No.364685

真説・恋姫†演義 仲帝記 第二十一羽「天は忠臣と身中の虫に悩み、美しき羽は更なる策を練らんとするのこと」

狭乃 狼さん

仲帝記、久々に更新です。

ども。似非駄文作家、狭乃狼ですww

今回は洛陽城内と虎牢関と汜水関の、三箇所をその舞台とします。

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2012-01-17 18:10:58 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:10659   閲覧ユーザー数:6643

 宦官。

 

 後宮にて皇帝やその皇后、寵姫、愛妾らの、その身の回りの世話をする者達のことである。

 

 元々この宦官と言うのは、刑罰によって宮刑や腐刑を受けた者や、異民族の捕虜や献上された奴隷が、男性のシンボルを切り落とされて後、皇帝の世話役の様なものとして、後宮に仕えるようになったのがその始まりである。

 

 そうして宦官となって宮中深くに入り、皇帝やその寵姫らの傍近くに仕えるようになれば、勿論その中には特に重用されて、権勢を誇るようになる者も出てくる。

 

 そんな宦官の中で、歴史的に特に有名なのが、秦の始皇帝に仕えた趙高、そして、後漢末期にその権勢を誇った、十常侍(じゅうじょうじ)と呼ばれるその当時の宦官達の筆頭集団であろう。

 中でも張譲と言う人物は特にその悪名振りを世に知られ、宦官といえばまず、その名を思い浮かべる者が最も多いのではないであろうか。

 

 ちなみに十常侍というのは、後漢代における皇帝の身の回りの事を司る侍中府の中において、皇帝の傍で様々な取次ぎを行う、中常待という役職に就く者たち十二人のその総称であること、注釈しておくものである。

 

 その中常侍のリーダー格にあり、その死後に霊帝と諡された、後漢の十二代皇帝劉宏からは、『我が親である』とまで言われるほどに寵愛され、その権勢をほしいままにした、その張譲であるが、実は張譲自身、己や一族の栄華には全く興味が無かった…といったら、読者諸兄は信じられるであろうか?

 

 もちろん、それは正史における史実の張譲()のことではなく、三国志・仲書の書かれた、この外史においてのみの彼…いや、“張譲(彼女)”の話である。 

  

 そう。

 

 この外史の張譲もまた、実は袁術らと同様女性であり、厳密には宦官と呼ばれるべき存在ではないのである。

 しかし、後に伝わる記録によれば、張譲はやはり宦官であり、他の十常侍同様、董卓の一斉粛清によってその一命を落としていると、しっかり記されている。

 だが、それから後も、彼女は後漢の十四代皇帝である劉協の傍近くに仕え続け、その生涯を漢朝の為に捧げ続けたとも、その名前こそ記録に残っては居ないものの、その姿を万人の目に見せ続け、人々の記憶に残り続けている。

 

 記録と記憶の矛盾。

 

 それが如何にして発生する事になったかについては定かでないが、『陽人の戦い』と呼ばれる反董卓連合戦において、その彼女が果たしたその役割だけは、はっきりとしている。

 すなわち、そもそもの事の発端となった、洛陽宮中に蔓延る反董卓勢力の無力化は、彼女の存在無しには決して成し得なかったと言うことである……。

 

 

 第二十一羽「天は忠臣と身中の虫に悩み、美しき羽は更なる策を練らんとするのこと」

 

 

 汜水関において激しい攻防が行なわれているのと、ほぼ時同じ頃。洛陽の宮城のその奥にある、皇帝が普段その生活の場としている後宮内のとある一室にて、二人の人物がその顔を突き合わせていた。

 

 「……そうか。やはり此度の戦い、あやつらの思惑が絡んで居ったか」

 「はい。司徒である王子師がその筆頭となって策を弄し、都における董相国の政を誤った形で各地へと流布。董相国への羨望甚だしかった袁本初がこれ幸いにとその流言に乗り、その袁本初の檄を利用して名をあげようとした者達が一堂に集い、此度の連合が組まれる事になったと。そういった流れのものだったように御座います、陛下」

 

 陛下、と。そこに居る二人の人物の内、白い髪をした細面の人物が、その目の前に居る龍の刺繍が施された直垂(ひたたれ)を着た、どこかあどけなさの残る顔をした黒髪の少女に対し、恭しくその顔を下げたまま、自身が掴んできたそれらの事実を語って聞かせている。

