No.361450

スパークしすぎにご注意を

やくたみさん

もやもや系。

2012-01-10 14:48:49 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:802   閲覧ユーザー数:790

 

「きゃ!」

 少女の体が木に叩きつけられた。

 少女は尻餅をついた。

「久しぶりの人間の子供だぜえ。おいどんはこの五十年ずっとクルミばっか食ってたんで、人間に飢えてるんだあ。お嬢ちゃんには悪いがおいどんは限界なんだあ」

 人型をした背丈3メートルを越す一つ目の妖怪は、厚い唇を、異常に長い舌でいやらしく舐めまわした。

 大きくて鋭い目で、少女の四肢をねめ回す。

 その柔らかい肉の味を想像したのか、牙の生え揃った口から、白く濁った唾液を汚らしく垂らした。

 妖怪はゆっくりと少女に一歩近づく。

 少女は金縛りにあったように動けなかった。

 その目は丸く見開かれ、歯をカチカチ鳴らしている。

「やめ……」

 精一杯叫んだつもりだったが、口が上手く動かず、途中で切れてしまった。

 蝶を追って少し人間の里から離れ、たまたま空腹の妖怪、それも紫に常々反感を抱いている妖怪に見つかったのは、少女の可愛そうな不運だった。

 妖怪から逃げて、いつの間にか魔法の森の奥深くまでやって来て、自力では戻れそうも無かった。

 走り疲れて、助けを呼ぶ力すら、少女には残っていなかった。

「なあに、あっという間に、頭を千切ってやるから心配するなあ」

 

 妖怪が少女に手を伸ばしたその時、その腕があらぬ方向へ飛んでいった。

「へ?」

 妖怪が自らの腕の先が無くなったのを理解するのに数秒を要した。

 その間に、二つ目の攻撃がその妖怪を襲った。

 真っ白な空気の束が、どこか遠くから撃ちだされ、それが妖怪に当たると、見る見る太くなった。

 太くなった円筒状の光の束は、やがて妖怪を完全に飲み込み、妖怪はその場に蒸発した。

 光の束はそのまま反対側の大木をことごとくなぎ倒した。

 妖怪の断末魔は、光の束の耳をつんざく無機質な高音と、木々の焼けて倒れる音にかき消された。

 少女は何が起こったのかまるで分からず、腰を抜かしたまま、妖怪が居た地点を凝視していた。

 そこには獣道と、真っ黒になった雑草しか無かった。

 辺りには草や木々の焦げた跡と、炭の臭いが残った。

 

「よ! 大丈夫か?」

 やがて、ずっと向こうから黒い服をした少女がほうきに乗って飛んできた。

「今の、お姉さんがやったの?」

「そうだぜ。助けるのがちょっと遅れて悪かったよ」

 子供はきょとんとしていた。

「お前、里の子供だろ? 送ってやるよ。もう一人で里から離れちゃだめだぜ」

 少女が言い終わる前に、子供は女性に抱きついてわんわん泣きだした。

 

「と、まあそんなことがあったんだ」

 博麗神社の居間で話し終えると、霊夢は湯飲みを持ち上げ一口付けた。

 そして、目をちゃぶ台に落とし、考え込むように顎に手を当てた。

「どうかしたか?」

「ねえ魔理沙、その時、マスタースパークを撃ったのよね?」

「ああ撃ったぜ。あれは近年まれに見る成功スパークだった」

「その成功スパークがどこまで飛んで行ったか分かる?」

 少し真面目な顔だった。

 霊夢の様子に報いようと、三日前の情景を思い出そうとした。

「分かんねえ」

 が、そもそもあれを撃ち出して、目的を殲滅した後のことはあまり考えたことが無かった。

 霊夢に言われて、初めてそんなことに思いを巡らせたような気すらした。

「実は二日前、慧音に一緒に調べて欲しいってものがあったのよ」

「どんな?」

「魔法の森から太陽の畑に向かって、直線状に焼け焦げた跡が現われたので、それがなんなのか調べてくれって」

 自分の意識しないところで、なにかまずいことが起こっているような予感がした。

 

