大掃除
「……で、なんで私達が年明け早々、あなたの家に呼ばれないといけないのよ」
「まあまあ。とりあえず、あけおめ!ことよろ!」
「初詣の時に三人とも顔を合わせて、年始の挨拶はした筈にゃ。それともあれは、あたしだけが見ていた幻かにゃ?」
「あ、そういえばそうだったね。……というか、そうだよ!初詣だよ!シャロン、どこ行っちゃってたの?一緒にお参りするつもりだったのにー」
「……大晦日にあんなことがあって、一緒にお参りなんて出来る訳ないにゃ」
「ふぇ?なんか言った?」
「言ってないにゃ。遂に頭だけじゃ飽き足らず、耳まで馬鹿になったにゃ?」
「むっ……新年から容赦のない毒舌。これが信頼と実績のシャロンクオリティというやつか……」
「何の信頼があるのよ……」
あたしが二人を呼んだ理由は、ずばり大掃除を手伝ってもらう為!
年末はなんだかんだで出来ていなかったし、新学期が始まる前にちゃんとしておけないとね。探したいものもあるし。
という訳で、二人をあたしの部屋にご案内。初めてじゃないけど、そんなにあたしの部屋に通したことはない。
普通は応接間で遊ぶし、そもそも家の中より外で遊ぶことが多いし。
「……相変わらず、広過ぎて落ち着かない部屋ね」
「そして、広い筈なのに物が散らかっていて、体感の広さは三割減にゃ」
「うぅ……仕方がないじゃん!年頃の女の子には欲しい物がいっぱいあるんだもん!」
学園の教室よりずっと大きいあたしの部屋は、まあ……どう見ても汚い。「汚部屋」ってやつかな。
雑誌が雑然と置かれていて……あ、今の洒落じゃないよ?他にも、教科書とか、ゲームとか、漫画とか、よくわからないオブジェみたいなのとか……。
「見ているだけで、やる気の削がれて来る光景にゃ……使い魔(メイド)にやらせるべきだと思うけどにゃ」
「そ、それは駄目だよ!人には見られたくない物もあるし、勝手に捨てられちゃいそうだし!」
「私達でも、大して変わらないんじゃない?言っておくけど、私にやらせたら有用な本以外は全部焼却するわよ」
「らめぇぇぇ!!」
目、目が本気だよ、この娘!
いくら今年が辰年だからって、リナちゃんマジドラゴンだよ!ワイバーンだけど!いや、竜族だからドラゴンって解釈で良いけど!
そういえば、シャロンの猫年ってないよね。多分、猫娘(ワーキャット)の全員が気にしてることだろうから、あえて触れることはしないけどね。
「一日で片付けられるか怪しいけど……まずはフィーア、どこから手を付けるのかにゃ?」
「お、なんだーやる気じゃんー」
「……今ので一気に萎えたにゃ。鰤をもらえるまでは動かないにゃ」
「金色のあの子?」
「…………はぁ」
あ、あれ?何この、シャロンとリナの両方から感じる、可哀相な子を見る様な視線は……?
な、何か変なこと言った?