 

 「相国を疎んじてかような策を弄した子師も子師だが、それにまんまと乗せられた本初も本初よな。とてもあの袁次陽の姪とは思えぬ浅慮ぶりよ。他の諸侯にしてもそうよ。檄や流言が偽りのものと知りつつ、あえてその尻馬に乗り、せっかく落ち着きを取り戻した都をまた、騒がせるとは……情け無い事この上ないの」

 「……本初や諸侯も行動も確かに問題ではありますが、それ以上に陛下と漢の威光がほとんど、その威を為して居ない現状の方がより大きな問題であると、臣はそう愚考いたしますが」

 「むう。……相変わらず、耳に痛いことをはっきり申すのう、そちは。少しは歯に絹を着せて見ても良かろうに。……それが出来ておれば、先に死んだ十常侍の者たちにも煙たがれることなく、父上や姉上のお傍でもっと働けたであろうに。……そうは思わぬか、張譲よ」

 

 その深い青みがかった瞳を細くし、自身の前で顔を下げたままのその人物へとその少女―後漢の十四代皇帝、劉協伯和は、少々皮肉めいた言葉を投げかける。

 

 なお、劉協の口からもれた袁次陽という名だが、袁紹や袁術の叔父に当たる人物で、太傅という地位に居た袁隗の事である。袁術の母である袁逢と供に、漢の三公をも務めていた事もあり、清廉潔白で質実剛健を絵に描いた様な人物だったそうである。

 数年前に病死したその時には、時の皇帝であった霊帝が人目もはばからぬほどに号泣したほど、その死を惜しまれた忠臣だったそうである。

 

 閑話休題。

 

 「……確かにその通りには違いないかも知れませぬが、生まれ持った性分という物は、中々に治せぬものに御座いますよ。……それに、私はその名をとうに棄てました。今ここに居るのは、李粛と言う名のただの一文官に御座いますよ、陛下」

 「……そうであったな。すまぬな張じょ…いや、李粛よ」

 

 栗色の髪のその人物は劉協のその謝罪の言葉に対し、どうか気にされぬようにとだけ返し、その顔を上げてにこりと微笑む、劉協から李粛と呼ばれたその女性。

 実はその彼女、李粛はその元の名を張譲といい、かつて十常侍と呼ばれた、宦官達の中でも特に高位にあった者たちの、その筆頭にあった人物である。

 劉協より数えて三代前の皇帝、桓帝の代から宮中に仕え、十二代霊帝、十三代少帝、そして今上帝である劉協と、都合四代に渡って、彼女は女である事を皇帝以外には隠し続け、あくまでも宦官として皇帝を補佐し続けてきた。

 

 

 

 「ところで李粛よ、そちに一つ聞きたいのだが。曾お爺様……十一代の桓帝の代からお主は良く、漢朝の為に働いてくれたものじゃが、どうしても良く分からない事が、一つだけ朕にはある」

 「は。なんで御座いましょう」

 「……何故、お主は宦官であることに執着した?女子である以上、別に宦官になる必要なぞ何処にも無いように、朕には見受けられるのじゃが」

 「……それは簡単な理屈に御座います。宦官以外では、本当の意味で御国のためには働けない……それだけに御座います」

 

 実際、宦官以外であっても、後宮にて皇帝に直接仕える為の、その手段が全く無いと言うわけでもない。ただしその代り、宦官や外戚らに比べればさほど実権と言うのは得られない。

 宮中、それも後宮において高い権力を持つのは、死んだ何進のように皇帝の親族である外戚か、もしくは公私問わずに常に、その傍に張り付いていられる事の出来る、宦官のどちらかなのである。

 

 「三公を初めとした諸官位を頂き、表にて政を行なうのが本来の筋ではあります。ですが、桓帝陛下の頃より肥大化した宦官の権力は、もはや表の官位を持つ者ではどうにも抗えなくって居りました。それに逆らえば身の破滅が待っており、漢の為、皇帝陛下のために働くことも、出来なくなってしまいます。……党錮の禁が、その良い例かと」

 「……なるほどな」

 

 党錮の禁。

 

 それは、後漢朝末期に起きた弾圧事件の事であり、宦官勢力に批判的な清流派と呼ばれる者たちを、濁流派と呼ばれた宦官達が弾圧したもので、その多くが禁錮刑に処されたというものである。

 

