No.364213

赤鉤村の記憶

木十豆寸さん

卒業制作で書いたもの、クトゥルフ神話的な何かを書きたかった。

2012-01-16 17:43:53 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:483   閲覧ユーザー数:481

 私が山々を流れる河、とりわけ地下深くから湧き出る水の側を怖がっていることは、恐らく周知の事実だろう。多くの者は嘲笑するだろうし、それこそ私の勤めていた雑誌の出版社などは、おもしろおかしく脚色して記事に起こすに違いない。もちろんそれについて責めるつもりはないし、ほんの数年前には私はその嘲笑する側だった。(実際のところ、現在もそちら側でありたいと私は思っている)だが、赤鉤村……あの忌々しくおぞましい住人たちが住み、有害な霧の立ちこめる村での事件が、私をそうさせてはくれない。すべてが悪夢のようで、私はそうであって欲しいとさえ思っている。これからこの手記に記すことは、依頼するまでもなく、私の勤めていた出版社から世間一般へと公開されるのだろう。ならばこれを読んだ人に任せようと思う。この記憶が事実なのか、あるいは私の狂気が生み出したたちの悪い幻想なのかを。

 始まりは赤鉤村での行方不明事件だ。記事の題材を探していた私の目にそれが留まったことからだった。行方不明事件というものは、そこまで珍しいものではなかったが、異常な点がいくつかあり、それが私の興味を引いた。いなくなった人物は芦屋成惟という名前で、赤鉤村の村長を務めていた男だ。彼が行方不明になったことが発覚したのは、県の職員が村を訪れた時だったらしい。元々かなりの高齢だったのに加えて、彼が村の仕事をほとんど担当していたため、様子を定期的にうかがう手はずになっていた。

 職員が当時話した発覚当時の状況を、要約して書いておこう。彼が芦屋邸を訪れたのはだいたい午前十時を回ったところで、その時は成惟の妻である芦屋妙が彼の応対をしたらしい。多くの仕事をこなす成惟と違い、彼女は不自然なほど緩慢で、もたついた動きをしていた。それに輪を掛けて丁寧なもてなしをしようとするものだから、どんなに遅くなろうと十二時には帰ることが出来るはずだった彼は、一通りのもてなしを受けるまでの間に、昼食までご馳走になる羽目になってしまったそうだ。昼食も準備に時間がかなりかかっていたらしく、いっこうに料理が出る気配もない。そして彼が村長である成惟と会わせてくれと言うと、彼女を含めてその家に住む女中は皆、その言葉を理解できないという風な反応を返してくるのだった。ここまで露骨に会わせないという意志を受け取ると、さすがの彼も何か怪しいと感じて、女中の一人を問いつめることにした。そこでようやく成惟が行方不明だと判明したのだった。

 その後警察の介入があったものの、誰一人として当時の状況を話すものはおらず、殺人など様々な憶測が赤鉤村の近隣で囁かれた。しかし当の村は相変わらずで、警官が巡回するようになった以外は、全く変化のない生活を続けていた。村長がいない分、戸籍の整理など仕事の引継に苦労するかと思えば、失踪するのをあらかじめ予見していたようにスムーズに引継を終え、不気味なほど変化のない赤鉤村は、元々彼らが外向的な気質ではないのも相まって、現在は孤立している状態だった。私は、そんな状況の村を元々霧の多い土地の気候とあわせて、未開の村で発生した怪奇事件という主題で、記事を書いてみたいと思ったのだった。

 それにはまず、なにをするにしても取材拠点となる宿が必要だった。しかし、赤鉤村には観光資源もなく、そもそも住人たちが外界と関わりを持ちたがらなかったため、宿や旅館、ホテルなどは村内に全く存在しなかった。この時訪れることを諦めてしまおうかと思ったのだが、幸いなことに……いや、今考えてみれば不幸なことに、我が出版社と懇意にある坂木成人教授が赤鉤村に知己がいると言うことで、坂木教授と共にあの村を訪れることとなったのだ。彼……教授の名前は諸君ならばよく知っているだろう。UFOや黒魔術と呼ばれるようなもの、つまりオカルト関係に広い知識を持つ教授である。世間では信用を得てはいないが、今の私としては彼の奇妙な空想じみた話が、毒々しい黄色をした粘菌が繁殖するのをみるような気味の悪さと共に、妙なリアリティを持って感じられるのだ。もしかすると彼の言うことは事実かもしれない、赤鉤村での記憶は、そう思えるほど常識が破壊されたものだった。

 赤鉤村は、四方を山に囲まれた盆地にあり、その南方の山は以前私が暮らしていた場所の水源として有名な山だった。そこから流れる水は美しく澄み渡り、下流では蛍も生息している。しかし、それとは対照的に赤鉤村は陰鬱な雰囲気を持つ針葉樹に囲まれた村であった。私がそこへ向かったのは梅雨時の湿気の多い時期であったから、その特徴はいっそう顕著であった。一日を通し深い霧が日の光を閉ざし、降りしきる雨は霧状で、地面は湿る程度の濡れ方しかしないというのに、いっそう濃くなった霧によって身体は不快な湿気を一層身に纏ったようになってしまうのだ。また視界がほとんど効かないあの村では、音も同じように空気中に漂う霧によって吸い込まれてしまう。元々人通りが少なく、視界も効かず、音も消える。赤鉤村はそういった要因が重なって、あの私が過ごした悪夢のような時期、それはあの村が廃村であるかのような錯覚を覚える程、荒廃した印象を私に与えていた。

