No.363854

真・恋姫無双~君を忘れない~ 八十一話

マスターさん

第八十一話の投稿です。
華琳様の突然の訪問を受けて、一度本国である益州へ一刀が戻ってくると、詠はあることを頼まれる。そんな中、なかなか素直になれない親友のために一計を謀る者がいるのだが……。
今回は本当にすんませんでしたっ! 言い訳はいつも通りあとがきにて、それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2012-01-15 20:40:51 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:9993   閲覧ユーザー数:5446

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 

 

 

 

 

 この物語は月と詠と一刀が結ばれる話となっています。

 

 

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀視点

 

 曹操さんが江陵に突如現れたという知らせは、俺たち益州と孫呉の両国を大きく揺るがせた。俺たちや雪蓮さんは、曹操さんがどんな目的でここに来たのかを――ただ俺たちに宣戦布告するためだけに来たことに納得しているけれど、他の者はそうではないようで、すぐに国境線に厳戒態勢が布かれた。

 

 そんなことをしなくても、曹操さんは冬明けまで兵を繰り出すことはないと思うのだけれど、それを不安視している人間を少しでも安心させたいということで、俺たちはそれを認可し、すぐに兵が配置されることになった。

 

 雪蓮さんも一度本国に戻り、来たるべき決戦に備えることにするそうだから、俺も永安に戻ることにした。永安に残っている将たちにもこのことを伝えなくてはいけないし、それは伝令などではなく、俺の口から伝えたかった。

 

 江陵の統治――まだ美羽や小蓮ちゃんだけじゃ不都合なところも多いから、そのフォローは桃香たちに任せることにして、俺は単身で永安に戻ることにした。久しぶりに一人で馬を駆けらせるというのも悪くない。

 

 永安に着くと、すぐに残っていた諸将を招集して、曹操さんとの会話を伝えた。武官たちはその決戦に、今から身を震わせるほどに興奮し、文官たちもそのために後方支援は完璧なものに出来るように頭を捻らせていた。

 

 兵士たちの調練の最後の調整に向かう者、戦に必要な物資を確認するために、蓄えられている兵糧や武具のチェックや、軍資金を効率よく運用するために奔走するものなど、軍議が散開すると、皆が忙しく動き始めた。

 

 そんな中、俺は自室にある者を呼び寄せた。これまで彼女は前線に立って活動することがあまりなかったけど、今回ばかりはその力を惜しみなく使ってもらうことになるだろう。全力で臨まなくては、曹操さんには勝てないのだ。

 

「ご主人様、お茶です」

 

「ありがとう、月」

 

 自室で彼女を待つ間、俺は久しぶりに月の淹れてくれたお茶を楽しんでいた。彼女の淹れるお茶は、他の侍女のものとは完全に異なり、俺の好みに合わせてくれているため、永安に帰ってくる度にこうしてお茶を頼むのだ。

 

 月はかつて天水の太守として、俺と初めて出会ったときは、俺よりも身分がかなり上だったから、こうしてお茶を頼むなんてこと、正直なところ、申し訳なく思っているのだが、いつも穏やかな笑顔で応えてくれる。

 

「入るわよ」

 

 そんなときに彼女が――詠が現れたのだ。普段と変わらぬやや仏頂面で、彼女も文官たちを纏めるのにかなり忙しくしているから、文句の一つでも言いそうであったけれど、今回は事情が異なることを察しているのだろう、神妙な雰囲気を伴っていた。

 

「わざわざ呼び出してしまって、悪かったね。とりあえず、座ってよ」

 

「それで、ボクに何の用かしら?」

 

「さっきの話で冬明けに曹操軍とぶつかることになるけど、正直なところ、詠から見て勝算はあるかな? ずっと永安を任せてきたからこそ、聞きたいんだ」

 

「……そうね」

 

 詠は答えるまでに多少の間を置いた。詠は俺に会う度に憎まれ口を叩くことが多いが、それでも俺のことをしっかり考えてくれている。暴言の中には、きちんと俺に対する気遣いは感じられるし、賢い詠のことだから、言ってはいけないことは分かっているのだ。

 

 今だってそうだ。ここで安易に勝てるなんてことも言わないし、負ける可能性が高いなんて消極的な意見も言わない。しかし、俺から尋ねられた以上、なるべく正確な推測は述べたいと思っているに違いないのだ。

 

「簡単には勝てないのは事実ね。彼女がそんな生半可な相手でないことくらい、あんただって分かっているでしょう? だけど、あんたには――勿論、ボクたちにも負けられない理由がある。軍師がこんな非論理的な意見を述べるなんてあり得ない話だけど、勝つ以外の思考は捨て去りなさい。ボクが精いっぱい勝てる方法を見つけてあげるから」

 

「そうか……」

 

 詠に何かを求めたわけではなかった。ただ詠からその言葉を聞きたかったのだ。俺自身、勝たなくちゃいけないことは分かっている。しかし、正直な感想を言えば、あの曹操さん相手に勝つところを想像出来なかったのだ。だから、こうして詠に励ましてもらいたかった。我ながら情けない話ではあったけれど。

 

「そんなことを訊くためにボクを呼んだわけじゃないでしょ? 本題は何かしら?」

 

「あぁ、今回の戦は詠にも江陵に来てほしいんだ」

 

「……その意味が分かってんの?」

 

 詠はやや眉を顰めてそう返した。詠を江陵での決戦に起用するということは、詠が賈文和であり、死んだことになっているということが偽りであるということが知られる可能性が高いことを意味している。もしもそのことについて言及されたら、俺たちは返す言葉を有していないのだ。