「うすうすそうじゃないかとは思ってたが、確証があったわけではないので、調べを続けていた」

 里の警備の詰め所にて、慧音と机を挟んで対峙していた。

「だが、それをやった者を示すような物は残っていなかった。なにしろその場にあるものはことごとく炭になっていたからな」

「でも、その威力が逆にある人物を示唆する」

 脇に立っている霊夢が、ちらりと見てきた。

「さっさと現場に行こうぜ。たぶん私だろうが、一応現場を見せてくれよ」

「協力的な被疑者でありがたい」

「被疑者なんて言い方やめてくれよ。誰かに怪我させたわけじゃないんだろ?」

「ん、まあね」

 霊夢は目を逸らして肯定した。

 何かを隠しているような素振りだった。

 

 三日前に来た場所。

 少女を助けた場所。

 確かにその場所だと思ったが、その様子は、私の想像と違っていた。

「なんだ、こりゃ?」

 自分がマスパを打ち出した方向に、赤土の半紙に巨大な筆で線を引いたように、黒焦げ跡が延々と伸びている。

「これのおかげで、河童の小屋が消滅したそうだ。怪我人は無かったがな」

 それはあまりにも、荒涼としていていた。

 どこまでも真っ直ぐに続く、幅5メートル程の滑らかな黒い道。

 両脇に焦げ付いた木々を生やし、木々と道の境界はあまりにもはっきりしている。

 味噌を指ですくったみたいに、光の軌道の形に、空間がぽっかり空いている。

「これ、私がやったのか?」

「違うの?」

 と、霊夢。

「いや、たぶん私だぜ。こんなことになってるなんて。知らなかった」

「成功し過ぎスパークだったってわけね。私も術を使うし、時々魔法が暴発するのも分かるわ」

 

「待ちくたびれたわ」

 背中から無感情な声が聞こえた。

 振り向くと、かつて一度だけ会ったことのある妖怪がいた。

「私が今どんな気持ちか分かるかしら?」

 静かな、うっすらした笑みを浮かべ、日傘を畳む妖怪。

 赤いチェックのスカート、胸に黄色のリボン。

 可愛らしい服飾だが、それとあまりに対照的な、凍りつくような冷たい瞳が、私を鋭く捕らえている。

 風見幽香という名の妖怪は、幻想郷の中でも一際、存在規模の大きな妖怪だ。

 過去に読んだ文献で、その腕力の強大さを知っていた。

 自分から近づくようなことはしないだろうなと、書物を前にして思ったことがある。

 その妖怪が、私に明らかな敵意を向けている。

 次の瞬間にでも、はらわたをえぐられるんじゃないかと想像し、体のどこも動かすことが出来なくなった。

 逃げようとして箒を構えでもしたら、その手を握りつぶされる想像が生々しく思い浮かんだ。

 

「どうしたの? 何か言いなさいよ?」

 ふざけるように、子供をあやすように、幽香が顔を覗き込んできた。

「わ……」

 足がすくみ、口が思うように動かなかった。

 あの時の少女はこんな気持ちだったのだろうか。

「わ?」

 耳元で、幽香が変に色っぽい声で聞き返す。

「悪かった。畑の花を、私が焼いたんだろ。本当にそんなつもりは無かった。私は、人間の子供を助けたかっただけだ」

 幽香はつまらなそうな顔をした。

「もう少し鈍かったら、骨の一本くらい折ってやろうと思ったけど、拍子抜けね」

 幽香は笑顔で私に握りこぶしを見せつけた、かと思うと、その拳が消えた。

 瞬間、顔面が爆発したような衝撃がして、私の体は宙に浮き、やがて赤土の地面にぶつかった。

「魔理沙!」

 霊夢の声がした。

「私も無闇に人間を殺すのは趣味じゃないわ。でも、また似たようなことがあったら。どうしようかしらね」

 背中越しにそう言って、幽香はさっさと黒い道の向こう側へ飛んでいった。

 自分の頬を押さえると、ひどく腫れていた。

 私は霊夢の膝を枕にしながら、小さくなる後姿をずっと見ていた。

 