 赤鉤村には公共の交通機関は通っておらず、村の北方に国道が一本通っているだけで、坂木教授の友人はその国道沿いに家を構えていた。確か近藤信博(こんどうのぶひろ)と言う名前だったはずだ。彼は妻と一人息子の三人で暮らしており、田舎での生活にあこがれてあの場所へと移り住んだのだそうだ。しかし赤鉤村の排他的な雰囲気に押され、生活の中心は国道沿いとなっていた。あの有害な霧はすぐ側まで浸食してきていたが、それでも村の雰囲気に染まっていないあの家と家族は、私の滞在中に幾度と無く活力を与えてくれた。

 私と坂木教授がその家についたのは、だいたい昼を過ぎた頃だった。太陽は高く昇り、梅雨の晴れ間らしい強い日差しと湿った熱気が辺りを包んでいた。移動用に借りていた車を降りるとその熱気が私の体を襲い、目眩を起こしそうなほどだった。私と坂木教授はお互いに軽く会話をしつつ近藤家のドアを叩いた。その家は空によく映える白い壁を持つ二階建ての一軒家で、首都圏でこれと同じ物を建てるには、並大抵の年収では不可能だと思えた。私はその家を羨望の混じった視線で見ていたことを覚えている。そこに住んでいる近藤一家は、一般的な家庭環境を持つ人々で、白髪交じりではあるが未だに若々しく精悍な印象を受ける父親の信博、多少ふくよかな体型をした母親の和恵、そして彼らの子供である陸が人並みな問題を抱えつつも仲睦まじく暮らしていた。

 赤鉤村の商業施設は午後八時までしか営業していないと言うことなので、今から機材の準備をして向かうには少し時間が足りなかった。そのとき私は少々大きめな商業施設であれば、陰気な気質を持っていない普通の人間から、話を聞くことができるのではないかと思っていたので、できれば十分に時間をとって取材を行いたかった。この判断は今思えば正しかったと思う。夜に赤鉤村……あの忌々しい場所を出歩くのは、坂木教授に付き添ってもらったとしても危険極まりない行為だ。もし、私が取材を強行していれば、今ここでこの手記を書くことができているかどうかわからない。

 空調のよく効いた家の中は、目も眩みそうな外の日差しと暑さとはまさに別世界のようだった。私と坂木教授は近藤家の歓待を受け、楽しいひとときを過ごした。彼らは首都圏での生活に飽きて、この地へ移り住んだ家族で、多少の不便はあるがそれでも楽しく暮らしていると話していた。ただ、彼らと食事をともにする回数が増えるにつれ、一人息子の陸だけはそうは思っていなかったようだ。親しい友人たちと離れ、不便な田舎に移り住むのは、子供にとっては悪い部分しか見えてこなかっただろう。彼らとのひとときを過ごすうちに、高かった日は地平近くまで落ち、窓から見える景色は国道沿いの田園風景ではなく、国道を照らす街灯だけが見えるもの悲しいものとなっていた。この辺りは、都市から都市へ向かうための車も少ない上に、この近辺に住む人間はほとんど生活基盤をこの近辺においている。そのため車通りも少なく、国道沿いの商業施設もポツポツと距離を開けて置かれているだけだった。私は効いていた以上に人が少ないことに驚きつつも、私は当初の予定通りこの日の取材は諦めて、この家で宿を借りることにした。

 近藤一家の家は外見通り二階建てで、一階にリビングとキッチン、客間があり、二階は寝室や書斎として使われている。私と坂木教授は一階の客間を使わせてもらい、そこで寝ることになった。日中のうだるような暑さとは違い、アスファルトの少ないこの地域は、夜になると涼しい風が窓を開けるだけで入ってくる。私は同室の教授から許可を受けて窓を開け放つことにした。清々しい風を受けて大きく延びをすると、遠くの山々が妙にギラギラと輝く星たちによって輪郭をあがらせていた。星の光が強く感じたのは、辺りの照明が弱かったからかもしれないが、坂木教授はこの先起こることを暗示しているのかもしれないと話していた。彼の話すところによれば、人が少なく怪異がそこにあるときは、星の光がオゾン層による減衰を無視して届く、人間の理性が遠くにあり、怪異が幅を利かせている場所には特殊な物理法則が働くのだ。と彼は言っていた。当時の私は、そういったことを全くのでたらめだと思っていたので、口では彼に賛同しつつも、心の中では嘲笑を浮かべていたと思う。その後は、明日の早い時間から取材を行いたいといって坂木教授を説得し、アラームを六時半にセットして布団に入った。

 その日はよく眠れなかったのを覚えている。車通りが多く騒音がひどいわけでも、坂木教授が奇怪な知識を披露し始めて寝ることを許さなかった訳でもない。いや騒音がひどければ耳栓を持ってきていたし、坂木教授は奇怪な知識を披露することはあっても、不眠を強制するような人物ではなかった。私が眠れなかったのは、あるおぞましいイメージが脳裏に浮かんでしまったからだった。霧の中から現れる名状しがたい存在が、赤鉤村の住人を食い殺すというイメージで、それが持つ両生類のような眼球が生々しく、粘着質な動きをしている。それがまるっきり正真の化け物であれば気にすることなく眠ることができただろう。そもそもこのような雑誌を編集していると、こういったったイメージはよく沸くもので、そのうちのいくつかをモチーフに化け物を創作したりもしていた。だがその日のイメージは今までの物とは違っていて、端々に理性的な人間の片鱗が見え、理性もなく人を襲う今までの物とは違い、それを楽しんでいるようにも感じる。なぜこんなイメージが沸いたのか、そのときは理解できなかったのだが、今思えばそれは赤鉤村の怪異を暗示した物だったのかもしれない。