 

「分かっている。だが、俺たちは余すことなく、全ての力を出さないといけない。そのためには詠の――賈文和の知略は絶対に必要になる。詠のことは必ず守る。何を言われたって、俺が必ず何とかする。だから、詠の力を貸してくれ」

 

 詠の凄さは俺がいつも傍で見ている。朱里や雛里にも負けない程の実力を持ち、俺や麗羽さんに軍略を授けてくれた、言わば師にあたるのだ。そんな彼女には、この戦では大いに活躍してもらわないといけないだろう。

 

 雪蓮さんたちは詠や月が実は生きていたということを知らないだろうが、あの人たちならば、今更このことをどうこう言うことはないと思う。そんな些細なことをわざわざ口を挟むような器の小さな人間ではないのだから。

 

「……あんたのためじゃないからね」

 

「え?」

 

「だから、あんたのためじゃないって言ったのっ! ボクが力を貸すのは、この戦で勝利すれば月のことを守ることになるんだから、月のためにやるのよっ!」

 

「あ、あぁ……。とにかく、力を貸してくれるならすごく助かるよ。本当にありがとう」

 

「ふんっ」

 

 何故不機嫌になるのかは分からないけれど、とりあえずは詠が今回の決戦で知恵を貸してくれることになって良かった。相手には曹操さん自身を始め、荀彧さん、程昱さん、郭嘉さんなど謀臣も数多くいるから、一人でも智者が必要だったのだ。これでさらに決戦に備えることが出来るだろう。

 

詠視点

 

 曹操との決戦に参戦することは、もしかしたら月を危険に晒してしまう可能性があるわ。ボクたちは本来ならば生きていてはいけない存在――名を捨て、身分を捨て、全てを捨ててしまった人間なんだからね。表舞台には立つべきはないのは分かっているのよ。

 

 だけど、自信過剰なわけではないけれど、ボクの力は決戦に大きく影響すると思うの。北郷はまだ何も言ってないけど、多分相手の騎馬隊――霞が率いる部隊に当てるつもりだと思うわ。現在、もっとも精強な騎馬隊だものね。

 

 益州では今のところ、翠が西涼時代の部下を一纏めにして新たに黒騎兵を復活させ、白蓮の率いる遊撃部隊――黒騎兵に合わせて白騎兵と名付けたのだけれど、この二部隊でもっても勝てる可能性は高いわけではないでしょうね。これでも天水の軍勢を精強に育てた自負があるもの、兵の質を見極めることは容易だわ。

 

 そこにボクを加えることによって、指揮には定評のある翠と白蓮の力をさらに活用させようって思っているんだわ。霞の用兵術は人間のそれを超越しているようなもの――個人の武を除けば、霞は旧董卓軍の第一師団長になっていた程の実力者だもの。

 

 荊州で一度ぶつかったとき、あのときは恋が上手く霞を釣り出してくれて、白蓮と麗羽だけでもあの部隊を叩くことが出来たけど、次はそうはいかないでしょうね。同じ手が通用するほど、敵は甘い相手ではないものね。今からこちらもある程度の考えは講じておかなくてはいけないでしょう。

 

 ……まぁこいつにしては考えたと思うわ。

 

 それが何か気に食わなくて――決してあいつが、ちゃんと月とボクのことを気にかけてくれたことに、ちょっとだけ嬉しく思ったわけではなく、別れるときはいつも通り不機嫌な感じになってしまったのは、少しだけ失敗かなと思ったわ。

 

 案の定、北郷の部屋から退出し、自室に戻って対曹操軍を想定した戦いについて思いを馳せているときに、月がひょっこりと顔を出したのだが、その表情には少し――ボクにしかわからない程度ではあったけど、怒りの色が見え隠れしていた。

 

「どうしたの、月?」

 

「もぅ、言わなくてもわかるでしょ、詠ちゃん」

 

 惚けてみせたけれど、やっぱりこの娘は騙すことは出来そうにないわね。きっと君主という立場にありながら、ボクに頭を下げてまでお願いをしたあいつに対して、あんな態度をとってしまったことを諌めようとしているんだわ。

 

「はぁ……、分かってるわよ」

 

「だったら――」

 

「だって、仕方ないじゃないの。実際ボクは、形式上はあいつの侍女って扱いになっているんだから、君主らしく命令すればいいのよ。それに少し腹を立てたのよ」

 

「またそういうこと言うんだから。詠ちゃんはそういうご主人様だから、侍女っている立場も受け入れたんでしょ? 別の人だったら、仮に命を救ってもらったからって、詠ちゃんも仕えないと思うよ」

 

「それは……」

 

 月の勘違いよ――と続けたかったのに、言葉が上手く吐き出せなかった。それがボクの本音であるはずなのに、何故か自分の気持ちと矛盾しているような気がして――考えてみれば、誰よりもボクのことを知っている月が、そんな間違いをするはずがないのよね。

 

「いい加減、素直にならないとご主人様だって詠ちゃんの気持ちに気付かないよ?」

 

「ボクの気持ちって、何のことよ?」

 

「何って? 自分が一番分かっているんでしょ? 自分の気持ちからいつまでも逃げていちゃダメだよ、詠ちゃん」

 