 「そういった事情も鑑み、深く熟慮した上で、臣は女人である事を周囲に隠し、宦官として後宮に入る事を選びました。……幸い、臣はこの様に、傍目は男子にしか見えぬ体型をしております故、他の者たちを欺くのは、さほどに苦を労しませんでした」

 

 まったくと言っていいほど平らな、自身のその胸のあたりを指し示しつつ、少々自虐的に笑って見せる李粛に対し、劉協はその口元を僅かに緩めつつ、乾いた笑いをこぼす事しか出来なった。

 

 「陛下、失礼いたします」

 「ん?何事か?」

 

 二人の会話が一旦途切れたその時、まるでそのタイミングを見計らったかのように、部屋の外から女中のものと思しき声が聞こえて来た。

 

 「董相国が陛下に是非にお話したき儀があると仰せに御座います。出来れば、李粛さまにもご同席をと願っておられますが、いかがいたしましょうか」

 「……相国の方から話とは、珍しい事もあるもので御座いますな」

 「ふむ。……分かった。すぐに行くと伝えよ。朝議の間で良いのか?」

 「いえ、内廷にある相国の執務室まで、出来ればご足労願いたいと、相国は申されております」

 「……分かった。苦労である、そちは下がってよい」

 「は」

 

 室外に居た女官が部屋の前から去って行く気配を確認した後、劉協と李粛は互いにその顔を見合わせ、少々怪訝な表情をした。

 

 「……朝議の間ではなく、相国の執務室にとなれば、どうやら内密に話したい事のようですな」

 「……で、あろうな。おそらくは司徒絡み……じゃろうな」

 

 

 ここで一度、場面を虎牢関の内部にある一室へと移す。

 

 先の汜水関における攻防に敗退した張遼と華雄、そして楽就と周倉の四人は、その後、曹操軍に歩調を合わせて追撃の速度を遅らせることに成功した孫堅軍の密かな助力もあり、どうにか黄河を使ってかの地を脱出。ここ虎牢関へと無事、撤退する事に成功していた。

 

 「……ほんならナニか?汜水がああもあっさり落ちたんは、内部に居た元・黄巾の連中が内応したからやっちゅうことか?」

 「……そういうことだ。先鋒として攻めてきていた劉玄徳と公孫伯珪の軍勢は、何とか撃退する事に成功したんだが」

 「その後、連中に代わって前面に出てきた曹軍が、関の前で“ある三人”の人間に、“歌”を歌わせ始めたんだ。……俺ら元黄巾の信望者だった人間なら、絶対聞き忘れることの無い歌を、な」

 「……まさかそれは」

 「……そうだ。天和ちゃんたち……つまり、死んだはずの張三姉妹の、だ」

 

 黄巾党は元々、流れの旅芸人であった張三姉妹の、その熱烈なファンたちによって形成された、所謂追っかけ達の集団だった。

 それがアレほどまでに巨大化し、大陸全土を巻き込む暴徒の群れと化したのは、張三姉妹の名前だけを利用した、性質の悪い一部の人間による情報操作と扇動が、その大きな要因の一つであった。

 もちろん、朝廷の荒れ具合や天変地異などの影響による、民達の不満が爆発したと言うのも、それはそれで事実には違いないが。

 

 「張三姉妹は死んだのではなかったのですか?その曹孟徳自身の手で討たれたと、ねねは聞いているのですぞ?」

 「……そういうことにしていたんだろうよ。下手に命を奪って支持者に恨まれるよりは、彼女らを生かしておいて、兵を集めるための宣伝塔にした方が、遥かに得だろうと踏んだんだろうよ」

 

 楽就が陳宮に答えたとおり、汜水関がアレほどあっけなく陥落したのは、劉備と公孫賛の後に関を攻めてきた曹操が、その関の前で三人の歌い手…つまり、黄巾党の象徴だった張三姉妹、現在は数え役満姉妹とその名を変えている彼女らに、ゲリラライブ的ミニコンサートを、そこで行なわせたためであった。

 

 「……確かに、うちらの軍の中にも、元・黄巾だった連中が居てたけど」

 「曹操はその事をどうやって知ったというんだ?」

 「……おそらく、ですが。調べるほどの事でもないのでは、無いでしょうか。黄巾は大陸各地で暴れていたのですから、我々の中にもその時の投降者が居る事ぐらい、あちらも十二分に予測がついたのではないかと」