 午前二時には何とか寝ることができた。六時半のアラームが鳴り響き、私と坂木教授は家主達が起き始める前に準備を開始した。とはいっても前日に用意しておいた物を身につける程度の事だが。それらが終わったところで、昨日よく眠れなかったことを坂木教授に打ちあけた。彼はそのことについて深く追求してこなかったが、それでも車の運転は自分がすると申し出てくれた。私は彼の言葉に甘え、車の中で再度眠ることにした。その時は梅雨らしい曇り空で日差しが強くなかったのも手伝って、夜よりも快適に眠ることができたのを、とてもありがたく思った。

 三十分ほど睡眠を取り、坂木教授に体を揺すられて目を覚ますと、重量感のある灰色の空と白い霧に沈む家が見えた。彼と共に車外へでてあたりを見渡すと、霧に沈む家と田畑が続いていた。家は現代ではあまりみないような瓦屋根と、遠くにうっすらと藁葺きの屋根があるのを見ることが出来た。昼とはいえ暗い曇天と霧に遮られて薄暗いあたりの景色に、光の灯っていないその建物達は廃墟のように映っていた。田畑の方は家屋とは対照的で、作物はすべて異常に発達した根を地面から露出させており、キャベツなどは春を過ぎたというのに新しい苗が露天栽培で新しく生え始めていた。また、あまり日の当たらないこの村では植物は固くならず、適度な柔らかさを持つ野菜が多くあった。またそういった食べやすい草が生えていることから、家畜も肥えて良質な肉を提供してくれているらしい。しかしそれらは村を出ることはなかった。この赤鉤村は経済的にも独立しており、地元で採れた物をそのまま地元で消費するという生活をかなり昔から続けていた。だからこそ排他的な生活を続けられていたわけだし、近藤家が馴染めなかったわけである。

 私が目を覚ましたのを確認すると、坂木教授は再度車のエンジンを噴かして、村の中心を走る一本の太い道路を走り始めた。廃墟のような町並みを眺めていると、雨戸の隙間から、あるいは納屋の暗がりから、得体の知れない気配が私達に意識を向けてくるのを感じた。それは村人から送られる視線だと簡単に思い至るはずなのに、そのとき私は、昨日の夜浮かんだあの人肉嗜食の残虐な生き物が、こちらを見ているかのように感じたのだった。私はその視線をあえて気にしないように努めつつ、広大な畑と瓦屋根の景色を眺めていた。その景色は、芦屋邸、つまり中心部へ向かうほどみすぼらしい、あるいは古めかしい印象を私に与えてきた。木造の平屋、土間、果ては村の入り口でかすかに見えた藁葺き屋根の家までもがあり、それらが徐々に朽ちていく様が濃密な霧のむこうからでも確認できた。そして、辺りの家屋がほとんどあばら家のような状況になった頃、ようやく芦屋邸が見えてきた。その家は辺りの家と比べれば遙かに文明的で、古めかしく威厳のある日本家屋だった。現在走っている道はちょうどその家とぶつかるように整備され、その突き当たりで左右に道がある丁字路になっていた。

 芦屋邸の内装も外観と変わらず、歴史的にも価値のありそうな整然とした日本家屋だった。ただ一点、霧の所為か名状しがたい陰鬱な雰囲気が、辺りを包んでいることを除けばの話ではあるが。

 私は生前の芦屋成惟氏の性格を妻の妙氏から聞こうと思い、この家を訪ねたのだが、彼女と会うことはできなかった。彼女はかなりの老齢である上に、夫が行方不明でふさぎ込んでいる。私を応接間まで案内した女中はそう私に言った。もちろん私は、事前に妙氏がどのような態度をとっていたのか知っていたのでこれは恐らく嘘だろうと思う。しかし、そのことを指摘して、表だった警戒をされるのは避けたい事態だった。女中は浅黒い肌をした愛想の良くない女性で、特に刃物で切ったように赤く横長の口のせいで、あまり良い印象を持てなかった。彼女は女中のうち自分が最も地位が高いと言い、妙氏に代わって質問に答えてくれるらしかった。彼女は私達に早く帰ってほしいようだったが、私達はそれを無視していくつかの質問をすることにした。

 質問の答えをまとめると、成惟氏は市の職員が話していたとおり、かなり有能な男だったそうで、仕事ぶりも私生活の方も、特に真新しいことを聞くことはできなかった。しかし、収穫が全くなかったわけではない。実は、行方不明が発覚した時期は分かっていたのだが、行方不明になった時期は分かっていなかったのだ。しかしどうやら話を聞くうちに春に行われたこの村に伝わる伝統的な祭、その前後に行方不明になったらしいことが、会話の中で察せられた。その見解は坂木教授も同じだったようで、私は少し自信を持つことができた。だが、なぜ春の祭前後で行方不明になっているというのに二ヶ月近くも彼らは隠そうとしていたのだろうか、私はそれについて、その祭を調べてみようという気持ちになった。ただその祭りについて詳しく知るには、この家にいる女中たちでは警戒されてしまうのではないか、私はそう判断して坂木教授とともに芦屋邸を離れることにした。