「騙すような真似をして悪かった」

 詰め所で慧音が頭を下げた。

「いいよ。悪いのは私だ」

「最初は幽香から依頼が来たんだ。お花を焼いた者を連れて来いと」

「それで私も駆り出されたの」

 霊夢はすまなそうにしている。

「私をすぐ連れて行かなかったのは、幽香が私を殺すかもしれないと思ったからだな」

 二人は黙った。

 妙な気分だった。

「私は、魔理沙の命と人間の里を天秤にかけたのだ。その結果、魔理沙の命を差し出すことにした」

 慧音は淡々と言った。

 その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

「幽香は、犯人を見つけないと里を滅ぼすと言ってきたんだ」

「でも、魔理沙が悪気じゃなくて、人間の子供を助けようとしてやったことが分かれば、幽香も許すかも知れないと思った」

「だが、結局、幽香は問答無用に近かった。あの時魔理沙が自分で弁明しなければ、そのまま殺されていただろう」

 私は二人に何も言えなかった。

 二人の言葉より、慧音も、霊夢も、私と目を合わせてくれないのが、一番悲しかった。

 

 翌日、朝早くからおにぎりを作って太陽の畑へ行った。

 自分が作った焦げ跡を辿るだけなので、その場所には本当に簡単に着いた。

 広大な太陽の畑のほとんど中心に、直線状に黒焦げた道が出来ているのが痛々しかった。

 その焦げの中で、幽香がスコップを用いて、土を掘り返しているのが見えた。

 私は幽香の後ろの降り立った。

 

「どうしたの? 殺されたいの?」

 幽香は作業をしたまま、こちらを見ずに、抑揚の無い声で言った。

 下手なことを言うと、本当にそうする気なのだと、はっきりと分かった。

 

「何か、手伝えないかな」

 これが、私の考えた答えだった。

 全ては私の不始末が始まりだった。

 幽香を怒らせたのも、慧音や霊夢を苦しめたのも。

 だから、私が畑を元通りにするべきだと思った。

 

 ……幽香は作業を続けながら何も言わなかった。

 黙っていると、不意に、畑のどこかへ飛んでいった。

 やっぱり虫のいい話だったのか、と落胆していると、すぐに幽香が戻ってきた。

 幽香は、軍手ともう一つのスコップを私の足元に投げた。

「土を掘り返してちょうだい。その後、新しい土壌を撒く。こっちは私がやるから、魔理沙は反対側よ」

 依然、こちらを見ることは無かったが、心なしか、先ほどと違う口調に聴こえた。

「分かったぜ」

 普通の調子で返事するのが大変だった。

 気を抜くと涙が出そうだった。

 幽香がこちらを見ないのが、少しだけありがたかった。

 

 日が一番高くなった頃、畑の真ん中で、幽香と向き合って昼食を摂った。

「人間の命と同じように、お花さんの命だって、二度と戻らないのよ。もっと大事にしないとダメよ」

「悪かった」

 反射的に謝ってしまった

 幽香は鼻でため息をついた。

「昨日あんたを殴ったでしょ。その話はそれでお終い。もう気にするんじゃないわよ。人間は、罪とか、負い目とか気にしすぎよ」

 あんぐりと口を開け、おにぎりにかぶりつく幽香。

「怒ってないのか?」

「怒ってるに決まってるでしょ。でも、済んだことごちゃごちゃいっても始まらないわ。魔理沙も反省しているみたいだし、これ以上とやかく言う気は無いわ」

 幽香は牙の生えた大きな口に、おにぎりをねずみの様に頬張って話した。

 昨日のイメージと違いすぎて、なんだか笑えた。

「なにかおかしいこと言ったかしら?」

「いや、幽香はただの残虐な妖怪じゃないんだなって思ってさ。今まで怖がってただけの自分がおかしくて」

「私は古い妖怪だからね。ま、いろいろあるわよ」

 