 月がボクのことを一番に知っているように、ボクも月のことを一番に知っているわ。だけど、このときだけは月の言っていることが理解出来なかったのよ。ボクがボクの気持ちからずっと逃げているなんて、一体月は何のことを言っているのだろうと首を傾げることしか出来なかったわ。

 

「もぅ、詠ちゃん」

 

 そんなボクの思考を読み取ってしまったのか、月は機嫌を損ねたように眉を吊り上げたわ。そんな顔をされたって、ボクにしてみれば月が何でいきなりこんなことを言い始めたのか分からなかったのよ。確かにあいつに横柄な態度をしたことは認めるけれど、それとこれは別問題じゃない。普段の月であれば、きちんと謝るように注意するくらいだったもの。

 

 こうなってしまっては、仮にボクが月に謝ったところで機嫌を直してはくれないわね。月も前から結構頑固なところがあって、ボクがどうして怒っているのか理解しないままに謝罪しても、それを受け入れてはくれないわ。

 

 結局、適当に取り繕ったままの状態で、月は私の部屋から出て行ってしまった。月が怒っていることには、間違いなくあいつが関わっているはずなんだけど、どうして、あいつのことでこんなことにならなくちゃいけないのよ。

 

 それから、数日してから、いつものように自室で政務をしているときに、不意に月が血相を変えて部屋に飛び込んできたわ。体力もそんなにあるわけではないのに、ここまで駆けて来たのだろうか、肩で息をしているわ。

 

「ど、どうしたのよ、月?」

 

「はぁ……はぁ……、大変だよ、詠ちゃん」

 

「だから、一体どうしたっていうのよ?」

 

 月の様子は尋常ではなかった。君主をしていたときから、焦ってもここまで取り乱すということは少なかったし、こんな月の表情を見るのは初めてだったわ。思わぬことに、私の心臓が高まった。

 

「ご主人様が……ご主人様が、天の国へ帰ってしまうってっ!」

 

「え?」

 

 月から言い放たれたその言葉に、ボクの頭は真っ白になってしまったわ。

 

 

「え、詠ちゃんっ!?」

 

 気付いたときには、ボクは部屋から飛び出していたわ。どこに行くか――それは自分でも分かっていた。ボクはあいつのところへ向かっていたのよ。どこにいるかも分からないのに――月に訊いてしまうのが得策だったのに、そんなことにすら気づかずに、ただひたすら走っていたわ。

 

 勿論、ボクも月と同じように、体力に自信がある方ではないし――軍師として常に頭を使っていて、どちらかといえば運動は苦手な方だから、急に身体を激しく動かしてしまったせいで、すぐに息が上がってしまったわ。

 

 横腹のあたりが痛くなり、後になって考えてみれば、もっと効率の良い方法があったに違いないのに、ボクはひたすらあいつがいそうなところを手当たり次第に探したわ。そのときは昼時だったせいもあって、城内にいないかもしれなかったんだけど、それでも探し回ったの。

 

「何で……何でよ……っ!」

 

 突然、天の国に帰るなんて信じられるはずがないわ。これから曹操軍との決戦が控えているというのに、あいつがいなくてどうやって勝てばいいというのよ。こんな大事なときに益州から去ろうなんて、認められるはずがないわ。

 

 益州にはあいつが必要なのよ――最初はそう思っていたわ。だけど、走りながら――上手く呼吸が出来なくなった上に、突然の知らせに頭の中は混乱の極みになっているにも関わらず、それでもボクの思考は留まることがなく、その思いが実は自分の気持ちとは微妙に異なることに気付いたわ。

 

 勿論、益州にはあいつは必要よ。この国は正直に言ってしまえば、あいつがいるから成り立っているようなものだもの。共同統治という形になり、桃香もかなり求心力を得るようになってはいるけれど、それでも、この国を劉焉という暴君から救ったあいつの救世主としての声望は健在だわ。

 

 それに、何よりも桃香自身もあいつがいるから成長し続けてられるのよ。かつては君主として未熟だった桃香が、漢中王と名乗れるだけの逸材になったのは、あいつが側で桃香のことを見守っていたからだわ。

 

 この国がこの乱世に生き残り続けることが出来て、孫呉との同盟を締結し、あの覇王曹孟徳とも拮抗することが出来るだけの国力を得られたのは、あいつがいたからなのよ。この国に住まう全ての人間があいつのことを必要としているのよ。

 

 そしてそれはボクだって例外ではないわ。もう既にどれくらいの間走り続けているか分からないけれど、そんな状態でずっと考え続けた結果、ボクも一つの結論を導き出すことが出来たわ。

それは、ボクにもあいつが必要だってこと。

 

 いいえ、もっと直接的に言ってしまえば――まさかそんなことを思っていたなんて、自分でも分からなかったけれど、ボクはあいつの側にいたいと思っているのよ。あいつがどこかへ――ボクたちが行けるかどうかも分からないような場所へ行ってしまうことが、何よりも耐え難いことだったのよ。

 

 ボクはあいつのことが嫌いだと思っていた。どんなときでもへらへらと楽しそうに笑って、仮に自分が窮地にあるようなときでもそれを他人に悟らせないようなあいつが――その癖、他人が困っているのは見逃さず、自分が困る結果になったって、構わずに他人を笑顔にしてしまうあいつが、好きじゃないと思っていた。

 

 ――自分の気持ちからいつまでも逃げていちゃダメだよ。

 

 月の言葉の意味がやっと分かったわ。ボクはあいつのことを嫌いだって思い込んでいたんだわ。会う度に毒づいていたのも、あいつから仕事を頼まれる度に――大役を任せられたことが嬉しかったにも関わらず、文句を言ってしまったことも、全ては自分の気持ちに気付きたくなかったからね。