 車をなるべく低速で走らせ、見かけた住人には積極的に声をかけていく。しかし、会う住人は皆決まってあの女中が持つ奇妙な赤い口と似た特徴、そして雰囲気を持っていて、話せば話すほどいいしれぬ不安が頭の中を渦巻くようだった。そして、大体十人くらいだろうか、次の住人を捜していると坂木教授から声がかかった。彼の指す方向を見ると、全国展開しているとあるコンビニエンスストアの店舗があった。現地でアルバイトの募集をしていたとすれば、また同じような反応を返されそうではあるが、この町を知るこの町以外の人が、居るのかもしれないと考えれば、向かってみる価値はありそうだった。

 坂木教授の見込み通り、コンビニエンスストアの店員は村人とは違い、刀傷のような口も、こちらが不快になるような雰囲気も全く醸し出してはいなかった。この人々になら、話を聞くことができるのではないか、そう思い私と坂木教授は彼らに話を聞くことにした。彼らは村人たちに比べれば、かなり愛想も良く、聞いたことにも素直に答えてくれた。それでもいくつかの質問ははぐらかされるか分からないと言われたが、それは本当に知らない事のようで、深く追求するのははばかられた。そして、彼らから受け取った情報は、間違いなく村の住人からは知ることができなかったであろう内容だった。それは春祭りの内容で、なおかつ村人のみが参加することを許された奇妙な物だった。具体的に何をするのかは彼ら自身も知らないようだったが、それでもつまらない田舎の閑村で行われた異常な儀式は、彼らの好奇心を強く刺激していた。 彼の話はインタビューとして残しておきたかったので、データとして保管してある。私はあの村の記憶をきれいさっぱり無くしてしまいたいと願うのだが、それでもこの事実、いや事実かどうか分からない事だが、とにかくこの記憶を、記者として正確な形で残しておこうと努めたいと思っている。よって私は、あえて編集することなく、直接音声データを文章として下記起こしておこうと思う。

「春祭り? ああ、あの気味悪い連中がなにかをしていた晩の話ですか、よく覚えていますよ。たしかあの夜も満月でしたっけ、いやいつもは霧の所為でろくに空も見えないって言うのにその祭がある日は毎回やけに晴れてましてね、みんなでどういうことなんだろう、って話をしていたんですよ。まあ、どういう事にしても働いているときにすっきりと遠くまで見通せる空が、窓ガラス越しにでも見れたんで、久々に晴れやかな気持ちで仕事ができたのを覚えてはいます。ただその夜行われる祭……と言っていいのか分かりませんが、とにかくそれがですね、遠くで声を聞いているだけで不安になるようなものでして、とても気味が悪かったのを覚えています。気味の悪い笑い声と狂ったような悲鳴の所為で、なにを言っているか分かりませんでしたが「イヤ、イヤ」だか「イア、イア」みたいな声が頻繁に聞こえてきました。それとこれはうちのバイトが見たって言ってるんですが、芦屋さんの家って分かりますか? ……ええ、そこです。もう行ったことがあるのなら話が早い、そこの前を横切る広い道路沿いに、たいまつを持った村人が大勢集まってなにか行進……って言うんでしょうか? とにかく集まって何かをしていたそうなんです。今日はシフトに入っていないので、直接当人に会うことは難しいですが、たぶんその後すぐに帰ったということなので、これよりも詳しい話を聞くことはできないでしょう。何よりもそいつはあの日以来妙に臆病になってしまって、ろくに仕事もできなくなってしまったんです……そういえば、訳の分からないことをそいつが言っていましたね、なんでも「いつもの村人からは想像できないほど狂乱していた」とか、私たちも聞こえてはいたのでそう言ったんですが、「見ていないからそんな風に冷静でいられるんだ」と言われまして、それ以来レジ打ちとか直接客と関わる仕事から、商品の補充だとか裏方の仕事しか出来なくなってしまって困っているんですよ。あなた方もこの村について調べるなら、気をつけた方がいいかもしれませんよ。脅かす訳じゃないですがこれは忠告です。あなた(坂木教授)はテレビでも何度か見たことがあるし、こういうことに首を突っ込んで今の地位を捨てることにはなりたくないでしょう? ……ああ、やっぱりそうですか、でしたら隣町の市立図書館で郷土資料を探してみるといいかもしれません。この村に図書館なんて場所はありませんしね」

 赤鉤村の住人たちは慎重に自分たちの風俗を秘匿していて、なおかつ彼らは何か恐ろしい事を行っているらしかった。春の祭を直接見たコンビニエンスストアの従業員に話を聞きたいとは思うのだが、その日の内に接触を試みるのは不可能と思えた。彼が次に勤務する日にちを聞くと、ちょうど翌日だということなので、その日に会う約束をして、私と坂木教授は図書館で資料を探すため、この村を離れることにした。