「そう言えば、魔理沙って可愛い顔してるのね」

「はあ?」

 おにぎりを食べ終わった幽香の言葉は、なにかの冗談に聞こえた。

「魔理沙みたいに素直で真っ直ぐな人間って珍しいから、デザートに食べちゃいたくなりそう」

 いつの間にか、幽香は優しい顔をしていた。

 

 夜。幽香が、「暗くなったので終わりましょう」、と言ったので家に帰ってきた。

 所々痛む筋肉を揉みながら風呂に入り、その後、黒い寝巻きに着替えてベッドに飛び込んだ。

 肉体労働はあまりやったことが無かった。

 体中が疲れ果てていた。

 けれど、気持ちは清清しかった。

 心残りは、霊夢と慧音のことだった。

 どうやって会いに行こうか考えていると、玄関のドアがノックされる音がした。

「こんばんは。ちょっとお話をさせて欲しいの」

 霊夢と慧音だった。

 

「つまらんものだが」

 テーブルを挟んで、慧音は風呂敷に包んだ茶筒をくれた。

「私達は魔理沙を裏切りました」

 私が茶筒をテーブルの脇に置くと、霊夢が切り出した。

「しかし、分かって欲しいことがあります。私たちは決して、魔理沙を軽んじていたわけではありません」

 霊夢は、明らかにいつもと違う口調だった。

「慧音はひどく悩んでいました。慧音は幽香に直接会い、彼女が人間の里を滅ぼすと言ったのが、冗談でないことも知っていました。しかし、魔理沙を差し出すのは、なんとしても避けたいと考えていました」

 慧音は黙っていた。

「しかし、そんな妙案は思いつかず、私に相談して来ました」

 私は紅茶を一口飲んだ。

 二人は紅茶を、最初の一口しか飲んでいなかった。

「話を聞いて、情けないことに、私も慧音と同じジレンマに陥りました。魔理沙が神社にやって来たのはその頃です。そして私は、魔理沙がマスタースパークを撃ったのは人間の子供を助けるためと知りました。そこで私はこう考えました。『幽香に正直に話せば、魔理沙の命は助かるかもしれない』」

 霊夢は一旦言葉を切って、息をついた。

「その後は、魔理沙も知っての通りです。結果的には魔理沙は助かったけど、結局私たちは、魔理沙を助ける行動をしてはいないのです。魔理沙が幽香に詰め寄られたあの時、無理やり割って入ることも出来ました。しかし、私達はそれをしませんでした」

 霊夢の目は少し赤かった。

「私たちの裏切りは、その点にあります」

 その声は小さくて、最後の方はかすれていた。

「信じて欲しいのは、私達はそれでも魔理沙と、友人として、親友として尊敬していて、これからも幾久しく親睦を深めていきたいと考えていることです。虫のいい話ですが、これが私達の本心です」

 霊夢は気丈な顔をしていた。

 

 時計の針の音がする。

 しばらく考えて、答えた。

「前も言ったが、悪いのは私さ。二人が気に病むことは無いぜ。幽香がどれだけ恐ろしい妖怪かも知ってる。あの時殺されたとしても、それは私の自業自得さ」

 二人の顔は、少し明るくなったように見えた。

 私は幽香の言葉を思い出した。

「済んだことを言ってもしょうがないさ。二人は十分苦しんだだろう。それに何回も言うが、悪いのは私だ。それに……」

 喋りながら、ようやく自分の一番言いたいことが分かった。

「私にとって、二人は前と変わらず、友人で親友だぜ。私のためにそれだけ胸を痛めてくれた。これほど嬉しいことなんてそうそう無いぜ」

 

 ……表面上は仲直りをして、二人は帰って行った。

 明日は神社に顔を出そうと思った。

 とびきりの笑顔で会えば、きっと元通りになる。

 不安はあったけれど、肉体労働で体が疲れていたせいか、私はすんなり眠りに落ちた。

 

 
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