「シャロン。人間の、しかも極限られた地域の習慣である『おせち』ネタはフィーアには高尚過ぎたわね」
「深く反省しているにゃ……男子校の生徒に女子校の悩みを相談するぐらい馬鹿な行為だったにゃ……」
「……おせち?」
「最近、妖魔界でブームになっている『箸』を使う国での習慣よ。確か、日本という国ね。シャロンの家は日本贔屓が凄いから、おせちを食べたんでしょ?……まあ、そうじゃなくても今じゃおせちは一般的なものだけど、フィーアの家はやっぱり、妖魔界の古き良き伝統を重んじているから、知らなかったわよね」
なるほど……人間の文化ね。なるほど、納得。
妖魔界には人間が居ないし、あんまり興味なかったから全然知らなかった。
「へぇ……で、なんで鰤なの?というか、おせちってつまり何?」
「おせちは、年の初めに食べる、特別なご飯といったところかしら。縁起を担いで、色々と特別な料理を食べるのよ。ほとんどダジャレみたいなものだけど、鰤は結構、真っ当な理由で食べられているわね」
「鰤……鰤に何かあったっけ。イワシなら、別の世界の吸血鬼が大好きだって聞いた事がある気がするけど……」
ちなみにその人いわく、イワシは魚強と書くらしい。
「鰤は出世魚といって、大きさによって呼ばれ方が違うんだにゃ。代表的なものを挙げると、小さい順にワカシ、イナダ、ワラサ、ブリって感じになる訳だけど、地域によっては中ぐらいのサイズのものをハマチと呼んだそうにゃ。
その結果、今では養殖ものの鰤をどの地域でもハマチと読んでいたりするにゃ。
そして、おせちとして鰤を食べるのは、出世魚だということから、家族の出世を願う意味があるんだにゃ。ちなみに最近では『鯉の滝登り』の伝説から、鯉もお正月の縁起物として食べられることがあるらしいにゃ」
「そうなんだー。流石シャロン、魚の知識はリナ以上だね」
「……微妙に馬鹿にされた気がするけど、そういうことにゃ。……余計な講釈で無駄に時間を潰してしまったし、馬鹿言ってないで早く始めるにゃ」
「は、はーい」
そんなこんなで、片付け開始。まずは本の整理。変な本はないけど、人に自分の趣味を一方的に知られて「へー、そうなんだ。へー」って思われるのは嫌だよね。
それなら、もう色々と筒抜けになってる二人と一緒にするのが一番!
「……しかし、趣味が見事に男性的ね」
「納得の百合にゃ……」
「今更そんなこと言わなくて良いでしょー!女の子が萌え系イラストに萌え萌えして悪いって誰が決めたー!女の子が百合漫画読んで悪いって誰が決めたー!女の子がギャルゲーやっちゃいけないって誰が決めたんだー!」
「いや、別にそれを否定しようとしているんじゃないわよ?ただ、改めて見ると凄いな、と思ったものだから」
「でも、勿論三次元も好きだよ?リナってこう、間近で見るとすごい美人さんでどきどきしちゃうし、シャロンは小動物系きゃわいさに溢れてるし!」
「……シャロンって、いつもこんな気持ちなの?」
「あたしの苦悩を一割でも分かち合ってくれるなら、それだけで救われる気がするにゃ……」
……何故かシャロンが頭を抱えて、しょげーっとしちゃってる。
う、うん……?どないしはりました?
「とりあえず、ちゃんと巻数順に並べて固めておいたわよ。後は書架に収めるのか、これから読むのか知らないけど、自分でやりなさい」
「あ、仕事早いね。ありがと」
「家柄的に、本の整理は得意なのよ。きっと遺伝子レベルでこの辺りのスキルは受け継いでいるんでしょうね」
「羨ましいなー」
「……フィーアはその戦闘適性が遺伝のものでしょう?多分、他種族が他の全てを失ってでも欲しがるものよ。まあ、私の様な学者の家はどうでも良いけど」
「えへへ、そうかなー」
「フィーア本人じゃなく、フィーアの家と妖魔という種族だけが評価されていることには気付いていないんだにゃ……」
本の次は、諸々の小物類。次にゲームソフトとか、色々と整理して、時々シャロンに譲って、大体部屋は片付いて来たんだけど……。
「件の水は見つからない、と」
「フィーアが寝惚けて飲んだに五百ペリカにゃ」
「流石にそれはしないよ!というか、賭けるにしてももっと高額にしてよ!」
確か、一ペリカが0.001ディール相当だったと思うから、えーと……0.5ディール?801棒五本しか買えないよ!