 

 これまで会ったことのないような人間に――ボクとは正反対で、常に自分の気持ちに素直な相手に惹かれてしまっていたことに、ボクは心のどこかで恥ずかしさを覚えていたんだわ。あいつにそれを知られたら、何を思われるか分かったものじゃなかったから、必死でそれを隠していたんだわ。

 

 今だって、こうしてあいつのことを探し回っているけれど、実際の話、ボクがあいつを見つけられたとしても、あいつにどんな言葉を投げかけてあげればいいというのよ。

 

 あいつは天の国からやってきた――どんな理由で、どんな目的でここに来たのかは分からないし、それはあいつ自身も知らないと言っていた。もしかしたら、あいつもずっと元の国へ帰りたいと思っていたのかもしれないわ。

 

 そんな人間に対して、ボクは何が言えるだろう。こんな気持ちで、この国のために残ってくれなんて言えないし、ボク自身が嫌だから、ずっとボクの側にいてくれなんて、そんな我儘を言えるはずもないわ。

 

「はぁ……はぁ……、こんなところにいたのね」

 

「ん? あぁ、詠か? どうしたんだ、そんなに慌てて」

 

 そんなことを考えている間にとうとう見つけてしまった。紫苑の屋敷で何をしているかと思えば、自分の荷物を整理していたのだ。これから天の国に帰る準備をしていると言わんがばかりのその行為に、ボクの胸に溜まっていた気持ちが破裂しそうになったわ。

 

 何を言えばいいのかとか、こいつの気持ちがどうとか、そんなことにすら構えられる余裕がなくなってしまったのね。こいつが行ってしまうという事実を、どうしてもボク自身が受け入れられなくて、こいつを困らせてしまうかもしれないのに、ボクの気持ちをぶつけようとしてしまったわ。

 

 こいつのことがどうしようもなく好きだという気持ちを。

 

一刀視点

 

 久しぶりに紫苑さんの屋敷に――我が家へと戻ってきた。ここ最近は本当に忙しくて、そういえば荊州での激闘以来、拠点があちらに移ってしまい、最後にここに来たのは南蛮制圧のときに戻ってきて以来だな。しかも、そのときもすぐに南蛮に向かったから、ゆっくりしてもいられなかった。

 

 どうして俺がこんなところへ来たかというと、決戦までの間は江陵で過ごすことになるだろうから、今のうちに必要なものを向こうへ運ぼうと思っていたのだ。俺の私物や璃々ちゃんの洋服なんかはここにあるから、それを整理しに来たというわけだ。

 

「はぁ……はぁ……、こんなところにいたのね」

 

「ん? あぁ、詠か? どうしたんだ、そんなに慌てて」

 

 扉が急に開いて誰かが入ってきたかと思えば、それは詠であった。彼女にしては珍しく、何やら非常に急いで来たようで、肩で息をしているし、バテバテの様子だった。額にはびっしりと汗の粒を浮かべているし、どうしてこんなに焦っているのだろうか。

 

「どうしたじゃ……ない……わよ」

 

 俺の質問にも答えることが出来ないくらい、詠は疲労しきっている。俺に何か言いたいことがあるのだろうか、じっと見つめてくるのだが、体力がほとんど残っていないようで、それを言おうにもただ喘ぐことしか出来なかった。

 

「とりあえず、少し身体を休めた方がいいな。ほら、こっち来いよ」

 

 俺は詠をどこかで休ませようと――頭で既に詠に何かお茶か何かを出してあげた方が良いかななど考えていたのだが、詠に近づいて、その肩に手を置いた。

 

「触らないでっ!」

 

「え?」

 

 詠が乱暴に俺の手を払ったのだ。きっと睨みつけるその瞳には怒りの感情がよく見て取れ、今の彼女がいつものように俺を邪険に扱うときとは、どうやら様子が異なることに俺はすぐに気付けた。何かに激しく怒っているのだ。そうでなければ、こんなことをするはずがない。

 

 しかし、俺は詠がどうして怒っているのか全く見当がつかなかったのだ。

 

 俺の弾かれた手は、未だに空しく宙を漂っていて、詠の瞳を――やや潤んですらいるそれをただ見つめることしか出来なかった。きつく結ばれた口は、おそらく溢れそうになる怒りを堪えているのだろう。それ程に激情を抱えているのだ。

 

 すぐに心当たりを思い付こうと頭を捻るが、やはり俺には分からなかった。自覚がないまま詠を怒らせたのであれば、それは人として最低なことだと思う。他人への気配りが出来ない人間だと、自分自身は思っていないのだから尚のことだ。

 

「何でよ……?」

 

 詠が静かに口を開いた。体力もある程度戻ったようで、先ほどのように自分の感情を剥き出しにしたものではなく、理知的で静かな怒りであったのが、彼女らしいといえばそうなのだが、それ故に俺の心を深く抉るものだった。ズキンとした痛みが胸を走った。

 

「あんたは馬鹿よ。いつもヘラヘラ笑って、君主として緊張感の欠片もないし、ボクには無理難題を押し付けてくるし、月とか他の将には色目ばかり使って、その癖、どうしようもなく鈍感で、他人が困っているときは駆けつけるのに、大事なときにはいなくなっちゃうんだから」

 

