No.358648

ゆめ

トカさん

精霊の話。

2012-01-05 14:58:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:764   閲覧ユーザー数:751

 
 

遠くから、海の音が聞こえる。

この世界では聞いたことのない音のはずなのに、何処か懐かしさを覚えるということは、おれのいた世界にも海があったのだろうか。

 

「元気でな、」

カラスの声に背中を押されるように、おれの意識は宙へ浮遊した。

あのときのように無理矢理に弾き出されるのではなく、ふわりと、まるで彼らが翼をつかって飛び立つときのように、おれの意識は彼の意識から離れた。

"カラス"

振り返り、いつものように呼びかける。

"カラス"

 

しかし、カラスは何も言わず、少ししてから曖昧に笑って、ゆるりと首を振った。

 

「………、もう聞こえないよ、おまえの声……。」

 

そのあと現れたシェラと、多くの仲間たちの顔を見おろす。たいせつな、大切な仲間たち。

 

もっとここにいたい、と思う。

もっとみんなと、一緒にいたい。

けれど、カラスの体から離れたいま、遠くからおれを引き寄せる何かを、はっきりと感じていた。

 

おれを引き戻し、おれを探している、何か。

 

その強い力に引かれるように、おれの意識はだんだんと浮上していった。

 

"カラス!シェラ!みんな……!"

 

おれの叫びは、誰にも届かない。けれど、一瞬ためらったあと、おれはみっともなく声を荒げていた。

届かなくても、叫ばずにはいられなかった。

 

"さようなら……っ。

ありがとう……っ!"

 

 

 

 

 

不意に、こめかみの辺りを通る水を感じた。

次に、遠くに聞こえる海の音。

 

心臓がうごめき、肺に空気が入る。

 

自分の意思で瞼を上げれば、あまりの眩しさに左手が動き、瞼を覆った。

 

「目を、さましたの?」

母の声。そう、母の声だ。おれはこの声を知っている。

手も、自分の意思だけで動かせる。

 

ゆるゆると左手をどかし、瞼を開ける。

白衣を着た壮年の男性と、泣きはらす女の人。窓の向こうに広がる、青く広い海。

「気分は、どうですか?」

 

壮年の男性が、おれを、みた。

 

「そう、ですね」

 

こたえようとして、ことばを発したつもりだったが、声にならなかった。

このことばの伝え方に、慣れすぎてしまったんだ。

 

おれは苦笑した。

頬の筋肉が僅かに動くのを感じた。

 

もう、この声帯を震わせないと、おれはだれかにことばを届けることができないんだ。

 

ゆっくりと、口を開く。

開け放たれた窓の外から、海の味がした。

 

「ゆめを、みていました。」

 

青い海と、青い空の間を、名前も知らない鳥たちが飛んでいく。

瞬きをすれば、また一筋、海水が伝いおちた。ああ、やっぱりここにも、海があったんだ。

 

「とおいばしょ、とおいじかんの……。

かなしくて、美しい、ゆめを。」

 
 

 
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