 村からレンタカーを使って国道を通り、私たちは隣町の図書館まで向かった。その場所は、江戸時代以前からの郷土資料が残る非常に価値のある施設で、坂木教授は何度か向かったことがあるそうだった。館長は私の熱心な説得と、教授の懐柔により、渋々赤鉤村に関連した閉架資料の閲覧を許してくれた。この場を借りて、館長には改めて感謝を述べたい。さて、それでは私が調べた資料について語ろうと思う。まずはあの村の成り立ちだが、元々あの霧深い謎めいた土地には、異形の神が住んでいると言われていた。当時の伝承が現在の村としての性質を決めているとは思えなかったが、事実としてそう言うものがあるとだけ記しておこう。江戸時代、そこへ開拓の手が入り、明治期の文明開化の直前に、彼らの村へ西洋の農耕技術がつたわり、現在のような異常発達した作物が取れるようになったという話だ。この作物は非常に栄養価が高く、味も悪くはないのだが、その異様に膨れ上がった形のせいで近隣の村には売ることが出来なかったらしい、それが元となり、この村は経済的に孤立……いや、この場合は独立というべきか、とにかく交易を行うことを放棄してしまったらしい。それに加え、薄暗く陰気な村は住人以外にとって、不気味以外の何者でもなく、段々と周りの方からも交流を切られることが多くなっていったそうだ。

 さらに、これは当時私にとっては信じがたく、逆に坂木教授にとっては非常に興味深い明治期の資料なのだが、例の祭りについての記述が、断片的ながらも書かれていた。内容については写真を撮って保管できればよかったのだが、撮影禁止とされている書物がいくつかあったため、メモで代用するしかなかった。おそらく実際にあるものとは違うかもしれないが、以下に私の記憶を補完した形で該当部分を現代語にある程度訳して書いておこう。

 

 赤鉤村は人の住むべき場所ではなかった。あの異様に肥大化し、醜く膨れ上がった作物たちを見れば、どんなに貧しい農村だとしても、この地よりもましに見えることだろう。しかし、それでも住もうとする人間は少なくはないだろう。だがあの忌々しい習慣を知れば、絶対に住もうとは思わなくなるはずだ。対外的には文明開化とともにあのような作物になったと言われているが、それは完全なでたらめだ。彼らは、赤鉤村の元々あった場所に住む神と出会い、そしてこの土地に豊穣を約束してもらう代わり、ある契約をその神と行った。それは文明開化の世にあってはならないもので、西洋の国々に対抗するためには、こういった悪習はすぐになくすべきだろう。彼らは毎年、春の時期にある祭りを行う。それは神へ供物を捧げるための祭で、入植当時から行われているようだ。奇妙なほど赤い彼らの唇を炎が照らし、そして狂宴が始まる。彼らは神を祝福する言葉を特殊な言語でわめき散らし、夜明け前まで大騒ぎする。そして、口に出すのもはばかられるような恐ろしい所行を行い、それにより一年の豊穣を約束してもらうのだ。

 

 この資料は、坂木教授に解読を頼んだもので、解読しているときの彼は、新しい資料を閲覧できる至福の時だというのに、非常に淡々とした調子だった。おそらく彼は、この時点であの村がどういうものか、ある程度の目星をつけていたのではないだろうか。私はついにあの忌々しい瞬間まで、想像だに出来なかったが、思えばこの時点から予兆はあったのだろう。資料の閲覧と地図などの資料のコピーを終えると、坂木教授は一度近藤家へもどり、日を改めようと提案してきた。なぜかと私が聞くと、もう既に日が暮れ始めていて、翌日のインタビューの約束もある。さらに昼食をとり損ねたし、今日に関して私はほとんど眠っていないので疲れただろう。ということだった。空腹感はないものの、確かに手指に熱がこもり、欠伸を私は頻繁にしていたので、彼に従う他なかった。

 近藤家へ戻る途中、私はようやく空腹を感じて、ふとあの村にある作物のことを思い出した。あの醜悪な見た目を持つ気味の悪い作物だが、空腹を満たすためならば、あの膨れ上がった作物にかぶりつくのも悪くはないような気もした。とにかく私は、早く近藤家へ戻って温かい食事を取りたいと思っていた。レンタカーを運転しつつ教授の様子をうかがうと、彼も相当疲弊していたようで、窓枠に肘を置いて、考え事をしているような、仮眠を取っているような、そんな仕草をしていたのをなぜか覚えている。そしてそのうち太陽が見えなくなると、道を照らす街灯が点き始め、道路の照明は日光から街灯と国道沿いの店から漏れる光、そして車のヘッドライトへと変わっていった。そして、レンタカーが近藤家につく頃には空に星が輝き、そしてけたたましく蛙が鳴き始めていた。翌日は雨が降るかもしれない、私はそう思いながら坂木教授を揺り起こして、空腹のせいで痛みすら発している腹部をさすった。

 夕飯も十分に取り、入浴もすませた私は住ぐに布団へ入った。その日は非常に眠く、一刻も早く布団へ入ってしまいたかった。坂木教授はそれでも何か気になる点があるようで、私が布団の中でまどろんでいるときも、自分の持ってきた資料と、図書館で得た情報を見比べて、あれこれ独り言をつぶやきながら考えていたようだ。一方私は、蒸し暑さも蛙たちの騒音も、気にならないほど深く、すぐに眠ってしまった。そのときのことはよく覚えていないが、最後に見た時計はまだ夜十一時も指していなかったように思う。とにかく深く、その間に見た夢も何も覚えていないほど深く、私は眠った。

