店構えだけで良さそうだと判断した店は、アルヴィンの直感通り観光客向けではなかった。かといって地元密着型、というわけでもない。売られているのは、普段着として買うにはやや値の張る上物ばかりで、言うなればちょっとした訪問着、といったところか。
「いらっしゃいませ」
奥のカウンターで書き物をしていた手を止め、中年の店員が控えめに微笑む。
アルヴィンは店全体を値踏みして、ここで一通りを揃えることを決意した。商品の質もさることながら、挨拶をしたきり簡単に近づいてこない距離感を保つ、店員の品も中々だったからだ。この店の物を纏えば、おのぼりさんだと侮られることはまずないだろう。
男が店員と自分の服について相談している間、エリーゼは物珍しそうに飾られている衣類を眺めていた。
着心地の良さそうな木綿を染め上げた服は、どれも鮮やかで美しい。赤や黄色の花に、緑のシダが被さり、青い魚が泳ぐ。見ているだけで心が明るくなるようだ。
少女は陳列されている服を一枚一枚見ていく。色味が気に入ったものは手にとって広げてみるのだが、その度にそっと元に戻していた。
地域的な問題なのか。街行く人々が皆そうであるように、ここの服はどれも肌の露出が多い。大半に肩がなく、長袖など皆無で、せいぜいあっても半袖だ。足の部分も大きく太股までが顕わになるものが多く、とてもではないが着る勇気など起きなかった。
「どうした?」
あれこれ手にとっては悩む少女の横から、男が気さくに声を掛ける。
「アル・・・」
彼はエリーゼが手にしていた服を見て、少しばかり目を見開いた。
「へえ、流石に趣味がいいなエリーは」
「でもちょっと・・・露出が多いような気がして・・・」
「でしたら、上に羽織り物をしては如何でしょう」
そう助け舟を出したのは、それまでアルヴィンを見立てていた店員だった。小太りだが親切そうな顔つきの中年女の店員は、近くにあった棚から白い透かし網の織物を広げてくれた。
「外を歩かれる際の日差し除けになります。それに冷房の効いたお部屋に入る時などに羽織られても宜しいかと」
エリーゼは織物の意外な使い道に感心した。
「ストールには、そういう使い方もあるんですね」
「ええ。この島特有の巻き方などもあるんですよ。宜しければ、後でお教え致しますね」
「ありがとうございます」
エリーゼもまた、アルヴィン同様、この店員に服を見繕って貰うことにした。異邦者があれこれ悩むより、地元の人間に任せるのが一番早く、また確実であると気づいたからである。
「かしこまいりました。お嬢様は、どのような物が好みでいらっしゃいますか?」
「そうですね・・・。色は赤とか桃色が好きです」
パンツよりもスカートが良く、またできるだけ露出はない方がいい、と伝えると、店員はいくつかの服を持ってきた。
「それでしたら、丈のうんと長い服がございます」
そう言って目の前に広げたのは、一枚の貫頭衣だった。少し厚手の生成りに林檎や桃を初めとする果物が油彩調で描かれている。色味は落ち着いていて、観光客向けの派手さに特化した同系統と一線を化していた。
ご試着だけでも、と勧められエリーゼは試着室に入る。長旅でくたびれた服を脱ぎ、真新しい、南国の衣装を身に纏う。
「お疲れ様です。まあ、良くお似合いですこと。如何ですか?」
エリーゼが身体を動かしながら、大きさが合っているか確認する。
「特にきつい場所は、ないです」
胸も背中も余りはない。衣類がぴったりと身体に沿う感覚は実に久方振りで、十七のエリーゼはそれだけで心が躍った。
ただし、言われた通り裾が長い。下手をすれば引きずってしまいそうだ。姿見を見やれば、何とくるぶしが隠れるほどにまで、たっぷりと裾がある。
思わず服の裾を摘みあげてしまったエリーゼに、店員はそれが丁度良い大きさなのだと言った。
「そういう風に仕立ててある服なのですよ。お客様にぴったりで、ようございました」
「じゃあそいつを貰っていくとするか」
いつの間に会計を済ませていたのか、アルヴィンが隣の試着室から現れる。こちらは半袖の襟付きに膝下のパンツ姿であった。思い返せば確かに、街で見かけた男性はこんな格好をしていた。
「お疲れ様でございます。お連れ様も、このまま着てゆかれますか?」
「ああ。会計を頼む」
「かしこまいりました」
阿吽の呼吸で話が進み、エリーゼはまるで口を挟む余地がない。アルヴィンが支払いをしている間、奥から現れた別の店員によって値札が切られ、肩に真っ白な織物が巻かれる。服に合わせて買った履物は鼻緒のある作りで、指を通す紐の部分に石が光っていた。
「お待たせしました」
「よし。これで行楽地を歩いても浮かないな。――見立ててくれて助かったよ。世話になった」
簡単な礼を言うと、店員は決して愛想笑いではない微笑を浮かべた。
「とううでもないことでございます。お二人の思い出作りのお手伝いができましたことを、心から嬉しく思います」
思い出作り――本当にその通りだ。
着替えの入った紙袋が、急に重さを増す。ここに入っているのは、道中ずっと身につけていた旅行着だ。旅行――その目的が何であったのかを思い出して、エリーゼの心は一気に憂鬱になった。
(この旅が、最後の思い出になるんだ。旅が終わったら、エレンピオスについたら、わたしは――)
きっと二度と、アルヴィンに会うことはない。
根拠のない確信に襲われて。思わずエリーゼは隣の男を見上げた。そしてふいに気づく。そういえば感想を聞いていない。
少女は上目遣いで、ぎこちなく服の裾を摘みあげた。
「ど、どうです・・・か?」
すると男はふむ、と顎に手をやり、首を傾げる。
「いや? 似合ってると思うぜ?」
「・・・どうしてそこで疑問形になるんです?」
「どうしてって・・・なあ?」
急に話を振られた女店員は苦笑する。
「お客様・・・。わたくしに同意を求めないでくださいまし」
「アルー?」
からかわれている、と半眼になった少女に、男は肩を竦めて投げやりに言った。
「わかったわかった。似合う似合うかわいいかわいい」
「だから何でそんなに適当なんですか!」
「適当じゃねーよ。ちゃんと褒めてるだろーが。・・・悪い、邪魔したな」
「いえいえ、とんでもございません。またのお越しをお待ちしております」
話を強引に切り上げ、男は片手を上げてさっさと店を出て行く。エリーゼは猛然と肩を怒らせた。
「ちょっとアル!」
その後ろで、含み笑いがした。振り返ると見立ててくれた店員が
笑っている。
「お連れ様、綺麗になったと、仰っておいででしたよ」
「え・・・?」
毒気を抜かれたエリーゼに店員は続ける。
「お代を頂戴している時に。あいつを綺麗にしてくれてありがとうと、勿体無い言葉を掛けて頂きましたもの」
販売員として、これほど嬉しい褒め言葉はございませんから、と店員は誇らしげな笑顔を浮かべる。
エリーゼの顔に、ゆるゆると喜色が上ってくる。
「そ・・・そうだったんですか・・・」
綺麗だと言っていたという。綺麗になったと言っていたという。だがしかし又聞きでは意味がない。肝心の男の口から聞かねば嬉しさも半減するというものだ。
エリーゼは男の後を追うべく、店の入り口の扉に手をかけた。振り返りざま、ぺこりと店員に頭を下げる。
「色々お世話になりました。ありがとうございました」
ガラス戸を勢い良く開いて出て行った後、店の中ではふくよかな体つきの店員が手を振っていた。
「良い旅を」
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うそつきはどろぼうのはじまり 24