 詠の口からは止まることなく俺への悪口が放たれた。これに関してはいつもと変わらないものではあったのだが、言葉は紡がれているのに勢いがまるで違っていた。罵っているというのに、顔は今にも泣きそうだったのだ。

 

「詠、俺は――」

 

「うるさいっ! 聞きたくないっ!」

 

 詠は俺の言葉を遮って、話を聞きたくないように首を横に振った。すると、とうとう詠の瞳から大粒の涙の滴が零れ落ちたのだ。ぽろぽろと流れるその涙――詠がこうして泣くところを見るのは、初めてだったような気がした。

 

 詠をそこまで思い詰めさせるようなことを俺はしでかしてしまったのだろうか。女の子を泣かせてしまったという事実に、俺の胸が張り裂けそうになったが、今はそんな自己嫌悪に陥っている場合ではない。傷つけてしまった責任をとらなくてはいけないのだから。

 

 俺はゆっくりと、詠の心を逆撫でしないように気を付けながら近寄り、詠の視線に合わせるように腰を落とした。殴られて、それで詠の気が済むのなら構わないし、俺に出来ることなら何でもするつもりだった。そのくらいのことを俺はしたわけだし、何よりも何をしてしまったのか、それにすら気付けない自分が許せなかった。

 

「どうしてよぅ……」

 

 詠は俺が近づいたことに気付いていないのか、まだ何かぶつぶつと言っていたが、ふと視線を上げたときに、俺が目の前にいることに驚き、顔を背けてしまった。

 

「ごめん……。正直に言えば、何を謝れば良いのか全く分からないんだ。どうして詠が怒っているのか、どうして泣いているのか、見当がつかない。だけど、それが俺に原因があるのなら、詠のために、俺は何でもする。許して――とは言わない。だけど、贖罪はさせてほしい」

 

 詠をじっと見つめながら言葉を続けた。どうして怒っているのか分からない――なんて、最低な発言は決して許されないものだと思うのだけれど、許されなくてよいのだ。今は何よりも詠の心が晴れてくれることが先決だ。詠の涙なんて、そんなものを俺は見たくなんてないのだ。

 

「……分からないの?」

 

「……あぁ」

 

 詠の言葉が突き刺さった。しかし、俺はそれを甘んじて受けなくてはいけない。

 

「…………っ!」

 

 詠が弾かれたように顔をこちらに向けた。きっと彼女の感情が爆発しているのだろう。数発くらいは殴られるのを覚悟して、俺は静かに目を閉じた。身体の痛みはすぐに癒えるかもしれないが、心の痛みはそうはいかないのだから、それは当然の話だ。

 

 しかし、痛みなんて訪れなかった。顔面にも胸にも腹にも、来るであろうと覚悟していた痛みはなかったのだ。その代わりに、温かいものがそっと俺の身体に触れたのだ。何故ならば、詠は俺に殴りかかることはなく、ぎゅっと俺の身体に抱きついたのだから。

 

詠視点

 

 突発的にこいつの身体にしがみついていた。

 

 自分でもどうしたいのか分からなかったけど、天の国に帰ると言ったこいつが許せなくて、そんなこいつの前で涙なんか流してしまった自分が情けなくて、しかも、ボクがこんな気持ちを抱いてしまっているのに、こいつはそのことに全く気付いていないことが恥ずかしくて、それがごちゃ混ぜになった結果、ボクはそうしてしまったのね。

 

 ボクがどうしてこんなに汗だくになってこいつのことを探して、しかも泣きながら怒っているのか分からないこいつにとっては、ボクから殴られるかもしれないとか思っていたのかもしれないけれど、予想を大きく裏切る行為に、完全に声を失ってしまっていたわ。

 

 だから、今しか機会はないのよ。

 

「あんたは最低よ。馬鹿で愚図で鈍感で、ボクたちがいないと何も出来ないことくらい分かっているでしょ?」

 

「……あぁ、分かっている。そんな俺が詠を傷つけたことは、本当にすまないと思っている」

 

 違うわ。そんなことを言いたいんじゃないの。これじゃただこいつに八つ当たりしているに過ぎないじゃないの。ボクはそんなことを言うために、わざわざずっと走ってこいつを探し回ったわけじゃないわ。

 

「なのに……なのに、どうしてよ? どうしてボクに相談してくれなかったの? ボクってそんなに信用ないの? そりゃ今まで散々悪態ついてきたけど、あんたはボクのことを信用してくれていると思っていたわ」

 

「……詠?」

 

「最初は益州にあんたが必要だと思っていたわ。曹操軍との決戦も控えているんだから、そんなときにあんたがいなくなるなんて、あってはいけない話だって思っていたの」

 

「……おい、何の話を――」

 

「でも違ったのっ! 益州も曹操軍も関係ないっ! ボクがあんたのことを必要としていたのよっ! ずっと側にいて欲しいって、離れたくないって、そう気付いたのっ!」

 

 ボクの想いが堰を切ったように溢れてきたわ。想いと一緒に涙まで止まらなくなって、子供のように泣きじゃくったわ。駄々をこねるみたいに、こんなことを言ったって、何がどうなるわけでもないのは分かっているけれど、言わずにはいられなかった。

 

「だからっ! 何も言えずにこのまま別れるなんて嫌よっ! ボクの気持ちを――あんたが好きだってこともまだ言っていないのに、こんな風に別れるなんて耐えられないわっ! あんたがいなくなったら、ボクは誰に文句を言えば良いのよっ!」

 