 眠りが深い分、睡眠時間は少なく押さえられたのだろうか目が覚めたとき、時計の針は四時過ぎを指し、音のない雨が窓の外を濡らしていた。私は少しはやめに起きたことを自覚すると、外の天気を詳しく確認しようと窓際まで歩いていった。窓から見えるのは、暗い曇り空と、地平線にかすかに見える日光で作られた夜空と、霧雨のせいで静かになってしまった広大な農地とのコントラストは、なぜだか私自身がおよびつかない自然の心理を表しているかのように見えた。この二日は気の滅入るようなことが多く、気分が沈みがちだったが、この景色を見て私は少し救われた気がした。もっとこの景色を楽しみたいと、窓へ一歩進み出て空を見上げたとき、私は再度この世ならざる怪奇に打ちのめされることとなった。なんと空には星が不吉な輝きを放っていたのだ。空はもちろん晴天ではなく、霧雨の降る曇天だった。それでも空には爛々と、昨日見た物と同じようにぎらぎらとした星が見えていたのだ。分厚い雲を突き抜けて星の光が届くとは思えない。私はその異常な空を見て、気が遠くなるような思いだった。坂木教授の言っていた超常現象が起こる場所は、星の輝きが増すという話。あれは昨日まで、気のせいによる部分が大きいと思っていたが、もしかすると事実なのだろうか。先ほどまでのすっきりとした気分はもう微塵もなく、私は再度布団に戻り、朝を待つことにした。

 翌朝、近藤家の人々と共に食事を取り、この地方特有の霧雨の中、レンタカーを走らせて約束していた店員とのインタビューへ向かう。霧雨の赤鉤村は初めてだったが、昨日の曇り空以上に薄暗く、視界の利かない景色が広がっていた。せいぜい視界は百メートル程度で、それよりも先は精神に悪影響を与える灰色の霧で覆われて、車の速度を落とさなければ事故を起こしてしまいそうな程だった。周囲の建物も、いっそう寂れた印象を感じられ、そして心なしか昨日よりも視線が多くあるように感じた。それらを気づかない振りをして、私はあのコンビニエンスストアへと急いだ。

 コンビニエンスストアの光が、辺りの薄暗い空気に埋もれるように弱々しく見え始めたとき、私は安堵の息をもらした。すぐに私は店の前にレンタカーを止め、店内へと入った。店長は昨日話していたとおり、気のよさそうな表情で私の前に現れると、一人の男を連れてきてくれた。どうやら彼が昨日話していた祭を直接見た人間らしい。彼は恐らく、元は明るい性格だったであろうことが容姿から伺えるが、それでも目の下にある深い隈と顔に張り付く疲れた表情は、そういった快活そうな印象をすべて打ち消すほど深刻だった。彼から話を聞き出すのは用意ではないと思ったし、事実彼は当時のことを話そうとはしなかった。必死に宥めたり、励ましたりを繰り返し、私たち以外の誰にも聞かれない場所でなら、と言う条件付きで何とか話してもらえることになった。人には聞かれない場所と言うことで、私たちは店長から許可をもらい、レンタカーで彼を連れてこの町のはずれにある空き地まで移動した。辺りは灰色の霧に包まれて人が居るのかどうか分からないが、それでも障害物の少ない空き地ならば少しは見通しも利く、そして車の中ならば他人から話を聞かれることもないだろう。彼にそう伝えて私はそのときの状況を話すよう頼んだ。もちろん録音機器はそろっていたのでしっかりと取ってある。以下に書き起こすので目を通してもらいたい。

「大丈夫ですよね、周りに人は居ませんよね? ……はい、ようやく安心できました。ではあのとき自分が見た事を話します。あの日はちょうど夕方までのシフトで、店長に挨拶した後すぐに着替えて退勤しました。そのときはあんなに晴れている日は久々だったので、少し村を歩き回ってから帰ろうかと思っていたんです。既に夕方で暗くなってきてはいましたが、霧もなくよく晴れた空でしたし、自転車の前照灯と懐中電灯は常備していたので、万一夜になってしまっても帰り道はそこまで危険じゃないだろう。そのとき自分はそう考えていました。そして、帰り道とは反対側の方向に自転車を走らせて、畑の間を通る道をずっと通っていったんです。ですが冬至を過ぎたとはいえ日が沈むのは思っていたよりも早く、走り始めてから十分とたたないうちに空に星が見えるようになってしまって、自転車のライトを点けなければいけなくなったんです。それでも滅多に晴れないこの地域ですから、もう少し周りを見て回りたいと思ったんです。そのときでしょうか、かなり遠くに光の列が見えたんです。ここは街灯もほとんどなく、夜は暗いですからそこだけはかなり目立ちました。なにをしているんだろうと思い、そこでしていることを見た後に帰ろうと考えたんです。今思えば止めておけばよかった。自転車を走らせると、それほど時間はかからずその光の列に近づくことはできました。その光の列はよく見ると揺らめく炎が列となっている物で、さらに近づくとたいまつを持った村人が列を作っている事まで理解できました。その列の先には、老人が一人、御輿のような物の上に座っていて、ずっと前を向いたままじっとしていました。たぶん何かの祭りだと思ったので、ちょっと興味が湧いて、その集団についていくことにしたんです。その集団はよく見ればすべて村人、しかもかなり年をとっている人ばかりで、見たところ七十代の人ばかりのようでした。夜店や屋台などは辺りに無く、祭囃子も全く無い変な祭でしたが、それでも私はなにをするのか気になりました。元々村人の素っ気ないというか……ああ、そうです排他的な気質は知っていたので自転車の前照灯を消してこっそり付いていくことにしました。気づかれてややこしいことにはなりたくなかったので。そして、しばらく付いてくとどんどん山奥の方へ入って行ってしまって、そろそろ帰ろうかと思い始めたときようやく彼らの足が止まって何かを始めたんです。頼りになるのは村人たちが持つ 松明だけでしたから目を凝らしてもはっきりとは見ることはできなかったんですが、御輿に乗っていた老人が立ち上がって両手を広げるのが見えました。そして朽ち果ててほとんど形が分からないような穴……はい、たぶん井戸だと思います。近くに桶みたいな木製の道具が転がっていたので……そして両手を広げた老人がなにか恐ろしい呪文を唱え始め、辺りの老人たちは狂ったように踊り始め、辺りは急に騒がしくなりました。呪文の内容は「いあ! いあ!」という感じのかけ声かなにかを繰り返しその間になにかの言葉を(ここで坂木教授が奇妙な発音で言葉を発した)そう! ちょうどそんな感じです。しばらくその大騒ぎが続き、私はその場の雰囲気に呑まれてしまい、まともに動くこともできませんでした。そしてひときわ大きい声が彼らの中で上がると……ああ、もうこれ以上は……はい、分かりました、自分は狂気に侵されているのかもしれない、いやむしろ犯されてしまった方が何倍もましだったんです。まず始めに地面が揺れ始めました。はじめは気のせいかとも思いましたが、徐々に大きくなる振動はどう考えても現実のもので、その揺れが激しくなるほど周りの村人たちが一層騒がしくなるのも気のせいではないことを伝えてくれました。そして変化は井戸から始まって、そこから口にも出したくないような気持ちの悪い人型の何かが出てきました。それを人間と呼ばないのは明らかに人間離れした容貌をしていたからで、それは魚眼のような目をして鰓が付いていました。それより詳しいことは……すいません、表現するために思い出すのも嫌なんです。あれには二度と関わりたくない……あれは村人の狂乱の中心から現れて、呪文を唱えていた老人に頭からかぶりつきました。それほど大きな口ではないので、はじめは顔の皮を剥ぐようにかみつき、心底おいしそうに租借するのです。私はそれ以上見ていることはできず。自転車にまたがり急いで山を下ってこの村から離れて家へ向かいました。気づかれたのか気づかれていないのか分かりませんが、今まで私が生きているということは、もしかしたらまだ見つかっていないのかもしれません」

