No.362487

うそつきはどろぼうのはじまり 23

うそつきはどろぼうのはじまり 23

2012-01-12 21:37:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:646   閲覧ユーザー数:641

とはいえ、無駄に騒ぎを起こすことは避けなければならなかった。たとえそれが街中でなかったとしても、目立てばすぐに人の噂に上る。戦闘のこつは少しずつ思い出していけばいいと、術を連発しそうになる自分を戒めつつ、なるべく敵と遭遇しないように進む。

勿論、人里に入った際も警戒は怠らない。

街の入り口を潜ると、その足でまず商店街に向かう。武器と防具、それから装飾品を改め、余り金で消耗品を補充する。それから露店で出来合いの食事を買う。食事処を利用しないのは、毒の混入を避けるためだ。不特定多数の人間が買い求めるような売り方ならば、毒の仕込みようがないだろうから、というのがアルヴィンの意見だった。エリーゼもこれに同意し、以来、地元の特産品を使った惣菜類をたっぷりと堪能している。

泊まる宿は二階分を借りた。上の階の部屋の鍵を開け、灯りをつけっ放しにし、再び部屋を閉めて下へ降りる。実際に寝泊りするのは下であって、上は保険だった。窓のカーテンをきっちりと閉め、無人を装った部屋で、二人は情報交換をする。

「この街でも張り紙を見ませんでしたね」

エリーゼは不思議そうに首を傾げつつ、瓜の揚げ物を摘む。

小麦粉をまぶし、油で揚げたこの瓜は、彼女が今日発見した街の名物だった。店先に並んでいた、ずんぐりとした緑の形状といい、店主の説明でも明らかに瓜だったのだが、その割に水分が少なく種のある中心までぎっちりと白い実が詰まっていた。味はしないどころか、逆にほんのりと甘い。

少女の疑問に、男は炭酸の瓶を傾けながら言う。

「ガイアス王の影響が及んでいないんだろう。ここら辺は、独立意識が強いから」

「そうなんですか?」

「ああ。この地域がラ・シュガルに併合されたのは、つい最近のことなんだ」

エリーゼは改めて地図を思い浮かべる。今いる場所は、カラハ・シャールから南東、半島から伸びる島の一つだ。海上に引かれたエレンピオスとの国境線まで、小さな島が首飾りのように連なっている。

この諸島は、過去に何度も植民地にされ、二大国の領土争いの焦点だった。当時の首長が併合という条件を呑んだのもラ・シュガルの威光に頭を垂れたわけではなく、自国の民の犠牲を、これ以上出さないようにするためだったらしい。従って今尚、島の人々はア・ジュールもラ・シュガルにも良い感情は持ってない。渋々属国となっているだけであり、気概は独立国のままなのだ。

アルヴィンは面白そうな顔で言う。

「ひょっとすると、自分達の王様の首がすげ変わったことさえ、知らないかもしれないぜ?」

「きっと遠すぎて、大陸のことは異国と同じなんでしょう」

「かもな。だからきっと、仮に手配書が回ってきていたとしても、消極的なんだろうよ」

なるほど、と少女は温かい茶に手を伸ばした。

現地点は未だリーゼ・マクシアの圏内とはいえ、帝都イル・ファンやカラハ・シャールからはかなり離れている。地理的な距離は、そのまま心の距離だ。この島の住人達は、ラ・シュガルの人々とは違っていて当然なのかもしれなかった。

「ま、だからといって油断は禁物だけどな。俺はお前を、五体満足でバランの所へ運ばなきゃならないわけだし」

男が空になった瓶を床に置く。ガラスでできた空き瓶は、昼間見た海の色のように深い。

「でも、本当に信じられません。まさかバランさんだったなんて・・・」

陶器の揺れる茶色い渦を見つめて、エリーゼが呟く。道中、男から未来の夫の名を知らされた時、彼女は杖を取り落とした。冗談ですよね、と震える声で否定を求めてきた彼女に、アルヴィンは自分の雇い主でもある、と付け加えていた。その後エリーゼは、宿に着くまで一言も喋らなかったのだから、受けた衝撃がいかに凄まじいものだったのか分かろうというものだ。ドロッセルから嫁ぎ先さえ知らされていなかった、というのは、なまじ嘘ではなかったらしい。

「知らない人でないだけ良かったと思わなくちゃいけないんでしょうけど。でも・・・やっぱり信じられない・・・」

俺だって信じられねえよ、と男は心の底で言い返す。だが口では混ぜっ返していた。

「どうして信じられない?」

「バランさん、結婚を望んでいるようには見えなかったから」

エリーゼはきっぱりと言い切る。意外と人のこと、良く見ているんだよなと内心アルヴィンは感心する。

「エリーと同じさ。あいつも、家の連中に担ぎ出されたんだと。年齢と性別、両方とも条件に当てはまる奴があいつしかいなかったらしくてな。依頼を受けに言った時、盛大にぼやかれて参ったよ」

エリーゼは何とも言い難い顔で、苦しげな感想を述べた。

「向こうも向こうで、大変なんですね」

食事を済ませた彼らは、それぞれの部屋で仮眠を取り、夜、街の門が閉まる前に宿を後にした。宵闇迫る街道に入り、ワイバーンを呼ぶ。疾風を伴って舞い降りた飛竜の背に跨り、彼らは空の旅人となった。

二人は世界を南下する。

明け方、次の街に近づくと、街外れの山中で飛竜と別れ、街道を進む。朝の街に入り市場で物資を整え、事前に予約をしておいた宿の門を叩く。買ってきた食事を摂りながらこれからの行程について打ち合わせをし、昼間に就寝する。夕方、再び腹ごしらえをして街を出、ワイバーンの元へ向かう。

そうやって昼に休息、夜に距離を稼ぎながら、アルヴィンとエリーゼはゆっくりと旅をしていった。

赤道付近、数珠つながりになった島の真ん中に、ひときわ大きな島があった。

そこは観光地として栄えている火山島で、多くの人と物資、客でごった返していた。

「すごいです・・・」

エリーゼは思わず感嘆の声を漏らした。晴れ渡った空に青い海。椰子の木は青々と茂り、植え込みには桃色や黄色の花が咲いている。

道行く人は皆、観光客も含めて鮮やかな色味の服を纏っていた。自分達の地味目な茶や深緑といった、いかにも旅人、といった格好が、逆に浮いている。

「早いとこ、服を取り替えたほうが良さそうだな」

アルヴィンは苦笑しながら、自分のくたびれた外套を引っ張った。

「郷に入っては郷に従え、って言うし。宿より先に身づくろいからするか」

「ですね」

観光地を謳っているだけあって、この島には旅行者向けの施設が点在していた。案内所を兼ねたその建物で荷物を預け、身軽になった二人は一番近い商店へ駆け込んだ。

 


 
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