黒髪の勇者 第二章 海賊(パート12)
アリア王国第一艦隊。
海軍国家アリア王国が誇る、ミルドガルド最大の遠洋攻撃部隊である。
編成は旗艦ハンプトンを中心とした戦列艦十隻を中心として、フリゲート艦三十隻に快速のスループ戦艦五十隻という大編成を誇る。総合火力はカノン砲一千門を越え、編成の規模としても、火力としても名実ともにミルドガルドに君臨している艦隊であった。
その第一艦隊のうち、海賊討伐のために投入された船舶は通常の十分の一、戦列艦二隻にフリゲート三隻、そしてスループ五隻という編成であった。だが、それでもせいぜい十隻程度の海賊を追い払うには十分と判断したのである。
その姿を見て、明らかに行動を変化させたのは海賊どもであった。急速に距離を詰めるアリア王国第一艦隊に対して、海賊どもはシャルロッテをそれ以上追い詰めることを放棄したらしい。それでも、なお戦おうという姿勢を示したのは流石というところだろうか。
北方から、完璧な縦列隊形で迫る第一艦隊に対して、海賊どもは耐えきれなくなったようにばらばらの砲撃を開始した。射程距離を無視した無造作な砲撃が第一艦隊に命中するはずもなく、そのすべてが無為に海中へと沈んでゆく。
海賊どもの反応に対して、第一艦隊の対応は冷静という言葉に尽きる。スループ型の小型帆船を二隻シャルロッテの救援へと回した第一艦隊は、残された八隻だけで海賊本隊への突撃を開始した。
「さて、海賊どもに海戦のやりかたというものを教えてやろうか。」
ハンプトンに搭乗するバッキンガム提督は、自棄を起こしたように発砲を続ける海賊船を眺めながら、そう呟いた。
「しかし、一体どうしてバルバ海賊団が再び現れたのでしょうか。」
そう訊ねたのは、ハンプトン艦長であるミッドランズ=サバス=フランクフルトである。
「さぁな。」
ミッドランズの問いに対して、ハンプトンは制帽のつばを軽くいじりながら、そう答えた。
「調査は文官の仕事だ。我ら海軍の役目は一つ、叩きつぶすことだけだ。」
「違いありません。」
「では行くぞ、ミッドランズ。」
「畏まりました、提督。面舵一杯!」
ミッドランズの声に、先頭を走るハンプトンが右舷転回を行った。二千トン弱の巨体が威風堂々と揺れる。それに続き、後方から全艦隊が右舷転回を行った。
波間に浮かぶ、真一文字の艦隊群。
一斉に開かれる砲門、そして突き出されるカノン砲。シャルロッテに搭載しているものとは異なる、アリア王国の技術の粋を込めた、最新型の一級品である。
「標的はバルバ海賊団。」
冷静な口調で、バッキンガムは言った。そして。
「一斉砲撃、撃て!」
空気を切り裂くような怒号が海上に響き渡った。ハンプトンの搭載砲門は左右70門、片門だけでも三十を超える。八隻で、その砲数は優に百を越えた。その猛烈な弾丸が一斉に海賊船へと襲いかかる。わざと広範囲に距離設定していた砲弾は雨あられのごとく海賊船本隊に降り注いだ。
マストがつき破られれる船があった。
甲板に複数の穴があく船があった。
鉛玉に押しつぶされて、肉塊に代わる海賊がいた。
それまで優勢を誇っていたことが嘘であるように、海賊船は瞬時に阿鼻叫喚の様相を示すようになったのである。
そしてその様子は、シャルロッテからも良く確認することができた。絶望と紙一重の状態での戦闘行為を続けていたシャルロッテの船員たちが狂喜したことは言うまでもない。
『フランソワお譲さま。』
アリア第一艦隊と海賊本隊が戦闘行為に入ったことを見て、グレイスが伝令管を通じてそう声をかけた。
「どうしたの、グレイス。」
『ご覧になった通り、海賊どもの脅威は背後から迫る小型船だけになりました。一応、バッキンガム提督は救援にスループ艦を寄越してくれている様子ですが。』
「もう少し、楽しみたいのかしら?」
