No.360477

LITTLE

母親の死が原因で声を失ってしまった少年、沙耶原麗太。
父親の単身赴任を機に、母親と二人暮らしをしている少女、平井優子。
僅か小学五年生ながらも孤独に堕ちた少年と、同じく小学五年生の極々平凡な孤独を知らない少女。
相対する二人を軸に、物語が動き出します。

2012-01-08 17:55:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:396   閲覧ユーザー数:396

 
 

 小学五年生への進学を間近に控えた、春の昼下がりの事。

 トラックの大きなクラクションと、タイヤの擦れる音が、自宅前の道路に響いた。

 気付いた頃には、もう遅かった。

 道路の真ん中には、長い髪を乱れさせ、額から真っ赤な血を垂らす母さんの姿がある。

周りには野次馬ができ始め、トラックの運転手はあまりの衝撃に混沌としていた。

 僕は手に持っていたサッカーボールを、その場に落とし母さんの元へ駆け寄った。

母さんの体を軽く揺らす。

 手に触れた母さんの体には、温もりと言うには程遠い冷たさを感じた。

 「ねぇ、母さん?」

 次は一声掛けてみた。

 それでも、何も反応がない。

「母さん! 母さん!」

 どれだけ声を掛けても、母さんは起き上がらない。

『母さん!』

 その言葉を発したつもりだった。

『母さん!』

 何度も、そう言い続けたつもりだった。

 それでも、聞こえて来る筈の自分の声は、聞こえて来ない。

 暫くして、ようやく気付いた。

 僕は声を失っていたのだ。

 これは母さんを死に追い合ってしまった、自分への代償。

 自然と、そんな考えが頭に浮かんでいた。

 転がるサッカーボールを追い掛けて、道路に飛び出した僕を、母さんは迫るトラックから身を挺して守ってくれたのだ。

 罪悪感で堪える事の出来ない涙を流し、小さな腕で冷たくなった体を抱える。

 そして、声なく叫び続けた。

 

 
 

 
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