 「……公台どのの言うとおりだろう。特に曹孟徳は乱世の姦雄とも評されている人物だ。それ位の読みはして当然かもな」

 

 黄巾に属していた者たちにとって、張三姉妹、数え役満姉妹の歌はほとんど絶対のものと言っても、過言ではない。そしてその歌を聴いて高揚した所に、内部での蜂起を促されれば、ほとんどの者がそれに従ってしまったとしても、それは仕方の無い事であろう。

 

 「……せやったら、樹と椛はなんであっちに着かなかったんや?あんさんらかて、元黄巾やったんやろ?」

 「……まあ、確かにあそこで天和ちゃんたちの歌を聞いたときは、久々に聞く彼女達の歌に心動かされるものがあったけどよ」

 「だが、今の俺達は天和ちゃんたち以外の、もっと素晴らしい歌姫様にぞっこんなんでな。あの人を裏切る事なんざ、絶対にありえねーのさ」

 「……まさかそれって」

 

 自分達にとって、張三姉妹はもう過去の存在だと。きっぱりとそう言い切った楽就と周倉に対し、張遼らはその顔を思い切り引きつらせながら、二人にとって今のアイドルとは誰かと言うことを確信半分で聞くと、二人は思いっきり笑顔で、はっきりその名を言い切った。

 

 『……もちろん、我らが君にして真の歌姫!袁公路様に決まっているだろう!』

 

 

 「へっくしっ!!」

 「あらあら。お嬢様ってばお風邪ですか~?」

 「……別に熱は無いのじゃが……誰ぞ妾のことでも噂しておるのかのう?」

 

 再び場面は変わって、こちらは汜水関内部のとある一室。連合参加組みである袁術と張勲、諸葛玄と紀霊の計四人が、つい先ほど魯粛配下の草を通じて送られてきたばかりの、楽就と周倉からの文に目を通していた。

 

 「お気をつけくださいね、お嬢様?何しろ以前と違って、お嬢様はもうお馬鹿じゃあないんですから、お風邪も引いちゃうんですからね?」

 「……そういう意味では、麗羽嬢は絶対、風邪を引かないでしょうねえ」

 「……それはそれで、ある意味麗羽姉様が羨ましいのう。……悩みなんぞも、全く無さそうじゃしな」

 「ですよねえ」

 

 会話の内容と場の雰囲気自体は、先の様に終始和やかでこそあるのだが、実際問題、現実として突きつけられている今の状況は、袁術達にとっても余り芳しいものでも無かった。

 

 「こほん!……まあ、本初様のことはともかくとして、次の虎牢関はどうするの、七乃?私達が本初様の部隊と一緒に先手を切るにしても、下手にわざと負けて時間を稼ぐと言うことが、これで少々難しくなったのではないの?」

 「そーなんですよねー。本当だったら、虎牢関では麗羽様の軍を盾にする形に上手い事誘導しつつ、こちらの被害を出来る限り出さないようにして、尚且つ派手に負け戦を演じて見せるっていうつもりでいたんですけどー」

 「……妾達が後退した後、この汜水と同じ手を孟徳に使われでもしたら、結局時間稼ぎは出来なくなってしまう……か」

 「黄巾の首謀者…というか、御輿を孟徳ちゃんが抑えていたとはねえ。はてさて、一体どうしたものやら」

 

 公的には曹操軍によって捕縛され、処刑されている事になっている張三姉妹が、実はその名を変えて生きて曹操の所に居り、汜水の陥落はその彼女らの扇動による元黄巾の兵たちの内部蜂起が、その原因であったと。

 虎牢関に撤退した楽就達からそう連絡を受けた袁術達は、次の虎牢関でもそれと同様の手を曹操に使われては、それこそ策の全てが元も子も無くなるかも知れないと考え、何とかそれを防ぐ手立ては無いものかと、先ほどからずっと、全員で話し合っていたのである。

 

 「まあ、私達自体が他の諸侯を色々と偽っている立場上、表立ってその事を公表するのも、色々無理がありますしねー」

 「……僕達の所に居る元黄巾兵が、彼女らの事を確認した……というのではどうです?」

 「人違いとか言われて、知らぬ存ぜぬを貫かれたら、それまでですよ秋水殿。確たる証みたいなものは、何にも無いんですから」

 「……ですよねえ」

 「……のう、七乃?」

 「あ、はい。なんですか、お嬢様?」

  

