ナイフリッジを過ぎたところでガレ場にいたる。
ところが雲がまるで足元から湧き上がり、登山道は濃い霧に包まれた。
登ろうにも気分が怖気づいて、下ろうにもこの濃霧の中、危険には違いない。
しかも切り立った稜線を超えたばかりだ。
登山というのは、頂上を目指すものである。
という考えだけでは、命を落としかねない。
綿密に計画を立て、慎重に、慎重を重ねて、一歩一歩を進める。
だが引き返す勇気を忘れてはならない。
しかし3日かけて歩いてきた道のりを考えれば
引き返すことも容易ではないはずだ。
安全第一。
この分厚い雲を上に突き抜けるしかないだろう。
ゴロゴロと不気味な雷音を聞けば、足の運びも早くなるが
浮ついた足で浮石でも踏めば奈落の底に転落してしまうだろう。
慎重に歩を進め、雲海の外に出ることができた。
全身が滴を受けてぐっしょりだ。
山頂はもうすぐだ。
最後の鎖場に取り付き、狭い頂上に立つと
周囲は雲海に囲まれていた。
今夜はここで過ごさざるを得まい。
雲海の美しさを収めるためにカメラを準備する。
この大きな幽玄にして壮大な自然の息吹を広角レンズを着けて。
さすがに3000メートル級の夜の山頂は夏場でも寒かったが
乾いた服に着替えて、レトルトながら食事を取ると
耐え難いというほどのことでもない。
むしろ暗闇のなか足元に広がる白い雲海と
晴れ渡った夜空に輝く満天の星たちを見れば
なんとも驚嘆な光景に魅了されていた。
寝袋に入って横になりながら、いつしか寝てしまう。
夏の山の朝ははやい。
朝の三時過ぎには空は白み、陽が昇りはじめる。
天気はやはりあまり良くないようで、足元に広がる雲海は
厚さを増しているようだ。
太陽が昇るのと同時に気温も上がる。
すると更に雲が湧き上がり一面が靄がかかったような。
濃い霧がたちこめる。
そこに陽が昇ると、あたり一面バラ色に染められてゆく。
なんとも美しくなんとも幻想的な光景か・・。
この自然美をCCDで記憶できるのだろうか・・。
さらに太陽を背に西を見れば。
なんということだ、ブロッケン現象_。
湧き出した雲がスクリーンとなり、背中から陽を受けた私の影が
何倍にもなって巨大な陰をバラ色のスクリーンの上に映し出され
おおきくおおきく伸びをする・・。
なんて感動的な光景だろう・・。
シャッターを押す。何度も何度も押す。
そのときふと気がついたのだ。
私は大きく伸びなどしていない。
カメラのファインダーを覗きこんでいるのだから。
誰かが私の背後にいる?
そう気配を感じ振り向くと、そこには昇ったばかりの太陽が
黄色く見えるだけだった。
再びファインダーを覗きこむと、さっきとは比べ物にならないほどちいさな
“ブロッケンの怪物”が見えるだけだった。
辺りを見回すとクマの毛のような大量の獣の毛が落ちていた。
クマ?
しかし・・二足で立つことは可能だが・・。
餌のないこんなところまで来るとは思えない。
身に危険を感じながら、荷物の方に向かうと再び霧に包まれた。
静寂の中、バラ色からオレンジ色に変色するガスの中で。
私はきいた。
いままでに聞いたことのないような太いけものの鳴き声を。
うヴヴヴヴぅぅぅぅぉぉぉぉーっ!と。
それがいったいなんであったのか、いまだに分からない。
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受付中 11/10/10 22:02
自分のこの小説、絵だったらどうなるだろう? 自分のこの漫画、文章ならどうなるのだろう? 本当は漫画で描いてみたかったけど絵が! 本当は小説で書いてみたいんだけど文は! なんて人の為の企画です。 細か?
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「劔岳 点の記」木村大作監督作品
なるほどさすがに黒澤明、森谷司郎、深作欣治ら名匠の作品に
傑作を残してきた日本屈指の名カメラマンであってですよ。
その絵作りというのは素晴らしいものであります。
とにかく「復活の日」で南極をパノラミックに切り取り、
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