 あぁ、とうとう言ってしまったわ。こいつだって、きっと元の世界に帰れることをうれしいと思っているはずなのに――誰だって家族や友人たちがいる場所には帰りたいはずだものね。そんなときにこんなこと――好きだからいかないでくれなんて、言われたら困ってしまうに決まっているわ。

 

 顔は既に涙でぐしょぐしょになっていて、今のボクはきっと酷い顔をしているでしょうね。説得するにしても、もっと論理的な話が出来たかもしれないのに、今のボクときたら、完全に感情論に任せてしまっているわ。軍師として失格ね。

 

「……詠、ありがとう。詠の気持ち、本当に嬉しいよ」

 

 だけど、こいつはいつもと変わらない。ボクの気持ちを知ってしまって、きっと困惑しているのに、そんなときにだって、ボクのことを一番に優先しているんだわ。ボクがこれ以上傷つかないように、細心の配慮をしてくれているんだわ。

 

 こいつのそんなところが、気に食わないのに、心から温かく感じてしまっている、自分の矛盾に気づきながら、少しずつボクの頭がやっと落ち着きを取り戻してくれたの。もう手遅れなのは気付いていたけど、これからいったいどうしろというのよ。

 

「まさか告白されるなんて思ってもいなかったけど、詠の気持ちを知ることが出来てよかったよ。俺も詠のこと大事にするからな」

 

 今度はこいつの方から優しくボクのことを抱きしめてくれたわ。言いたいことを言って、流したいだけ涙を流して――しかも、既にボクの体力なんてほとんど残っていなかったから、抵抗する気力もなかった。別にこいつに抱かれて嬉しいわけじゃないけど、今はこのままにしておこうとしたわ。

 

「だけど、詠、一つだけ訊いていいか?」

 

「な、何よ?」

 

 こんな状況で――ボクの気持ちを打ち明けた上に、抱き合っている状態で質問するということに、本当にこいつは人の気持ちが分からない男だと思ったわ。

 

「俺がいなくなるってどういうことだ?」

 

「はぁ? 何を言ってんのよ? あんたが天の国に帰るって聞いたから、ボクは急いであんたを探しに――」

 

「待て待て待て、だから、俺が天の国に帰るってどういうことだよ?」

 

「そのままの意味じゃない。何を今更――って、え? 何よ、それ、どういうことよ?」

 

「訊きたいのはこっちの方なんだが、俺は元の国に帰ったりしないぞ。というか、帰る方法すら分からないんだから、帰ろうにも帰らないぞ」

 

「え?」

 

 待ってよ、何よ、それ? 意味が分からないわ。こいつは元の世界に戻るから、その準備のためにここにいるんじゃないの? それに月がこいつが元の世界に戻るって教えてくれたのよ――まさか、月に一杯食わされたの?

 

「だから、俺は詠の側から離れたりしないよ。ずっと側でお前の文句を聞いてやるからな」

 

「えぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 今日、ボクの頭は再び真っ白になったわ。だって、月があんなことを言ったから、自分の気持ちを伝えるなんて、恥ずかしくて死にそうなことをしたのに、それが嘘だったなんて。この賈文和とあろう者がそんな嘘を見抜けなかったなんて、あり得ないわ。

 

一刀視点

 

 詠の気持ちを知って素直に嬉しかった。詠は俺のことを嫌いじゃないとは思っていたけど、少なくとも好きと思っているなんて露にも思っていたからだ。普段の言動を考えればそう思ってしまうのが普通だよな。それが、まさか俺のことを好いているなんて、本当に嬉しかった。

 

 不思議だったこと――俺がいなくなるとかどうとかという話は、どうやら月の嘘だったようだが、月はどうしてそんなことを言ったのだろう? あの娘が悪ふざけでそんなことを言うとは思えないし、何か理由があると思うんだ。

 

「もう離しなさいよっ!」

 

「あ……」

 

 せっかく詠の想いを知ることが出来て、その喜びに浸っているというのに、詠は恥ずかしいのか俺から身を離してしまった。もっと詠の身体を抱きしめていたいと、物欲しそうな目で詠を見つめると、あることに気付いてしまった。

 

「あれ……? 誰かいる?」

 

「へ、へぅっ!」

 

 詠の後ろのドアの隙間から誰かが覗いていたのだ。俺とばっちり視線が合うと、驚いて声を上げてしまったのだが、そんな風に驚く人間は一人しか知らない。

 

「月っ!」

 

「へぅ……」

 

 それに気付いた詠がすぐに月を確保してしまったので、月も逃げることが出来なかった。詠の発する強烈な怒気に、さすがの月も完全に怯えてしまっているようで、俺の後ろに避難して、ぎゅっと俺の服の端を掴んでしまっている。

 

「まぁまぁ落ち着けよ、詠。月だって、何か理由があってあんなことを言ったんだろ。そうだよね、月?」

 

「へぇ? だったら、一体どんな理由かしらね? 克明に説明してもらおうかしら?」

 

 さっきまでの健気な詠はどこへやら、いつも通りの詠に戻ってしまっている。詠の気持ちを知ってしまった俺としては、普段通りの強気な詠も魅力的に見えてしまうから、ついつい苦笑を漏らしてしまうのだけど。

 

「だって、詠ちゃんがいつまで経ってもご主人様に自分の気持ちを伝えないから……」

 

 やや申し訳なさそうな声でそう釈明する月に対して、詠もまさか月がそんなことを思っていたとはいなかったのだろう。つまり、俺がいなくなると嘘をついたのは、そうすれば、きっと俺がいなくなるということに耐えられなくなった詠が、自分の気持ちに気付いて、それを俺に伝えると思ったということだ。