「えー……じゃあ、百ガバスに妥協しておくにゃ」
「値下がりしてるよ!というか、あたしに慣れないツッコミをやらせるのはやめようよ!叩けば叩くほど埃が出て来るから!」
「まあ、それもそうだにゃ。けどまあ、見つからないなら見つからないで良いんじゃないかにゃ?どうせ、家族ぐるみの付き合いは昔からにゃ。今更変なものに願をかけなくても、三人の仲が引き裂かれたりは……」
「甘いぞ!シャロン!」
「……何キャラにゃ」
ばっ、と手を前に突き出して、謎の格好良いポーズ!
「そういうのは、サスペンスやホラーでは真っ先に死ぬ人の台詞!もしかすると、あたし達がどっかの廃小学校に飛ばされて、悪霊達に追い回されるかもしれない!そして、友情の証を持ってないあたしは、一人トイレの個室で首を吊って死んじゃってるかもしれないじゃん!」
「……あたしはこう見えて、非魔学的なことは信じないタチにゃ」
「えー!でも、有り得ない、ってことは有り得ないって、数学の先生が言ってたじゃん!」
「……魔学法則については、リナにお願いするにゃ」
「えーと、この場合フィーアが言っているのは、転送魔術についてのことね。
まず、転送魔術の基本原理として、発動の為には『陣』の形成、及び術者からの魔力供給が絶対に必要になって来るわ。
それだけで一応、転送魔術を発動させることは出来るのだけど、問題は転送が成功するか否かね。
転送魔術の成功は、転送する相手の魔力を、転送させる術者の魔力が上回っている、もしくは親和性が高い場合にのみ有り得ること。フィーアのお抱えのテレポーターさんも、フィーアと同じ様に炎の魔法を得意としているでしょ?そういうこと。逆に他属性の場合、フィーアが生来持っている強大な魔力に抵抗されて、転送させられないわ。
で、フィーアの言う無差別的な転送魔術の発動についてだけど、まず今この場に陣が敷かれていない。その時点で破綻しているとも言えるけど、高位の術者であれば魔法による遠隔操作で陣を敷くことは出来るわ。魔力供給も同様。
で、肝心の転送成功か否かね。もし運良く、フィーアと同じ炎属性を得意とする術者であれば、恐らくフィーアの転送は可能。獣魔は生来の魔力が弱いから、多分シャロンも可能。けど、私が居るわ。
一応、私は風属性を得意としていて、しかも敵の魔法に対抗し得る結界を脊髄反射的に展開する術も見に付けているわ。つまり、最悪の場合でも私は強制転送に耐えて、後はどうとでも出来る。
結果、フィーアが危惧している様な事態は絶対に有り得ないわ。わかった?」
「ぐーっ……」
「……シャロン、引っ掻いて良いわよ」
「すーすー……」
「……焼くわよ!?シャロンは炎がよく効くからそのまま焼くとして、魔法耐性のあるフィーアは、さっき整理した本を焼くわよ!?」
「ふにゃ……この部屋、暖房がよく利いているし、絶妙に疲れたしで眠くなって来たにゃ」
「さっき、私のありがたーい講義を聴かずに寝てたけどね」
「……そんなに根に持つことないにゃ。大体、あれはフィーアがスリープの魔法をかけたんだにゃ」
「ええっ!?そ、そんな高位魔法、あたし使えないよ!?」
「……ちなみに、三大欲求に働きかける魔法は比較的初歩のものね。それで悪魔やれてるのが、なんだか心配になって来るわ」
一通りの片付けを終えて、綺麗な部屋でくつろぐあたし達。
シャロンはしきりに目をこすっていて、すごく可愛い。ああ、これはもうちょっとしたら丸くなっちゃうんだろうなー。
「というか、ここであたしはフィーアがまともに使える魔法を議題にしたいにゃ」
「確かに、本当に初歩の初歩ならちゃんと扱えていたと思うけど……」
「え?それ訊いちゃう?そうだなー。すごいの色々あるけどー」
「……今初めて、心の底からフィーアを八つ裂きにしたいと思ったにゃ」
「あ、あははは……えーと、ザキ!」
……気不味い沈黙。