 先ほどから暫く押し黙っていた袁術が、ふと、何かに思い当たったかのような顔で、張勲にとある事を問いかけた。

 それは、ある意味単純すぎて誰も気付かなかった事実であり、そして単純であるがゆえに、その場でもっとも効果的な方策であったと言えるだろう。

 

 「……妾達の口から公表出来ぬのであれば、妾達以外の者から公表させればいいのではないかや?」

 『……あ』

 

 

 

 再び場面は洛陽へと戻る。

 

 洛陽の城に限らず、王城という物は往々にして、外廷と内廷、そしてさらに禁門を挟んだ奥の後宮とに、分かれている。

 外廷は謁見の間を初めとした対外的な場としてその主たる役割を担う、城内でももっとも開かれた場所。内廷は、皇帝や王、そしてその他の士官らが普段その政務を行なう場所であり、それと同時に、上級仕官以上の者達の生活の場となっている。

 そして残る後宮は、勿論皇帝や王が普段起居する、私的空間である。

 

 その中の内廷内にある、漢の相国である董卓その人の執務室兼私室にて、部屋の主である董卓とその軍師である賈駆と供に、一刀と陳蘭、そして雷薄の三人は今現在、その頭を深々と下げた状態で立っていた。

 その彼らの正面には、龍の刺繍が施された衣服を身に纏う、漢の皇帝劉協が座っており、その少し手前右側には李粛の姿があった。

 

 「……相国、それから南陽袁家の臣たちよ。それほど畏まる必要は無い。顔を上げ、どうか楽にしてたもれ」

 『は』

 

 劉協のその促しの後、一呼吸置いてから一刀達は下げていたその頭を上げ、視線を正面で椅子に座っている、その少女へと移す。

 

 「さて。挨拶は先ほど受けたが、北郷……と申したな。姓名もそうだが、真名も持たぬというのは、真の事なのだな?」

 「御意。……私は、この大陸より遥か東方の、小さな島国の出身に御座います。かの地には真名という風習が無く、名も姓名のみで字というものを持ちませぬ」

 「ふむ。遥か東方の島国か。……それはもしや、かの徐福伝説にある、蓬莱の事であるか?」

 

 徐福。それは遥か古の時代、不老不死を願う秦の始皇帝に対し、『東方の三神山に長生不老の霊薬がある』と具申して、3,000人の若い男女や技術者を従えて、五穀の種を持って東方に船出したとされる、古代の方士のことである。

 もっとも、その徐福が大陸に戻ってくる事は結局無く、新天地にて王になったとか、実はただの詐欺師でしかなかったとか、様々な伝説の残る人物である。

 

 「……確かに、私の故国にはそういった類の言い伝えも残っており、蓬莱がかの地であったと言っても、過言ではないかもしれません。と言っても、単に徐福が来航したと言うだけで、不死の霊薬がある神仙の地であったかどうかは、言明できませんが」

 「なるほどの。まあ、徐福の伝説が真実かどうかはさておき、その蓬莱より来たりしそなたは朕に、いや、この漢に何をもたらしてくれるのかの?」

 「……人々の安寧を」

 「ほう」

 

 一刀のその返答を受け、その両の眼を一瞬だけ細くし、劉協は口の端を僅かに吊り上げて笑う。

 

 

 「それで?具体的にはまず、何をするつもりなのだ?」

 「……まず、この都…いえ、宮中に蔓延る獅子身中の虫を、排除、もしくは沈黙させたく、陛下のお力をお借りできればと思い、我が主君の密命を受け、この地にまかりこしました」

 「……獅子身中の虫、のう。……はて、その様なモノ、この洛陽に居るであろうか?のう、李粛よ」

 「さあ。私にもとんと、心当たりがありませぬなあ」

 

 おそらく、見るものが見たのであれば、劉協と李粛の態度はかなり、空々しく感じられたであろう。劉協は顎に手を当ててその首をかしげ、李粛もまた少々大仰に振舞っていた。

 

 「陛下はご存知ないのですか?相国閣下の足を引き、今まさに、漢の平穏を乱している輩が、この宮中にてのうのうと蠢いているのを」

 「そちは陳白洞……じゃったな?さて、そのような不心得者、一体何処の誰と言うのか?」

 「三公の~、司徒であられる~、王子師さんだと~、私達は~、そう聞き及んで~、おりますけど~?」

 「……また随分と間延びした話し方だな。その方は確か…雷薄、であったか?」

 「はい~」

 「……仮にも、三公の立場にあるような者が、私憤によって他人の足を引っ張り、民の平穏を乱しておると?」

 