 

 詠も完全に面を食らって――しかも、それが結果的に俺に気持ちを打ち明けるということになったのだから、先ほどのように怒ることが出来なくなってしまっていた。詠としても、それはやはり俺に告白出来たことが良かったと思っているからだろう。

 

「だ、だけど、このままじゃ、ボクの気持ちが収まらないわ」

 

「もういいじゃないか。俺はお前の気持ちを知ることが出来て、本当に嬉しいぞ」

 

 そう言いながら、詠の頭を撫でてあげた。

 

「ちょっと、調子に乗らないでよねっ!」

 

「……俺のこと嫌いか?」

 

「う……」

 

「俺は詠のことを大切に想っているぞ。心からな」

 

「そ、そりゃ……ボクだって、あんたのこと……」

 

「俺のこと、何? その続きが知りたいな」

 

「うぅ……、そ、その……好き……よ」

 

 顔を真っ赤にしてそう詠を見て、俺の心は完全に射抜かれてしまっている。後ろには月が見ているというのに、このまままた詠のことを抱きしめたい衝動に駆られてしまった。

 

 人から面と向かって好きと言われることは、何よりも嬉しいものではあるが、詠の場合は普段の態度のこともあるから、そのギャップで破壊力は数十倍にまで膨れ上がっているのだ。可愛い以外のなにものでもない。

 

「そうよ、そうだわ」

 

「ん? どうした?」

 

 そんなことをしている内に、詠は何か思いついたのか、月に向かって不敵な笑みを向けた。もしかしたら、月に対するお仕置きが決まったのかもしれない。全く、結果的に良かったんだから、今更月に罰を与えることもないだろうに。

 

「月、あんたもこいつも何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 

「へうっ!」

 

「ふふん、隠していたのかもしれないけど、ボクには分かっているわよ。ほら、ボクと同じ恥ずかしさを味わいなさいよ」

 

 何の話をしているのか分からないけれど、何やら月も俺に言いたいことがあるようだ。もしかしたら、日ごろから溜まっている鬱憤――かつて自分よりも身分の下だったものの侍女という立場にあった不満があるのかもしれない。

 

 詠からいろいろと文句を言われることは慣れているし、おれ自身もそこまで精神的ダメージを負うことはないけれど、月の場合は違う。益州でもっとも穏やかな性格で、人の善い月に罵詈雑言を浴びせられてみろ、何かに目覚めてしまうかもしれないじゃないか。それは俺としても避けたいことだ。

 

「ご主人様……」

 

 後ろでそう呼ぶ月の方を見てみれば、何かを決めたような表情を浮かべている。まさか本当に何か不満を抱えているのか。個人的にはしっかり気を配ったつもりだったのだけれど、元太守という肩書に対しては、それでは足りなかったのか。

 

 月が俺の服の裾を下へと引っ張ったので、それは腰を落としてくれという意味だと思い、俺は先ほど詠にしたように視線を月に合わせるように屈んだ。そして、その瞬間、もしかしたら、月は不満をぶちまけるどころか、一発位殴る気でいるんじゃないかとさえ思ってしまった。

 

 月から殴られる恐怖――力の弱い月では大して痛くないかもしれないけれど、月に殴られると思っただけで、それは別の意味で俺に恐怖心を与えた。しかも、その後に俺の頭に足を置いて、激しく罵倒するシーンまで想像してしまい、思わず目を閉じてしまったのだ。

 

「……ん」

 

「え?」

 

 しかし、そんなことが起こることはなく、俺の頬に柔らかいものが触れたのだった。

 

 

「なっ!?」

 

 声を上げたのは詠だった。

 

 それもそのはずだ。俺の頬に触れた柔らかいものは月の唇だったのだから。てっきり踏み越えてはいけない一線を越えてしまうかもしれないと考えていた俺にとって、それは正しく予想外のことで、頬を赤らめて恥ずかしがる月の顔を眺めていることしか出来なかった。

 

「ななななななな……」

 

 詠は完全に取り乱してしまっているようで、言葉を上手く放つことすら出来ていない状態だったのだが、月はというと、いたって落ち着いた様子で、ニコッと柔和の微笑みを俺に見せてくれた。

 

「実は私もご主人様のことずっと好きでした。今回は詠ちゃんに先を譲りましたけど、気持ちは負けていませんよ」

 

「月……」

 

 まさか詠に続いて月にまで告白されるなんて思いもしなかった。月は初めて出会ったときから、俺が尊敬する人の一人であり、君主としての振る舞いは憧れにも近いものを持っていたのだ。そんな月も俺のことを好きだと言ってくれたことに、俺の心臓が早鐘を打った。

 

「まさか、そんな……」

 

 そこで詠が何を狙っていたのかが分かった。月が俺のことを思っていることを知っていて、自分だけ告白したのでは不平等だから、月にも自分の目の前で告白させて恥ずかしさを味わわせようとしたのだろう。しかし、月が予想以上に大胆な行動をしてのけたのだ。

 

「私はいつでもご主人様に想いを伝える覚悟は出来ていたよ。だけど、そのときは詠ちゃんと一緒に決めていたから」

 

「うぅ……、分かったわよ。今回はボクの完敗よ」

 

 詠はがっくりと項垂れてしまった。詠は軍師としてのプライドが高く――実力も十分に見合っているのだが、まさか自分が月に謀られるとは思いもしなかったのだろう。まぁ戦と違って、男女の関係になったら、月の方が上手だったということだ。