 彼はそう話した後、来月にはこの村から離れた場所へ引っ越すと話していた。私は彼に感謝とこれからの無事を祈ると告げて、彼をアルバイト先まで送り届けた。彼は話を打ち明けることで幾分か元気を取り戻したように見えて、私と坂木教授は少し晴れやかな気分になれた。情況から判断して、凄惨な殺され方をした老人は、恐らく成惟氏だろう。今の話をすべて信用するわけではないが、彼はすでにこの世にいないと考えていいはずだ。彼を送り届けた後の車内で私と坂木教授は、これから先のことについて話し合うことにした。とりあえず二人の共通の見解として、山の中にある古井戸を探すということは決まっていた。図書館でコピーを取っておいた地図と彼の話を元にある程度の位置を探り、だいたいの目星をつける。ただ少し刈れと意見の対立があった。万全の準備をするべきだという坂木教授と、せめて古井戸の正確な位置を確認しようと主張する私の意見だ。このとき坂木教授が強く準備をするように勧めてくれたことを本当にありがたく思う。もしも私の意見を通して様子を見に行っていれば、どうにもならなくなる状況がかなりあったはずだ。

 そういうわけで、私たちは一度近藤家へ戻り、坂木教授の研究室へ連絡をして必要なものを速達で送ってもらうよう頼むことにした。彼が取り寄せたのはスキューバ用のダイビングセットと狩猟銛、そして金槌と塗装用のスプレー缶やロープ、ナイフだった。なにを用意すればいいのか分からなかった私は、もちろん彼の取り寄せようとしている道具がどのような効果を持つのか分からないが、彼が周到な用意をしていたことは後に分かることとなる。その夜はもうカーテンを閉め切り、外の景色を見えないようにして寝ることにした。二日ぶりに健康な睡眠を取ることができた夜だった。