 こく、と。劉協のその言葉に、揃って頷いてみせる、一刀達三人。それを確認した後、劉協は次に董卓へとその視線を移し、その声をかけた。

 

 「董相国」

 「は、はい」

 「その方は今の話、真の事と思うて居るのか?」

 「へぅ。あ、いえ。その……残念ながら、真実の事だと、詠ちゃ…賈文和より、知らされております」

 「……賈文和。相違無いか?」

 「……はい」

 

 董卓に続き、賈駆からも是と答えられた劉協は、静かにその双眸を閉じ、僅かの間沈黙を取った。そして、数分程度の沈黙の後、劉協は一刀らに対して思いもよらぬ行動に出ていた。

 

 「へ、陛下?!」

 「な、何を……っ!?」

 「そんな、ど、どうかお顔をお上げください!!皇帝陛下ともあろうお方が、一臣下に対してその様に土下座など……!!」

 

 そう。劉協はその双眸をかっと見開くと同時に、椅子から文字通り飛び降りるようにして床にその膝を着き、一刀達にその頭を下げたのである。

 前代未聞な彼女のその行動に、李粛以外の一同が狼狽する中。劉協が次に紡ぎだした言葉によって、彼らはさらに、その頭を混乱させる事になった。

 

 「……こちらからも是非に頼みたい。司徒を…王允めをどうか、この都から駆逐して欲しい!朕には決して、如何なる理由があろうとも手出し出来ぬあの姦賊さえどうにか出来るのであれば、朕はそちたちに対し、今後如何なる協力も惜しまぬ!!」

 『……』

 

 姦賊と。司徒である王允をそう呼び、その排除を逆に一刀達に頼みたいと言う劉協の、その一点の曇りも無い眼差しに正面から射抜かれ、思わず口内に溜まった唾を大きく飲み込んでいた、一刀達であった……。

 

~続く~

 

 

 

 狼「さて。久々更新仲帝記の第二十一羽です」

 輝「ご無沙汰してまーす。本編じゃあまったく出番無しな、徐庶こと輝里でーす」

 命「登場すらまだしていない、命じゃ」

 狼「・・・・・・たとえ出番あっても、この外史じゃあ一寸だけしかない脇、だけどな二人とも」

 輝&命『・・・・・・・・・・・』

 

 狼「さて。今回やっと本格登場、劉協陛下と李粛の話から」

 命「二人とも、随分前にちらりとだけ、名前のみ出て居ったな」

 輝「ですねー。しかも李粛さん、その正体はなんと、あの、何処の外史でも悪逆非道なキャラが定着している、張譲だってんだから」

 狼「これは意外だったでしょー?彼女の出番はシナリオ練り始めた頃から決まっていたんだけど、たまには善人な張譲もありかなー?とか思ったんだよね」

 命「あやつ……これからずっと、本編に絡んでくるのか?」

 狼「んー。反董卓連合中は、確実に話に絡んでくる事は言えるけど、そこから先はまだ言えません。ネタばれになっちゃうからね」

 輝「劉協陛下は?」

 狼「ゆ・・・劉協も同様。あの二人はずっと、セットで動いていく予定なんで、先のことは何も言えません」

 

 命「汜水関の陥落手段はあれじゃな。張三姉妹が孟徳の所に居った事、すっかり忘れておったわ」

 狼「読者もその辺、覚えている人居たでしょうかね?まあ、直接出てくる機会は、今後も少ないけどね」

 輝「で?その事を諸侯にばらして、曹操さんを糾弾する役目は」

 狼「そりゃあ一人しか居ないでしょw」

 命「・・・変なフラグになったり・・・せんじゃろうな?それが」

 狼「さて?一体何のことやらwww」

 

 狼「といった所で、今回はお開き」

 輝「一刀さんたちの王允勢駆逐はなるのか?」

 命「そして、虎牢関での戦いは、一体どんな顛末になるのか?」

 狼「ではまた次回、第二十二羽にて、お会いしましょう」

 輝「今回もまた、暖かいコメントとご支援、お待ちしてます」

 命「マナーはきちんと守って、コメントしてくだされな?」

 

 狼&輝&命『それでは皆さん、再見~!!です♪」

  


 
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