不敵に、フランソワがそう訊ねる。
『楽しむなど、不謹慎なことは。ただ、もう少し戦闘データが必要かと思いまして。』
その言葉を耳にして、フランソワはくすり、と小さく笑った。
「そうね、それは良いことだと思うわ。」
『では、取舵の上、三番艦の進路を塞ぎます。』
「了解したわ、グレイス。」
そう言ってフランソワは通信を終えると、船内にいた全員に向かってこう言った。
「砲撃準備、左舷砲門全開!」
アイ・サー、と一斉の掛け声とともに、一度閉じられた左舷砲門が再び開門する。詩音もその動きに合わせて、左舷一番砲台にとりついた。もう身体にしみつくほどに繰り返した砲撃準備を、オーエンと共に素早く準備してゆく。それは他の船員たちも同様の様子で、初回の砲撃よりもかなり洗練された速度で全ての砲撃準備が整うことになった。
その先に、挙動を失った様子で、三番館が転回する。最後の抵抗とばかりに側面を向けようとした三番艦に対して、フランソワは容赦なく叫んだ。
「目標三番艦、全門撃て!」
その声とともに、十を数える五ルム弾がカノン砲から飛び出していった。狂喜するように、まるで軽いステップで。その打撃は三番艦の船首に叩きつけられた。弾かれて崩れた材木と木屑が空を舞い、海面へと落下してゆく。それでも三番艦はシャルロッテを迎撃しようと船首を回頭させた。
「次弾準備、急いで!」
続けて、フランソワがそう叫ぶ。その間、グレイスは三番艦の船首を押さえるような形でシャルロッテを動かした。側面を向けて反撃しようと、三番艦が再度の転回を試みる。だが、船の速度でシャルロッテに敵うはずもない。それまでとは立場がまるで逆転して、シャルロッテに変わり今度は三番艦が追い込まれた獲物のように暴れだした。まるで蜘蛛の巣にとらわれて、最後の抵抗をする昆虫のように。
「無駄よ。普通の技術者が作った船が、少なくとも速度でこのシャルロッテに敵うはずがないわ。」
三番艦の様子を砲門から眺めながら、フランソワはそう言った。そして。
「一斉砲撃、撃て!」
続けて放たれた砲弾は痛烈な一撃を三番艦に与えることになった。複数の帆を重ね合わせた帆柱に砲弾が直撃した。その砲弾はフォアマストを突き破り、メインマストの帆に抱きかかえられた後に甲板へと向かって落下してゆく。もう一つの五ルム弾は甲板に直撃し、それを突き破って船体へと飲み込まれていった。
だが、決定的な打撃にはならない。
「やっぱり、戦闘艦を沈黙させるには乗り込むしかないみたいね。」
むっとするように、フランソワはそう呟いた。とはいえ、シャルロッテの船員たちは操艦技術こそ優れているものの、真っ当な戦闘訓練を受けている訳ではない。白兵戦を仕掛けて、勝てる見込みははっきり言ってゼロと言えた。
その時、再び伝令管からグレイスの声が響く。
『お嬢さま、第一艦隊から信号です。』
「どうしたの、グレイス。」
『我々の救援に駆け付けたスループ型からです。制圧は任せろと言っておりますが。』
「それは助かるわ。」
安堵した様子で、フランソワはそう言った。そのまま続ける。
「なら、制圧は本職に任せましょう。私たちは帰港します。」
『了解しました。野郎ども、面舵一杯、チョルルに戻るぞ!』
グレイスが伝令の最後にそう叫んだ時、シャルロッテの脇を二隻のスループ戦艦が三番艦目掛けて突撃を開始した。抵抗する間もなく接舷され、次々と海軍が乗り込んでいる様子を確認したフランソワは漸く緊張の糸を解いたのか、肩の力を抜いた、安心したような笑顔を見せた。
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第二十二話です。
次回から第三章かな・・?
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