 翌日、到着した荷物をレンタカーに積み込むと、私と坂木教授は芦屋邸……昨日の話を元に目星をつけた場所の近くへと向かった。彼の話によれば、彼の家と反対方向へ進んだ先にある山へと続く道の先に、古井戸があるということだったので、条件に一致する道は芦屋邸の前を横切る広い道くらいしか候補がなかった。村に立ちこめる灰色の霧は未だに分厚いが、この村の地下に根を張る怪異の一端を掴めたような気がした。何か得体の知れない生物が、口を開けているようにも見える山道の入り口へ到着すると、私は持ってきた道具を坂木教授と共に持ち出して、中へと入っていった。入り口の見た目とは別に、意外なほど道は歩きやすく、丁寧に踏み固められていた。私が坂木教授の後ろについて歩きつつ、辺りを見回すと、異常な形に膨れ上がった幹や人の姿をしているように見える木など、明らかに尋常ではない形をした樹木が生い茂っていた。これらはよく観察すれば松や杉のような一般的な植物だと分かるのだが、あのいびつな作物たちと同じ異常を持っていたため、一目では理解できなかった。歩いているうち、坂木教授は時々道ばたの石にスプレーを塗布したり、金槌で砕いたりといったことをしていた。何のためにやるのかと聞くと、我々の行動が村人たちに気づかれないためだと言った。私の理解を遙かに超えていることなのだが、彼らは道ばたの石や木々を使って我々の動きを察知しているらしい。私はこんな痕跡を残してしまう方がよけい目立つのではないかと思ったが、坂木教授はそれを気にしていないようだった。しばらく歩くと、緑色の苔に覆われた筒状の石が見つかった。地面に対して垂直に立てられたそれは、内部が深い穴となっていて、近くに朽ちかけた桶が置いてあった。どうやらこれが古井戸らしい。彼の話によればこの井戸から名状しがたい怪異が現れたと言うことなのだが、ダイビングセットの中にあった懐中電灯で、中をのぞき込んだところで苔の繁茂した内側と、透明度の高い水が張った水面が静かに光を反射しているだけだった。やはり下層まで行って直接みる必要があるのだろうか、坂木教授は自分が向かうと言っていたが、私は井戸の底をしっかりとした記録に残しておきたかった点と、機材の扱いは私の方が上手であることを挙げて、私が地下へ降りることを認めてくれた。取材にて、ダイビングの知識はすでにあったので、着替えて準備を終わらせた後、ロープと狩猟銛、そして水中カメラを持って井戸の底へ降りていった。井戸に張ってある水は見た目よりもかなり深く、水面に顔を出した状態では底に足が着かないほどだった。そのことを教授に伝え、私は銛を構えて井戸の中へ潜っていった。井戸の底はすぐに到達したが、どうやら地下を通る川に真上から穴をあけたような構造をしているらしく、横穴が2つ上からは見えないよう巧妙に隠されつつも開いていた。そのうち人の通れそうな方をライトで照らしてみると意外に深いことがわかり、私は彼が話していたあの人型の怪物が、この中にいるのではないかと思った。真っ暗な横穴を進んでいくと、しばらくして小さな地底湖のような空間に出た。そこはどうやら空気があり、水面が私の上で揺らめいていた。水面から顔を出し、辺りにライトを向けると岩肌を橙や蒼白の菌類が覆っていて奇妙な絵画のようになっていた。近くには水面より位置の高い岩がありその上には何か台座のような岩がさらに一つ置いてあった。水路は未だに続いているようにも見えたが、私はその岩に、何かが乗っていることに気づいた。そういうわけで私は先へ進まずに、まずはその何かを調べてみようと岩肌へ上ってみることにした。暗くぬめりを帯びた岩を何度か転びそうになりながらも上りきると、ようやくその台座の上に置かれた物がなんなのか理解することができた。それは文字の書かれた紙で、所々滲んではいるがどうやら筆によって書かれた物らしい、とりあえず辺りの写真を撮り、そして古文書の写真もフラッシュを焚いて撮った。内容は理解できなくとも、写真を撮っておけば坂木教授に解読を依頼できるし、防水性の袋などは持ち合わせていなかったからだ。この一応の収穫を持って戻ろうかとも思ったが、水路は未だ奥へと続いていた。私は少し思案した後、先へ進むことを決め、再度水の中へ潜った。水中は澄み切っており、ライトの光は入り口辺りよりも遠くへ届いているように感じられた。私はその光をさらに奥へと続く穴へ向けて、先へと進もうとした。

 ライトを向けたとき、何か二つ横に並んだ物体が遠くで反射をしたのを私は生涯忘れないだろう。それは魚眼のような目で、名状しがたい異形の怪物だった。肌は蒼白で、魚のような印象を受けるが、四方に飛び出した四肢は水掻きや鉤爪が付いているというのに人間としての名残を残し、顎は退化しているのか全く動きそうになく、輪郭の代わりに鰭のような切れ込みが左右対称に入っていた。そして、口はあの忌々しい住人たちと同じ特徴を持ち、その隙間からは表皮からは想像もできないほど赤い口内が見えた。その怪異は私へ向かってその水掻きで指のまたが埋まった手を伸ばし、足を動かして向かってきた。その姿は捕食者のそれだったが、動作は明らかに人間のものだった。そのとき私はすっかり竦みあがってしまい、手に銛を持っているというのに、それさえも忘れてさっきまで自分のいた陸地に上ろうとしてしまった。しかしその鉤爪の着いている手に足を捕まれると、したたかに体を地面に打ち点けてしまった。捕まれた足を振り解こうと動くがそれの力は強く、口には鰐のような歯が生えそろっているのが見えた。捕食の恐怖から、私は必死に手を動かし、銛をでたらめに突き刺していたらしい、次に気が付いたときは我を忘れて何度も行われた刺突によってあたりの水が真っ赤になってからだった。私の足が、明らかに自称と思える傷で激痛を訴えていたのも、その証拠だろう。あたりにその生物の姿はなく、私は痛む足を庇いつつ、坂木教授の元へ向かった。

 その後は言うまでもない、すぐに村を離れ、私は辞表を提出してこの出版社を止めた。もうあのような怪異に関わることもないだろう。しかし何なのだろうか、最近星がよく輝いて見えるのは、帰り道、ふとあの奇妙な刀傷のような口を持った住人が見えるような気がするのは。私は坂木教授とともにさらに遠くへ逃げるつもりだ。その前に私の身に何かがあった場合、これが出版社へ送られるよう手はずを整えておく、撮影した写真は多くがあの異形との遭遇で転んだときにカメラが浸水してしまい現像不可能となっていたが、私にはあの古文書に書かれていたことは何となくわかる。なぜあの日から月日がたった赤鉤村からあの有害な灰色の霧が消え去ったのか、作物の異常成長が抑えられ、ふつうの作物に変化したのか、あの生物が原因に違いないのだ。あの忌々しい容貌を持ち、芦屋成惟氏を食い殺し、あの村人たちの信仰を集めるあの生物が原因なのだ。

 


 
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