 

「ご主人様……」

 

 月が俺の方をじっと見つめてきた。そうだ、俺は肝心なことを忘れていた。月から告白されたというのに、俺はまだその返事をしていないのだ。俺としたことが、そんなことで月に恥をかかせるわけにはいかないだろう。

 

「うん、俺も好きだよ、月」

 

 今度は俺の方から月のおでこにそっと口づけをしてあげた。

 

「へぅ……」

 

「ふふ……、月の味がする」

 

「恥ずかしいですよぅ」

 

「ちょっと、ボクのことを忘れていちゃいちゃしないでよっ!」

 

「妬くなよ、ほら、詠もこっちおいで」

 

「う……で、でも……」

 

「詠ちゃん」

 

「分かっているわよ。で、でも……その……痛くしないでよね」

 

「ぷっ」

 

 詠の一言に思わず吹き出してしまった。

 

「な、何笑っているのよっ!」

 

「あは、ごめんごめん」

 

 普通にキスしようとしただけに痛くしないでなんて言われてしまえば、それは笑わざるを得ないだろう。だけど、そんないじらしい姿を見せてくれる詠が可愛くて堪らないと思ってしまうのも事実であり、詠の手を引くとそのままぎゅっと抱きしめた。

 

「好きだよ、詠」

 

「う、うるさいわよぅ。そんなこと何回も言わないで」

 

「ほら、月も」

 

「へぅ……」

 

 右手で詠の身体を抱きしめながら、次にそのまま左手で月の身体も抱きしめた。親友である二人は同時に愛さなくてはいけないだろうが、小柄な二人であればそれも容易だった。このままずっと抱きしめていたいと思った。

 

「今度は詠からしてあげるな」

 

「え、何を――んむっ」

 

 やや強引であったけれど俺は詠の唇を塞いだ。それに驚いたのか、詠の身体が硬直したのを感じたけれど、それもすぐになくなって俺に身体を委ねてくれた。俺がいなくなってしまうのが耐えられないと泣きながら告げてくれた詠に、俺の気持ちを強く伝えるために、唇を何度も吸い上げたのだ。

 

「ふぅ……、はい、次は月の番な」

 

「へぅ……ん」

 

 そのまま次は月の唇を奪った。月の方は既に覚悟が出来ていたのだろう、すぐにそれを受け入れてくれた。侍女として俺の側でずっと仕えて、常に俺を支えてくれた人――親友のために俺への気持ちを抑え続けてきた彼女に、これからはいつでもそれに応えることが出来ると伝える。月も嬉しそうに俺と口づけを交わした。

 

 ちょっと素直じゃない詠と、実は少し大胆だった月と、それから交互に唇を交わし合ったのだ。そうして俺たちはずっとこの場所で愛を確かめ合ったのだった。

 

あとがき

 

 第八十一話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は月と詠の話であったわけですけれど、今回ばかりは上手く書けませんでした。しかも、最近は仕事が急激に忙しくなり執筆時間もなく、さらには、月と詠、二人同時ということで文量も二倍になってしまい、とにかく時間がかかりました。

 

 この作品を当初からご覧になっている方は、作者がツンデレに苦手意識を有しており、以前、詠の拠点を書いた際もツンデレに違和感があると厳しいコメントを頂くくらいです。

 

 そんな作者が詠と一刀君が結ばれる話を書くのですから、精神的な労力は実際のそれをはるかに上回るものとなっております。

 

 特に最後の方はかなりグダグダになっており、これはさすがに投稿するのはまずいかなと思ったのですが、これをまた書き直す方が辛く、無理であろうと判断したため、投稿することを決意しました。

 

 これまで以上に駄作なのは承知ですので、つまらないと思った方は何も言わずに作者をお見捨てください。

 

 さてさて、内容に関して、さらに謝罪しなくてはいけないことが、完全に詠に焦点が当たりすぎて、月がおまけ程度になってしまっていることです。

 

 そもそも、ツンデレの描写に気合を入れすぎて、月をどの段階で加えるかあまり考えていないままプロットを立ててしまったので、結果的にこのような形になってしまいました。

 

 中身としては月に騙された詠が、一刀くんが天の国に帰ってしまうと勘違いし、そして自分の気持ちに気付いて、彼に告白するというものです。まさかの月が策士であるという感じで描きました。

 

 この作品ではそういえばあまり月について書くことがあまりなく、以前の話を見返してみましたが、かなり初期の方の拠点で、月の意地悪っぽいところを描いたことがあり、それを基に大胆な感じにしてみました。

 

 それが功を完全に奏さなかったわけですが、もう既に書いてしまった以上、多くは語りません。

 

 三人のやり取りに少しでもにやにやして頂ければ今回は大成功です。

 

 さてさてさて、やっとのことで難関であった詠と月が終わったので、次回は翠の話にしようと思います。翠はどちらかと言えば書きやすいキャラではあるので、そこまで時間はかからないと思いますが、とりあえずは頑張ってみます。

 

 向日葵や蒲公英が絡んでくると、予想以上にフリーダムにはっちゃけるので、出番は軽めにして翠とのイチャラブシーンを甘味豊富に描きたいと思います。

 

 これで長かった拠点も残りは三人です。

 

 今までお付き合いしてくださった皆様、ありがとうございます。あと数話、おつきあいくださることを願っております。

 

 今回はこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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