「それは別の世界の死の呪文ね……というか、もしそれが成功してたら、私かシャロンのどっちかが即死してるわよ?」
「恐ろしい娘にゃ……前々からフィーアは何かしでかすと思ってたけど、まさか日常会話をするレベルであたし達の命を狙って来るとは……」
「ユーモアだよ!?そんな、あたしなんかが即死魔法使いこなせる訳ないじゃん」
「……けど、フィーアの潜在魔力は間違いなく一級のもの。つまり、フィーアの内なる悪魔的悪の性が目覚めようと……」
「目覚めないよ!そんな中二設定ないよ!どこも疼かないよ!片目が未来視の目でもないよ!赤い夜に堕ちて刹那に散りゆく運命も背負ってないよ!」
じょ、冗談のわからない娘だなぁ。
皆本当、真面目過ぎるんだから、もっと冗談を冗談として楽しむ精神的余裕を持たないと。
殺伐とした世の中でそういうのを忘れないでいて欲しいね。うん。
「まあ、それは良いとして、フィーア。折角魔法の話題が出たんだし、面白い話をしましょうか?」
「……リナの面白い話?」
「く、砕けた話よ。それに、何なら寝てくれても構わないわ。実際、シャロンはもうおねむみたいだし」
見ると、シャロンはクッションを抱え込んで、丸くなっている。
こういう仕草は本当に猫みたいで、思わず頭とかしっぽとか撫でたくなるけど、実際にしたら超怒られそうだからしないでおく。
シャロンは特に寝起きの機嫌が悪い感じがするし。
「よく私達は、別の世界。人間界だったり、ここと同じ悪魔の世界。つまり魔界だったりするけど、そういうのを全部含めて異界。それの話をするけど、当然、そんな遠く離れた世界のことがわかるということは、それとの連絡手段がある訳ね」
「世界の垣根を超えた伝達魔法とか、転送魔術があるんだっけ」
「そうそう。当然、転送する方が難しいけど、今では結構頻繁に行われているわ。それについて、少し面白い話なんだけど」
「本当に面白そうだね。それなら、寝なくて済むかも」
足を崩して、ゆっくりと話を聴く体勢を整える。
「世界の垣根を超えた転送。俗に言う次元転送というのは、不安定になりがちで、色々と想定外の出来事が起きるのよ。たとえば、記憶喪失。これは本当に困りものね。他は、魔力の喪失。これも悪魔として致命的なのは言うまでもないわ。後、酷い時は種族そのものが変わってしまうと言うわ。つまり、外見が大きく変わって、下手をすれば女性が男性になる、なんて事も有り得る訳」
「ぞっとしないね……男の子になって、可愛い女の子と仲良く出来るなら悪くないかもだけど」
「勿論、術者、及び転送される相手がそれ相応の魔力を持っていればそんなことは避けられるんだけどね。たとえば、私があなたを別の世界に送っても、多分上手く行くわ。多分、潜在魔力ではあなたに負けているけど、これだけ長く一緒に居ればお互いの魔力がよく馴染んでいるし」
「……なんかエロいね」
「あなたのコメントって、本当そういうのばっかね」
「だって、年頃の女の子だもん!」
「え、ええ」
無駄に力説ッ。
「つまり、存外に簡単に次元旅行というのは出来るものなのよ。だから、それこそレジャー感覚で私達悪魔が人間界に冷やかしに行く日が来るのも、そう遠くない未来の話って訳」
「うーん、面白そうだけど、すっごい戸惑いそうだなー。特にあたし、新しいこと覚えたりするの苦手だし」
「まあ、そうなれば新しい法律も作られるでしょうし、一人で旅行に行ったりは出来ないことになりそうね。けど、真面目な話、私達が大人になる頃にはそんな時代が来ていると思うわ」
「そっかぁ……じゃあ、その時まで、あたしは寝るとしよっか!えへへ、シャロン抱いて寝るー」
「……はぁ。あんまり強く抱き締め過ぎて、怒られない様にね」
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フラグは立てた。さあ、後は……
次回以降、この看板娘シリーズは二次創作要素が強くなって来るかもしれません