を与えた事を誇りに思う」

「秋蘭……」

「無双とも言える武を持つ男に、私だけが傷を与えたのだ…………私、だけが」

 

それは、彼女にとって初めての事かもしれない。ずっと姉を補佐し、姉を立ててきた彼女が、主に戦果を報告する時も淡々と結果のみを述べてきた彼女が、初めて誇る、己の武。

 

「私は華琳様を愛している」

「………知ってるよ」

 

ただただ、真っ直ぐに視線を交える。

 

「そして同時に、私は一刀を愛している」

「………」

「お前に師事し、友となり、戦い、傷を負わせ……そして仲間となったお前を、私は愛している」

 

ただただ、真っ直ぐに想いを伝え、彼女は重心を傾けた。つま先立ちとなった彼女の端整な顔が、ゆっくりと近づいてくる。その距離が消える直前、彼女は眼を閉じた。一刀はそれを――――――

 

「………………ありがとう、秋蘭」

「あぁ」

 

――――――抵抗する事無く、受け入れた。

 

 

 

 

 

 

陽は既に傾き、森の中にも朱色を浴びせている。その朱い光景の中、2人は寄り添っていた。水辺に面した大きな岩に背を預け、言葉もなく。

 

「……………一刀」

 

先に口を開いたのは秋蘭だった。それまで彼の肩に乗せていた頭を離し、彼を見上げる。

 

「本来の目的を忘れるところだった」

「目的?」

 

先の告白の事では?そのような問いをする無粋を、彼は働かない。

 

「あぁ」

 

短く返し、秋蘭はずっと携えていた包みを差し出す。一刀はそれを受け取り、視線で問うた。

 

「開けてくれ」

「ん……」

 

許可を得て、一刀は包みを開く。中から出てきたのは、1枚の細い長方形の布だった。

 

「これは?」

 

昏い蒼を基調とし、その生地に黄金色の紋様が縫い付けられている。その両端には、紋様と同色の太い紐が2本ずつ取り付けられている。

 

「いつまでもただ布を巻きつけてあるだけなのは、少しばかり寂しいと思ってな」

 

言って秋蘭は、一刀の頭に両手を回し、顔に巻きつけられていた布を解き始める。何度か腕を回してその重なりを減らしていき、そして、閉じられたままの左眼を、秋蘭の眼が捉えた。

 

「………………ここに当たったのか」

 

じと眼を凝らせば分かる程にわずかに残った、瞼に縦に入った傷痕。秋蘭はそれを見つける。彼の眼球だけでなく、瞼を掠めたらしい。あるいは、矢を抜くときについた傷か。

 

「貸してくれ。巻いてやろう」

「あぁ。頼む」

 

一刀もとうに彼女の意図を理解し、言われるままに、貰ったばかりの贈り物を手渡した。

 

「向こうを向いてくれるか?」

 

言葉に従い、一刀は背を向ける。秋蘭は膝立ちになると、彼の左眼に布眼帯の中心を優しく当て、額の右側を斜めに添えていく。左の半分は耳に被せるように巻き、最後に頭の後ろで紐を交差させて結んだ。

 

「きつくはないか?」

「あぁ、問題ない。着け心地もいいよ」

「当然だ。布も私が選んだからな」

「そっか。ありがとな」

 

確かに肌触りはよく、多少の汗であればすぐに乾いてしまいそうだった。

 

「礼には及ばないさ。私がしたかっただけなのだから」

「それでもだよ」

「……そうか」

 

それよりも、と秋蘭は右手に残った、先ほどまで一刀の顔に巻きつけてあった布を見せる。

 

「これ……貰っても構わないか?」

「いいけど………そんなんでいいのか?」

「あぁ、これがいいんだ」

「秋蘭がそれでいいなら」

「そうか。ありがとう」

 

そんなものを欲しがるなんて変わってるな。そんな事を考えながらも、一刀は新しい眼帯の心地よさに浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

はい、というわけで#65でした。

久しぶりに長いのを書いた気がするぜ。

 

拠点をもう少し書くつもりだったけど、2人とも長くなったので、ここで1度切ります。

次誰の拠点が見たいとかあったら、コメントまで。

 

秋蘭さまが可愛いのは気のせいじゃないはずだ。

 

ではまた次回。

バイバイ。

 

 

 


 
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